白い雪が降る、ホワイトクリスマス。

街の真ん中にはきらきらと虹色に煌めくクリスマスツリー。



"Merry Christmas!!"と言い合う人々の満面の笑み。




光の夢の余韻も冷めないうちに目覚めた朝は、空気は冷たいのに心はとても温かくて。






幸せな日だったよ。



















第三話:the Last Christmas





















「もー、何があっても絶対に来いなんて怖い声で言わなくたっていいじゃないミシェル。

正直、かなり怖かったんだけど」




ふわふわのアンゴラ素材の帽子を両手で深く押さえながら私は口を尖らせた。

冷たい風が吹きつけるけど、ここにいる人たちは寒さなんて感じていないような明るい顔。

街のパーク内に飾られた大きなクリスマスツリーの下には、

小さなテーブルがいくつか設けられていろんな人たちがグラス片手に立席で談笑している。



その一角に、私はハイスクールの頃の懐かしい友人数名と陣取って久しぶりの会話に花を咲かせていた。




が勝手にハイスクール卒業しちゃったから私すっごいつまんないの!

何よー、卒業して全然連絡もしてくれない冷たいオンナを誘ってあげる私に感謝しなさいよねー!」




久しぶりに会ったミシェルはちっとも変わってなかった。

相変わらずの派手な格好に甲高い声に騒がしい性格。




「だからごめんってば。故意に連絡しなかったわけじゃないって。

だって、前にクラブで会ったじゃない、えっと・・・」


「10月の終わり頃!それから全っ然連絡なしなんて!」


「ほら、ミシェルうるさいぞ。早くドリンク決めろって」


「もー!マークってばには甘いんだもんね!

私はいつものカクテルでいいに決まってるじゃん!

ジュディーー!私にもアレお願ーーい!」


「はーい!」




ミシェルだけじゃない、マークやジュディ、集まったみんなもちっとも変わってなかった。

きっと、私もみんなから見たらあんまり変わってないんだよね。


でも、それはそれでとっても嬉しいことなのかもしれない。

変わって嬉しいこともあれば、変わらないことが嬉しいことだってあるでしょう?




「オーケー、それじゃ、みんなグラス持ったなー?」



「"Merry Christmas!!"」




みんなで顔を見合わせ、手にしたグラスを掲げて一斉に声を上げた。

私もミシェルに無理やり押しつけられたグラスをみんなと合わせて、冷たいドリンクをぐいっと飲み干した。



そしてテーブルの上に用意された簡単なディップに手をつけたりして、再び思い思いの会話を始めるみんな。




、ラリーの奴、ちゃんと大学に来てるか?

あいつ、ここんところほとんど毎晩のようにクラブで踊り狂ってるから少し心配なんだよなー」


「んー、学年が違うから滅多には会えないけど・・・、

ちゃんと来てるんじゃない?勉強と遊びをきちんと分けられないようなだらしない人じゃないと思うけどな」




話しかけてきたマークはポケットから煙草を取り出して、安そうなライターで火をつけてふぅっと溜め息をついた。


私は何気なく目についたクラッカーディップを口に放り込んで答えてあげる。

あ、このアボガドのディップおいしいかも。




「ね、。大学生活どうー?楽しい?」


「うんー、毎日とっても充実してるー!」




ふっと目が合ったジュディがにっこりと笑ってディップに手をつけながら私に声をかけてきた。

彼女の相変わらずふわふわしたような物言いに、

こっちもつい思わず欠伸したくなるような間延びしたような声になってしまう。




「充実してても恋人一人いないなんてねー・・・、

せっかくのクリスマスに一人だなんて可哀そうだから呼んであげたのよ?」




・・・またミシェルが変な横槍入れてきた。

もうすっかり飲み干したカクテルのグラスをテーブルに置き、次のドリンクを取りに行こうとしてるみたい。




「いや、ミシェル・・・、可哀そうって、勝手に同情しないでくれる?失礼ね」


「だって、大学に入ってもいまだに男いないじゃないのよー。

何?ってもしかしたらレズだったの?」


「うわマジかよ!」


「・・・・・・だから、どうしてミシェルはそっち方面に話が飛ぶかなぁ・・・、

レオンもミシェルの言葉をいちいち真に受けないの!」




隣でサンドイッチを加えたまま、ひどく驚いてたレオンの背中を軽くばしんと叩いてそう言った。



また一つ大人になれたかも。

前みたいに大声出したりせずミシェルの突飛な言葉にも冷静に対応できるようになってる。


伊達に大学生になれた訳じゃなかったのね。




「うっわ、やっぱり降ってきた!

