いつでも試されている。
誠実な思いと共に、自分の実力も見せるんだ。
第十二話:召集、テスト
4月19日、23時。
約束した時間よりも早くホテルのロビーにやってきた。
手にした小さなボストンバッグには少しの服と、
私の行動に必要なファイルやソフトを収めたディスクが数枚だけ。
システムは本部のものを使わせてもらえるそうだから、重いハードは内容を全て初期化させて処分してきた。
ロビーで思わず高い天井を見上げていたけれどシャンデリアが少しだけ眩しくてすぐに視線を落とした。
昨日はしっかりとホテルの内装を見る余裕なんてなかったからわからなかったけど・・・・・・、
改めて観察してみるとグレードの高いホテルだ。
荷物を持ってきょろきょろしてるとベルボーイに声をかけられそうだったから、背筋を伸ばしてロビーのソファにふわりと腰を下ろした。
品良く陳列されている調度品や絵画を何気なく眺める振りする。
・・・・・・・・・そんな気取った風を装うには、服装があまりそぐわないか、と思った。
「・・・・・・・・・」
ほんの数分もしないうちに知った顔が近づいてくる。
迎えに降りてきたのはやはりワタリさんだった。
顔を合わせて無言で頷いて私は立ち上がる。
振り向くことのないその人にそのままついていき、示し合わせたようにやってきたエレベーターに乗り込む。
静かにゆっくりと上昇を始める密室の中、私もワタリさんも何も言葉を口にしない。
昨日よりは幾分か落ち着いているけれど、これから私はどう動くべきなのか、そして少しでも期待に応えられる働きができるのか。
そんな緊張で・・・・・・いっぱいだった。
荷物なんてほとんどないはずのボストンバッグがやけに重たく感じる。
ぎゅ、っとバッグを持ち直したところでエレベーターのドアが開いた。
「どういうつもりだ竜崎!?
警察の人間でもない、一般人をこの捜査本部に迎えるなんて、何を考えてるんだ!」
「そうだ、その人物がキラと繋がっていないという保証も何もない。危険すぎる」
扉を開けたところでそんなやり取りが耳に入ってきた。
さっき私が到着したことをワタリさんが携帯で本部の彼に伝えたみたいだから・・・・・・そのことで揉めてるんだろう。
場の空気の悪さに少しだけ圧倒され、扉近くでそれ以上進めなかった私の背をワタリさんがそっと押してくれる。
入ってきた私たちに気づいたのは、昨日も居た年若い男性だった。
「きょ、局長、相沢さん、あの・・・・・・」
ぱくぱくと口を動かしながらの頼りない言葉だったけれど掻き消されることなく彼らに届いたらしい。
呼ばれた二人は揃って彼へと振り返り、そして表情を強張らせる。
・・・・・・本部に迎えることを反対としているその人物がすぐ近くにいるんだから。
詰め寄られていたらしい竜崎さんはその二人の間からこちらを覗き見るようにして私を確認した。
「・・・ああ、ようこそいらっしゃいました。さん」
私は黙って頭を下げた。
本部での情報処理・・・・・・・PC関係の仕事ならその辺の専門家よりも上手くやる自信はある。
ただ、こういう組織での実務経験はない。
自分だけに今まで通じていた独自のやり方で、どうすれば集団の中で折り合いがつくのか・・・・・・、
それを早めに見切ることがまず必要だろう。
求められることくらいはちゃんと把握している。
それに応えられるよう、しっかりしなくちゃ。
「本部の皆さん、まずは彼女へ自己紹介を。彼女からの話はその後で詳しく聞いてください」
一人ずつしっかりと顔を確認して、髪型、雰囲気、服装・・・・・・インプットできるものは全て頭に叩き込んだ。
これがキラ事件捜査本部の面々、か。
竜崎さん、ワタリさん以外に三人のみ。その顔触れは昨日と変わっていない。
・・・・・・これで全員?
昨日さくらTVにあれだけの人数が集まったのはフェイクとして、たった五人で捜査してるって言うの?
