こんな我侭な一人娘で・・・ごめんなさい。


でも、二人とも本当に大好き。






だから・・・約束するよ。







必ず、またここに帰ってくるから。





















第六話:Thank you.





















・・・?今・・・何て?」


「・・・・・・・・・日本へ、行きたいの。今すぐに」




私の一言は、久しぶりに会えて喜んでいたお父さんとお母さんの顔を固まらせた。

その顔を直視するのは辛かったけど、でも、真っ直ぐ二人と顔を合わせて私はもう一度同じ言葉を口にする。








年が明けてメールでしか新年の挨拶を送っていなかったけど、

直接話したいことがあるの、とお父さんとお母さんに連絡を取った。


何とか仕事の合間を縫ってくれたらしいお父さんと、

日本からアメリカの会社へ異動を申請するためにやってきたお母さん。



お母さんは「、こんなところに住んでいたのね」と、私の部屋を物珍しそうに見回して。

「いいところを見つけただろう?」と、お父さんはちょっと得意げに言った。

黙って二人にお茶を出したら、

「お母さんがこっちに異動が決まったらニューヨークに新居を構えようか」って。





・・・・・・その笑顔に胸が痛んだけど・・・・・・ソファに並んで座った二人に私は言った。





「・・・・・・・・・日本へ、行きたいの。今すぐに」


「日本へ行きたい・・・って、どうして今更?」




いつもの陽気なお父さんらしくなく、やや低めの真面目な声。



・・・そうだよね。

アメリカに留学したいって言い出したのは私なのに。

いくら両親二人とも喜んでくれたこととはいえ、私の希望を通すためにいろいろと大変なこともあっただろう。


勝手なことを言い出してるって・・・よくわかってる。




だけど。




「逢いたい人がいるの。どうしても、今。少し・・・時間も、かかると思う」




逢いたい。


いつ逢えるのかわからないけど、それでも。




「逢う・・・って、そんなに長くかかるの?一体、誰なの?高校のときの友達?」


「・・・・・・・・・・・・・・・」


「お父さんとお母さんにも言えないような人?」


「・・・・・・ごめんなさい、今は、まだ・・・、」




少し厳しくなったお母さんの声に俯いてしまう。

悪いことをするつもりなんてないのに、本当の理由なんて述べることはできない。



二人を安心させるための理由が、見つからない。




「・・・・・・大学は?やめるのか?」




こんなに真面目な声音を聞くなんて・・・・・・本当に久しぶり。




「・・・・・・やめたくは、ない。まだまだ勉強したいこと、たくさんあるの・・・、

でも、私・・・・・・、今どうしても、その人に逢いたいの・・・絶対に今じゃなきゃ、駄目なの・・・」




今じゃなきゃ。

じゃないと・・・・・・私、きっと後悔する。

このままアメリカに居て、もしあの人に何かあったら?




