他人と関わることがこんなにも興味深いものだと初めて知った。




彼女は私にないものをたくさん持っている。

きっと私が持つことは叶わないだろう、多くのものを。

こんなにも毎日が刺激的なことなど前にあっただろうか?




ほんの少しの気まぐれで、もう一度逢ってみたかっただけなのに。


一度逢うだけでは気が済まず、私はもっと彼女と接していたかった。

















第七話:この時を、もう少しだけ




























「女って面倒な生き物ですよねー。しかも怖いし。

・・・竜崎さんはそう思ったこと、ありません?」





彼女は、週1回は私のところへ来てくれた。

自分の近況を話したり、私の手がけている事件に興味を持ってくれたり。

部屋で一緒にお茶を飲むだけだが、彼女は本当に明るく楽しそうに笑ってくれる。



外界と触れることはない私にとって、彼女との会話はとても興味深いものばかりだ。







さて今日の話題は、学校で人気の男子生徒との仲を一部の女生徒に嫉妬されている、といったもの。



自分自身はその男子生徒のことは気の合う友達だとしか思っていなくて、

彼もそのはずなのに、どうしてそうなってしまうのか。


全く言われのない敵意を向けられていて反発以前に呆れてしまう、と彼女は顔をしかめている。









言われのない、か・・・。

自分の思うようにしているだけなのに。




何故、人は勝手に私を評価する?


否定される覚えもなく、肯定を望んでいるわけでもないのに。






「・・・けれど・・・さんの立場はわからなくはないですよ。

言われのない理不尽な嫉妬は自分の力ではどうしたって解決はできませんからね。

解決しようとすればするほど、何故かやっかみは大きくなる。

・・・時間が解決してくれるのを待つほかありませんね」







・・・・・・彼女の話からふと思い出した昔を振り返り、その出来事と重ね合わせて自分の見解を述べた。




彼女はぴくりと眉を上げて反応し、紅茶のカップに口許を隠して私の様子を窺っている。





「・・・竜崎さんも、そんなことが?」


「こういう仕事をやっていると、いろいろあるものですよ」





そう。

状況は違えど、自分にも覚えのないことではない。







私はまだ幼い時分から、周りの子供たちとは異なる教育をされてきた。

外で同年代の子供たちはどんなことをしてるのだろうと思いつつもその輪に入ることは一度もなく、

来る日来る日も私の相手は難解な本と、代わる代わるやってくる家庭教師たち。


その年齢の子供にしては恐ろしいほど飲み込みが速かったらしく、

気がついたときには大学教授とも対等に議論できるようになっていた。


そんな私を家庭教師たちは口をそろえて「天才だ」と仄めかしてきた。

自分では天才だなんて思ったことはないのに。

ただ、自分の考えを素直に口にしているだけなのに。





あっという間に数年が経ち、今は難事件を請け負う私立探偵として活動し、今日に至っている。





だが、Lとして活動を始めた私に敵意や陰口が絶えた事はない。





顔も名前も姿も見せずに、コンピュータのスクリーンを通じてしか捜査に参加しない得体の知れない人物。

加えて私は、本当に私の力を必要とする事件にしか関わらない。

しっかり事件を見直せばすぐに解決できるというのに、

ほんの少しの行き詰まりだけで私に依頼してくる事件は全て断り、警察に任せきりだ。



そんな人物を信用しろというのはやはり無理があるのだろう。




だから私は手がけた事件は必ず解決に導かなくてはならない。

それが、人に信用してもらえる為の唯一の手段だから。

寝る間も惜しんで事件と向き合い、ほんの少しの手がかりも見逃さずに細かく分析していく。




そのことを不幸だと思ったことはない。

事件の推理をするのも、真実を追究するのも嫌いではないし。

元々外を出歩くことなど滅多になかった私だ。

部屋にこもりきりのこの生活に特に不満があるわけでもない。




けれど時々・・・・・・本当に時々だが、ふと自分の存在意義がわからなくなる時がある。











・・・・・・人との関わりを断ってまで、私が手がけていることに意味はあるのだろうか、と。













「あ、ところで竜崎さん。事件の進行具合はどうですか?

