降り立った、私の故郷。 でも、懐かしいなんて気持ちは湧いてこない。 あるのは、不安と恐怖と・・・ひとつの決意。 ここに居る。 私の大切な人を殺したキラと・・・・・・逢いたいあの人が、ここに居る。 第七話:ひとりきり 2004年4月。 日本にやってきて2ヶ月以上も過ぎた。 国籍はまだこっちにあるのが幸いした。 懐かしい家の自分の部屋を拠点にして、簡単にネット環境を整えて・・・、 まず始めに、バイクの免許をとった。 電車も勿論便利だけど、今の私に必要なのは何処へでもすぐに行けるフットワークと情報収集。 徒歩での時間がどうしても惜しいかもしれないって、何か移動の手段がほしかった。 たしかウエディやナオミさんは女性ながら大型二輪の免許を持っていた。 自分の体よりも遥かに重量のあるバイクに跨る姿は格好いいっていつも思ってた。 私みたいな体力的にも頼りない人間には普通二輪を乗りこなすのに精一杯だったけど、 何とか教習をクリアして免許をとり、バイクを手に入れた。 有名なメーカーのオンロードバイク。特別に何がいいってわけじゃない、移動手段として選んだ無難なもの。 ただ、アメリカとは車線が違うから教習時には少しだけ戸惑った。 向こうでのたった1年とちょっとの生活がどれだけ自分に影響を与えていたかよくわかる。 夕方のラッシュでスピードの出ない車たちの間をバイクですり抜けていく。 信号は赤。交差点の手前でバイクを止めた。 あまり背の高くない私では爪先立ちに近い状態でしか車体を支えられない。 せっかく日本に来たのに、昔の懐かしい人たちに会おうという気持ちなんて・・・なかった。 少しは思った、みんなどうしてるかなって。 卒業式もとっくに終わり、4月を迎えて、みんなどんな道に進んだのかなって。 「将来のことなんてわかんないよーー」って言ってた美奈子とか、 ・・・ライトは・・・・・・言ってた通りやっぱり東大に進んだかな? こんな事態じゃなかったら、いろんな人に連絡とってたんだろう。 みんなが何をしてるのかわくわくしながら聞いて、自分が今、何をしているのか嬉々として語ったんだろう。 だけど・・・今はそんな時じゃない。 日本に戻ってきた目的を誰にも漏らせないなら、会ったところで昔のように楽しく話せる訳もない。 だから、ひとりきり。 ・・・・・・・・・寂しくなんてない。大丈夫、私はまだ動ける。 こっちに来て、誰からも着信のない携帯を開いて時間を確認する・・・・・・・17:30。 まだまだ日の入りが早い。 薄暗くなってきた大通りでは対向車もちらほらとヘッドライトを光らせる。 通りの街灯が一斉に灯った瞬間に信号が変わったから、 私はアクセルをまわして再び渋滞車両の脇をすり抜けていった。 日本に降りてきた日からやっていることといえば、勿論キラ事件の情報収集、そしてナオミさんを探すこと。 ネットに繋いで真っ先に警察庁にアクセスして、 年末に情報を集めていた捜査本部のネットワークに侵入したけれどそこはもう随分長いこと更新されていなかった。 疑問に思って、あちこちの部署のコンピュータにも侵入してみたけれど、 最新のキラ事件の情報なんてどこにも残されていない。 どうして?そんな馬鹿な。 こんな前代未聞の事件なのに、なんで警察は動いていないの? スクリーンの前でひどく狼狽したけれど・・・・・・有り得るかもしれない、と思い直した。 直接手を下さず人を殺せるという殺人鬼を追う恐怖は如何ほどのものだろう。 キラを犯罪者として追いかけてるとはいえ、警察だって普通の人間の集団だ。 私だって逆の立場で死の恐怖と隣り合わせにいるなら、きっと逃げ出してしまうかもしれない。 でも・・・・・・それじゃ、竜崎さんは? あの人はたった一人で事件を追っているの? 誰もあの人に協力してくれていないってこと? ・・・・・・そこまで考えて、やめた。 それ以上は、私の極めて個人的な感情からくる勝手な意見だ。 そこのアクセスから彼の居場所を掴めるかもしれないって思ったのに、 肝心の警察が捜査情報を更新していないなら、ここへの侵入は意味がない。 どうしよう。 ・・・・・・思い切って警察庁に直接訪問してみようか。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・駄目だ。 