・・・・・・今度こそ、きっと立ち直れない。



逢いたい。


もう一度、あなたに逢いたい。




「お願い・・・します・・・・・・」




本当は黙って日本に行くつもりだったけど、大好きなお父さんとお母さんにそんな後ろめたいことはできなかった。

理由は言えないけど、日本行きだけは伝えたかった。



反対されたって行くつもりだけど・・・でも。



拳を握りしめて頭を下げる。

沈黙が重くて、胸が苦しいけど、そのままの姿勢から動けない。




「・・・・・・、これ」




重い空気に言葉を発したのはお父さん。

バッグから取り出したらしい、通帳とカードを目の前のテーブルにそっとおく。



何を思ってるのかわからないような瞳に促され、ゆっくりと手を伸ばし通帳を開いてみた。

・・・・・・その金額に思わず目を見開く。



の、今後の養育費。

大学の授業料とかアパート代とか、全部その口座から落としてたから」


「・・・って、こんなお金・・・・・・私がどうするの?」



真意の読めない私へ、お父さんはふっと表情を和らげた。




「行きたいんだろう?日本へ」


「ちょっとあなた!!」


「大げさだな、少しの間休学して日本に行くくらいだろう?」


「だけど・・・・・・」



珍しく声を上げたお母さんに、お父さんは飄々と笑ってみせる。



「いいじゃないか、元々スキップで入学した身だし。

このがそこまで言うくらいだ、きっと大切な人なんだろう?日本に置いてきてしまった彼氏とかかな?」


「・・・・・・えと・・・」


「いつか紹介してくれたらいいさ。気をつけて行っておいで」




・・・ごめんなさい、そういうんじゃないんだけど・・・・・・、




「まだあの家、手放してなかったな?ホテルもいいけど時間がかかるなら自宅の方がいいだろうし」


「ええ・・・・・・手続きはまだよ。

・・・もう、あなたが心配じゃないの?」


「そりゃいつだって心配してるさ。

でも大丈夫、こんなにしっかりした自慢の娘だ。の選ぶ道に反対なんてしない」




でも・・・・・そういうことにしておこうか。

本当の理由なんて言えないけど・・・、そういう理由で二人が安心してくれるなら。




「・・・わかったわ、あなたの好きになさい、

連絡くらいちゃんとしなさいね?」




逢いたい人は・・・・・・、今、たしかに誰よりも好きで絶対に失いたくない人だから。




「ありがとう・・・」




やっと、笑顔を見せることができた。
























お父さんとお母さんがそろって帰ってしまって、部屋は再び静寂に包まれる。



大きく息を吸って胸を押さえ、ゆっくりと吐き出す。

髪に手を突っ込んで目を閉じ、今やるべきことを一気に引き出した。



コンピュータの電源を入れ、起動を待つ間に電話を手にして随分久しぶりの番号をダイヤルする。




彼女はすぐに出た。





「・・・ウエディ?私、


『・・・ようやく電話もできるようになれたの?』


「うん・・・アイバーの、おかげ」




PCが起動し電話を耳に当てたままパスワードを入力して、クローゼットから小さなボストンバッグを引っ張り出してきた。




「私、日本に行く」



服なんてそんなにいらない。


身一つだけ、向こうに行ければいい。




『何をしに?』


「・・・あの人に逢いに」


『日本に居ると思うの?』



私を心配している様子もなさそうな変わらない口調。

その質問にひとつ息をおいて、口を開く。



「確証は・・・ないけど。でも、きっと日本だと思う。

それに、キラを追っていれば、必ず逢えると思うの」



身軽な服だけを選んでバッグに放り入れ、PCに向かい飛行機を探す。



『・・・あなたね、』


「わかってる。私なんかが何を始めようとしてるのかって、わかってる。

・・・でもね・・・行かないといけない気がするの。

今、行かないときっと後悔する。そんなの・・・嫌なの・・・」


『・・・・・・アイバーに何を吹き込まれたの』


「言ってくれたのはアイバーだけど。でも、そう決めたのは私だから」




飛行機・・・見つけた。


すぐに予約の手続きを進め、エンターを叩く。




「ごめんね、それだけ。一応、言っておこうって思って・・・、」


『・・・・・・好きになさい』


「・・・ありがとう。ウエディのおかげでいろんな力をつけることができた。

だから、日本へも行ける。

感謝してる。本当に・・・ありがとう」



しばらくウエディは黙り込む。

その沈黙のまま、いつも通り用件だけの短い電話を切ろうとしたけど、



