さて、大好きな秋も半分が過ぎた頃。



10月の終わり頃から、高校に入って初めての冬服に袖を通した。

先輩たちが言うように、たしかにこの冬服のセーラーってダサいかも。

袖を通した最初の日にもうロングセーターを3着くらい買ってそれ以来ずっと重ね着してる。




学校帰りに街に出ると11月の中旬だというのにもう、おもちゃ屋さんにクリスマスツリーが飾られてたり、

コンビニの窓ガラスにはホワイトスプレーでサンタクロースやモミの木のデコレーションがされてたり。








いろいろ周りの風景は変わっていくんだけど・・・・・・、ぜんっっぜん変わらないものもある。












風が冷たくて、しっかりマフラーを巻いて背中を丸めて学校に来た。

校舎に入り―もう習慣化してしまったと言ってもいいな―恐る恐る靴箱を開けると・・・、

・・・今日は何もされてなかった。

嫌がらせもそろそろほとぼりかと思って安心してたのがいけなかったんだね・・・。





「痛っったぁっっ!!」




上履きを履いた途端、ものすごい痛覚が全身を貫いた。

反射的に足を上げて、上履きをひっくり返してみる。



ぽろぽろと零れ落ちてきたのは画鋲。

1つどころじゃない、5、6個は入ってた。



こ・・・こんな古典的な方法まで使ってきたよ・・・・・・!!
























「何それ!?」




昼休み。

教室で美奈子に今朝の画鋲の件を話すと、いつもはのん気に聞いてる彼女の顔色もさっと変わった。

・・・あらら、手にしていたコーヒー牛乳のパックが潰れちゃってるよ。



「怪我はないんだけどね・・・、あれはさすがに冷や汗が出たなぁ・・・」



くしゃっと頭に手を突っ込んで軽く身震いした。

溜め息をついて、おやつのポテトチップスに手を伸ばす。




「ねぇ、・・・、そろそろヤバいんじゃない?

先生に言った方がよくない?何でずっと黙ってるの?」


「うん・・・そうだね・・・そろそろ笑い事じゃなくなってきたかも」



・・・美奈子に言われずとも、冗談のレベルをもう過ぎてると思う。

自分に非があるかもしれない、とライトとの接触をほとんど断ち切ってるのに。


エスカレートされる覚えはもうこれっぽっちもない。




「今日の放課後にでも、先生に相談してみるよ・・・って、あ!!!」


「なっ何何?何なの??」




いきなり大声出してガタンっと立ち上がった私に、美奈子はひどく驚いていた。

・・・あ、それでも自分のチョコレートを庇うのは忘れてないね。




「・・・・・・・・・私、今日、裏庭の掃除当番だったの忘れてた・・・」


「え?そんなのサボっちゃえば?」




D組の生徒が1週間に1回、交代で人気のない裏庭の掃除をすることになってるんだ。

美奈子の誘惑に少し乗りそうになったけど、そこは思いとどまった。


自分の仕事はちゃんとやらなくちゃ。





「・・・まだ全然時間あるよね。

ごめん、美奈子。ちょっと掃除してくる。5限の音楽は直で向かうから、先に行ってていいよ」




ポテトチップスを一掴み分口に放りこみ、残ってたコーヒー牛乳も一気に飲み干して、教室を出た。
















人の気配が全然しない裏庭。

使われなくなった古校舎があって、木や草はあちこち伸び放題。


そんな陰気くさいところは、他の場所よりもめちゃ温度が低くて寒いような気がした。




ところで、夏場はあまり気にしてなかったんだけど、この時期は枯葉がかなり積もってる。


・・・掃除の意味はないような気が無きにしもあらず、なんだけど。



とりあえず、こんな所にも誰かはやってくるらしくあちこちに空き缶やお菓子の紙袋が散らばっていた。

持ってきたゴミ袋にそれらをぽいぽいっと放り込む。



休み時間終了まであと30分。

余裕で終わるよね。


そう思いながら地道な作業を続けていたその時。




「・・・




・・・・・・あれ?この聞き覚えのある声は・・・・・・、



ゆっくり、ゆぅっくり私は声の方へ振り返った。




「ラ、ライト・・・ははっ、久しぶり〜・・・」




腕組みして壁に寄りかかって立っていたのは思ったとおり、ライトだった。

相変わらずの茶髪、端整な顔立ち。


・・・・・・うっわぁ、話すのって数週間ぶり・・・。




「ホント、久しぶりだよね。最近どう?元気?」




・・・とりあえず、いつも通りを装って話しかけるけど・・・ライトは浮かない顔のまま。

・・・そいえば、ライトは私への嫌がらせって知ってたっけ?




