思わぬところで見つけた事件解決の糸口。


いつもなら、信頼のおける人間を使うのだが。





・・・潜入してみるか。


彼女と一緒に。




そう。

・・・・・・・・・これを、最後にする。



















第九話:思い出を























その日もひたすらキーボードを叩き続けていた。


彼女・・・のようにハッキングを専門とはしていないが、私でもある程度の情報なら引き出すことができる。


ネットで見つけた情報を手がかりに、例のグループの足取りを追っていた。

どうにかハッキングは成功し、手に入れたドメインは末端だけ、『jp』。












・・・JAPAN―――日本だった。








「・・・・・・まさか日本にいたとはな・・・」




スクリーンに表示された結果を見て思わず声を漏らした。


意外なところでの潜伏。

アメリカで事件を展開しているのに、まさかこんなところにいたとは。




「あれだけ強気に動くはずですよ。

アメリカでどんなに証拠を拾っても、海の向こうにいたのでは簡単に手出しできませんからね」




引き出した情報をファイルしながらワタリがそう言った。



犯人たちに出し抜かれたような気がして、少しだけ腹が立ってきた。

拳をぐっと握りしめる。

いつもよりも強く親指の爪をかじったらしく、がり、と大きな音を立てた。


思考をフルに働かせる為に砂糖の入った紅茶に口をつけた。

事件概要のファイル一枚目に載っている人物へどこか恨みがましい視線を向ける。




「・・・若手の実業家か・・・中本 怜二、28歳・・・、」




サンフランシスコで足を掴んだこの男。

確かな証拠を掴む為にどんな動向も見逃すなと、アメリカで尾行している捜査員に指示を出した。




「・・・・・・社交に力を入れているな」




捜査員が調べ上げた、彼のスケジュールを見るとほとんどが有力者との会合や接待ばかり。




・・・この関係者たちの中に例のグループの構成員がいるかもしれない。





そう考えると、本来の彼の仕事とは関係なさそうな日本訪問が2日後の金曜日にあるらしい。

日本人だから、と言えば説明はつくだろうが・・・何か引っかかるものを感じる。


・・・金曜日にある、この会への参加。


木曜日まで、そして土曜以降は全てアメリカでのスケジュール。

これだけの為に日本へ渡ってくると考えるには少し不自然だ。



・・・・・・この会で何かあるのか?

