masquerade


マスカレード―――文字通り、仮面舞踏会。



もう一つ、IPを偽造するハッキングの技術名。

私の得意技でもあるんだけど・・・そのお話はまた今度ね。


発端は・・・どこなのかはっきりとわからないんだけど、

17世紀のイギリス植民地ボストンを舞台にした『仮面舞踏会』ってオペラがあったっけ。




・・・・・・・・・・・・・で、それに参加するの?私・・・・・・。
























第十話:エスコート






















「ドレス持って・・・何をするんですか?」




竜崎さんの意図を読めない私は眉間に皺を寄せてまた聞き返す。

すると、彼は真面目な顔のままこう言った。




「マスカレードです」




・・・・・・・・・・・・マスカレード?


口の中で反芻して首を傾げると竜崎さんは目を軽く見張って言葉を続けた。




「・・・ご存知ありませんか?日本語で言うところの」


「仮面舞踏会!!言葉の意味くらい知ってますってば!!」




疑問に思ってるのはそんなところじゃないんです!

つい大声で竜崎さんの言葉を遮ったけれど、彼は大して気にしていなさそう。




「それなら話は早いではないですか。当日ご都合でも悪いのでしょうか?」


「いえ・・・予定はないですけど・・・」


「では是非同行してください」


「・・・わ、わかりました・・・じゃあ、ドレス持って明後日ここに来ればいいんですね?」


「はい。夕方6時にお願いします」





・・・・・・何だか言いくるめられたような気がしたから、その日は早めに帰っちゃったんだよね。






















「ドレス・・・・・・」



まさかこんなに早く使うときが来るなんて。



帰ってきて真っ先に自分の部屋のクローゼットを開け放す。

2列ある洋服掛けの一番後ろ、目立たない奥深くにしまってたワインレッドのイブニングドレスを引っ張り出した。

ベッドの上に広げて、そのドレスをじっと見つめる。



・・・・・・実はこれ、夏休みにお父さんが私に送ってくれた自作のドレス。

私が日本に帰国して、ほんの2週間ちょっと後には届いたんだ。



私の持ち服の何着かはお父さんが私の為に作ってくれたもの。


・・・仕事も抱えててこんなことしてる余裕がホントにどこにあるんだろう?

・・・・・・実は私のお父さんはもう一人分身がいて、役割分担してるんだとそう思いたくなってくる。

・・・・・・・・・ああ、きっと嫌な仕事は分身の方に押し付けるんだろうな、お父さんだったら。











久々に会った可愛い娘を見たらすぐにインスピレーションが湧いてきた。


似合いそうなアクセサリーとミュールも何点か一緒に送るから、

お父さん作のドレス、しっかり活用してくれよ。











真っ白なカードにそれだけ走り書きされたメッセージ。

・・・あの、確かに服を送るって言われて、少し楽しみにしてたんだけど・・・、








・・・・・・・・・・こんな服、一体いつ何処で着ろと言うの?







