一時の感情に流されての危険な行動。




だけど、その時の私にはそれ以外何も考えられなかった。














第八話:激走















薄暗くなってきたと思ったら、あっという間に空は群青色に覆われた。

街のネオンが軌跡のように流れていく。



都内をバイクで移動し始めてまだ日は浅いけど、私の運転に迷いはない。

さくらTVなら都市高速に乗って臨海線を目指したところだったはずだ。

高速の料金所で止まるのにも苛立ち、指定の小銭を投げつけるように投入すると目の前のバーが上がり道を開けてくれる。

再び乱暴にアクセルをまわし、エンジン音を唸らせて高速道路に飛び出す。



こんなにスピードを出したことって今まであったのか。それとも周りの車があまりにも遅すぎるのか。

私の運転するバイクは前を行く車を次々と追い越していく。

右へ左へ車線を縫って強引に前に抜けたら、後ろの方からクラクションが責め立てるけど振り返らない。



「う・・・・・・っ!」



ヘルメットは目元を守るためのガードがついているだけで、スピードがもたらす物凄い風圧に呼吸もままならない。

免許を取ってまだ間もないのにこんな乱暴で無謀な運転。

運転ミスによる事故の恐怖もないって言ったら嘘だけど、それよりもあの放送への気持ちの方がずっと大きなものだった。



凶悪犯への裁きがいけないことだなんて言えるほど、私にはしっかりとした持論がない。

法律や倫理について不勉強な部分が多すぎて、私個人の希望に基づく理想論しか語れない。







だけどレイもナオミさんも死んで当たり前だなんて言葉だけは認められない。

放送を観ていた人たちにそう言わせたのがキラなら、絶対に、絶対に許せない。





あのふざけた放送を今すぐに止めさせるんだ!!































高速を降りても、バイクのスピードは高速道路を走っていたときと変わらない。

所在地の記憶を頼りにバイクを走らせてると運良くさくらTVの看板を見つけたからそれを頼りに更に加速させる。

100メートル先を左折。

局へのその角を曲がり、目に入ったエントランスポーチまで更に強くアクセルをまわす。



・・・・・・・・・救急車が一台、向こうへ走り去るのを見たような気がした。




キキィィィッッ




もう少しで自動ドアにぶつかるといったところでバイクを滑らせるように止め、飛び降りる。

とんでもない放送できっと日本中大騒ぎしてるはずなのに、当のスタジオ周辺は嘘のように静かだった。



放送スタートからもう30分が過ぎてる。まだ続いてるなら何としてでも止めてやるんだから!!



体当たりするように自動ドアに手をかけるけど、ドアが反応しない。



「ここを開けて!!」



厚いガラスを殴りつけるようにドアを叩く。

ドアの向こう、ホールの離れたところに一人警備員がいるけれど首を振るだけでそこから動こうとしない。



「そ、そこの君、危ないから今すぐに離れるんだ!!」



後方あたりから何か聞こえるけど、そんな言葉に耳を貸していられない。

力ずくで開けてやろうかと力を込めても開かない。力の限り蹴り飛ばしてみてもガラスにはひび一つ入らない。






裏口にまわるしかないのか。




・・・っ、裏口、どこ・・・!?


そこで振り返った瞬間。




「な、何あれ・・・・・・・!?」




ヘッドライトでこちらを照らしながら、減速する様子も見せずに突っ込んでくる車両。




「きゃああぁぁぁっっ!!!」




頭を庇いながら、思わず横に飛んで逃げた。

トレーラーのような大型車両は止めてあった私のバイクを巻き込んで、文字通りそのままエントランスに突入した。





咄嗟に逃げなかったら、きっと私も巻き込まれてただろうという程の勢いで。








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「・・・・・・駄目、目元は何となく見えたけど車が突っ込んできたせいでちゃんと名前見えなかった。

あなたは見えた?」


『ああ、だが名前は教えられない』


「もう、ノートくれただけで何もしてくれないんだから。

・・・髪の長い・・・女の人、だったよね。放送を止めに来たのかな?

今突っ込んだ車も警察の車っぽかったし・・・ムカつく。

・・・まーいっか。そろそろ今日の放送も終わる頃だし」


『帰るのか?』


「んー、もうちょっと様子見・・・あ、パトカーが来た。

警官二人、ね。名前は・・・・・・」





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『すっげー、マジに突っ込んでやがる。

しかし今の奴、よく殺されなかったなぁ。

もう一人のキラ、今のちゃんと見てなかったのか?』


「かもね。全くあの女も相当の馬鹿だな。殺されると思わなかったのか?

・・・・・・?」


『どうした?』


「今、局に飛び込んだヘルメットの女の名前、見えたのか?」


『見えたぜ?ああ、お前が殺る気か。

だが、言ったろ?死神は名前は教えない』


「・・・ふぅん」


『何だ?』


「いや、何でもないよ」





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「さっきのヘルメットの女性、局内に入れたんですかね?無事でよかった・・・!」


「・・・・・・・・・」


「喜んでる場合か松田!!宇生田はもう・・・!

