それから数分後。
「そんなに怒鳴らなくても教えてあげますよ、さん」
「ええもうぜひそうしてくださいますか竜崎さぁん?」
ようやく大笑いをおさめ、きちんと彼女に向き直った。
しかしまだ完全に笑いを堪えることのできない私が気に入らないらしく、彼女の言葉にはまだ棘がある。
そんなことすら可笑しいと思えてしまう私の方がおかしいのだろうか?
「そうですね、何からお話した方がよろしいですか?」
「・・・いろいろありすぎるんですけど、どれから質問したらいいですか?」
「答えられる範囲でしたら何でもお答えしますよ。
立場上、全てをお教えすることはできなくて申し訳ありませんが」
「・・・・・・その範囲ってもんのすごぉく狭そうな気がするのは私の気のせいですか?」
そこまで拗ねなくてもいいのに。
「では、試しに聞いてみてはどうですか?」
ケーキにフォークを刺し、大きめに切り分けて口へ運ぶ。
そんな私を恨めしそうに見ていた彼女だけど、やがて意を決したように口を開いた。
「・・・じゃあ・・・まず、日本に何しに来たんですか?
近々イギリスを出るってあの時ロンドンで言ってましたけど、目的地は日本だったんですか?」
「目的地ではありませんよ。
あなたと別れた後、すぐにイギリスを出て別の国に向かったんです。
新しい事件を手がけることになりまして。
今度はあまり手ごたえの感じられないようなものになりそうですけどね」
「・・・・・・それで、何で日本に来たんですか?」
話を流そうとはさせない。さすがだな。
「では、そこはトップシークレットということでお願いします」
「・・・・・・・・・一番聞きたいことなんですけど?」
「ええ、すみません」
真面目な顔でそう言うと、彼女はしぶしぶと引き下がった。
「・・・・・・じゃあ、わざわざあのお店に来てまで私をここに連れてきたのは?」
「せっかく日本に来たことですし。
偶然ロンドンで出逢えたあなた、がいるのなら、ぜひもう一度お逢いしたかったので。
最もあの店でワタリがあなたと出逢っていなければ、居場所もわからずそれも叶わなかったのでしょうけれど」
トップシークレットの答えに近いものをさり気無く口にした。
しかし、彼女はここに関しては深く追求してこない。
・・・実は意外なところで詰めが甘いのか?
「・・・え?じゃ、じゃあ、あの、ワタリさんがあの日Favoriteに来たのは・・・?」
「あの日、私も連続婦女惨殺事件の例の容疑者を追っていたんです。
そうしたら、離れたところで容疑者をつけているさんを偶然に見つけたんですよ。
すぐに現場を離れたあなたを追ってあの店に来たというわけです」
お茶のおかわりを持ってきたワタリが口を挟んだ。
私のカップにきれいな色の紅茶が並々と注がれる。
「そ、そうだったんですか!?」
「ええ。その前にも事件報告書を預けた郵便局や、
事件関係者の周りでもあなたを見かけていたので、あなたこそがだと確信したんです。
女性だということは竜崎から聞いてましたが、こんなに若いお嬢さんだなんて思いもしませんでしたよ」
「う、うっそぉぉぉ・・・!!?」
意外だったらしい答えに彼女は両手で口許を覆い絶句する。
「その後すぐにワタリから連絡を受けてそう伝えられたんですが、私も信じられませんでした。
はてっきり30前後くらいの女性だとばかり思っていたもので。
最後の通信でもあなたが10代の女性だなんて信じられなかったんですよ?」
「・・・・・・・・・・!!」
言葉も出てこないほど驚いているらしい。
怒った顔も面白かったが、こんな風に目を丸くさせた彼女もまたひどく面白い。
「だけどあの日、ハイド・パークであなたと出逢って。
声の高さは少し違いましたがトーンといい喋り方の癖といい、一声聞いてのものと一致しました。
本当に10代の女性だったのかと驚きましたよ。
あの出逢いばかりは偶然だとしか言いようがありませんでしたね」
「だ・・・、だってだって、竜崎さん、全然そんな素振り見せなかったじゃないですか!?」
再び声が大きくなる。
面白いほどにくるくると表情がよく変わるんだな。
本当に彼女は20面相か何かだろうか。
「そうですか?結構驚いていたんですけど」
飄々とそう言ってお茶を飲むと、何も言い返せないらしい彼女。
見れば、紅茶にもケーキにも手はつけられていない。
じっとケーキを見つめ、ちらりと彼女の顔を窺う。
「さん、ケーキ食べないんですか?」
「・・・・・・食べたければどうぞ・・・・・・」
ぽつりとそう言ってくれたので、私は嬉々として小さな白い皿を自分の方へ引き寄せた。
それから私たちはずっと話し続けていた。
少々むすっとしていた彼女だったけれど、30分もすればあの素直な笑顔をもう見せてくれていた。
イギリスのこと、今まで手がけた事件など、好奇心は旺盛らしい彼女はいろいろと質問してくる。
機密に触れない程度にしか答えることはできなかったが、
そんな私の話でも彼女は楽しそうに聞いてくれる。
いつもよりも饒舌になっている私を見て目を細めていたワタリはふと私に目で合図を送ってきた。
・・・・・・時計?