訪問したところで、Lの居場所はおろか、こんな一介の一般市民に捜査情報なんてくれるわけがない。 どう考えたって、相手にしてもらえず門前払いを受けるだろう。 ウエディとアイバーに連絡をとって、Lとのコンタクトを頼んでみようか。 ・・・・・・・・・・・・ううん、それも駄目。 ウエディは「自分でLを見つけることね」って言ってた。 Lは日本にいる、という彼女にとってリスクの大きい極秘情報をくれただけ、大いに感謝しなくちゃ。 それ以上のことを教えてくれるわけがないし、仮にもハッカーとしての私の力量の無さを晒すようなことを求めたくない。 ・・・・・・今はそんなプライドを守る場面じゃないかもしれないけど。 ・・・・・・・・・・・・仕方ない、Lに関しては地道にアンダーネットでの情報に頼っていこう。 ナオミさんの住所は探せばすぐにヒットしたから2月に訪問に行ったけれど、 12月中旬に一度顔を見せに来ただけで、FBI捜査官が殺されたあの事件以後自宅にも帰ってないらしい。 堪らなくなってキラ事件の捜査本部にも電話したけれど、何も手がかりがない状態らしくて。 俯いてそう話すナオミさんのお母さんを見てると胸が痛くなった。 「大丈夫ですよ」って一言でもかけてあげられたらよかったんだけど、私の器はそんなに大きいものじゃなかった。 お話を聞かせてくれたことに関して感謝を述べただけ。 何かわかったらお知らせしますと気休め程度に言っただけ。 その時、改めて自分の力の無さに悲しくなってきたんだ。 夕方前の大学付属図書館はとても静かだった。 日本の大学はまだ新学期が始まったばかりらしく、あまり人がいない。 アメリカの学生と違って、日本の学生は大学の図書館に縁がないって本当だったんだ。 数日前に借り出していた資料を返却カウンターに出すと、学生のボランティアらしい男性が受け取ってくれた。 そのままカウンターを通り過ぎ、息使いさえ憚られるほどに静かな資料閲覧室に入る。 ネットからでも最新情報は十分得られるけど、 反面、膨大な情報を掻き分けて過去の情報を見つけることはあまり容易じゃない。 だから、図書館には保存されている新聞を閲覧するために通い詰めている。 キラ事件についても、新聞の方が事件当初からの移り変わりがよく見えてくる。 たまにはアナログな作業も、思考の速度が変わっていろいろとすんなり頭に入ってくるものだ。 目的の新聞閲覧コーナーには誰もいなかった。 この前来たときには・・・3月末までの新聞を全部読んだんだっけ。 毎日毎日一面トップを飾っているのはキラ事件の速報ばかりで正直うんざりしていたけれど、 どこにどんな情報があるかもわからないから自分を叱咤しつつ、それらを細かく追っていた。 社会面や投書のコーナーにはキラやLについての意見や、座談会もあったけど、 匿名とはいえやっぱり真っ向からキラへの反対意見を出してくる人は少ない。 やっと今月、4月の新聞に入れる。 分厚く綴じられている新聞を広げて、1日からのニュースに目を通した。 ・・・・・・・・・それを見つけたのは、どれくらい時間が経った頃だっただろう。 「あ・・・・・・!!」 思わず声が漏れた。 あまりにも静かすぎる閲覧室では目立つものだったらしく、何人か顔を上げてこちらを振り返ったような気がした。 だけど私の意識はその記事に向けられたまま。 キラ事件の報道に追いやられるかのように、社会面の片隅に小さく載っている記事に息が止まった。
新聞の日付を見る・・・・・・4月15日、3日前の記事だ。
たったそれだけの文章が何度も何度も繰り返される。 息ができない。思わず胸を拳で強く押さえる。 あの時と同じだ、FBI捜査官死亡のニュースを目にしたときも訳がわからなくて苦しくて。 何で?何で? どうしてそんな記事が出てるの? 自殺の可能性って、ナオミさんが? そんなの、嘘だ。何よこれ。 いつ図書館を出たのか覚えてない。 バイクを運転する気力なんて、もうない。 レイのときのように、その場で泣き崩れたりしなかった。 それだけ、人の死に対して免疫ができてしまったってことだろうか。 喜べるようなことなんかじゃない、感情の一部が機能しなくなってしまったってことだ。 大学近くのスクランブル交差点でバイクを止め、オーロラビジョンに見守られるような広場に入ってバイクを止めた。 