「・・・や、やっぱり無理ですよ・・・私踊ったことなんてないですし・・・!」


「リードくらいできます。安心して体を預けてください」



そう言われて、私はおずおずと右手を出した。

そんな私の手を握り、竜崎さんはそっと私の腰を引き寄せる。


いきなり密着したから少し動揺してやりどころのない左手はしばらく空を彷徨ってたけど、

やがてゆっくりと竜崎さんの肩に落ち着いた。



ゆったりと優しく流れているウィンナ・ワルツに合わせて、竜崎さんは最初のステップを踏んだ。




ワン、トゥー、スリー、ワン、トゥー、スリー、



手を引っ張られたと思えば、腰を引かれる。

がちがちに固くなってしまっている私を上手く誘導して、どうにかダンスの輪に入ることができた。



「あ、あの・・・ダンス上手いんですね・・・意外です・・・」


「イギリスで仕込まれました。このような会で女性と踊るのは初めてですが・・・っ!!?」



いきなりの重心の変化に体がよろけ、竜崎さんの足を踏んづけてしまった。

・・・思いっきりミュールの細いヒールで。


黒いアイマスクの向こうの黒い目が、ものすごく痛いことを無言で訴えてきてる。




「ごごごごめんなさいぃぃ・・・!」


「・・・・・・あ、あの、もう少し脱力してもらえませんか?」


「そんなこと言われましても・・・!!」



・・・・・・あーあ・・・、はたから見たらお笑いにしかならないよ・・・。



だけど周りで踊ってる人たちはそれぞれの世界に入ってしまっていて、

こんなコントのようなペアがいることには誰も気づいてないみたいだった。幸運なことに。











それでも、5分も踊ってたらどうにかステップの法則が体に馴染んできた。

そんな私に安心したのか、竜崎さんはゆっくりと私をいざなって移動する。




・・・・・・例のビスクマスクの男性はパートナーを代えて、今度は黒いドレスの女性と踊ってる。


さっきの青いドレスの女性は、既に竜崎さんが写真におさめているから大丈夫。




「・・・いけますか、さん?」




そのペアの隣まで近づいて、竜崎さんが耳元でそう聞いてきた。



「・・・・・・だ、大丈夫です・・・やりましょう・・・」




どうにか覚悟を決めようとするけれど、体の緊張はちっとも解けない。




竜崎さんの作戦。


私がターンでバランスを崩し、あの仮面の男性にぶつかり、ついでに仮面を落とす。

素顔を晒したところをすかさず彼が写真におさめる。




・・・・・・つまり・・・・・・、失敗は許されないよね。


こんなハプニングは1回しか使えないから。




「・・・・・・いきますよ、さん」



ごくりと息を飲んで、私は頷いた。

さり気なくそのペアのすぐ側を陣取る。


覚悟を決めた私の腕を上げさせ、竜崎さんが勢いよくターンさせた。

その遠心力が思ってたより強くって・・・、



「きゃあっっ!!」



って、マジでバランス崩した!!


隣の黒いドレスの女性との間に割り込むようにして、私は倒れこんだ。


驚いてるらしいその二人組。



仮面の男性が膝をついて、私と目線を合わせてきた。



「・・・大丈夫ですか?」



結構、低く心地よく響く声。

しまった・・・仮面落とせなかったよ・・・・・・!!



「え、ええ。すみません・・・」



彼は私を立たせようと手を出してくる。





・・・・・・・・・これに賭けよう・・・!


彼の手をとって、引っ張ってもらい・・・・・・、




どんっ




「わっ!!」


「きゃっ!す、すみません私ってば!」



手を引かれたから、勢いつけてぶつかってみた。

油断してたらしくその衝撃で彼のつけていたマスクは落ち、かしゃん!と音を立てて大理石の床に落ちた。



やった!!




内心で手を叩くけど、表情は慌てた風を装って仮面を拾い彼に手渡す。

・・・素顔は、ごく普通の平凡な顔立ちの男性。



「・・・お騒がせしてすみません、お怪我ありません?」


「・・・いえ。宜しければ、1曲お相手願えますか?美しいレディ」



仮面を付けた彼は私に手を差し出してきた。

その手を取るべきかちょっと迷ったけど、私の肩にふわりと軽く手が置かれた。



「申し訳ありません、彼女は私のパートナーですので、どうかご遠慮ください」



私の後ろからそう言ったのは竜崎さんだった。

彼の返事を待たず、竜崎さんはそのまま私の手をとって再びホールドの姿勢をとった。



「すみませんでした」



一応、私は仮面の彼にそう断って竜崎さんの肩に手を預けた。

・・・・・・何事もなかったかのように踊り続け、少しずつ少しずつゆっくりとダンスの輪から離れていく。



「・・・・・・写真、撮れました。失敗した最初は冷や汗が出ましたが」



耳元で囁かれたその一言に私は心から安堵の溜め息をついた。


だけど。




「・・・・・・あの、さん、また足踏んでます・・・・・」


「ご、ごめんなさいっ!」




・・・・・・ダンスって性に合わないのかもね、私。






















「・・・こ、怖かった・・・・・・」



ようやくダンスから解放されて私はふらふらとバーカウンターに寄りかかった。

カウンターの向こうには3人のバーテンさん。

シェイカーを振ったり、グラスを磨いたり、お客さんの話し相手になってたり。


そんなお仕事をぼんやりと追ってたら、竜崎さんが小声で囁いてきた。



さん、もしかしたら決まりかもしれませんよ」


「え?」


「データ分析しているワタリが、あの仮面の男の所属を掴めたそうです」




耳に隠している通信機をとんとんと軽く指で示してそう言った。




「・・・ちょっと見てきます。さん、ここで待っててもらえますか?」


「あ、はい」




颯爽とホールを横切り、竜崎さんは賑やかなホールから出て行った。


ふと、グラスを磨いてる若いバーテンさんと目が合い、人懐こい笑みを浮かべられる。




「何か飲みますか?」


「え?え、ええ・・・そうですね・・・」



えと・・・お酒ってよく知らないんだけどな・・・、

そう思って曖昧に視線を泳がせると、向こうで綺麗な女性が手にしているカクテルグラスの色にふと目が留まった。



「あ、あの綺麗な紫色の・・・」


「バイオレットフィズですか?甘い口当たりのカクテルですよ」


「・・・それじゃあ、それを」




私がそう言うと、バーテンさんはすぐに氷の入ったグラスを用意してカクテルを作りはじめた。



・・・未成年だって、やっぱり気づかれないんだね。

バレたらまずいけどこんな格好してみると、やっぱりちょっとだけ興味が湧くというものじゃない。


竜崎さんが戻ってくるまでに飲んでしまおうっと。




「お待たせしました」



目の前のコースターの上にそっとグラスが置かれる。

きらきらとシャンデリアの光を反射させている紫色のカクテルが、細長いグラスの中で揺らめいている。


そっとグラスを手にとって、ゆっくりと口をつけた。




「・・・・・・・・・おいしい」




ジュースみたいな甘い味に、喉の奥がぽかぽかとあったかくなる初めての味。

くいっとグラスを一気に傾けると、細いグラスに並々と注がれていた紫色の液体はもうなくなってしまった。


そんな私をバーテンさんは少し驚いたような表情で見ている。




「・・・み、見かけによらずお酒強いんですね・・・大丈夫ですか?」


「大丈夫です!おいしいですね〜これ!あの、他にはどんなのがありますか?」




何だかとっても気分がいい。

けらけらと笑ってる自分。





・・・・・・・・・会場で覚えてるのは、そこまで。