不思議の国のアリスは言いました。




―――おかしなことばっかりだわ。皆どうして変だと思わないのかしら?





・・・・・・・・・それはだね、自分もおかしくなってしまえば、不思議だなんて思わないんだよお嬢さん・・・。

















第六話:不思議なこと





















夏休みが終わり、二学期が始まった。

・・・・・・久しぶりに着た制服がちょーっときついような気がするのは無理やりでも無視無視無視・・・・・・。






朝からすっきりとした青空のいい天気。

夏休み中の寝坊生活でどうなるかと心配だったけど、きちんと早起きもできた。

気合い入れて作った卵とトマトのココットは我ながらとてもいい出来だったしね!



新学期用のステーショナリーを入れた新しいバッグに、

イギリスで買った可愛いテディベアのキーホルダーを付けただけでとっても気分がいい。






・・・・・・・・・夏休み、本っっ当に!いろいろあったけど・・・二学期頑張ろう!






そう自分に言い聞かせ、新しいカバンを元気よく振りながら足取りも軽く家を出た。



















ちょっと早めに家を出たから、学校の周りにはまばらにしか生徒は見当たらない。

校門をくぐり、グラウンドの向こうにある校舎を目指す。





ー!」





相変わらずの元気な声が後ろからかけられる。

姿を確認しなくても声だけでわかってしまうなんて、やっぱり彼女の存在感は並じゃないよね。



振り向くと間違いなく彼女、美奈子が手を振りながら走り寄ってきた。

・・・何か、ピアスはしてるわスカートは短くなったわ・・・何?夏休みデビューのギャル化してきてない?

まぁ、それ程嫌味っぽくなく元気な彼女に似合ってるけど。




「やっほー美奈子、お久しぶりー。

あれ?少し髪切った?」




この恋心と共に私は髪を伸ばす!とか何とか言っていた彼女のこげ茶色の髪は、

肩につくかつかないかくらいの長さに逆戻りしてる。

・・・あれ?また長続きしない新しい彼氏でもできたのかな?

右手の薬指に嵌められているリングが一学期のものと違う。




「うん、暑くってさ。我慢できなかったんだ〜」




あははと陽気に笑う彼女。

その笑顔は変わってない。

そのことに少し安心して私も笑い返した。




「夏休みの課題やった?

私、今朝やっと全部の課題終わったよー」


「あ、私も昨日ギリギリでやっと終わったんだ。・・・・・・ただ、風景画だけできなくてさ。

美術史のレポート提出することにした。最初の美術の授業まで時間はあるからそれで仕上げるつもり」




私がそう言うと、美奈子は頬に手をやってふぅっと溜め息をついた。

どうしたのかと思ったら、こんな失礼なこと述べてくれたんだ・・・。





「・・・・・・・・・、

成績良くてピアノも弾けて調理実習も上手いけど・・・絵だけはへっっったくそだもんねー・・・」


「う、うるさいわね!何よいきなり!」


「だって、一学期の美術の授業で毎時間やってたクロッキー。

あんなに前衛的かつ絶望的なデッサン私初めて見たんだけど。

あと、鳥の絵を描いた時だってそうだよね、

あの岩みたいな物体に2本足と目玉がついた謎の生き物は何なのかとも思ったし。

ああそう、グループでの調査学習のまとめにみんなでイラスト描いた時だって」





指折り数えて美奈子はずけずけと項目を挙げていく。

言い返そうにも全部本当のことだから何とも言えない。



・・・・・・救いようもない絵しか描けないってわかってはいるわよ。

だけど自分で言うのも何だけど美的センスは悪くないし絵の鑑賞は好きだよ?

上野の美術館は周りの緑も好きだし、いつも興味深い展覧会が開かれてるから観に行くのも大好きだし。



・・・・・・だけど、絵だけはホントに描けないんです。手が動かないのよ悲しいことに。


自覚はしてるんだからそこまで言わなくたっていいじゃない!





「なけなしの芸術系の才能は全部音楽方面に行っちゃったのよ!悪い!?」





たぶん美奈子には悪気はこれっぽっちもないんだろうけど、

実は気にしていることを突かれた私はつい喧嘩腰に逆ギレしてしまってた。



だけど、彼女は私の怒気にちっとも動じずに遠くを見たまま失礼な言葉を続ける。




のお父さんは有名なファッションデザイナーさんなのにねー・・・」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・美奈子・・・私にケンカ売ってるの?」


「・・・そんなことよりさ、




そんなことより!?