あはっ、ホワイトクリスマスねー最高!」


「えー?」




ミシェルの声につられてふと夜空を見上げてみると・・・、あ、ホントだ。


ツリーの灯りをきらきらと反射させながら小さな雪がひらひらと舞い落ちてくる。

思わず手を伸ばしてふわふわと落ちてきた雪を受け止めてみた。


手に触れただけでとけてしまうような小さな小さな粉雪。




「降ってきたかー、そろそろ寒くなるから場所変えるか」


「どこ行くー!?」


「よっし、マイクの部屋で二次会だな!」


「マジかよー、お前ら散らかすなよー?」


「既に散らかしまくってる人のセリフじゃないよねー」


「何だとジュディ!」




みんなはせっかく降ってきた雪に大した興味も示さずにいつも通りに騒いでる。

まぁ、私のいた日本の都内と違ってそんなに雪なんて珍しくも何ともないからだろうけどね。


ふふっと笑みを浮かべて、パークを出て行こうとするみんなの後を追いかける。




〜〜♪、♪♪〜〜〜、、




コートのポケットがわずかに震え、私が設定した着信メロディ音が人込みの喧騒に紛れて微かに耳に届いた。



、どうしたのー?」



立ち止まった私に気づいて、ジュディが振り返って声をかける。


携帯を開いてディスプレイに表示された名前を見て、私はぱっと顔を輝かせた。




「ごめん、ちょっと先に行って!

マイクの部屋って変わってないよね?あのドラッグストアの前のアパート?」


「うん、そうだよー?わかった先に行ってるねー」


「何何ー?、そんなに嬉しそうにしてやっとこさ男からの電話ー!?」


「だから違うって。ミシェルは黙って先に行ってて!」


「はいはい、所詮オンナの友情なんてそんなもんよね、お幸せにー!」




軽口を叩きながら、彼女は私にひとつウィンクを寄こして。

くるっと後ろを向いて走り出し、先に歩いてたマークに追いついて彼の腕にしがみついた。

・・・うん、みんなの後姿では、ミシェルの形のいい細い脚がやけに目立つかな。

この寒いのに信じられないほどのミニスカートだもんね。





なんてことを思いながらみんなを見送りつつ、鳴り続けている携帯の通話ボタンをピ、と押した。




「もしもーし、ナオミさん!」


『メリークリスマス、ちゃん』




ディスプレイの表示どおり、電話の向こうから聞こえてきたのはナオミさんの落ち着いた声。

最後に会ったのはいつだったっけ?


うーん、たぶん12月に入ってからは会えてなかったかも。




「お久しぶり、元気ですかー!日本も寒いです?

えと、そっち今はクリスマスの朝、ですよね?」


『ええ。25日の朝10時過ぎ。

昨日のイヴの夜から今朝にかけて積もらない程度に雪が降ってるわ。

そっちは今頃随分降ってるんじゃない?』


「今、降ってきたところ!ホワイトクリスマスです!

ナオミさん、彼と一緒ですか?」




一人でツリーの柵に寄りかかりながらやや声の遠い国際電話に聴覚を集中させる。




『いいえ、この三日くらい朝から深夜までずっと任務にあたってる。

私はホテルの部屋でのんびり過ごしてるわ』


「あらー・・・、せっかくのクリスマスに何してるんでしょうねー全く。

ナオミさん、することもないから暇じゃないですかー?」


『仕方ないわよ、仕事だもの。

そのかわり、この任務が終わった後に1週間の休暇を無理やりとらせたから。

穴埋めはきちんとさせるつもり』


「あっははっ、さっすがナオミさん。

でも、そんなに忙しかったら実家にも連れていけないんじゃないですか?」


『年が明ける頃には任務も終わるみたいだから、その時レイを連れて挨拶に行くの。

こっちに来て、私だけで一度実家に顔を出して両親にそう言っておいたから』


「ふふっ、出発前日にレイと話しましたけど、すごーく真面目な顔で緊張しまくってましたよー。

『厳格なお父さんだったらどうするー?』って脅したのは私ですけどね」


『ああ・・・、そうね、少し頭の固いお父さんかも。

ありがちなくらい頑固な方だから。私がアメリカに行くときも大変だったし』


「うっわ、レイってば大変ーー」




他愛のない会話を交わしながらけらけらと笑う。

ちょっと視界がぼやけてきたから見上げてみると、さっきよりもやや雪は強くなってるみたい。



ツリーの真下から見上げる夜空は、光に照らされた雪がはらはらと零れてくる幻想的な光景。




『そうそう、電話したのはね。

私たちからクリスマスプレゼント、送っておいたから』


「え!?」



夜空から視線を落とし思わず大声を上げ、電話を耳に押し当てた。



『こっちに来た日に、二人で繁華街を歩いていろいろ探してたの。

大したものじゃないけどね、明日の午後には着くはずよ』


「え、すっごく嬉しい!ありがとうナオミさん!」



私の驚いた声を聞いて、ふふっと微笑んでるらしいナオミさんの穏やかで優しい顔が頭に浮かぶ。



『いいえ、ちゃんには今年本当にお世話になったもの。

・・・来年も、よろしくね?』


「はい、こちらこそ!」


『それじゃ。帰ったら電話するわ。

よければ一緒にお茶しましょう』


「はーい!」




自分から電話を切るのが名残惜しかったけど、ナオミさんの方から切ってくれた。

続いて私も携帯をぱちんと閉じてほぅっと白い息を吐く。




「ホワイトクリスマス・・・・・・かぁ」




帽子やマフラーにくっついた水滴を軽く払って、もう一度だけ夜空を見上げる。

ナオミさんとレイからクリスマスプレゼント・・・・・・、うわぁ、楽しみ!




