・・・・・・こんなに浮かれたのって、いつ以来かな?



外はとても寒いけど、あたたかい光に満ちたパーティ会場。

色とりどりの鮮やかな色彩が華やかな音楽に合わせて華麗に舞う。



まるでイギリス貴族の社交界のような世界。

一生懸命背伸びして格好だけはどうにか大人になれても、

内心では素敵なパーティにとても心躍っていた。



・・・・・・でも彼に呆れられたくないから、この浮わついた気持ちは仮面の中にしまっておかなくちゃ。



今夜は仮面舞踏会。

大人の女性を、演じ通してみせようじゃない。


























第十二話:masquerade―――her side
































人の耳を気にして、参加者たちから離れて壁に背を預けられる位置に私と竜崎さんは落ち着いた。




壇上に上がったあの人・・・、

・・・今日のターゲットであるあの人がカクテルグラスを掲げてパーティの開始を宣言した。

そして、控えていた室内楽カルテットが、室内の空気を華やかに震わせる曲を奏で始める。


・・・あ、これ『椿姫』の乾杯の歌だ。




「・・・それでは、さん。頼みましたよ」



視線を合わせずに、唇だけ動かして竜崎さんはそう言った。

そうだ、あの男性と接触した人全てをデジカメで撮らないといけないんだ。


渡されたカメラは本当に薄いし小さい。私が持ってる最新モデルよりもずっと小型なもの。

何処のメーカーかなと思ったけど、製造元は明記されてない。

手の中にすっぽりと納まってしまうし、ドレスのポケットにもかさばらずに隠せてしまう。




「は、はい。えと、凌坂さんは?」


「あなたと一緒にいますよ。ターゲットの写真を撮る時の死角を私が作りますから。

できるだけ自然に近づきましょう」




竜崎さんは不機嫌そうに首元に手をやり、リボンネクタイを軽くしごいて溜め息をついた。

いつもシャツにジーンズといったラフな格好だったし・・・やっぱりその格好、あんまり好きじゃないみたいだね。





だけど・・・見違えた、って言ったら怒るかなぁ・・・。

アイマスクを付けたスーツ姿の竜崎さんは、とっても素敵だった。

・・・・・・いや勿論、普段の彼は素敵じゃないとかそんなんじゃないよ?念の為。


でもね、猫背を伸ばしただけでずっと目線は高くなった彼に少しだけ見惚れてたのはたしか。

甘いものばかり食べてるとは思えない細身の体に、彼の髪の色と同じ漆黒色のスーツはとってもよく似合ってるし・・・、



・・・それよりも何よりも。

アイマスクを付けたことで目元のクマを隠してしまった竜崎さん。

意志の強い独特な視線だけが目元を彩って、整った端整な顔立ちに無駄がない。






一緒にケーキ食べてくれるいつもの竜崎さんもいいけど、こんな風に素敵な英国紳士のような竜崎さんもいいかも。






「さっそく接触を始めましたよ。さん、行きましょう」


「あ、はい」



見ると、さっき壇上で挨拶していたターゲット、中本さんはいつの間にかホールに下りていた。

品のよい微笑みを浮かべて同じくらいの年頃の男性と話してる。



・・・・・・あんな人当たりの良さそうな人が、容疑者だなんて。



ターゲットを鋭い瞳で見据えて、竜崎さんは一歩踏み出した。

彼に寄り添って、私は手の中に隠したカメラをぎゅっと強く握りしめる。



浮かれてちゃダメだよ、

竜崎さんのお仕事に同行させてもらってるんだから、しっかりしなくっちゃ。






















「初めまして、黒崎グループの凌坂と申します」


「ああ、黒崎グループの。いつもお世話になっております」



中本さんが離れるとすぐさま、竜崎さんは彼が接触した男性に近づいた。



・・・あ、いつもの優しい笑顔じゃない、まるで仮面を貼り付けたみたいな笑顔。

・・・・・・・さすがにそれくらいの見分けはつくようになったか、私。



落ち着いた風を装って、右隣に立つ彼の顔をちらっと窺って私はそう思った。




勿論、この男性から離れた中本さんを視界の端っこに捕らえておくことは忘れない。

今度は、若い女性と話してる。26、7歳くらいかな?

・・・・・・花嫁を意識してるのかもしれないけど、その白いドレスがあんまり似合ってないなぁ・・・。

結構、浅黒い肌してる人だし・・・。




ちょうど竜崎さんが作ってくれた影にその人が入った。

私は何食わぬ顔で手にしたショールの中に隠したカメラをそちらに向け、素早くシャッターを切った。


そんな私の動向に気づかず、人の良さそうなこの男性は親しげに話し続けてる。

・・・こういう人が例のグループの関係者のわけがない・・・と思うのは、私がまだまだ甘いからかなぁ・・・。




「そういえば、会長はまた新しい事業を始められましたね。精力的なことでいつも感心しております」




そう言って、その人は私へ視線を投げてきた。

・・・う・・・人は良さそうだけど・・・・・・・、


・・・・・・その舐めまわす様な視線が何だかとっても気持ち悪い、かも・・・。



「今夜は美しい女性もご一緒で羨ましい限りです。貴女も黒崎グループの方ですか?」




うわやだ!この人今絶対に私の胸見てた!!凝視してた!!




