「こんばんはー、レイ!夜遅くにごめんなさい。

これ、借りてた本。ありがと」


「ああ、ありがとう。面白かったか?」


「うん!こんなに読みやすい本読んだのホント久しぶりだったし」


が読むのは難しい専門書ばかりだからだろう?」




さっきまで部屋で真剣にキラ事件とあの人のことを考えていたけれど、

気持ちを切り替え、努めて明るい雰囲気でレイの部屋まで下りてきた。


P.M.11:30過ぎ。

電話で聞いてみた通りの時間にレイは帰ってきていた。

ドアを開けてくれたのはスーツのジャケットを脱ぎ、黒いネクタイを緩めただけの格好のレイ。



帰ってきたばかりなのね。こんな夜遅くまで本当に仕事頑張ってるんだ・・・。



開けてくれたドア口でお礼と一緒に手渡したのは随分前にレイが貸してくれたミステリー小説。

結構若い人向けの文体で、長いストーリーだけどそんなに難しくなかったから最後まで楽しく読めた。


ラリーのCDよりも先に借りてたのに、つい長くなってしまった。

返そうと思ったらレイになかなか会えなくて、ついついもう一度読み返してしまったらまたのめり込んじゃって。




「ね、このシリーズ、まだ続いてるのね。レイ、持ってる?」


「最新刊まで取り揃えてるよ。持っていくかい?」


「わーいっ!ありがと!」


「上がってくれ。お茶淹れるから」




にっこり笑ってドアを開いてくれたから遠慮なしに上がりこんでしまう。


レイの部屋は、どちらかというとシンプルな方の私の部屋よりも更に簡素な部屋。



隅に寄せられているテレビと大きめの本棚。小さなCDコンポと何枚かしかないCDケース。

反対側の壁にはベッドと、コンパクトなパソコンデスク。


本当に何の飾り気もない部屋。

「部屋には本当に眠りに帰ってくるくらいだからね」らしいけど。


でも、こんなにシンプルな部屋でも、そこが何だか彼らしいって思うんだけどね。




「えっと・・・、ふぅん、7巻まで出てるのね。

じゃ、2巻借りてくね。1週間くらいで返すから」




本棚から、綺麗に並べられている本を1冊抜き出した。

1巻と同じハードカバーの本。


表紙や小説の中の挿絵を描いてるこのイラストレーターさんの絵って私、好きだなぁ・・・、


2巻の表紙は不思議なタッチで描かれたカラフルな空間デザインのイラスト。

抽象画って理解できなくて苦手だけど、このイラストは小説のイメージにぴったりって感じでいいなって思う。



・・・まぁ、抽象画だろうが印象派な絵画だろうが、私は絶対に絵なんて描けないけどね・・・・・・。




「ああ、明日からしばらく部屋を空けるから、何冊か持っていってもいいけどな?」


「・・・へ?・・・あ、ああ、任務?」



内心のコンプレックスをちょっとだけ思い出してぼんやりしていると、レイがキッチンから声をかけてきた。



「急でちょっと慌しいんだが」



そう言って、少し疲れたような顔で緩めていたネクタイを取り払った。

・・・・・・ああ、私って何て鈍感なの。




「うわ、忙しかった?ごめん、レイ!私もう帰るよ!」


「大丈夫大丈夫。ちょっと荷作りすればいいだけだから。

ほら座ってくれ、




慌てて立ち上がりかけた私に向かって彼は笑ってそう言った。

笛のような音をたてたケトルをコンロから下ろして、お湯をマグカップに注ぎ始める。



その後姿に・・・、ちょっと聞いてみた。




「・・・・・・、ね、もしかして、キラ事件?

行き先は日本?」


「どうしてそう思う?」


「・・・今、わざわざFBI捜査官が急な勅命で動くことなんて、キラ事件関係くらいしかないんじゃない?

最近はそうでもないけど、事件が始まったばかりの頃はアメリカの犯罪者がたくさん犠牲になったみたいだし。

日本を拠点に日本警察が中心になって捜査してるって言っても、アメリカが動かないわけにはいかないでしょ?」




本棚を物色しながら、淡々と事務的に言ってみた。

やがて、レイは黙ってマグカップを両手に持ってキッチンから出てくる。




「・・・さすがに鋭いな、は。

だけど、本当に極秘での勅命だから」


「誰にも漏らすな、ね?大丈夫、わかってるよ」




人差し指を口許に持っていき、言葉の続きを受け取った。

差し出してくれたカップを両手で受け取って、その温かさに柔らかな息を吐く。




気にしないようにしてるつもりだったけど。


本当はあまり穏やかじゃなかった。





キラ事件を指揮しているのはL・・・竜崎さん。



つまり、レイは竜崎さんの指示のもとで任務にあたる。

・・・どうしても逢いたいと願ってる人に、間接的とはいえ、私の知り合いがコンタクトする・・・、




「・・・、テレビで宣戦布告したあの人が・・・、L、なんだね。

えと、ナオミさんが去年解決したロサンゼルスの何とかって事件、あのLって人が指揮してたんでしょ?」




少し冷ましたコーヒーにゆっくり口をつけて、静かにそう言った。

本当はLを知ってるのに、わざと知らないような素振りをしてみせて。




「・・・ああ、そうか、去年ちらっとそんなことを話したか。

あんな何気ない会話覚えてるなんて本当にすごいな、


「っていうか、レイとナオミさんのあんなインパクト強い会話を忘れろってのが無理な話なの!