ふらふらとバイクを降りて、あまり綺麗とは言えないベンチに力なく座り込む。 薄暗くなってきた広場を行く人は、虚ろな目で座り込んでる私を振り返らない。 図書館を出たことを覚えてなくても、あの短い新聞記事は全文目に焼きついた。 白骨化した遺体は少なくとも死後3ヶ月は経っていたって。 3ヶ月前。 一人で泣き続けて、いつまでも動こうとしなかったあの時だ。 どうしてもっと早く行動しなかったの。年末、最後の電話の後どうして動かなかったの。 すぐにでも日本に渡っていたら、ナオミさんもそんなことをしなかったかもしれない。 ・・・・・・・・・間に合わなかった。 「・・・・・・・・・・っ・・・・!!」 俯いたままぐしゃっと両手を頭に突っ込んで髪を強く握りしめた。 なんで私は何もできないの。 大切な人が死んでいくのに、どうして何もできないの。 もう、嫌だ、こんなの。 こんな苦しい気持ちがもう一度来たら、それだけで胸が押し潰されて死んでしまう。 どうすればいいの? 私なんかが動いたところで何もできないって言うの? 「おい、何だよあれ!」 スクランブル交差点は歩行者の信号待ち。 信号待ちの雑踏の中から一つの声がした。そこから波紋が広がるようにざわめきはどんどん大きくなる。 耳に入った言葉に鳥肌が立ち、私はゆっくり顔を上げた。 オーロラビジョンに映し出された『KIRA』の文字、無機質で冷たい機械音声。 何よ、あれ・・・・・・・・・、 「きゃ・・・・・・っっ!?」 すぐ側にいるスーツ姿の女性が両手で口許を覆って小さく悲鳴を零した。 いつもなら無感情に通り過ぎていくはずの広場にいる全員が放送に釘付けで、同時に息を呑んだ。 『KIRA』の映像の左端に、インターネットのポップアップのように小さく現れた別番組の映像。 今、まさに生放送中だっただろうその番組は、カメラの向こうで慌しく人が行き交ってる。 キャスターのデスクで倒れている男性を、側にいる女性キャスターが必死の形相で揺さぶって何やら叫んでいる。 ・・・・・・・・・待って、何が起きてるの? 「マジかよ、あれ・・・・・・殺しの中継再びかよ・・・!!」 雑踏の中で誰かがそう言った。 それを切欠にして、息を呑んで見つめていた周りの人たちの時間も動き始めたらしく、 そこは一気に雑音の集まりと化した。 そんな人たちを煽るかのように、無機質な機械音声は淡々と続いている。 何を言ってるのかよくわからない。 煩い。みんな黙ってよ。 私を捕まえようとしなければ、罪のない人間は死にません」 ・・・・・・・・・罪のない人間は死なない? 「怖い、私、こんなの嫌よ!!」 「でも、キラが出てきてたしかに犯罪は減ったよな」 「おいお前、正気かよ!?」 「そうよ、警察なんて当てにならないじゃない。キラの方がよっぽど世の為に動いてるわ!」 煩い煩い煩い。 何も考えずに煩く声を上げる人たちをこんなに腹立たしく思ったことなんてない。 でもそれ以上に、オーロラビジョンの声の主から目が離せない。 あれはどこ? あの放送は・・・・・・さくらTV・・・・・・!! 拳をぎゅっと握りしめた。 レイが死んだのも、ナオミさんが自殺してしまったのも、キラのせいじゃないって言うの? 「そうだ、キラに逆らう奴なんて死んで当然だろ!」 何も聞き取れない雑踏の中、はっきりと聞こえてきたその言葉に何かが弾けた。 その声の主を雑踏から引っ張り出して殴りかかりたい衝動を抑え、 すぐそこに駐車していたバイクに飛び乗るように跨って乱暴にキーを回し、エンジンを入れる。 死んで当然? ・・・・・・レイもナオミさんも? 冗談じゃない。 何も知らない人たちが・・・、何も知らない人たちにそんなことを言わせるなんて・・・!! ヘルメットを被って慣性の法則も考えずにアクセルを最大にまわした。 体が置いて行かれそうになるのを堪え、信号も無視して交差点を抜けた。 最も、皆オーロラビジョンに釘付けで、暴走していったバイクのことなんて気にも留めていない。 もう許せない。 キラ、絶対に許さない!! ↓補足 この時点ではナオミさんはただ行方不明ってだけでしたねー・・・。 だけど、もう本誌連載も終わっちゃったし。 彼女は故人だって断定した方がわかりやすいと思うので、勝手にこんな展開です。 人に迷惑がかからない死に方ってやっぱり樹海入りとかだろうかと思い、山村での発見。 |