そんな言葉、想像もしてなかった。

そんなつもりじゃなかったなんて、言い訳にしかすぎない。

私は何をしに来たんだろう。




張り詰めてた最後の願いも断ち切られて。




・・・・・・・・・・・・もう駄目だ。













第九話:再会―――逢いたかった人













その人の運転する白い車は夜の街を走りぬけ、都心のホテルへ到着した。

私が日本を離れた後にできたものだろうか、名前の知らない高級ホテル。



「降りて、そこで待っていなさい」


「あ・・・・・・、はい」



エントランスのポーチに車を止めて朝日さんはそう言った。

車を預けてくるんだろう。

ドア付近に控えているしっかりした制服のベルボーイが助手席のドアを開けてくれたから、私は軽く会釈して車を降りた。



白いセダンはエントランスを走り去って・・・・・・、私はライトアップされたホテルを見上げていた。



朝日さんは、「本来なら外部の者は捜査本部に入れない」って言った。

やって来たのは警察ではなく、このホテル・・・・・・捜査本部はここにあるの?

・・・・・・警視庁のデータベースにはキラ事件の捜査本部なんてなかった。

だから、L・・・竜崎さんはたった一人でキラ事件を追っているんだと思ったの。

そう思ってたからさっきあんなに警察が集まったのには、正直驚いた。



あの朝日さん・・・さっき車を用意してくれた男の人は、朝日さんのことを「局長」って言った。

民間人に銃を突きつけるような行動で信じられなかったけど、たしかに警察の人間なんだろう。

その朝日さんを、竜崎さんはここに呼んだ。



・・・・・・・・・つまり・・・・・・警察は全面協力ではなく、

どこまでLに協力しているのか・・・・・・ってことになるのかな。




全面協力しているなら、本部はこんなホテルじゃなく警察内部にあるはずだし。

そして刑事の朝日さんがキラ事件捜査本部の人間だと言うなら・・・・・・、




・・・・・・あれ?


じゃあ、今まで人前に姿を見せたことがないとされているLはここの捜査本部で姿を晒していると言うの?