・・・?竜崎、どうしたんだ?」


「・・・・・・・・・・・・ワタリ・・・今のは・・・私の目の錯覚か・・・!?」


「・・・・・・いいえ、間違い、ないでしょう・・・彼女です、竜崎」


「・・・・・・っ!!」


「・・・りゅ、竜崎?怖い顔してどうしたんですか?竜崎?」




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ドアを破壊して突っ込んだ車両に呆然としてしまったけど、すぐに立ち上がって私もホールに飛び込んだ。

破壊されたドア付近で一歩踏みしめるたび、そこら中無残に散らばった破片が渇いた音をたてる。


現実離れした光景。

突っ込んだ車両の運転席から降りてきたのは背広を頭に引っかけた中年の男性だった。



「キラのビデオを流してるスタジオはどこだ」


「に・・・二階のG−6スタジオ・・・!!」



尻餅をついてしまっている警備員にドスの効いた声で訊ねると、その人は怯えた顔で答えた。

それ以上は何も言わず、車から降りた男性は局の奥へと大股で歩き出す。


不意にその足下が大きくふらつき、壁に寄りかかるようにして膝をついた。



「あ、あの!大丈夫ですか!?」



その後姿に声をかけながら走りよるとその人は勢いをつけてこちらを振り返った。

背広で頭は覆われているけど、そこから覗いているのはひどくやつれた顔とそれに不釣合いな険しい形相。

黒縁の眼鏡ごしに伝わるその恐ろしい迫力に私は思わず目を見張って息を呑んだ。



「君は誰だ・・・・・・!?キラか!!?」


「ち、違います!!あ、あの、私・・・!!」


「それなら何をしてるんだ、今すぐに帰りなさい!!」



迫力に押されて言葉を紡げない私に怒鳴りつけるとその人は立ち上がって再び大股で歩き出し、階段ホールへと姿を消した。



キラか、なんて聞かれてしまったことに動揺した。

・・・でもそんな心外なこと言われたって帰るわけにいかない。

一瞬その場に立ち尽くしてしまったけど、私もその人を追って階段ホールへ入る。


キラの放送を流しているのは二階のG−6スタジオ。

階段を二段飛ばしで駆け上がる。

あの人も、もしかしたら放送を止めに来た人だろうか。




















「警察だ!!番組を中止しろ!!

っ、すぐにキラのテープを止めろと言っているんだ!!」



階段を駆け上がり、どっちへ行こうかと右左を見渡したところでその声が右から聞こえてきた。

思わずそちらへ走ると目に入ったのは大きく開かれている"G−6"のドア。



「テープを出せ。

送られてきた荷をそのまま全て渡せ」



よく通る低音の声がすぐそこで響いてる。

そのドアからスタジオに足を踏み入れた。

目にしたのは。



「出せ!出せば少なくとも今、死ぬことは免れるぞ!」


「な・・・っ、何考えてるんだあんた!!正気か!?」


「!?な、何してるんですか!?」



私もついドアの近くで声に出してしまっていた。


だって。

その人が懐から取り出したのは鈍く光る拳銃だったんだから。

その拳銃をあろうことか、この局の人間だろう人に突きつけてる。



いくらこんな非常時だからって警察が一般市民に銃を向けるなんて。

冗談やめてよ、この人本当に警察!?



心の中でそう叫んだけど、私の内なる声はその人に届かない。

銃を向けられて脅されるようにしてディレクターらしき人は怯えながらテープの入った袋をその人に渡した。

それを引ったくるように奪い、その人は相変わらず物凄い形相でスタジオを出ていってしまう。

すれ違った私に一瞬投げて寄こした鋭い視線が身に痛かった。





放送は終わった・・・・・・でも私・・・・・・、




やっぱり何もできなかったの?





唇を噛み、拳を握りしめてその人の後姿をじっと見つめてた。

これからどうしようと思考を回転させ始めたとき、離れたところでその人が発した言葉は。









「朝日だ、竜崎に!!」









その言葉を合図に一瞬時間が止まった。






―――――――――――――竜崎!!





「テープは全て押収した。そっちへ持っていく、今どこに?」


「待って!!!」



電話を耳に当てたまま歩くその人に全力で駆け寄り、その腕にしがみついた。




「っ!?な、何だ君は!!」


「竜崎って、竜崎さんなんですか!?あの竜崎さんなんですか!?」


「何を言ってるんだ、離しなさい!!」


「お願いします、電話を代わってください!!」


「こんな危険なところにやってきて何を考えている!?

さっきも聞いたが君は誰だ!?答えろ!!」




その迫力にまた怯んだけど目を逸らさずに、頬のこけたその男性を一生懸命に見上げる。


息を吸い、 、と口にしそうになったのをぐっと堪えた。

本名は駄目だ。どこでキラが聞いていないとも限らない。



私は・・・・・・!