「本部外にも捜査員を置いています。あと・・・昨日の騒ぎで一人殉職しました」
私の内心の疑問を読んだかのように竜崎さんは的確な答えを返してきた。
殉職・・・・・・そうだった、竜崎さんは昨日そんなことを言っていた。
でも、そう考えても捜査員は十人いるかいないか。
・・・・・・・・・そんな少人数でどんな捜査をしてるんだろう。
いろいろと考えを巡らせているうちに彼らの視線を忘れてしまいそうになったから、
意識をもう一度しっかりと本部の皆さんへ向ける。
自己紹介と言われて彼らは渋っていた。
・・・・・・それもそうだよね。
昨晩、全国ネットの放送最中に命を落としてもおかしくない行動をとった人物がそのまま急にやってきたかと思えば泣きながら飛び出していき、
更に今日になっていきなり捜査本部の一員に加えると言われてまたやってきた。
・・・・・・はっきり言って怪しすぎる。
不審に思うのも当然として、まず困惑しない方がおかしい。
それでも―――竜崎さんにほとんど強制されるような形ではあったけれど―――、皆さんは私に自己紹介してくれた。
松田さん、相沢さん、そして・・・・・・昨日は朝日という偽名で呼ばれていたのは局長の夜神さん。
・・・・・・珍しい苗字が気になってふと聞いてみて驚いた。
「あ・・・もしかしてライトのお父さん、ですか・・・!?」
「何だ君は・・・・・・何故息子を知っている?」
「あ・・・・・・ライトは高校時代の友達、なんです。
私自身は1年と半年くらい前からアメリカに留学しててしばらく会ってないんですけど・・・・・」
お父さんは警察の人だってことは聞いてたけれど、それでも偶然の繋がりだ。
夜神さんも、息子であるライトを知っている私に驚いていた・・・・・・、
と、いうか更に疑いを強くしている、と言った方が正しいみたいね、その表情・・・・・・・・・。
昨日も思ったけど、この人は何だかとても怖い。
偶然の接点だったライトのお父さんであるという点を考慮してもあまり親近感を持てない。
・・・・・・ううん、私の個人的な印象なんて今はどうでもいい。
今度は私の自己紹介だ。背筋をしっかりと伸ばして、真面目に向き直る。
「昨晩は・・・お騒がせして失礼しました。
皆さん初めまして。 と申します。
竜崎さんとは・・・・・・このキラ事件よりずっと以前にお会いしたことがあって」
「ちゃん、だね。以前にって・・・・・・ええと、どういう知り合い、なのかなぁ?」
一番年若い男性―――松田さんと自己紹介されたけど、
キラ事件対策として本部外では「松井」と呼ぶように、と言われた―――が、そう訊ねてきた。
・・・・・・この中では一番話しやすそうだけど・・・・・、少し頼りない感も否めないかな。
まぁ、私だって人のことは言えない。
「どういう・・・って、そうですね・・・・・・・」
「おい、竜崎。仮にも捜査本部だぞ、一般人を入れるなんてどうかしているだろう」
相沢さん・・・・・・こちらは本部外では「相原」と呼ぶようにとのこと。ああもう、ややこしくて仕方ない。
中堅の印象を受ける刑事さんが苛立った様子で厳しくそう言った。
昨日も不審そうな顔で私を見てたことをよく覚えている。
典型的な現場主義の刑事って感じだ。
「彼女はただの一般人ではありません。
捜査にあたって我々に遅れをとるようなことは決してないでしょう」
この部屋にいる皆が私に対する判断を仰ぐように彼へと視線を投げていたところで、竜崎さんはしれっとした口調でそう言った。
勿論、私にできることは何だって真剣に取り組むつもりだけど・・・・・・、
そうまで言われると後々仕事がやり難くなりそう、かなぁ・・・・・・。
「・・・・・・・・・」
私を含め、自身の返答に対する皆さんの戸惑いの視線を気にすることもなく竜崎さんは私と視線を合わせて軽く頷いた。
・・・・・・話してもいい、ってことですね。
落ち着いて皆と目線を合わせて・・・、ただの年若い女の子という印象が拭えないのならせめて毅然とした口調を心がけて口を開いた。
「・・・・・・私立探偵。この名前に覚えのある方はいらっしゃいますか?」
おそらく警察に入ってまだ数年も経たないだろう松田さんはともかく、
ベテラン刑事らしい相沢さんや夜神さんなら・・・・・・もしかして聞いたことはあるかもしれない。
「昨日も言っていたな・・・・・・だと?