「いえ、こちらの凌坂さんと個人的なお付き合いをさせていただいております、と申しますの。

素晴らしいパーティに参加できてとても嬉しく思いますわ。

それでは、どうぞ素敵な夜を。失礼いたします」





不快な感情を隠して気品を漂わせて、

それでいて、あなたになびいたりはしないという拒絶の意思をさり気にアピールしておいた。

・・・・・・写真さえ撮ってしまったらもう用はないもん。



この人が容疑者の仲間でなければね。



そんな私の気持ちを読み取ったらしく、竜崎さんはすぐに私を促してその人から離してくれた。

離れてすぐに私は、あの気持ち悪い人へカメラを向けてシャッターを切る。



「個人的なお付き合い・・・とは、さんもなかなか言いますね」



カメラをショールの中に隠し、安堵の息をついた私へ竜崎さんがそう囁いた。



「すみません・・・、あの人の視線がかなり気持ち悪かったんでつい・・・

ごめんなさい、迷惑でした?」


「気にしてませんよ。それで通しましょうか」



前を向いたまま竜崎さんはそう言った。

そして普段よりも目線の低い私へ向けた笑顔はいつもの優しい笑顔だったから、少しだけほっとした。































時間が過ぎ、夜が更けてもパーティはまだ賑やかなままだった。




竜崎さんがターゲットの近くにいる人に親しげに声をかけ、

その人が会話に気をとられているうちに私は竜崎さんの影に隠れて、中本さんと一緒にいる人を写真に撮る。


また、竜崎さんが大胆にも、中本さんと接触した人に近づいてさりげない会話を交わしたり。

・・・その会話の中に、あのアメリカの誘拐事件を匂わせる要素も僅かに含んでるのに私はすぐに気がついた。




相手の反応を見てるんだろうな。


・・・・・・竜崎さんってやっぱりすごい。









やっぱりこの人は、あの名探偵Lなんだ。







もう20枚も超えるくらいの写真を撮り終えてカメラをしまい、私はそう思った。




・・・・・・私も・・・、いつかそれだけの能力を持てるかな?

いろんなことをたくさん身に付けて。推理力を磨いて、ハッキングも、もっともっと上達させて。

Lのように、なんて大それたことは考えてないけど・・・、



それでも、足下くらいには及べるような。




目の前で展開されている高度な経済の話をぼんやりと聞きながら、そんなことを思ってた。





その時。











「・・・・・・・・・?」




口には出さない疑問の表情を浮かべた。


今・・・・・・、中本さんの後ろを通り過ぎた男性。

顔を陶器のマスクで全部隠している男の人。




・・・・・・・・・中本さんの後ろ手に何か渡してた・・・よね?




その人から視線を離せず、だんだんと鼓動が速くなるのを感じる。



そして、そのマスクの男性は人込みにまぎれ、青いドレスをまとった女性をエスコートしてワルツを踊り始めた。




さん、行きましょう」



いつの間にか会話を終わらせた竜崎さんが私の背中を押した。



誰の耳も気にならない場所に私を誘導する。

手近にあったテーブルから小さなグラスを手にとって、私に手渡した。




「・・・・・・どうかしましたか?」




・・・私の動揺に気づいたんだ。

私は乾いた唇を潤そうと、そっとグラスに口をつける。



・・・・・・あ、アルコールじゃない、ジュースだこれ。

慣れた味に少しだけ落ち着いた私は、グラスに口許を隠して囁いた。




「あの・・・あの、ビスクマスクの男の人・・・、

・・・中本さんの後ろを通り過ぎる時、後ろ手に何か渡してました・・・」


「!?」




竜崎さんは一瞬だけ目を見開くけど、すぐにいつもの表情に戻る。

ゆっくりと振り返り、さっきのテーブルから私が持ってるのと同じグラスへ手を伸ばす。





「・・・あの、青いドレスの女性と踊っている彼ですか?」





さり気なくそちらへ視線を向けてそう言ったから、私は答える代わりに小さく顎を引いて頷く。

その男をじっと見据えて竜崎さんはすっと目を細め、唇を噛んだ。




「・・・・・・あの仮面、邪魔ですね・・・」




今まで写真におさめた人たちは皆、簡単なアイマスクで目元を覆うだけの仮装だった。

だから、ちゃんと分析すればその人が誰であるかは確定できるはずなんだけど・・・、






さすがにあんな完璧な仮面を付けられては何処の誰かなんてわからない。







「・・・・・・さん、カメラを貸してください」


「え?」


「仮面を落としたところを写真におさめます」


「ど、どうやって?」






疑問符を浮かべた私へゆっくりと竜崎さんの顔が下りてきて、何やら耳打ちされる。




・・・・・・竜崎さんの作戦を聞いて、私はこれ以上ないくらいに緊張してしまってた。