何も考えたくなかった。

それでも変わらずに動き続ける冷たい世の中。





・・・・・・・・・・でも、立ち上がらなきゃ。





こうしてる間に、私のできることがなくなってしまう前に。

























第五話:真夜中の決意






















絶望にかられたまま、いつの間にか年は明けていた。







あの日から外にも出たくなく、部屋に居ても何もしたくなくて。

食事もそこそこに一日中ずっと部屋にこもって、流れていく日々を無為に過ごしていた。





教授にレポートを提出できないことを詫びた。



ミシェルたちからカウントダウンのイベントに誘われたけどそれも断った。



ラリーとアリソンが大学のクラブのパーティに呼んでくれたけど返事はしなかった。





お父さんとお母さんから新年挨拶の電話があったけど出ることができなかった。

・・・留守電に残されたメッセージを聞いた後、メールで短すぎる挨拶は送っておいたけど。






みんな、どうしたのかって聞いてきた。





・・・・・・でも、言えなかった。





口にしてしまえば・・・・・・認めざるを得ないから。



これでも一生懸命認めようとしてるつもりなんだけど・・・・・・、

心のどこかで否定し続けている自分がいるのも、確かなの。






「・・・・・・・・・・・・」






今日もつけっぱなしのテレビでは、捜査官死亡のニュースを年末から年明けにかけてずっとやっている。




・・・大晦日の日に、FBI捜査官たちの遺体が国際空港に降りてきた中継を見てまた泣いていた。

関係者らが敬礼し、掲げられた星条旗の下に降ろされた12の遺体。






立派な白百合に飾られた棺が12台、寸分違わず一列に整然と並べられていた。


テレビで見たそれらは悲しく思える程、随分と小さくて。







・・・・・・あんなに背の高かったレイがどれかなんて・・・・・・わからなかった。











・・・こんなニュースもう聞きたくない、見たくもないのに。

どうしても情報を求めずにはいられず、テレビを消すことができなくて・・・、

でも、死亡した捜査官の名前がテレビに映るだけで私は膝を抱えて俯いていた。

頭から被ったブランケットをぎゅっと握りしめ、悲しいニュースを聞かないように耳を押さえる。




世間の動向は気になる。

だけどこんな事実を突きつけられるのはもうたくさん。

・・・でも・・・、何も見ないように聞かないようにしてても、意識をニュースから離すことはできない。




そんな矛盾を抱えて・・・・・・・私は今日も部屋にこもっていた。
























年が明けて、大学はもう来週から始まる。


なのに、動けない。




ねぇ、私、どうしたらいいの?





「・・・・・・・・・・・・・・・」





ピンポーン





「・・・・・・・・・・・・・・・え・・・・・・、」




インターホンの音に気づくのに少し時間がかかった。

きっと、あまりにも長い間、閉鎖された空間に閉じこもっていたから。

外からの音なんて・・・・・・何日ぶりだろう・・・。




「・・・、いるんだろう?」




ドア越しに低く静かに響いてきた声。




「・・・・・・・・・ア、イバー・・・・・・?」




乾いた唇から掠れる様な声で漏れたのは、久しく会ってなかった人の名前。

ぼんやりとしていた私の意識は、声の主を少しずつイメージし始める。


その間に、もう一度室内に響くインターホン。

続いて、軽くドアがノックされる。




「開けてくれ、


「・・・・・・・・・」


「開けないなら、こっちから勝手に開けるが?