わざわざ日本へ渡ってくる理由が・・・。






「あの捜査員をこの会へ送りますか?」




黙り込んだ私の考えを読んだらしく、ワタリが控えめにそう言った。


金曜日・・・・・・、



・・・・・・そうだな。






「・・・・・・私が動く」




・・・案の定、ワタリはらしくなく目を見開いた。





「竜崎が?・・・お一人で、ですか?」


「・・・いや・・・・・・、彼女に同行してもらう。

単独よりは目を欺きやすい」


「彼女とは・・・・・・さんを連れて行くのですか?」



彼の質問には答えず、私は言葉を続ける。




「ワタリ、金曜のこの会へ参加手続きを。

名前は凌坂、新進の実業家。同伴者に20代の女性を一人」




いつものように突拍子もない私の考えをすぐに把握し、ワタリは何の疑問も含まずに頷いた。

・・・並の人間ならば、きっとついていけないんだろう。




そんな有能な彼だから、私は側に置いているのだから。




「・・・わかりました。そのように手配します」


「ああ、もう一つ・・・」






そう、忘れてはいけない。


・・・・・・そろそろ、潮時だ。


ひとつだけ息を吸って、できるだけ何の感情も見せずに私は口を開いた。







「・・・・・・香港行きのチケットも手配してくれ。

土曜日の朝の便で」







・・・先程よりも驚いた顔を見せたワタリ。




「・・・・・・宜しいのですか?」




「期限付きだと最初に言っただろう。

香港でのネットワークもまだ構築していない。

・・・そろそろここでの滞在も潮時だ」





できるだけ、冷たく、何の感情も悟られないように。


背中を向けたままそう言い放った私に何か言おうとでもしたのか、ワタリはしばらく沈黙する。

しかし、すぐにいつもの冷静な声で承諾した。





「・・・わかりました。ではこの部屋もチェックアウトの手続きをいたします」





そう言って、静かにドアを開けて部屋を出て行った。









ワタリが去った、静かな部屋で膝に顔を埋める。

ぐしゃっと髪に両手を突っ込んで耳を塞ぎ、視覚に続いて聴覚も遮断する。



真っ暗な、無音の世界でも、彼女の姿は瞼の裏にまで鮮明に描かれていて。



・・・・・・いつの間にか、彼女がこんな存在になってしまった?



沈着冷静な私立探偵は、明るく元気な少女だったと知ったあの日。

・・・彼女は光だと、ロンドンで出逢った最初にそう思った。

眩しすぎず、強すぎない、心地よい明るさと暖かさを持つ光。

ほんの興味本位でその光をもう一度見てみたかっただけなのに。



素直に笑い、怒り、哀しみ、また笑う彼女と出会って。

一度逢うだけでは飽き足らず、もう少しだけその心地よさに触れていたいと思っていた。




それなのに。


自分の中で確実に彼女は、一線置くべき他人ではなくなっていた。

・・・いつからか芽生えていたこの感情。

幼稚で我侭な私でもそれを何と言うのかわからないほど子供ではないつもりだ。







・・・・・・もう、だめだ。

これ以上、彼女と一緒にはいられない。



自分はLだから。

どれだけ心を許せても、肩書きを取り払った私を伝えることはできない。



・・・そんな偽りの付き合いを続けるくらいなら。

本当のことも伝えられない、しかし彼女に嘘を吐き続けたくもないなら。



「・・・・・・離れないと、いけないんだ」



自分にしか聞こえないような小さな声が口をついて出た。



だから、せめて。

最後に一つだけでいい、この閉鎖された部屋じゃない場所で。





・・・・・・・・・彼女との思い出を作りたい。
















「竜崎さん、こんにちは!」


「こんにちは、さん」



ワタリが去って30分くらい後に彼女がやってきた。

私もいつもと変わらない風を装って挨拶を返す。


・・・貼り付けてきた無表情がこんなことで役に立つのは少し虚しいけれど。



彼女はきょろきょろと部屋を見渡して、首を傾げながら私へ視線を向ける。




「あれ?ワタリさんはいらっしゃらないんですか?」


「先ほど所用で外へ出て行きました」


「あ〜・・・そうなんですか。一緒に食べないかなって思ったんだけど・・・、

あ!竜崎さんこれ、この前言ったお店のケーキです!

どれがいいかなぁって思ったらどれもオススメだから。

・・・・・・8個くらい買ってきちゃったんですけど、多すぎました?」




悪戯好きな子供のような表情でケーキの箱を掲げてそう言った。


・・・その含み笑い。多すぎるなんて思ってないでしょう、さん?