ヘッドライトの眩しい車がエントランスに入ってきたから、

降りてくる人の邪魔にならないように私はポーチの隅に身を寄せる。


迂闊だった。何でそんな大事なことを車に乗っている時点で思いつかなかったんだろう。

・・・・・・竜崎さんが呼んでくれた、やっと逢えるんだということばかりに意識が飛んでいて気づけなかったんだ。

アメリカでいろんな力を身につけて少しはしっかりしたと思ってたのに・・・・・・、



いざという時の詰めの甘さはまだ直ってないみたい。

やっぱりまだまだ裏の世界で暗躍するようなウエディやアイバーのようにはいかないんだ。



「・・・・・・・・・そう気づけるだけ、マシかな」



腕を組んで口の中だけで呟き、石造りの壁に寄りかかって溜め息をついた。

情報が少なくて、今、どんな状況なのか全く掴めないけど・・・・・・、この方向性で概ね間違ってないかな。

考えればいろんな可能性はあるけど、自然に考えるならこれでいいんじゃないかって思う。



でも全ては・・・・・・ここにいるのが、間違いなくL・・・竜崎さんなら、という前提での推測なんだけれど。



・・・・・・・・・もし、間違いなくあの人だとして、何を言おうかなんて、まだ決めていない。

逢いたい、けど、うまく言葉がまとまるまでもう少し待ってほしい気もして。




エントランスに吹き込んできた冷たい風に私は軽く身震いした。






















車を預けてきた朝日さんがこちらに近づいてくるのに気づいたから、私は姿勢を正した。

目だけ合わせ、黙ったまま揃ってロビーに足を踏み入れた。


シーズンオフのせいだろうか、こんなに広いロビーなのに人は疎らだった。

だから・・・・・・近づいてくるその人の姿はすぐに見つけられた。




「よくご無事で、朝日さん」


「ああ・・・・・・彼は?」


「御案内します。そして・・・・・・」




Lがここにいるならと、さっきエントランスで思考を巡らせていた私の推測はしっかり裏付けられた。

出迎えてくれたのは懐かしいその人。

まず朝日さんに声をかけて、次いで私の姿を確認して、

ほんの一瞬困ったような表情をしたけれど・・・穏やかに笑んでくれた。



あの人に付き添う人、ワタリさん。



だけどここは疎らとはいえそれなりに人通りのあるホテルのロビー。勿論その名前は口にしない。

そう、2年前、あの人が突然日本にやってきたときと同じ。

私は高鳴る胸をぐっと押さえ、軽く口許を引っ張って笑み、頭を下げる。




「・・・・・・お久しぶりです」


「ええ、あなたもよくご無事で、




ああ、本当にワタリさんがいる。


あの人も・・・・・・ここにいるんだ。




「お二人とも、こちらへ。

・・・・・・大丈夫ですか、朝日さん?どうぞ、掴まってください」




先導するため一歩先を歩き出したワタリさんが、さっきよりも足下のおぼつかない朝日さんへ手を伸ばした。



「いや、大丈夫、だ・・・・・・っ」



言った側でふらりとよろけたから、後ろについていた私は思わず反射的にその腕を支えようとする。

だけど朝日さんはその年の人にしては随分背も高く、やつれているとはいえ私が支えるのには無理があった。



、大丈夫です。私が」



体重に負け、つられて倒れこんでしまいそうな私に代わりワタリさんが

朝日さんの腕を取りしっかり支えてくれたから、大人しく一歩下がった。



「行きましょう。エレベーターに乗ります」



人一人支えているのにちっとも顔色を変えず歩き出す。

反対から朝日さんを支えようとしたけれど、

しっかりしたワタリさんの足取りを見て、そんな半端に余計なことはいらないと思い、黙って横について歩く。



幸いにも無人だったエレベーターホール。

すぐに降りてきたエレベーターに乗り込み、静かにドアは閉まる。



・・・・・・あまり振動させず上昇を始めた密室は沈黙が重かった。



「・・・・・・すみません、私・・・突然、こんな・・・・・・」



動き始めたデジタル数字へ目をやっているワタリさんに・・・・・・思わず私は声をかける。



「・・・・・・・・・いいえ」



こちらを振り返らずワタリさんは小さく頭を振りそう言ってくれた。


私、黙っていればいいのに、思いが止まらなくて。




「・・・・・・・・・あの人・・・・・・元気、ですか?」


「・・・・・・ええ」


「良かった・・・・・・」





途中で誰も乗ってこない。


止まらないエレベーターはどんどん昇っていく。
































全く誰もいない殺風景な最上階を真っ直ぐ行き、ある一室のドアをワタリさんがノックして開けた。



「局長!!」



飛んできたのは若い男の人の声。

ここが捜査本部・・・・・・、他にも捜査員がいるの?



ワタリさんと朝日さんが部屋に入り、最後に私が恐る恐る足を踏み入れた。



私と5つか6つくらいしか違わないだろう、若い男の人が戸惑いを全面に表したような顔ですぐ近くに居た。

離れたところには厳しい表情で私を見ている30代後半あたりの男性。

警察とは関係のない、しかもこんな小娘が何故こんなところに、とでも言いたげな顔だ。



以前、私とのコンタクトで使った部屋よりも高価な調度品は少ないけど、やはり広い部屋。

離れたところにあるテーブルにはビデオテープや資料が散乱してる。テレビが何台も置いてある。




―――――――そのテーブルに向かったままこちらを見ている人。



その黒髪、白いシャツ。





「竜崎、勝手な真似をしてすまなかった・・・感情的になりすぎたようだ・・・・・・」





間違いない。

やっと逢えた・・・・・・・・・・・・、





・・・・・・・・・・・・・・・・・・あの人だ。竜崎さんだ。





「キラが送ってきた封筒、テープ・・・・・・全部入っている」





朝日さんは竜崎さんの目の前のテーブルにその紙袋を置き、近くのソファに倒れるように横になった。

若い男の人は私から目を外し、心配そうに朝日さんに駆け寄った。




竜崎さんは黙ったまま朝日さんが置いた紙袋の中身を一瞥して・・・・・・ゆっくりと私へ視線を向けた。




目の下の隈はあの頃よりもずっと濃くなってる。

・・・・・・その視線はひどく険しいものだった。




さっきワタリさんに向けたような笑みを浮かびかけた自分の表情が凍りついてしまったのがわかる。






・・・・・・あの顔・・・・・・・・・、


・・・・・・・・・・竜崎さん、怒ってる・・・・・・・・・・・・?






不意に彼はソファから下りた。

ジーンズのポケットに手を入れたまま、黙ってこちらへ近づいて・・・・・、

私が手を伸ばして触れるか触れないかの位置で立ち止まる。


相変わらずの猫背でも、やっぱり私よりも背が高くて。

見下ろしてるのはわかるけど・・・・・・・・・顔が上げられない。



部屋にいる人たちの視線がこちらに向けられているのがわかる。




・・・・・・・・・沈黙が痛い。




勇気を出して・・・・・・・・・私はそっと顔を上げてみた。




見下ろしているその目が合った。

大きな黒い瞳に何かが光った、その瞬間。





「っっ!!」


「竜崎!!?」





私が息を呑んで目を閉じるのと、誰かの声は同時だった。




目の前の竜崎さんはいきなり手を振り上げた。

その手が空気を斬るように私に迫ってきたから思わずぎゅっと目を閉じたけど、咄嗟に予想した衝撃は降りてこない。





しばらく時間が止まる。

少しの物音も許さないほどの張り詰めた空気がこの場を支配している。





恐る恐る目を開けると、彼の手は私の左頬のすぐ側で止まってた。

その手は震えるようにぐっと握られ・・・・・・ゆっくりと下ろされた。


竜崎さんは苦しそうに唇を噛んで顔を歪めている。




「あ、あの、竜崎どうしたんですか・・・・・・!?