「・・・・・・・・・




口をついて出たのは、私の、随分久しく使っていなかったもう一つの名前。

明らかに実名ではなさそうな妙な名前にその人は眉根を寄せる。



・・・だと?」


「あの人には通じます!!」



この電話の向こうにいるのがあの人なら、あの人の記憶にまだ私がいるなら、その名前を覚えてくれているなら、通じる。

その人は怪訝な表情のまま再び電話を耳に当てて口を開いた。



「・・・・・・竜崎、聞こえたか?目の前に一人の女性がいる。

20歳前後の小柄な日本人女性だ。・・・・・・と名乗ったが」



私の特徴を淀みなく電話の向こうへ伝える。



それを聞いて、その電話の相手は何て答えるのか。

緊張が走り、息が詰まりそうな胸を思わず押さえる。



目の前の男性は電話口で何度か相槌を打ち・・・・・・そのまま電話を切った。


彼は何て言ったの?



「あの・・・!!」



・・・その人は少し渋い顔をして、重そうな口を開いた。



「・・・・・・私は今から竜崎のところへ行く。

君も・・・も同行するように、とのことだが、」


「い、行きます!!」



有無を言う隙も入れずに、私は即答した。

喜びよりもずっと大きな感情が私の中で目まぐるしく回っている。


私、""だと認識してくれた。間違いない、やっぱりあの人だった。



逢えるんだ・・・・・・!


























何か持病でもあるのだろうか、時々ふらつくように壁に手をつきながら歩くその人とエントランスを目指す。

そこには。



「うわ・・・・・・!」



さくらTVの正面入り口には、何十人もの数から成る武装警察の壁が出来上がっていた。

これじゃ、外からこちらの様子を窺い知ることはできない。やっぱりキラ対策だ。


そんな壁がしっかりと守る入り口には一台のセダンが止められていた。

車の側に待機している男性が無言のまま後部座席のドアを開けてこちらを見つめている。


私の一歩前を行くやつれた男性は黙ってその車に近づいた。



「・・・自分一人で運転していく」


「はい、失礼しました。お気をつけて」



後部座席には乗らず、運転席のドアを開けた。

その人は車に乗り込みながら視線だけで私を促す。



「・・・・・・乗りなさい」


「は、はい」



武装した警官や刑事らしき人たちの中、

明らかにその場で浮いてしまっている私を、何人かの人が不思議そうに見ている。

車を用意してくれた人も勿論例に漏れず、理解し難いような表情を私に向けている。



「?きょ、局長、彼女は・・・?」


「問題ない。後で連絡する」



多くを語らず、運転席のドアを閉めて車のエンジンを入れた。

私も、たくさんの視線を気にしないように車に乗り込んでドアを閉め、シートベルトをする。


ミッションのギアを入れ、車をスタートさせる。

アクセルも強い、やや乱暴な運転。

さっきから今にも倒れそうな歩き方をしていた人だけに少し不安もよぎったけど、あえて気にしないようにする。





しばらく車の走行音しか聞こえなかったけど、不意にその人が口を開いた。




「本来なら外部の人間は捜査本部に入れない。君は一体何処の誰だ?何故彼を知っている?」



体を硬くして拳を握りしめた。

・・・・・・当然の質問だ。

本当なら、一番に言わなくてはいけないところなのに。



「・・・・・・すみません、まずは彼に会わせてください、話はそれから・・・」



助手席で俯き、私はそう答える。

何故彼を知っているかなんて、今ここで、あの人との経緯を説明したところできっと信じてもらえない。

幸いにも運転するその人も深く追求する余力がないのか、それ以上を聞かず再び運転に集中する。




「・・・・・・しかし、・・・・・・何処かで聞いた名だな・・・・・・」




ウィンカーを倒しハンドルを切りながらその人はそう呟いた。

警察の人間なら知ってるのかもしれない。




何年も前に警視庁のデータベースに居た私を。




でも、今、この場に関係ないその当時のことを説明できるだけの余裕なんて私にもないから、堅く口を閉ざす。



そんなことよりも、一刻も早く逢いたい。

何を言っていいのかまだわからないけど、彼の無事をこの目で早く確認させて。




























補足↓
本誌と同じタイトルをつけてしまいました;


彼女はアメリカに居ると思い、さっさと忘れようとしているライトと、
彼女は日本で平和に暮らしてるはずだと思い、ずっと忘れられなかった竜崎。
この差は、大きいと思いますね。
同じ映像を観てもライトはほんの少しデジャ・ヴュがあっただけで気づけなかった。

二人のその差をどうしても書きたかったんです。
まぁ、いくらライトでも、本来なら日本にいないはずの彼女になんて、なかなか結びつかなかったかもしれないですが。


お待たせしました、次回、本当に本当に久しぶりに彼の登場です。