・・・・・・待てよ、・・・・・・ま、まさか!?」
夜神さんが顔色を変えた。
次いで相沢さんも思い当たるところがあるのか少しずつ表情を変える。
「数年前に警視庁で噂になった・・・・・・あの?」
「え、ええ?あ、あの、局長も相沢さんも何か知ってるんですか??って、知らないの僕だけ!?」
話題についていけていない松田さんだけが、その場の空気に合わない素っ頓狂な声を上げる。
そんな様子を本部の皆は冷めたような視線で見ている。
・・・・・・ごめんなさい松田さん、後でちゃんと説明します。
今はまず先に話を進めさせてもらおう・・・・・・。
心の中でそっと謝りながら、覚えのあるらしい夜神さんと相沢さんへ視線を合わせて続ける。
「99年8月からです。警視庁ホストコンピュータへの侵入を試みた際、捜査が難航している事件の記録を見つけました。
都内で起きた銀行強盗殺人事件・・・・・・ニュースでもよく報道されていた事件だったので少し興味を持って、
自分なりに調べてみたことを捜査本部宛にメールしました。それが始まりですね」
「待て・・・俺は、の助言で捜査に参加したことがあるぞ・・・!?
99年と言ったら君は・・・・・・」
そうなんだ、相沢さん。
何の事件を追いかけてくれたんだろう。
気になるところだけど、今の場に相応しい話題とも思えないからそこに触れることなく先を続ける。
「当時中学2年でした。
独学でコンピュータの扱い方、そして侵入の仕方を覚え始めたのが小学校高学年くらいでしたから」
「冗談はやめてくれ、中学生がそんな馬鹿な」
「君、私たちは警察だぞ、あまりふざけたことを言うんじゃない」
信じろと言われても俄かに受け入れ難い内容、ではある。
理解してもらうのが難しいこととは十分承知してはいるけれど、ここまで信じてもらえないのはかえって煩わしい。
本当に理解する気持ちがあるのかと問い詰めたくもなる。
少しだけムキになった私はやや強い口調で言葉を続けた。
「活動していたのは99年から2001年、
この間にが関わったとデータベースに記録されている事件は全部で12件です。
最初の事件は先程も言いました、都内で発生した銀行強盗殺人事件、次は同じく都内の幼女誘拐事件、
最後に手がけたのは2001年3月、防衛省の自衛システム暴走事件・・・・・・、
私の得意とする分野での事件だったのでよく覚えています。
原因はイージス艦の迎撃プログラムの上書きが失敗したことによるリカバリーミスでした。
バックアップも一部破壊されて防衛省内部では相当混乱していたかと。
破損したプログラムのデータから仮のリカバリープログラムを組んで本部に送りました。
不完全ながらもシステムは数時間で何とか立ち直ったはずですが、
混乱を諸外国に見せては攻撃の恐れもあるのでプログラムが完全に修復するまでは再重要機密として扱われていた・・・・・・、
この間は4日間。勿論、報道もされなかったことで一般人には知り得ない情報です」
長い説明に多少息苦しくなるものの、落ち着いた口調を心がけて公にはされていない情報をすらすらと挙げる。
そう、中学卒業から高校入学までに起こったその事件が、が関わったと記録されている最後の事件だ。
いつものように侵入してみたとき、
イントラネットの深層で騒がれていたこの事態を知ってすぐにリカバリーのプログラム作成にかかった。
あそこまで大きなプログラムを走らせたことはなかったけれど、膨大なソースを一つずつ処理していって割と早く完成した。
関わった事件は一件も忘れてないけど、やっぱりこの事件は特によく覚えている。
ハッカーとして、プログラムにこんなに強くなってるんだって実感できた事件だったから。
夜神さんも相沢さんも松田さんも・・・・・・何も発することなく私を凝視している。
竜崎さんは聞いているのかいないのか・・・・・・、