と、荷物を開けて一番にそう思った。



だって、袖がないし胸も背中もこんなに大きく開いていて、チャイナドレス並にスリットが入ってて。

ワインレッドの生地は控えめに輝くラメが散らばってて。

膝から下にかけてひらひらと何層にもフリルが揺れて見事なアシンメトリーを描いてるスカートの裾には

シャラシャラと細かなビーズがたくさんぶら下がってて。










・・・その時はあまりの凄さに私は何も言えず、黙ってそのドレスをクローゼットの奥深くに封印したのに。














「・・・・・・お父さん・・・、娘の年齢、間違って数えてない?」




久しぶりに引っ張り出したドレスを眺めて、思わずそうこぼしてしまった。

いくら何でも16歳の小娘の衣装じゃないでしょ、これ。



だけど、パーティドレスってこれしかないし。

私みたいな子供がこんなの着たら絶対に笑われちゃうよ。




・・・・・・どうしよう、持ってっていいのかなぁ・・・・・・。
























そして当日。

ちょうどこの日は学校の創立記念日か何かでお休みの日。

創立記念式典をやってたはずだけど、あまり興味もなかったからのんびりピアノを弾いて家で過ごしてた。


ピアノに夢中になって時間を忘れることがないように、

セットしておいた目覚まし時計がけたたましい音で鳴り出す。




「うわ、時間だ」





昨日は家でドレスを着てホテルまで行こうかと思ったけど、

いくら私でもそんな人目を引く勇気なんてない、と当日になってそう思った。

紙袋にドレスとアクセサリー、ミュールを突っ込んで電車に揺られ、サンセットホテルに着いたのは、

夏の頃と違い、もう辺りは真っ暗な午後6時前。













ロビーに着いてすぐ目に入る場所にワタリさんが立っていた。

私の姿を確認して、ワタリさんはいつもの笑顔でこちらへ歩いてくる。



「こんばんは!あの、すみません遅かったですか?」


「いいえ大丈夫ですよ、さん。早速で悪いのですが、こちらへ来て頂けますか?」



いつものエレベーターとは反対方向へ促される。

そっちは普通の客室がある棟だ。



「え?あの、彼は?」


「部屋で準備してもらっています。さんも別室でドレスアップをお願いします。

ヘアメイクアーティストを呼んでいますので」



へ、ヘアメイクアーティスト!?



「よ、呼んだんですか・・・!?」


「竜崎の注文です」




竜崎さん、そんな本格的な人呼ばなくても・・・!!


彼の突拍子のなさに驚かされたのは初めてじゃないけど、

私は内心で頭を抱えて途方に暮れた。



・・・そんな竜崎さんについているワタリさんってやっぱり凄い人だったんだね・・・。


前を行くワタリさんの背中をじっと見つめ、私は心の中でそう呟いた。


と、客室が続く廊下を歩いていたけれど、ある部屋の前でワタリさんは立ち止まる。






コンコン。







「はーい」



・・・部屋の中から掠れたハスキーボイスの返事が返ってきた。

がちゃ、とドアが開いて顔を出したのは、随分と背の高い・・・・・・・、



「お待たせしました。彼女です」



ワタリさんに促され、私は前に立った。



「あらそう、ご苦労様。へぇ、本当に若い女の子ね。

しかも10代の子にメイクするなんて久しぶりだわぁ」



・・・・・・男の人・・・だよね・・・この人・・・・・・。



だけど綺麗にメイクしてるし、爪も鮮やかなネイルアート、流暢な・・・オンナ言葉。

その人は軽く私を見下ろして、軽く目を見張った。




「結構いい顔立ちしてる子ね。

16歳になったばかりの子だって言うから、どうしたものか心配だったけど。

うん、何とかなるんじゃない?」


「宜しくお願いします。時間はどれほどかかりますか?」


「1時間もしないわよ。任せてちょうだい。

さぁ、どうぞ」



・・・・・・とりあえずこの人が、私のヘアメイクしてくれる人、なのね?