ピキっときたんだけどいつの間にか、からかいの表情は消してる美奈子。

いつになく真面目な顔してるから口をついて出ようとしていた文句は消えてしまった。



まだ誰も来ていない教室のドアをガラっと開けて先に美奈子が入る。

彼女の背中を追うようにして私も続く。


一糸も乱れず整然と机が並べられている教室は、

何も手を触れなくても誰かが入室したそれだけで、完璧な秩序は崩れてしまった。




「・・・・・・・・・気をつけた方がいいよ」


「何を?」




神妙な顔して、美奈子は周りを気にしながら口を開いた。

そんなに警戒しなくたって、まだ教室に人はいないのに。

彼女はぽいっとカバンを机に放り投げて、手近にある誰かの机の上にひょいっと腰かけて足を組んだ。



・・・・・・短いスカートが結構際どいラインを見せてるんですけど。





「・・・・・・ってば最近ライト君とめちゃ仲いいじゃない?」


「はぁ?」





何の想像もしてなかった話題に私はつい間抜けな声を上げてしまう。


ライト?彼がどうかしたの?





「この前なんて、夏休みなのに、一緒に街を歩いてたらしいじゃない。

A組の女の子が言ってたよ」


「へ?・・・・・・ああ、イギリスに行ったお土産渡そうと思ったんだよね。

あ、そうそう、これ美奈子にお土産。可愛いミニチュアのテディベア!」


「うわ、ありがとー!・・・って、そうじゃなくて!!」




美奈子はチェックのリボンを首に結んだテディベアを見て嬉しそうな声を上げたけど、

すぐにそのテンションは落としてしまった。(ちゃっかりテディベアはバッグに仕舞ったけど)






「・・・・・・は気づいてないの?

ライト君、密かにすごい人気なんだからあまり近づきすぎるとマズいと思うよ・・・。

実は一部の女の子たちからいろいろ言われてるんだよ?」





・・・・・・何それ?

いろいろ言われてるって何を?






「・・・・・・・・・マジで?何で??ってか、私、怪しまれるようなことなんて何もしてないよ?

一緒にチョコレート食べたり、一緒に映画に行ったり、本を貸したり貸してもらったり・・・、

一緒にお昼食べたりしたり、あと・・・」


「十分な理由になり得るってばそれ!!ってか、そこまで進展していたの!?」


「ちょっと待って、たったそれだけのことで!?」




私が挙げた項目を聞いて頭を抱えた美奈子がいきなり声を荒げた。

負けじと私もつい大声になってしまう。

しばらく無言で睨みあうけど、美奈子は呆れた風にこめかみに手をやって、大げさに一つ溜め息をついた。





「あのね・・・・・・、

盲目的に憧れすぎて周りの見えていない女の子たちにとっちゃ、

男女の友情だなんて言葉は通用しないんだよ?」


「・・・一学期の間、所構わずライトにきゃーきゃー言ってた美奈子が言うセリフなの?」


「あの頃は子供だったのよ。彼氏もできると落ち着くって本当だったのね」


「・・・・・・今でも十分子供だし、落ち着いてるようには見えないけど?」


「余計なお世話よ!」





ぷぅっと頬を膨らませて美奈子が反論した。

だけど、またすぐに真面目な顔に戻る。


・・・・・・、あ、今のその顔ならたしかに落ち着いてるし、大人びているね。

格好はギャルだけど。





「私は、のこと気の合う友達だと思ってるよ。

・・・でもそんな私だって、ライト君と仲のいいのことちょっと気になるんだから。

何も知らない子にしてみたらすごく気にいらないと思ってるはずだよ」


「・・・・・・・・・今日、雨、降らなきゃいいけど・・・・

いい天気だったから洗濯物干しっぱだよ・・・・・・・」


「・・・・・・あの、?私、真面目な話してるんだけどそれはさっきの仕返しなの?

絵がド下手だって、そこまで気にしてた?」






そこまで話した辺りで懐かしい友達がわらわらと教室に入ってくる。

内容上あまり目立つような話はできないので、この話題はそこで終わってしまった。


久しぶりの顔なじみたちが元気に日焼けした姿は、楽しい夏休みの名残を私にも思い出させる。


二学期のスタートね。





















その時は、美奈子の言葉はあまりぴんと来なかった。

元々、周りの評判や雰囲気を気にするような繊細さは持ち合わせてなかったからなぁ・・・。

加えてどうやら私たちのD組ではそんな兆候は見られなかったし。



だけど、数日も経つ頃になると、いくら私でも周りの違和感を少しずつ感じられるようになった。



ライトに借りた本を返そうとA組に行ったら、必ず教室のドアを数人の女の子たちが阻んでる。

廊下で顔を合わせたら、ライトは声をかけてくれるけど何か周りの視線が痛い。



・・・つい一昨日なんて、ついに呼び出しまで受けたんだよ?

あの子は・・・たしか、ライトと同じA組の女の子だったっけ?




―――あんまり彼に近づかないで、彼女でもないんだから少しは遠慮してほしい。



敵意だらけの言葉に私は、反発を覚える以前に呆気に取られるしかなかった。


同じ女の子なのに、どうして理解できないことがあるのかなぁ・・・?