たしか、サンフランシスコで有力な情報が掴めたって言ってましたよね」




ふと自分のことを省みて口を閉ざした私を気遣うように、努めて明るい声がかけられた。


いけない、気を遣わせてしまったか。





「ええ。あと何かひとつ、決定的な情報が入ればもしかしたら解決かもしれませんね」





浮かんでいただろう無表情はすぐに仕舞い、できるだけはっきりとした口調で口を開いた。






アメリカの失踪事件。

合衆国の一流企業、グループの有力者たちが次々と行方を眩ます事件。

調査をしていたFBIは疾うにさじを投げ、私に依頼してきた。



複数犯らしきグループから挑戦的に送られてくるメッセージ。

アメリカ大陸を縦横無尽に移動でもしているのか、

それらの発信地はニューヨーク、ロサンゼルス、テキサス、シカゴと目まぐるしく変わり続けている。

有力な情報をアメリカ全土からかき集め、細かく分析していって彼らを追い詰める作業の真っ最中だ。

事件の手がかりは思っていたよりも多く、解決は時間の問題だと思っている。



そして先日、犯人の一人と思われる人物をサンフランシスコで確認し、その人物の所属も掴んだ。

後はその人物の動向を見逃さずに監視し、他の仲間たちの尻尾を掴む事ができれば、それで解決だ。








「・・・そういえば、さん。

最近日本の事件での名を聞きませんね?」




佇まいを少し直し、ここしばらく思っていたことを口にした。

彼女がここに通ってくれるようになって、私は日本警察内部であの私立探偵の名を聞いていない。





「ええ、依頼は来るんですけどね・・・

竜崎さんの話をいろいろ聞いてて、まだまだ私は勉強不足だって思って。

いろいろ社会常識や知識が身に付けられたら、また活動したいと思ってます」





あっさりとそう言って彼女は笑った。

迷いも何も感じられない、澄んだ瞳が本当に目を引かれてしまう。




たしかにこの世界には、まだ10代の彼女には未知の事柄が多すぎるのだろう。

しかし、その部分を補うだけのフットワークと探究心は十分に備わっていると私は思っているけれど。







「うわ!もうこんな時間だし!

竜崎さんごめんなさい、私そろそろお暇しますね」




ふと腕時計に目をやった彼女は慌てて立ち上がった。

気がつけばもう10時をまわっている。

彼女が来たのは夕方だったのに。




「そうですか。ワタリ、彼女を送ってあげて」


「承知しました」


「あの、いつもすみません。すごく助かります」




最初のうちはひどく遠慮していた彼女だけど、最近では素直に礼を言って申し出を受けてくれる。


側に置いてあったカバンを取り上げて、ワタリに先導されて出て行こうとするが、ふと私の方へ振り返った。

私の見たことのない、真面目な顔で。

笑顔や怒った顔は見せてくれたが、こんな表情はまだ見たことがない。





「どうかしましたか?」


「・・・あの、竜崎さん?」


「はい?」





いつもはきはきと物事を口にする彼女にしては珍しく何やら口ごもっている。

やがて決心が固まったのか、一つだけ息を吸った。




「私、ここに来るの好きなんです。

いろいろ面白いお話とか聞けますし」


「そうですか?それは良かったです」




いきなりどうしたんだろうと思いながらも私は返事を返す。




「ちゃんとした礼儀もなっていない私ですけど・・・、

私は、竜崎さんともっといろんなお話をしていたいです」


「・・・はぁ」




・・・彼女の意図が全く読めない。

何か彼女の気に障るようなことでもしてしまったのだろうか・・・


そう考え、今までの会話の内容を急いで振り返ってみる。



そんな私の思いを知ってか知らずか、彼女は一瞬だけきゅっと唇を結んで真っ直ぐな瞳で私を見つめた。






「何でも話してくださいなんてそんな失礼なことは絶対に言いません。

でも、私が竜崎さんと話してて楽しいと思っている気持ちを少しでも共有できたらなって思ってます。


私・・・・・・きっといろいろ失礼なところにも触れてしまうだろうと思うから・・・・・・、

迷惑なことをしたなら・・・ごめんなさい。

直すように努力しますから、迷惑だと思ったら言ってくださいね?」









・・・ああ、きっと先ほど私がふと自分の思いに沈んでいたことについて気にさせてしまったのか。








「・・・・・・迷惑だなんて思ったことなどありませんよ」





それ以上の言葉が紡げなかった。

・・・真面目にそんな風に言ってくれる人など今までいなかったから。

だけど、黙ってしまうと彼女の不安を大きくさせるだけだと思って、どうにか言葉を続けた。





「・・・あなたさえ良ければ、いつでもいらしてください。

私もあなたと話していると、とても新鮮で楽しいですよ」





何とか私がそう言うと、彼女は心底ほっとしたような表情を浮かべる。

そして、いつもの笑顔に戻ってくれた。




「・・・よかった。それじゃ、また」




そう言ってドアの向こうに消えるが、すぐにひょいっと顔だけをドア口から見せる。

今度は悪戯好きの子供のような表情。




「あの、この前素敵なケーキ屋さん見つけたんです。

そこのショートケーキが本当においしくって!

今度来る時に買ってきますね、きっと竜崎さんも好きな味だと思います」


「・・・それは楽しみですね。是非お願いします」


「はい!それじゃ、失礼します!」






ばたん、とドアが閉じられ、私はその硬い質感のドアをずっと見つめていた。





・・・何だか熱いものがこみ上げてくるようだった。






―――もっといろんな話をしていたいです。


―――迷惑なことをしたなら・・・ごめんなさい。






人との付き合いを知らない私だ。

迷惑なことや失礼なことをしているのはきっと私の方かもしれない。




それでも、彼女は私と話をしていたいと言ってくれた。




・・・それは私のセリフですよ、さん。


私も、もっとあなたといろんな話をしていたい。

・・・いや、私の方が、と言った方が正しいんでしょうね。












・・・・・・我侭だとはわかっている。

自分のことはあまり語らないのに、彼女のことを知りたいだなんて。




それでも、この時を、もう少しだけ。


もう少しだけ、あなたとこのままで。