現実はただ残酷なものだった。




受け入れられなくても全て事実で。

私がここで泣き叫んだって何も変わるわけもなくて。




そんなことは痛いくらいによくわかってるのに・・・・・・ここから動けないのは何故?



















第四話:失ったもの























「眠いーー・・・・・・、」



ごしごしと目を擦りながら寝返りをうつ。

外気はひどく冷たくて、布団の温かさがものすごく心地いい。



起きたばかりで視界の焦点が定まらないけど、何度も瞬きしてるうちにようやく部屋の輪郭が見えてきた。

枕元に置いてた携帯のディスプレイを見ると、A.M.10:00過ぎ。




「・・・・・・うぅ、もうこんな時間・・・・・・」




大学が休暇に入って、つい遅くまでコンピュータに触る悪癖がついちゃった。

昨晩、ベッドに入ったのは深夜4時前くらいだったし。


いいかげんに起きなくちゃ。

明日は教授に年明けの発表レポートを添削してもらうアポをとってる。

レポートは昨晩書き上げたけど、初めから読み直してみたら何かまだまだ考察不足のような気がしたし。

借り出してきた資料をもう少し読み込んで、明日までに直せるところは直しておこう。




「くぁーー!起きろーーーー!!」




自分で自分に叱咤。




・・・馬鹿なことやってないで起きなきゃ。
























顔を洗ってもまだ眠気が残ってる。

簡単な部屋着に着替えてキッチンに入り、とりあえずお湯を沸かしながら朝食は何にしようかとぼんやりと考えた。



お腹空いたけど・・・何か作るような気力はないから棚にしまってたパンを取りだす。

沸かしたばかりのお湯でインスタントコーヒーを作り、砂糖とミルクを一さじずつ入れてがしゃがしゃと掻き混ぜた。


さすがに手抜きすぎる朝ごはん。

・・・・・・夕食はちゃんと作るから朝はこれで許してね、と自分に言い聞かせて。




パソコンデスクについて行儀悪くパンをかじりながら、コンピュータを起動させてネットに繋いだ。





「・・・・・・・・・・・・・え?」






手からぽろりとパンが滑り落ちた。

速報ネットニュースの見出しの文字に私の思考は一瞬止まる。






      キラ事件捜査の為、極秘にて日本に入ったFBI捜査官死亡。







「・・・・・・な、にこれ・・・・・・?」






引かれたようにその一文をクリックする。





日本時間で12月27日午後4時頃、都内の随所にてFBI捜査官数名の遺体が発見される。
FBI本部は、彼らはキラ事件捜査の為極秘捜査にあたっていたと発表。
日本警察の調べによると確認がとれた遺体は全て心臓麻痺。
引き続きFBI本部と日本警察が詳しい状況と共に、未だ連絡の取れていない捜査官の行方を追っている。






それだけの文章を何度も読み返した。

キラ事件捜査の為、極秘捜査にあたっていたFBI捜査官?



・・・・・・・・・それって・・・・・・、




「・・・・・・ちょ、ちょっと待って・・・え、何・・・?」




思わずガタンっと立ち上がった。

テレビのリモコンを放り出してるソファのサイドテーブルへ。


足がもつれて転ぶようにしてテーブルの前に倒れこみリモコンを手にする。

擦った膝が少し痛かったけど気にも留めず、

リモコンの電源スイッチを探してもたつく指に舌打ちしながらテレビをつけた。



ニュース画面の文字は"Goverment men died of cardiac failure"とある。

Goverment men ・・・FBI捜査官、このニュースだ。





『たった今、全ての名前が判明しました。

日本に入った捜査官は全部で12名です。

先に発表した捜査官の名前も含め、全員の名前を発表します』





違うよね?


これは、彼とは違う別のことよね?