「いいえ、今日で食べられますよ。今、一緒に食べますか?」


「えへへ〜!勿論そのつもりです!紅茶淹れますね」




ティセットを準備し、湯を用意する為にぱたぱたとシンクへ向かう。



・・・その後姿に声をかけてみた。





さん」


「はーい?」


「・・・・・・例の嫌がらせ、解決しましたか?」


「え!?どうしてわかるんですか?」




ティーポットと紅茶のリーフ缶を手にして、驚いたような顔で振り返る。


・・・ああ、やっぱり。




「ついこの前来たときよりも随分とすっきりした表情ですから」




この前来た時は何か考え事でもしていたのか、ふと思いに沈むような表情を少しだけ見せていた。


気になって、どうしたのかと聞いてみたら、

例の嫌がらせがおさまらず、いい加減にうんざりしてきたと口を尖らせて彼女はそう言った。


・・・時間が解決するのを待つしかない、

と、大して意味を為さないアドバイスしかできない自分をあの時恨めしく思ったけれど。





「もう聞いてくださいよ〜1週間前やっとケリをつけられたんです。

放っとけば止まるよねと思ってたんですけど、もう我慢の限界で。

・・・少し乱暴な手段に走っちゃったんですけど、ね。

もっと早く文句つけておけばよかったかもしれません」



ぺろっと舌を出して笑い、彼女は二人分のティーカップをソファの前のテーブルに並べた。



「それはよかったですね。大したことも言ってあげられなくて、すみません」


「そんな。グチばっかり聞かせちゃって、悪かったなって思ってます。

でも、聞いてくれて本当に気が楽でしたよ。ありがとうございました」




脇に置かれたティーポットからは私のお気に入りのアールグレイの香り。


そして買ってきたケーキの箱を彼女は嬉々として開けて覗き込んだ。




「竜崎さん、どれがいいですか?オススメはショートケーキとモンブランなんですけど」


「それでは、二つとも」


「あは、そうだと思いました」




まるで私の答えを知っていたかのように彼女は笑う。

・・・他の人間ならば気に喰わなかったかもしれないけれど。


彼女が私の考えを読み取ってくれたことが嬉しくて、ふっと口許に笑みを浮かべた。




「はい、どうぞ。ミルクとお砂糖はお好みで入れてくださいね」




ケーキを皿に取り出し、紅茶をカップに注いで私の方へ出した。




「ありがとうございます」


「じゃあ私は・・・、アップルパイにしようっと。

いただきまーす!」




私が紅茶に砂糖を入れている間に彼女はケーキにフォークを刺した。


続いて私もショートケーキを切り分けて口へ運ぶ。

次いで私好みの甘さが口いっぱいに広がる。



「・・・・・・成る程、クリームとスポンジの相性がいいですね」


「そうですよね〜!きっと気に入ると思いました」




紅茶に口をつけた彼女はそう言った。




最近気がついた。

彼女は紅茶だけだと砂糖を一さじだけ入れるけど、

ケーキやクッキーなど甘いものを一緒に食べていると絶対に砂糖は入れていないんだ。




・・・・・・・・・やはり、面白い。







「ああそうだ、さん。つい先ほど、事件の有力な手がかりを得ることができましたよ」



しばらくケーキを堪能してそう言うと、彼女はぱっと顔を輝かせる。



「本当ですか!?じゃあもう解決なんですね!」


「いえ、決定的な証拠を得る為に尾行をする必要があるんです。

私自らが動こうと思っていまして。

そこで、あなたにも是非同行していただけないかと」


「わ、私ですか!?」



自らを指差して驚いた声を上げる。



「難しいことではありません。目を欺く為には単独よりも二人組の方がいい」




・・・それは言い訳だけど。



・・・あなたと一緒に、最後の思い出を作りたいから。

そんな私の思いには気づかず、彼女はすぅっと息を吸い真面目な顔で向き直る。



いつの間にか表情がのものになっている。




「それで、私は何をすればいいんですか?」


さん、フォーマルドレスはお持ちですか?」


「・・・・・・ドレス?」


「パーティドレスで構いませんが」




至極真面目にそう言ったけれど、私の意外な質問に面食らったらしい。

首を傾げて彼女はゆっくり口を開いた。



「ドレスって・・・・・・持ってないことは、ないですけど・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・そんなもの、何に使うんですか?」




まじまじと私の顔を見つめてくるので、私は軽く眉根を寄せた。




「・・・あなたが着る以外に何か用途でも?

・・・・・・私にそのような趣味はありませんよ?念の為言っておきますが」


「・・・・・・・・・あ、よかったぁ・・・でも似合いそうですけどね・・・うわごめんなさいっ!!」




安堵の息を吐くが、つい口から滑り落ちた自分の言葉に慌てて、彼女は口許を押さえる。


・・・・・・今は笑うべきところなのか迷ったけれど。


とりあえず私は言葉を続けた。




「それを持って、明後日金曜の夜ここへ来てもらえませんか?」


「ドレス持って・・・何をするんですか?」




不思議そうな表情を拭えない彼女。


・・・あなたとの最後の思い出は。






「マスカレードです」