それでもいいのか?」


「・・・・・・・・・」




・・・・・・・・・・・・開けるつもりなんてない。





お願いだから放っておいて。


誰にも会いたくない。






内心でそう呟いて・・・・・・、また俯いた。


膝を抱いて、背中を丸めて。




・・・・・・可哀そうな自分だけを見つめるようにして。





ガチャ、ン





ほんの3分もすると、私の気持ちに構うことなくドアの鍵が外されて・・・・・・私は顔を上げた。



鍵が回る音に驚くよりも、あまりの非常識な行動に怒りを覚える方が早かった。

すっかりくたびれた部屋着姿を取り繕うこともせず、

私は大きく息を吸い唇を噛んで、ドアを開けて入ってきた人物を睨みつける。




まさかとは思ったけど本当に入ってくるなんて、信じられない。




悪びれた様子もなく入ってきたのは間違いなくアイバー。

伊達なのか度付きなのかわからない、フレームの細い眼鏡をかけてる。

開錠に使ったらしい小さな工具をジャケットの内ポケットにしまい、

相変わらず狭そうに長身を縮めながら部屋に入ってきた。



いつもと変わらない、その長身に映えるような出で立ち。



・・・・・・ああ、

いつもと違うのは・・・・・・、私だけだ。




「・・・・・・・・・どうして勝手に入ってきたの」




顔を上げて頭からはらりと落ちたブランケットを強く握りしめ、訊いた。




「『開けないなら勝手に開けるがそれでもいいのか』とは断った」




まるでふざけているような返答にギリ、と歯軋りした。

今すぐに大声で怒鳴り散らしたいほどに腹立たしい。



・・・・・・だけど冗談なんかじゃなく、アイバーは至って真面目な顔だから。




「・・・・・・・・・・・・何の用」




喉の奥まで出かかった罵声の言葉を必死で押し込んで、できる限り静かに訊ねる。

・・・それでも、今の怒りの感情を込めた目つきだけはどうしても和らげることができなかったけれど。



軽く腕を組んで、座り込んだままの私を見下ろして、アイバーは口を開いた。




「あの日からずっとそうしてるのか?」


「・・・・・・・・・・・・」


「こんなに寒い部屋に篭もってたら体壊すぞ。

ストーブくらい点けるんだ」




言いつつ、アイバーは部屋の隅に寄せてあったストーブを私の側まで引っ張ってきて、さっさと点火する。



その暖かさは、泣きたい気持ちに拍車をかけるように心地よいものだった。

思わず身を翻してストーブから離れ、部屋の隅の冷たいフローリングにぺたんと座り込む。


そんな私の行動を一瞥して、アイバーは皮のジャケットを脱いでソファに放り投げた。




「・・・・・・何か食べるか?

簡単な軽食ならすぐ作れる。食べたいものがあるなら言ってくれ」



「・・・・・・・・・・・・・・・」




答えない。

膝を抱えて、聞こえてない振りをする私。



アイバーはしばらく待っていたけれど、いっこうに応える気配のない私に軽く溜め息をついた。





「いいかげんにするんだ、

君がいつまでも塞ぎこんでたってこれが事実で、事態は何も変わらない、違うか?」





低く紡がれたその言葉に、視界が一気に滲んできた。



・・・・・・・・・一番、聞きたくなかったことを、この人はあっさりと言ってくれた。




酷い。



そんなこと、私だって。






「わかってるよ!!そんなことくらい!!


だけど・・・っ、動けないの!!何かしようとしても何もできないの!!


外にも出られないし、レポートも書けないし、みんなからの電話にも出られない!!


こんなんじゃだめだって痛いくらいわかってる!!だけど・・・っ、だめ、なの・・・・・・っ!!


・・・っ、アイバーはそれをどうしてわかってくれないのよ!!


勝手に入ってきて、勝手な言い草で・・・っ!!最低よ!!出てって!!」






叫んだ。



喉が掠れるほど声を振り絞って。




手にしたブランケットを力いっぱい投げつけたけど、

ぐしゃぐしゃに丸められたそれはアイバーの足下にだらしなく広がっただけだった。


足下のそれに目を落とすことなく、アイバーは黙って私を見据えたまま。

真っ青で真っ直ぐなその瞳は、今にも全てが崩れてしまいそうな私にとっては刺すように居心地が悪いものに思える。



その視線を真っ向から受け止めることはできず・・・・・・、両手をついて頭を垂れた。




「・・・・・・言った、んだよ・・・・・・っ、

来年に、って・・・・・・!結婚、するから・・・、式には、来てほ、しい・・・って・・・・・・!

なの・・・っに・・・、なんで・・・・・・、なんで、よ・・・ぉっ」




自分が何を口にしているのかわからない。



言葉を発したのも本当に久しぶりで、

今までずっと自身の中に溜め込んできたものがぼろぼろと滅茶苦茶に零れ落ちてくる。



言いたかったことをひとしきり全部ぶちまけた。

寒くて、苦しくて、胸が、痛い。

視界は滲んでぼやけてて、乱れた髪が顔にかかって何も見えない。





すると。





「そのままでいたければ、そうしていたらいい。立ち上がれない君を誰も責めはしない。

いつかはその哀しみも癒えるだろうしな。

だが・・・、その間に君にできることがなくなるかもしれない、そう思わないか?」


「・・・・・・・・・え・・・?」




俯いて不自然な呼吸を繰り返している私に、アイバーはゆっくりと語りかけた。


震える手で視界を塞いでいる髪を上げると、

座り込んでいる私に視線を合わせるように、彼はそこに腰を下ろしていた。






「・・・・・・Lに逢いたいんだろう?