ひどく勝手な願望を胸に、私はテレビに映し出される情報を待った。




だけど。








Investigator who died

Lian=Zapack
Frigde=Copen
Arire=Weekwood
Toors=Denote
Haley=Belle
Raye=Penber
Ale=Funderrem
Knick=Staek
Nikola=Nasberg
Girela=Sevenster
Bess=Sekllet
Freddi=Guntair










「Raye=Penber・・・・・・・・!!」




すぐに見つけてしまった名前。

喉の奥から引きつったような悲鳴が零れる。



思わず口許を覆うけど、視線だけはテレビに釘付けのまま。




「・・・っ、何よ、これ・・・!どうなってるの!!?」




震える声で叫ぶけど、答えてくれる人なんていない。


数秒だけ呆然としてしまったけど、すぐに次の思考が頭を駆け巡る。




「ナオミさん・・・・・・・!」




そうよ、あの人は!?一緒に居たでしょう!?




ベッドサイドに放り投げていた電話を乱暴に取り上げた。

24日の夜にかかってきた番号を国際電話でリダイヤルする。


日本じゃ今は夜12時も過ぎてるだろうけど、今の私にそんなこと考える余裕なんてなかった。




『・・・・・・はい』




遠く微かに聞こえた声。

たったそれだけの第一声だったけど、明らかにイヴの夜とは違う沈んだ声だとわかる。




「もしもしナオミさんっ!?私です、です!!」


ちゃん・・・・・・、ニュース、見たのね?』




もともと低めで落ち着いた声のナオミさんだけど、更に沈んだ悲しげな声。



そんな・・・・・・!


・・・間違いない・・・、本当なんだ・・・・・・!




「はい・・・・・!

あの、何で、どうして・・・・・・!」


『・・・・・・キラ、よ』


「・・・・・・・!」




cardiac failure――心臓麻痺。

キラによる殺人の手口。





だけど、どうして?





レイは、ううん、日本に向かった捜査官たちは犯罪者じゃないのに!






「あの、ナオミさん、今どこに?まだ都内ですよね!?

ホテルは!?」




携帯を耳に押し当てたまま、デスクの引き出しからパスポートを取り出した。

急だけど、飛行機の残席を確認しようと片手でコンピュータのキーボードを叩き始める。



だけど。




『駄目よ。・・・日本に来るつもり?

何しに来るの?あなたは来ちゃ駄目。

こんなときに日本なんて、お父さんもお母さんも心配するでしょう?』


「・・・だ、だけど・・・・・・っ!」




・・・言葉が出なかった。



そうだった。

ナオミさんにとって私は、たった1年スキップしただけの18歳の女の子。



そんな子が、今、日本に渡ろうとするなんて・・・褒められたものじゃない。




『大丈夫。現役引退したとはいえ、私だってFBI捜査官だった。

今、すべきことは、ちゃんとわかってる』




声は沈んでるけど、それでもはっきりした口調。

私のように泣きそうに動揺してる様子なんてない。




「ナオミさん・・・私・・・!」


『・・・キラを追いたいの。気になることもあって。

一人で、考えさせてくれる?お願い』


「ナオミさん、お願い・・・!

今、どこ・・・!?」




電話を耳に押し当てて懇願する。




駄目。

お願い、切らないで。




行っちゃ駄目・・・!!





『私なら、大丈夫。

・・・・・・ごめんなさい、それじゃ』


「ナオミさん!!」





ぷつん、と切られてしまった電話。


もう一度コールするけど、繋がらない。電源が切られたんだ。







電話を取り落とし、ぺたんと床に座り込んだ。









―――結婚、するんだ。僕とナオミ。



―――のおかげだよ、全部ね。



―――それで、是非結婚式には来てほしいって、僕たち二人とも思ってるんだけど・・・、









大好きなレイの声が、笑顔が、脳裏にはっきりと蘇る。



こんなにも鮮明に思い出せるのに・・・・・・彼は、もういないなんて。





「な、んでよ・・・・・・っ、レイ・・・・・・!!」





どうして?


どうして彼が死ななきゃいけなかったの?












視界がにじむ。


何度目を擦っても、止まらない。




胸が、息が苦しい。


震えが止まらない。


凍えそうに寒い。





頬をつたって零れ続ける涙は、ひどく冷えきっている。


















冷たい空気の中、明るい陽が零れる爽やかな朝だったけど。



たった今この時から、私にとっての長い長い夜が始まった。