未だによく状況が掴めてないけど、今はそれだけで十分だと割り切って私はその人の部屋に入った。



普通の客室、だね。

竜崎さんのVIPルームしか入ったことなかったから、ちょっと興味が湧いた。


私が部屋の内装を軽く眺めてると、その人は大きなメイクボックスをベッドの上に置いて私へ向き直る。




「さて、まずお名前は何て言うの?」


「あ、ああ、すみません。えと、 です。よろしく、お願いします」


「私はヘアメイクアーティストの結城って言うの、よろしくね。

ドレスは持ってきたのよね?ちょっと見せてもらえる?」



片手を出されたから、私は素直に彼に紙袋を手渡す。




「こーら。こんな乱暴に突っ込んじゃだめじゃないの」


「す、すみません・・・・・・・」


「・・・・・・あら、すごくいいドレスね。どこのブランド?」




結城さんに指摘されてちょっと小さくなった私だけど、そう問われて私は顔を上げた。




「あ、えっと、父が私に作ってくれたんです。UrbanARTSって会社でデザイナーやってて・・・」


「ああ!さんの娘さんなの!?へぇ、すごい遭遇だわぁ!」



私の言葉は結城さんの大声で遮られてしまった。

いきなりの大声に驚いた私に構わず、結城さんは言葉を続ける。



「私、以前にさんが手がけたファッションショーのヘアメイク担当したこともあるのよ。

あの人、本当に斬新で素敵な服のデザインするわよね〜、尊敬してるのよ私」


「あ、そうなんですか?あは、ありがとうございます!」




・・・やっぱり、私のお父さんって凄かったんだ。

滅多に家に帰ってこないし、たまに会ったと思えばお母さんにベタ惚れだし。

私はそんな一面しか知らないから、そういう風に言ってもらうのって・・・、


・・・・・・何か嬉しいかも。








さて、あのドレスあまり見ないようにして紙袋に突っ込んだんだけど、

・・・・・・・改めて見てみると、やっぱりすごい・・・・・・。


結城さんはドレッサーを引っ張ってきて、そのワインレッドのドレスを私に充ててみた。


うっわ、やっぱり無理でしょこれ・・・・・・・!

まるで小さな子供がお母さんの服を勝手に持ち出しておままごとでもしてるみたいだよ!!



「ちょっと持っててもらえる?」



そんな私の葛藤をよそに、結城さんは私にドレスを預け、次は私の髪に手をやった。


綺麗に手入れされてる指に髪を触られるのはとっても心地良い。

肩口を軽く過ぎる辺りまで伸びている私の髪をまとめて捻り、上へやった。


鏡の向こうで結城さんが真面目な顔でいろいろ私の髪をアレンジしている。



「ヘアスタイルは・・・やっぱりアップにした方がいいわね。

髪も随分と明るいけど・・・全然痛んでないのね?これ地毛なの?」


「あ、はい。元々色素が薄くって・・・」


「よーし、キレイな原石でコーディネートのし甲斐があるわぁ!

さ、まずドレスに着替えてちょうだい。そこのバスルーム使っていいから」




バスルームに押し出されそうになるのを私は慌てて踏みとどまった。




「うっそ!あ、あの、本当にこれ着るんですか!?

これしか持ってないから持って来たんですけど、こんなの絶対無理ですってば!

私、16歳ですよ!?」



押し付けられたドレスを片手で掲げ、もう片方の手で指差してぶんぶんと縦に振った。

だけど、そんな私の様子を見ても結城さんはけろりとした顔のまま。




「ええ、だから20代に見えるようなメイクをするように頼まれてるのよ?

だーいじょうぶだって。私を信じなさいな。

一晩だけだけど、あなたを誰もが見とれる大人のレディにしてあげるから」



ぱちっとウィンク一つ。


その仕草にすっかり反論の言葉も抜かれてしまう。


・・・しばらく無言でドレスを見つめてたけど半分ヤケになってバスルームに入った。




・・・・・・・ここまで来たならもう、どうにでもなっちゃえ!!

























数十分後。



「う、わ・・・・・・!」


「私ってキレイvなんてお約束なセリフでも出てきそう?」


「いえ、そんなんじゃないですけど!」



鏡の中には今まで会ったことのない私が映っていた。



高く髪を結われてルーズに散らした毛先が軽く揺れる。

サイドやバックでほんの少しだけこぼれている後れ毛が何だかいい感じだし。

ワインレッドのドレスに、肘までの黒いベルベット素材の手袋。

ちょっと大きめにデザインされたチョーカーネックレス。


それより何よりもメイク。

目元に落ち着きのある色を乗せ、マスカラを薄く何回か重ねた睫毛が物憂げな影を落としている。

頬のチークはブラウンで、ルージュも落ち着いたブラウン。

軽くオンしたグロスが我ながら色っぽい唇を演出している。



「23歳くらいで通じるでしょ、それなら。

仮面舞踏会ならアイマスク装着だから、尚更大丈夫よ」


「あ、あの、ありがとうございます・・・!」



ちょうどその時、部屋のドアが軽くノックされた。

ああ、ワタリさんだ。




「さぁ行ってらっしゃい。あ、ちょっといい?」


「え?」




結城さんは軽く身をかがめた。



ちゅ。





「きゃあっ!!?」



・・・頬にキスされた。

・・・軽く掠める程度のものだったけど、驚かせるには十分なものだよ・・・!