「・・・何か・・・最近大変な目に遭ってるみたいだよね」


「あ〜〜・・・、ま、まぁ、大変っていえばそうなんだけど・・・、

なんだ、知ってたの?」




ついつい周りに視線をやって例の彼女達がいないのを確認する。

幸い、人気のない裏庭だ。

こんなところにまではあの子達も来ないみたいね。


私がそうして少し安心していたら。




「・・・・・・ごめん、

いい加減にしろって僕も言ってるんだけど・・・どうして止まらないんだろう。

・・・言い方が弱いのかな?」




本当に申し訳なさそうに彼は俯いた。




「ちょ、ちょっと待ってよ。ライトが謝ることじゃないでしょ?」




らしくなく動揺して慌ててしまう。

ライトはゆっくり顔を上げるけど、それでも何だか辛そうな表情。




「・・・、ここしばらく、僕を避けてただろ?」




はい?

・・・避けてた??

って、私はちょっと接触を断っただけで・・・・・・、



・・・あれ?言葉変えたらそうなる・・・よね・・・・・・。


うわ嘘!ライトそれを気にしてたの!?




「違う違う!それはね・・・・・・、

ごめん、言っとけばよかったね、あああもう私ってどうして肝心なことでこうなんだろ。

えと・・・、ライトと接触するの控えようかって思って、さ・・・。

そしたら、こんなことも少しはおさまるんじゃないかって思って」


「・・・・・・え?」


「だから、ライトと距離を置いてみれば、嫌がらせもおさまるんじゃないかと思ったの。

・・・そんな兆候は見られないんだけどね」




一瞬目を丸くしたライトだけど、すぐに安堵の笑みを浮かべて長く息を吐いた。


真っ白な息が薄く出て、すぐに冷たい空気の中に消えてしまう。




「何だ、そうだったのか・・・・・・僕はてっきりに嫌われたなって思ってたよ」


「嫌うって、どうして?」


「僕のせいで・・・こんな迷惑被って」


「はぁ?」




素っ頓狂な声を上げたけど、私はすぐにこめかみを押さえて溜め息をつく。

続けて、口を尖らせて腕組みした。




「あのねぇ・・・、責める相手を間違えるほど私、バカじゃないつもりだけど?

学年トップの夜神くんのお友達はそんな子だったの?」




私の言葉に少しだけ目を見張ったけど、すぐにライトはふっと口許を緩ませる。




「・・・・・・そうだね、ごめん」




あ、ライトの笑顔久しぶりに見た。

クールで真剣な眼差しとかシニカルな表情も悪くないけど、やっぱライトは笑ってた方がいいよ。


私も笑い返そうとするけれど、一瞬にしてライトの笑顔はさっと消えた。



・・・上を見上げて。





っ!!」


「きゃあっ!?」




ライトの視線を追おうとした私だけど、いきなり彼に突き飛ばされた。


ものすごい力で突き飛ばされ、急な体の重心の変化に対応できなくて私はそのまま後ろに倒れこんだ。


と、同時に。












ばっっしゃあぁぁんっっっ










「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・って・・・?」




・・・水が降ってきた。

ざっとバケツ2杯分くらい。



さっきまで私が立ってたその場所に。

・・・・・・・・・・・ライトの頭の上に。




「つめ、た・・・っ!」




ライトは自分の体を抱いてその場にうずくまった。

・・・・・・・・・そりゃそうだ。

もう冬になろうかってこんな時期に頭から水をかぶるなんて、そんなのバカがすることだよ。


そんなことを思うくらい、一瞬何が起こったのかわからなかった。




「バカっ!何はずしてんのよ!?・・・え?ちょっと、あれ、ライト君じゃない!!?」


「うっそーっ!!やだ何でこんな所にいるわけ!?」


「わ、私のせいじゃないもん!!」


「ヤバいよ、逃げよう!!」




目の前のライトを見て呆然としてた私は、上からの揉めた声で我に返り、ばっと上を見上げた。

古校舎の3階。どたばたと走っていくあの人影。




あの子達ね・・・!!


A組の、あの4人組!!




容疑者・・・もとい、現行犯をしっかりと目に焼き付けた。

すぐにでも追いかけようとしたけど、ずぶ濡れになってるライトを放ってはおけない。




「ライト、大丈夫?ごめん、私を庇ったの・・・?」


「あ、ああ・・・ものすごく冷たいけど・・・、何とか。

気にするな、。大丈夫だよ」




先に髪の水を絞ったライトはブレザーを脱いで、次いでワイシャツをぎゅっと絞った。


・・・・・・めっちゃくちゃ寒そう。




「ごめん、大して役に立たないと思うけど、これ使って」




スカートのポケットから小さなタオルハンカチを取り出した。

セーラーの上に重ね着してたロングセーターも脱いで一緒にライトに渡す。



冷たい風が体に吹きつけるけど、こんなのライトに比べたら何てことない。





「いや、いいよ。、寒いだろう?」


「水かぶった人が何言ってるのよ、いいから使いなさい!

それとも水も滴るいい男なんて笑えない冗談でも言うつもり!?」




ライトの肩に引っかけるようにして押しつけた。

まるで喧嘩腰な口をきく私に少し驚いたのか、彼は何も言えないみたい。




「ちょっとあの子達に文句つけてくる。

いくら何でも我慢の限界よ」



!?ちょっと待てよ!!」





ライトの静止の声を背中に聞きながら、私は彼女たちを追いかける為、全速で駆け出した。





もうムカついた!!