その為にアメリカに来たんじゃなかったのか?」





L、という名で・・・、ぐしゃぐしゃに掻き乱れた私の頭の中は、ゆっくりと・・・少しずつ冷静になっていくのを感じた。

喉の奥は苦しいし、息使いはまだ落ち着かず不安定だけど。



そんな私に合わせるように、彼は更に言葉を続ける。




「FBI捜査官たちを殺したのはキラだそうだな。

はっきり言って、このキラ事件は不可解だ。

今までどんな迷宮入りの難事件も解決してきたLだが・・・、

君がそうしてる間に、この事件でLに何かないとも言い切れない」




静かに・・・・・・アイバーはそう告げた。

息を乱したまま、彼の言葉をゆっくりと、うまくまわるようになった自分の頭の中で繰り返してみる。






私がこうしてる間に・・・・・・、




あの人に・・・・・・、何か、が・・・?






「・・・・・・ぃ、や・・・・・・っ」




無意識のうちに頭を小さく横に振った。

情けないほど掠れた声が喉の奥から漏れる。




「なら、引きこもるのは今日で終わりにするんだ。

今ならまだ間に合う」




足下に広がったブランケットを拾い上げ、ふわりとそれを広げて私の体を包んだ。


まだ呆然としている私の頭を一度だけ撫ぜる。




「・・・・・・・・・っ、」





あの日、レイの死を知ったときはただ冷たいだけだった涙。


今日、アイバーからの言葉で零れてきたのは熱い、熱い涙。




堪らなくなって、震える手を伸ばし彼の服をぐっと握りしめた。

俯いて歯を喰いしばって声を押し殺すけど、涙が止まらない。





ただ黙って、穏やかにあやすように頭を撫ぜて。


私が泣き止むまで本当に時間がかかったのに。







彼は、黙ってそこに居てくれていた。































その翌日の朝。




「・・・・・・・・・冷たい・・・」




ドアを開け、触れてみた空気を静かに吸い込んでぽつりと呟いた。


昨晩、アイバーが作っていってくれたスープをゆっくりとお腹におさめて・・・・・・恐る恐る、部屋の外に出てみた。




泣き続けていた部屋に篭もっていたって、これからどうすればいいのかなんてわからないから。

少し歩いて、この先の広場にでも行ってみよう・・・って思ったの。





ゆっくり階段を降りる。


3階で一旦立ち止まって彼の部屋へ視線を向けたけど・・・、また階段を降りる。




ポーチに降りると、久しぶりに見る光景が目の前に広がっていた。

部屋に篭もりきりだった私には、眩しすぎる朝の光が少しだけ目に痛い。



寒くなってきてすっかり葉を落としてしまった木、

ストリートを挟んで向こう側に、黒いショールを羽織ったおばあさんがぴんと背筋を伸ばして

しっかりした足取りで颯爽と歩いていくのが目についた。



冷たい風は私を拒絶しようとしているようにも感じられるけど、新鮮な空気に触れて、いくらか頭ははっきりとしてきた。



ゆっくりと吸い込んだ息をひといきで吐き出す。

広場へ向かって歩き出そうと、一歩を踏み出した。




「・・・・・・?」




少し離れたところを一人の男性がすれ違い、アパートの階段へと向かっていった。



その面影には何だか見覚えのあるような、背の高いコート姿の男性。




「・・・・・・レイ、」




視線を引かれ、思わず零れてしまった言葉に慌てて口許を押さえた。


私の声に気づいて振り返ったのは黒髪の、背の高い男の人。








・・・・・・だけど、レイじゃない。









・・・・・・私の馬鹿。


そんなの・・・・・・当たり前、だよね・・・・・・、




「あ・・・、すみません・・・、」


「あの・・・兄のお知り合い、ですか?」




視線を曖昧に泳がせ頭を下げた私にかけられた言葉。




「え・・・兄・・・?」




顔を上げて確認してみた。

背の低い私には見上げるほどに背の高い黒髪の男性。


今の私のようにじっと凝視していないとわからないほどの微かな笑みを浮かべて・・・彼は口を開いた。




「弟です。