「"I'm dreaming of a White Christmas......"」




有名な歌を口ずさみながら、先に行ってしまったみんなを追いかけるために雪の降る中をたっと駆け出した。

























そして次の日。

25日、クリスマス当日。




前々から興味があった、近所の教会でのクリスマスミサに早起きして行ってみた。


外観は小さく見えたけど、中は結構広かった礼拝堂。



小さい女の子や初老の夫婦まで年齢層の幅広い中、私はたった一人で一番後ろの隅の長椅子に落ち着いた。

ミサが始まり、静かに流れるオルガン演奏をバックに牧師さんの語るあまりにも有名なキリスト誕生のお話に耳を傾けて。






      神は、世の人々の罪を償わせる為にたった一人の御子をおくられた。


      聖霊の祝福のもと、マリアからお生まれになられたイエス・キリストは、


      全ての人間の罪を被り、十字架に梁りつけられた。


      息絶えるその時まで、我ら罪人のために祈られた。




      それほどまでにキリストは人々を愛しておられたのである。







・・・・・・私はそのお話を聞きながら、ぼんやりとキラ事件のことを思ってみた。



罪を犯したものすら愛したイエス・キリスト。

罪を犯したものを日々殺害していき、世から犯罪者を消そうとするキラ。


キラの行為に賛成はできない。

でもキリストのように誰にでも分け隔てのない広い心も持てない。



・・・・・・私たち普通の人間は、ただ自分の周りが平和であるように、と祈ることくらいしかできない。



やがてボリュームの上がった荘厳なオルガンの伴奏に合わせて、参列者が賛美歌を歌い上げる。

渡された歌詞カードに目を落としながら、私もそのハーモニーに混ざる。






心の中で小さく、極めて個人的に平和を祈りながら。



























教会から帰ってくる途中、近所の子供が嬉しそうにラジコンカーを抱えて走って行くのとすれ違った。

ふふ、サンタさんからのプレゼントを友達にでも見せにいくのかな?



「ただいまー・・・っと」




最初の頃はこの階段に少し息切れしてたけどもう慣れたのか、平然とさっさと5階まで上って部屋のドアを開けた。


うわ、外に負けないくらい部屋の中もすごく寒い。早くストーブつけなきゃ。



部屋の冷気に軽く身を縮めながら目を落とすと、

ドアに備えつけられているメールダストから落とされた今日の郵便物。


手の平サイズでひどく軽い茶色の包み。

色とりどりの切手が何枚か貼られてる・・・国際郵便。




「・・・・・・・・・あ、プレゼント!」




差出人、Raye=Penber Naomi=Misora


ホントに届いた!



大きく息を吸って笑顔を浮かべてキッチンに飛び込み、包みにハサミを入れた。

ガサガサと、なるべく丁寧に開いたつもりだけど結構あちこち引きちぎってしまいながら。




「うわぁ・・・」




包みから出てきた小箱の中、白いクッションに寝かせられていたのは黒い石のペンダント。

ペンダントトップを小さなイミテーションダイヤで囲んでる。

細いシルバーチェーンとのコントラストがとってもきれい。



こんなシンプルできれいなペンダントなんて持ってなかった。


何の石だろう?黒い石・・・・・・といえば・・・、




・・・あれ?





「・・・カード?」




包みの中に一緒に入ってた小さなカードに気づいてひょいっと摘み上げた。


2枚のクリスマスグリーティングカード。











ナオミと街を歩いて、雑貨屋で見つけたんだ。

『輝くあなた』『強い意志』『明晰さ』、

店員が教えてくれた宝石言葉、

全部に当てはまってるって思ったから。

気に入ってくれると嬉しいんだが。

それじゃ、帰った時にまた。


Merry Christmas and Happy New Year. from Raye
























ちゃん、まだ若いんだからこんな真っ黒な石はどうかしらって言ったのに、

レイはどうしてもこのブラックオニキスのペンダントが気に入ったんですって。

本当ならあなたに似合いそうな、

きれいなブルーや淡い碧色とかがよかったと私は思うんだけど。


こんなものだけど、私とレイからクリスマスプレゼントです。

またニューヨークで会いましょう。

メリークリスマス。


from Naomi













「オニキス・・・かぁ・・・、

輝くあなた、強い意志、明晰さ・・・・・・、あは、褒めすぎだよねレイってば」




2枚のカードをそれぞれ両手に持って、筆跡の異なる文面を交互に何度も読み返す。

カードから目をはずし、柔らかいクッションの上に落としたペンダントをもう一度手に取った。



勿論、ブルーも碧色も好きだけど、この真っ黒な石もとっても素敵じゃない。





「ありがと・・・・・・」






指先に触れた漆黒の石はひんやりと冷たかったけど、心にすごく温かかった。


















2003年12月。





今年最後の贈り物は大好きな人たちがくれたもの。


今年最後の心からの笑顔は大好きな人たちを思って浮かんだもの。









この日からたった2日後、世界中を震撼させる事件がとうとう私の身近に降り注いだ。




二人の贈ってくれたこの黒い石が、彼らの葬送に相応しいものになってしまったのよ。