「・・・と、いうわけなんですよね、竜崎さん」


「それはまた災難ですね」





ここ数日の私への出来事を簡単にかいつまんで私は竜崎さんに話していた。





初めてここに来たあの日から、私は週に1回は彼に会いにホテルへ足を運んでいる。

制服姿でこんな高級ホテルへやってくる私はひどく珍しいらしく、

何回目かの今日もベルボーイさんに変な目で見られたけどね。



最初は仕事の邪魔にならないかなと思ってたんだけど、彼もワタリさんも本当にいつも歓迎してくれるから。

いろんな事件に首突っ込んできた私にとってたくさん興味深い話も聞けるから、ついつい頻繁に来てしまう。




元々あまり多くを語らず、背中を丸めて目の下にクマを作った無表情は怖い印象も受けるかもしれない。

加えて年齢不詳で本名さえ教えてくれない(『竜崎』は偽名だってこの前初めて知った・・・)もしかしたら怪しい人。


だけど今日みたいな私の他愛のない話でも竜崎さんは嫌な顔一つもしないし。

私には彼の表向きの顔の裏に、思いやりや穏やかさは十分に垣間見えてるから、それだけで私は彼に心許せてる。



いろいろあけっぴろげに話せる男性はライトに続いて2番目かな。

それにさすがあのLというだけあって、知識は本当に豊富で私も知らないことがたくさん。





「女って面倒な生き物ですよねー。しかも怖いし。

・・・竜崎さんはそう思ったこと、ありません?」


「犯罪事件における女性の心理は、私でも時々頭を捻るようなものがありますね。

どうしても男性には理解の及ばない部分もあるかもしれません」




・・・いえ、そんな難しいことは聞いてないんですけど。


私の心の突っ込みはものともせず、竜崎さんは小さな白いティーカップを持ち上げて、

ワタリさんが淹れてくれた紅茶に口をつけた。





「・・・けれど・・・さんの立場はわからなくはないですよ。

言われのない理不尽な嫉妬は自分の力ではどうしたって解決はできませんからね。

解決しようとすればするほど、何故かやっかみは大きくなる。

・・・時間が解決してくれるのを待つほかありませんね」





・・・やけに説得力のある見解。

私はティーカップに口許を隠して、ちらりと上目遣いに彼へ視線を向ける。




「・・・竜崎さんも、そんなことが?」


「こういう仕事をやっていると、いろいろあるものですよ」





そう言って、彼はふと目を伏せた。


・・・どこか哀しそうに見えるのは私の気のせい?






「あ、ところで竜崎さん。事件の進行具合はどうですか?

たしか、サンフランシスコで有力な情報が掴めたって言ってましたよね」


「ええ。あと何かひとつ、決定的な情報が入ればもしかしたら解決かもしれませんね」




一瞬だけ浮かんだような彼の哀しそうな表情は、私が話題を変えるとすぐに見えなくなってしまった。


・・・今、無理やりに表情を押し込めてなかった?





いつも通り、当たり障りのない事件の現状は教えてくれる。

アメリカで起きている失踪事件。

FBIがさじを投げてLに依頼したみたいだけど、

犯人の足跡を追うのに十分な手がかりはあるので、解決は時間の問題だと彼は言ってる。


ひとしきり事件の話をして、竜崎さんはふと私の方へ真っ直ぐ向き直った。





「・・・そういえば、さん。

最近日本の事件での名を聞きませんね?」


「ええ、依頼は来るんですけどね・・・

竜崎さんの話をいろいろ聞いてて、まだまだ私は勉強不足だって思って」





そう。

知らないことが半端じゃなく多すぎた。

事件における犯罪者の心理、科学的調査の実証、そして推理に必要な法医学関係の知識。


勘の鋭さだけではどうにもならない知識が明らかに不足していた。

これでよくも今までボロを出さずにすんだなと自分の悪運の強さに感動してしまうくらい。


竜崎さんからいろんな話を聞いて、このままじゃいけないって思ったんだ。






「いろいろ社会常識や知識が身に付けられたら、また活動したいと思ってます」


「結構なことですね。そこまで向上心があれば活動再会も遠くないでしょう」




そう言って、竜崎さんは満足げに微笑んだ。






本当は明らかに太陽の光が足りないと思われる竜崎さんをあちこち外に連れ出してみたいんだけどね。

日本人で日本語も喋れるのに、外を見て廻ったことなんてないって言うんだもん。



でもやっぱり、彼はLなんだ。

素性を隠していかなきゃならない存在。

頻繁に出歩くのは問題がある。





一体いつからこんな隠居生活をしてるんだろう?

まだ若いそんな彼に課せられた重圧は、一体如何ほどのものなんだろう?

さっきの哀しそうな表情と何か関係があるの?





・・・・でもさすがにそんなことは彼に聞けないよね。









きっとそれは、私にはどうにもならないこと。

竜崎さんだって私にそんなこと期待はしていないと思う。




それならせめて、楽しい話題で盛り上がりたいじゃない?





空になってしまった私のティーカップにワタリさんはお茶を追加してくれた。


ワタリさん、お茶を淹れるのが本当に上手いよね。今度教えてもらわなきゃ。






こうして、私と竜崎さんの会話はいつものようにおいしいお茶と共に過ぎていく。