・・・・・・・・・ああ、そうか。
「さん、もう11時になりますが、時間の方は大丈夫なんですか?」
そうだ、いくら聡明な女性とはいえまだ高校生だ。
あまり遅くまで居させてはまずかったか。
彼女はさっと顔色を変え、自分の腕時計で時間を確かめて慌てて立ち上がる。
「ええぇ!?もうそんな時間ですか!?
うわ、すっかり長くなっちゃいましたね・・・ごめんなさい、終電に遅れるので私もう帰ります」
「ご自宅までお送りしますよ。わざわざ足を運んでいただいたのですから。
よろしいですか、竜崎?」
初めはいつも通り隅に控えていたワタリだが、
彼女の望みでほとんど強制的にソファに座らされ、会話に参加していた彼も立ち上がりながら私に許可を求めてくる。
彼女は目を瞬かせ、ぶんぶんと手と頭を横に降った。
「え、そんな悪いですよ。少し遠いですよ?」
「尚更です。ワタリ、お願いします」
「そうですよ。どうぞ遠慮なさらないでください。
ご家族も心配しているでしょう、遅くまで引き止めてすみません」
少し迷っていたらしいが、彼女はすぐに申し出を受けてくれた。
「あ・・・じゃあ、お言葉に甘えますね。助かります。
でも、家族のことでしたら大丈夫です、私、一人ですから」
安っぽいバッグを肩にかけて彼女は笑う。
・・・一人?
「あの時、お父上とお母上がいらっしゃったではないですか?」
「二人とも仕事でいつも家を空けてるんです。
家には本当に滅多に帰ってこなくって。
あの時は二人とも珍しく休みを取ったから久しぶりに家族旅行でもしようかということだったんですよ。
あ、このカップどこに片付ければいいですか?」
自分のティーカップとソーサーを持ち上げてワタリに問う。
そんな彼女に少し驚いたのか、らしくなく少し慌てたワタリは彼女からカップを受け取った。
「ああ、私が片付けますよ、ありがとうございます。
お一人なんですね・・・大変ではないですか?」
「そうでもないですよ。慣れたら一人暮らしは気ままで楽しいですから」
嘘偽りもない言葉。笑顔。
ほんの少しだけ、彼女のその表情に目を奪われてしまっていた。
「・・・では、さん。時間のある時で構いません。
またここに来てくれませんか?もっといろいろな話がしたいです」
そう口にした後ではっと我にかえった。
少し意外そうな顔をしたワタリ、そして私も気がつけば自分の口から出た言葉に驚いていた。
彼女は私の申し出に目を丸くさせる。
「え?あ、でも事件を抱えてるんですよね?邪魔になりませんか?」
「今度の事件は情報収集とその処理くらいしかすることがないんです。
ここでの滞在もそんなに長くはないですから」
「でも・・・・・・、い、いいんでしょうか?」
そう言って、彼女はワタリの意見を求めようと彼の方へ視線をやった。
「竜崎は他人と関わることなんて滅多にないんです。
いい機会ですので私からもぜひお願いしたいです」
彼のその言葉を聞き、少しの間を置いて彼女は私の方を向き、ふわっと微笑んだ。
「じゃあ・・・また、来ますね。私ももっと竜崎さんとお話したいです」
「ええ、ぜひ」
「・・・今日は本当に驚きましたけど、逢えてよかったです」
彼女はそう言ってドアの方へ颯爽と歩いていくが・・・ドアノブに手をかけて再び振り返った。
ほんの少し居心地悪そうに視線を泳がせながら。
「どうしました?」
「あの・・・、私の最初のつんけんした態度は水に流してくださいね?
ごめんなさい、悪気はなかったんです」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
「・・・ああ、気にしてませんよ。
私の方こそ、人が悪かったですね。申し訳ありません」
少しだけ呆気に取られたが、すぐに言葉を返す。
言葉を発すると同時に笑みも自然と浮かんでいた。
「そうですよ、全くもう。
それじゃ、今日は本当にありがとうございました。また来ますね」
軽く私に一礼して彼女は部屋を出る。
ワタリも私に退室を目でことわり彼女に続いて部屋を後にした。
・・・部屋の静寂は、彼女との楽しい会話の余韻に浸るのにうってつけだった。
ほんの少しだけ冷めてしまった紅茶に口をつけて、何もない虚空に目を泳がせる。
本当に面白い女性だ。
一緒にいると飽きない。こちらも気がつけば笑みが浮かんでいる。
そう思えた、おそらく初めての人物。
次は・・・いつ来てくれるんだろうか?
古めかしいアンティークの置時計がコチ、コチ、と秒を刻むのを聞きながら、
さっそく私は仕事に取り掛かるべくコンピュータの電源を入れた。
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