・・・部屋を、片付けに来たんです」




そう言い、アパートを軽く指差した。


弟、さん・・・・・・いたんだ・・・・・・、




「・・・・・・ニュース、を?」


「・・・・・・・・・・はい・・・・・・」




意外な人との出逢いに目を軽く見開いていたけれど、彼の一言で現実を突きつけられた。

思わず、ぐっと拳を握りしめる。



・・・・・・でも、大、丈夫。

ちゃんと受け止めて。

身内であるこの人の前で・・・、見ず知らずの他人が泣いたり取り乱したりしちゃ駄目。




「・・・・・・先日、遺体は帰ってきました、ね?

ニュース、見ました・・・・・・31日に」




ゆっくりゆっくりと、怖くてずっと認めたくなかったことを口にする。




「はい、葬儀は済みました。

その前に大体の遺品を集めたんですが、今日は全ての荷物を出して部屋を引き払おうと」




私よりもずっと落ち着いているその人。


・・・・・・ううん、きっとそう振る舞っているのかもしれない。

レイのように・・・とっても強い人・・・なんだね・・・・・・、




「とても・・・・・・よくしてくれました。

すみません、本当に・・・何て言ったらいいか・・・・・・」




言いつつ、視線が地面に落ちてしまう。

彼にとっても、私にとっても、今、この場に相応しい言葉が見つからない。



こういう時って、一体、何を口にしたらいいの?



わからない。


私は・・・・・・本当にまだまだ子供だ。





「・・・・・・はい。

ご丁寧に、ありがとうございます。

・・・・・・それじゃ」




何も言えない私へ向かって一つだけ軽く会釈し、彼はしっかりとした足取りで階段を昇っていった。



私はその後姿をじっと見送る。

しばらくその場所に立ち尽くしていたけど・・・、彼の後を追うように駆け出した。



アパートの階段を全力で一気に駆け上り自分の部屋に戻った。

目的のものを手にして3階に下り、彼の部屋のインターホンを鳴らす。

程なくして、コートを脱いだ姿で彼が出てきた。



レイとのこんな光景・・・・・・、よくあったよね。




「ああ・・・、何か?」




息を切らせた私を確認して、彼は首を傾げてみせる。




「すみません、あの、これお返しします。

・・・あの、出発前日に、貸してくれて・・・・・・」




両手で差し出したのは、出発前にレイが貸してくれた、あのミステリー小説の続き。

全部読んでないけど・・・・・・、これも、彼の遺品にあたるから。




ちゃんと・・・家族に返してあげなくちゃ。




「・・・わざわざ、ありがとうございます」




私に合わせてくれるように、彼も両手を出して本を受け取ってくれた。




「・・・・・・あの・・・・・・お墓、はどちらに?

後日、詣でても・・・構いませんか?」


「ええ、勿論。

少し遠いんですがニューヨークの共同墓地ですので、お時間のある時にでも。

・・・兄も、喜びます」


「・・・ありがとう、ございます・・・・・・それじゃ」




深く一礼して背を向け、歩き出す。


冷たく硬い音でドアが閉まる音を後ろで聞いたけど・・・・・・もう、振り返らない。












もう一度冷たい風が吹く外へ下り、自分の足音を聞きながらゆっくりと歩き出す。








そのままでいたければ、そうしていたらいい。立ち上がれない君を誰も責めはしない。

いつかはその哀しみも癒えるだろうしな。

だが・・・、その間に君にできることがなくなるかもしれない、そう思わないか?









昨日、アイバーが私に告げた言葉がゆっくりと繰り返される。














私にできること・・・・・・、きっと、まだある。


このまま塞ぎこんで泣き暮らしても・・・・・・ずっと後悔し続けるだけだ。






あの人を、失いたくない。











空を見上げると、雲の切れ目から微かな光が零れている。



私の夜は、まだ明けないけど。



居場所は・・・・・・きっと、間違ってない。












・・・・・・行こう。











日本へ。