「せっかくキレイにしてあげたんだから、これくらいの報酬はいいでしょ?

それじゃあね〜♪」




軽やかにドアを開けられ、まるで放り出されるように私は外へ出された。


外で驚いたような表情を浮かべているのはやっぱりワタリさん。




「・・・見違えましたね」


「あああもう、あんまり触れないで下さい、何か自分でも恥ずかしいんですから・・・!

・・・あの、竜崎さんは?」



ちょっと寒いし恥ずかしいから、

お父さんから一緒に送られてきたふわふわのアイボリー色のショールを肩に引っかけた。



「もう準備できています。ロビーで待っていますよ」



















「あ、あの、ワタリさん・・・、やっぱり、私ヘンですか・・・?」



ロビーを目指して歩く私は少し前を行くワタリさんに小声でそう訊ねてみた。


・・・だって、何か通り過ぎる人たちが意味ありげな視線を流していくんだもん・・・!




「羨望の眼差しですよ。断言します。

ですから、堂々としていて大丈夫ですよ、さん」


「そ、そぉなんですか・・・」



・・・そんなこと言われたって、気になるし落ち着かないんですけど・・・。

さっきのようにまた心の中でぼそっと呟く。





やがて、広いロビーが見えてきた。

フロントに近い大きなソファに黒髪の後姿を発見。


竜崎さんだ。

軽く小走りにワタリさんを追い越し、私は彼に近づいた。




「ごめんなさい、お待たせしまし・・・・・・」




私はそこで絶句する。

ソファに座ってたのはたしかに竜崎さん。


・・・・・・だけど。




「こんばんは、さん」




準備してるって言うから、軽くイメージはしてたけど私のイメージとは全然違ってた。

だって、竜崎さんも今までのイメージと全然違う、大人の男性の正装をしてたから。



漆黒色の髪と同じ、ダークスーツに身を包んだ男性。

ハイネックの白いシャツに黒くて細い、まるでチョーカーみたいなリボンネクタイ。

いつも無造作な髪はきれいにとかしたのか、さらさらと柔らかそう。


軽く組んでいた足を解き、彼はゆっくりと立ち上がった。




「あ、あの・・・!いつもの座り方じゃなかったし・・・、何か姿勢もいいですよ・・・!?」



そう。


普通の男性がするように足を組んで、あの体育座りじゃない竜崎さんは初めてだったし、

真っ直ぐに背筋を伸ばして立った彼は思っていたよりもずっとずっと背が高かった。

すらっとした細身の体に本当にそのスーツがよく似合っている。




「ええ、おかげで推理力は落ちてます。

気を張り詰めて意識していないと、ついいつものスタイルに戻ってしまうかもしれません。

居心地は良くないですが、少し我慢しますよ」




たしかに、あまり気分のいいものではないみたい。

窮屈そうに首元に手をやったりして、いつもの無表情が少しだけ不機嫌なものだから。



「車の用意ができました。それでは、行きましょうか、お二人とも」



ワタリさんが先にエントランスへ向かう。



竜崎さんも無言で私を促した。

その物腰がとても紳士的で素敵に思えたから。





「・・・・・・?」


「ダメ、ですか?」





竜崎さんの左腕に軽く自分の腕を絡ませた。

あくまでも、レディらしく軽く寄り添うように。




「・・・とても綺麗ですよ、さん。何処のレディが現れたのかと思いました」




竜崎さんは前を向いたままそう言って歩きはじめる。

・・・私の歩調に合わせて。



くすぐったいような嬉しさが込み上げたけど、

それを表す代わりに私は竜崎さんに絡めた腕をきゅっと強く掴んだ。



外が真っ暗だからガラスの回転ドアが鏡のように反射して私たちの姿が映る。




自分でも思う、この二人組は間違いなく大人の男女だって。





そうよ、格好さえどうにかなれば大人の女性を演じることはできるはず。

仮にもとしてずっと慣らしてきたんだから。





品の良い笑みをふっと浮かべてみた。


・・・大丈夫、何たって竜崎さんが一緒だもの。





パーティの始まりね。