い、いくら何でも女の子に手を上げるのは・・・・・・ね・・・!?」


「黙っててください、松井さん」


「す、すみません・・・・・・」




鋭く、厳しい声。

松井さん、と呼ばれた人は冷や汗をかきながらすごすごと後ずさる。

その人のすぐ側に居るもう一人の人も、ドア近くに控えているワタリさんも、一言も口にしない。




私だって、あまりのことに声が出ない。






「・・・・・・私的なことで申し訳ないのですが、本部の皆さんは少し外してもらえませんか?」






私から離れ、部屋にいる全員に背を向けて・・・・・・竜崎さんは静かにそう言った。


























本部の人が出ていき、ドアが閉まったところで竜崎さんは私の方へと向き直った。

ポケットに手を入れて、猫背だけど、真っ直ぐに私を見据えている。



その厳しい顔を直視することができなくて視線を落とす。



・・・・・・色あせたジーンズの裾が目に入った。

すぐそこのソファには朝日さんが横になっているけど、今の状況など知る由もなく深く眠り込んでいるだろう。





「何故あんなことを?」


「・・・っ・・・・・・」





突然発せられた厳しい声に私は身を縮めてしまう。

そんな私の様子なんて関係ないかのように、竜崎さんは更に言葉を続けた。




「キラはあの場に居た者を次々と殺していった。

残念ながら、この捜査本部の者が一人、たった今さっき犠牲となりました。

私もここで放送を観ていました。バイクで駆けつけた女性があなただとすぐにわかった。

間違いなく殺されていましたよ、そんなこともわからなかったんですか?」


「・・・・・・ご・・・、ごめん、なさい・・・・・・」




厳しい言葉が次々と浴びせられる。

視線を合わせることができないまま、思わず口から零れたのは謝罪の言葉。




・・・・・・その通りだ。

私、死ななかったのが不思議なくらい、危ないことをしていた。



泣き続けていつまでも動こうとしなかった私に立ち上がる手を差し伸べてくれたのはアイバーだった。

日本行きを許してくれたお父さんとお母さんに感謝して。

Lは日本に居る、と教えてくれたウエディに感謝して。



墓前でやっとその喪失を受け止めることのできたレイに感謝して。



代え難い大切な人たちに私は何もできてないけど、もしもこの先、みんなに返せるものが少しでもあるのなら。

その為にも必ず生きて帰るんだって、そう決意したのに。





・・・・・・・・・私は、何てことをしたんだろう。





「あなたがそこまで愚かな人間だとは思いもしませんでしたよ。失望しました」





俯いた目の前が真っ暗になる。




日本へ降り立って、自分にできることから始めようとしたときその無力さに泣きたくなった。

これからどうなるのか怖かった。





それでも、逢いたくて逢いたくて。





恐怖を必死に追い払いながら、信じるとおりに行動した結果は。




・・・・・・・・・そんなことを言われるために私はここへ来たの?







「それだけ言いたくて朝日さんにあなたを連れてきてもらいました。

二度とあんな馬鹿な真似はしないでください。

・・・・・・以上です、帰ってください」



彼はそう言って、私に背を向けた。

入ってきて目にした時と同じソファに、膝を立てて座り込む。


もしかしたらその後ろ姿はとても懐かしく思えたかもしれないのに、今の彼を纏っている雰囲気なんて私は見たことがない。


厳しく冷たい声、瞳。

逢える日まで心に抱き続けてきたあの人とは・・・・・・まるで別人。





「・・・・・・・・・」


「・・・・・・聞こえなかったんですか?帰ってください、今すぐに」





聞こえる。

何を言っているかもわかる。




だけど体が動かない。足が震えてる。




胸が痛い、どうして。






「・・・・・・あの、竜崎さん、私・・・・・・っ」





うまく息ができないけれど、何とか言葉を紡ごうと口を開いた。


逢いたいと願った再会が叶った今、何を言っていいのかなんてまだわからない。

わからないけど、でも、それでも聞いてほしくて・・・・・・口を開いた。





それなのに。





「思い上がらないでください!!

たったいくつかの事件に関わってきたというだけで、この事件も解決できると思ったんですか!?

あんな危険なことをする愚かな人間に解決できるわけがありません!!」






耳に飛び込んで、深く抉るように刻まれたその言葉。




目の前がぐらぐらと揺らいでる。







本当に。





そんなことを言われるなんて思わなかった。









「っっっ!!」





枷が外れたかのように、その場に釘付けにされていた私の体は自由になる。

厳しい言葉に追い立てられるようにその部屋を飛び出した。




ドア近くに控えていた人たちを突き飛ばすようにして、ホテルの廊下を駆け抜ける。









何で、何で。






ねぇ、どうして。




































補足↓↓

逢いたかったのは彼も彼女も同じだったはずだけど。

せっかくの再会がこんな形ですみませんごめんなさい!!

どうしても書きたかった内容なんです。
お互い穏便に「逢いたかったです」なんて無理だ、と。
彼女があんなことしたら絶対に怒ると思うんです。彼。
怒りの強さだけ、彼女をとても大切に想っているんです。
すんでのところで殴らなかっただけ英国紳士の片鱗があった、ということで;