私、ホントにあの頃の二人見てて開いた口が塞がらなかったんだから!」




・・・・・・でも、この言葉は私の本心。


もし私がLを知らなくても、レイとナオミさんのあの頭を抱えたくなるような会話は絶対に忘れられなかったかも。




「日本・・・かぁ」


「何だ、。今頃になってホームシックかな?」


「いや違う違う、そんなんじゃないけど・・・、

・・・懐かしいなぁって、ね」




もしかしたら彼が居るのかもしれない、と

さっきパソコンを切ったときに思っていたことをもう一度考え始めたら、レイが悪戯っぽい表情でそう言ってくるから。


私は手を軽く振って、何も知らない大好きなレイに向かって微笑みかける。




「うーん、学校なかったら里帰りでもしようかと思ったけど。

せっかくお正月がもうすぐだし、まだ日本に居るお母さんと過ごすのも悪くないのになぁ・・・」


「大学はもう休暇に入ってるだろう?」


「うん・・・、でも、教授にレポート提出してみないかって言われてて。

年明けの2年次発表に混ぜてもらえるとか、何とか。

休暇中に添削してくれるっていうから、頑張ってみようかなって思って」


「へぇ、さすがだな、

もう一つくらいスキップできるかな?」


「そんなに甘くないって。もうそろそろ講義についていくので精一杯だよ」




そりゃ、どんどん学年が上がったら嬉しいけど、私じゃここまでだろうなって思う。


アメリカの学習水準って高いし、他にもすごい人はたくさんいるし。

コンピュータのハッキングにかけては自信あっても、

こういう普通の勉強に関しては、私って皆に思われるほどそんなにすごくないもの。



するとレイはコーヒーを軽くすすって、「そういえば、」といったように目を瞬かせた。




「あ、そうだ。実はついででね。

日本にいるナオミのご両親にも挨拶することになったんだ。

来年の結婚のことで」


「えーーーーっっ!!ホントに!?」




夜も遅いのに、思わず叫んで立ち上がってしまった。



すごいすごい!

この前の夏にレイが思い切ってプロポーズして、ナオミさんはそれを受けたらしい。

そして、ナオミさんは9月いっぱいで同僚たちから惜しまれながらFBIを引退したんだって。



女性で、しかも日本人で、さらにあの若さで捜査官に採用されたのにね。


でも、ナオミさんはちっとも惜しいなんて表情はしていなかった。



だから、私は心から二人に「おめでとう」って言えたの。

そしたら、結婚式には是非出席してほしいって二人から言ってもらえた。


ナオミさんの好きな春に式を挙げるって決めただけで、まだ日取りは決まってないみたいだけど。

でも大学で何かあったって、絶対に結婚式出席を最優先するけどね。



私は興奮しきって嬉しそうに彼を見上げるけど・・・レイは少しだけ緊張した面持ちで。




「提案したのは僕だけど・・・、

考えてみるとこっちはこっちでキツい任務なのかもな・・・」


「あははっ、厳格なお父さんとかに『お前のような男に娘はやらん!』なんて言われたりしてねー」




軽く空笑いしたレイに向かって冗談めかしてこう言うと、

彼は真面目な顔で片手で口許を覆って考え込んでしまった。


・・・え?嘘、レイってばそんなこと気にしてるの?




「・・・・・・・・・・・・・・・・・・やっぱりそういうタイプのお父さんだろうか?」


「・・・さぁね?ま、セイゼイ頑張ってね!」




笑っちゃ悪いんだろうけど、真面目に緊張したこんなレイを見るなんて初めてだったから。

込み上げてくる笑いを完全に抑えられずに、軽く吹き出しながら激励してあげた。



・・・って、うわ、もう12時まわってる!




「ごめんレイ、もう12時過ぎちゃったね。私もう帰るよ。

じゃあ、この本借りてくね。いつ帰れるかもわからない?」


「ああ、もしかしたら来年になるかもしれないな」


「ふーん・・・、じゃあ、あと2冊くらい持ってってもいい?」


「構わないよ」




快く許可してもらえたから、本棚からさらに本を2冊抜き出した。

休暇に面白そうな本がたくさん読めるから嬉しいなぁ。




「ありがと、レイ!

それじゃ気をつけてね。ナオミさんにもよろしく」


「ありがとう、。それじゃ、来年にな」




ドアのところから、レイはいつもの笑顔で私を送り出してくれた。






何一つ変わらなかった。



本当に、何一つ。










・・・・・・ねぇ。




レイは・・・気持ちの整理が完璧についたその頃の私にとって、

大好きなナオミさんと二人で幸せになってほしいって心から願う、私の大切な人だったの。







それなのに。




・・・・・・・・・これが、彼を見る最後になったなんて、その時一体誰が想像できたの?