『・・・・・・待ちなさい、



彼女の鋭い声に思わず反応した。



『・・・・・・居るわよ、日本に』


「・・・え?」


『Lは日本に居る』


「・・・・・・・・・ウエディ?」


『こんな極秘情報漏らしたなんて知れたら、Lに殺されるわ。

全く、この借りは高いわよ




電話の向こうで短く溜め息が聞こえた。




「ウエディ・・・・・・」


『私たちも水面下でLに言われたとおりキラ事件の情報を集めてる。

もしかしたら・・・日本へ呼ばれるかもしれないわね。

・・・・・・ヒントはあげたわよ。自分でLを見つけることね』


「・・・うん・・・ありがとう、ウエディ・・・」


『生きていたら、また会いましょう。それじゃ』




あっさりと電話は切られてしまった。





―――生きていたら、


今までそれは当たり前だと思っていた言葉が胸に響いた。






当たり前のことじゃないんだ。




今日言葉を交わした人が、明日には二度と手の届かない人になってしまうかもしれない。

後悔しても、どんなに泣いても、帰ってこない人になってしまうかもしれない。




そんなことが、私の身近で実際に起きてしまった。




・・・・・・だから、動くの。



私にできることが少しでもあるなら。

あの人に逢って、言えることがあるなら。






今でも手の届かない人だけど、まだ間に合う。
























大学へ休学届けも出してきた。


アパートの不在届けも管理人さんに出してきた。




言葉の慣れないこの地で精一杯頑張ろうって思ってやってきたけど、私は明日、日本へ行く。

・・・・・・自分が生まれ育った国へ行くのに、こんなに決意を必要とするなんてね。



シグナルが青に変わったから、薄く白い雲に覆われた空から目を下ろし、真っ直ぐ歩き出す。

乾いた冷たい風が吹く中、アスファルトに硬い音を落としながら早足で。





ニューヨークを発つ前に、最後に足を運ばなきゃいけないところへ。












たくさんの冷たい石が並んでいる中、教えてもらった区をゆっくりと横切っていく。


もう事実を否定しない、ちゃんと向き合うって決めたせいだろうか・・・・・・それはすぐに見つけられた。



「・・・・・・レイ、私だよ。。わかる?」



鈍い色合いの墓石の前に座り込んだ。

持ってきた白い花束をそっと供えて、笑顔を作ってみせた。



「遅くなって・・・ごめんなさい。・・・やっと来れたよ」



遠くに車のクラクションをぼんやりと聞きながら、目を閉じる。


片手をそっと首元にやり・・・・・・タートルネックの黒いセーターの上の冷たい石に触れる。




宝石言葉・・・全部私に当てはまるって言ってくれたペンダント・・・・・・見てくれている?








「・・・・・・お仕事、ご苦労様」






ぽつりと呟いた。




「私、日本に行くね。

ナオミさん・・・・・・、まだ連絡つかないけど・・・きっと大丈夫だよね。

絶対に見つけるから・・・、」




だから・・・お願い。

ナオミさんを・・・・・・守ってあげてね。



そのまましばらく俯く。

風が私の髪を揺らしたから、少しだけ顔を上げた。



・・・・・・真正面に彼の名前を捉えて、口を開く。


途切れ途切れに、単語を一つずつ区切って、誰にも漏らしたことのない文章を口にする。




「言っておきたかったことが、あるの」



「・・・私、Lを知ってるの」



「逢いたい人は・・・・・・Lなの」



「・・・レイの言ったとおり・・・・・・、彼が、好きなの」




私、震えてる。




「逢いたいの・・・・・・、あなたみたいに・・・失いたくないの・・・・・・・・・」




冷たい墓石に触れてみた。


刻まれた名前をなぞってみた。



この慣れないアメリカでの生活を助けてくれた。

叶わなかったけど、私に胸が躍るような素敵な恋をさせてくれた。






・・・・・・・・・本当の想いにも、気づかせてくれた。




今でも変わらず本当に・・・・・・大切な人だった。



だから。





「・・・・・・あり、がとう・・・、ありがと・・・レイ・・・・・・」









これを最後にする。


泣かない。


もう、泣かない。







立ち上がらなきゃ。


後悔したくない。










あの人に逢うんだ。






絶対に。


























追記。



残念ながらもうとっくにナオミさんはライトと接触してましたね・・・、
だけどそんなの知るよしもないじゃないですか。