あの人のことだから全く聞いてないことはないだろうけれど、視線をこちらへ向けることなくビデオ検証に没頭している。
あれは、昨日のさくらTVの映像だ。
その12件目の事件からほんの2ヵ月くらい後・・・・・・、高校に入学した私はLを知った。
PC越しでのコンタクトも、イギリスでの出逢いも、何一つ忘れてない。
「大声で言えることではないんですが・・・・・・この期間中ずっと警視庁のデータを覗かせていただいてました。
内部情報を把握し的確な指示を出している、ということでは実は警察内部の人間だと噂も立っていましたよね」
「君・・・・・・それは犯罪行為だぞ、情報不正侵入罪だ」
「はい。それでも情報の濫用なんてしてませんし、私の発言があったからとシステムを調べても侵入の証拠なんて出てきません」
悪びれた様子もなく言い放つ私に面食らったのか、相沢さんや夜神さんは互いに顔を見合わせる。
「警察のイントラネットがこんなに簡単に破れるものでいいのか・・・・・・!?」
「いえ、標準のセキュリティはきちんと整ってると思いますよ。
ただ、どんなにガードを堅くしてもプログラムの突破口はそれなりにありますから。
勿論、証拠も残さずにそこを突破するのは本来決して容易ではないですし、ほとんど不可能なことですけれど」
「何だってまた・・・・・・中学生でそんな犯罪を行うようになったんだ。理由でもあるのか?」
犯罪。
私は法に触れることを平然と行っている。犯罪者と定義されてもその点は間違ってない。
昔は私のこの行為をそう呼ばれることに腹が立ったけど、今では素直に認められる。
『自分の行為を正当化するのは後ろめたい感情があるからだ。
誰にも害を与えずに自分で責任をとる覚悟のある行為ならば他人には好きに言わせておきなさい』って。
私にいろいろ教えてくれるようになったウエディにそう言われてやっと納得した。
一時期かなり葛藤してたことだけど、ようやく気持ちの整理をつけることができたんだ。
「そうですね、どんなに言葉を飾っても私は犯罪を犯しています。
初めて侵入を行った当初は特に理由もなくゲーム感覚に近かったけど・・・・・・、
でも今は、このキラ事件に臨むにあたり私の行動にとって必要なスキルです。
侵入先に痕跡を決して残さないことと侵入先のデータを濫用・破壊しないことを最低限のルールと自分に科して行動しています。
もし犯罪者として検挙するというのなら私の侵入の証拠を掴まえてみてください」
こうして警察の人を前にして堂々とこんなことを言い放つなんて、自分でも考えられなかった。
・・・・・・いい意味でも、悪い意味でも、自分に自信を持ってしまったということかもしれない。
慢心しないように改めて気をつけなきゃ。
「・・・・・・おい、竜崎、」
「サイバー犯罪を起こすのはもっと未熟な技術を持つ者たちだけです。
本当に能力あるハッカーが低俗な犯罪を起こすなどプライドにかけてしないものですよ」
やっぱりきちんと会話を聞いていた。
ビデオから目を離すことなく、ティーカップを片手に竜崎さんはそう言った。
「彼女は本部内で情報処理と関連情報へのアクセスを担当します。
今は納得できなくても、今後の彼女の働きを見ていればすぐにわかることでしょう」
「・・・・・・宜しくお願いします」
竜崎さんの言葉に続いて丁寧に頭を下げたけれど、相沢さんや夜神さんは渋い顔をしたままだ。
認めてもらうにはまだまだ時間がかかりそう。
ここでいくらそれらしい言葉を重ねても納得はしてもらえない。
それなら竜崎さんの言う通り、これからの働きで印象を変えてもらえばいいことだ。
・・・・・・あ、話題についていけてないらしく、居心地悪そうにしている松田さんに何か説明した方がいいかな・・・・・・。
そう思って声をかけようとした矢先に、反対方向から声をかけられて軽く肩が跳ね上がった。
「そもそも、何故キラ事件に関わるんだ?それもただの興味か?」
「え、ええと、」
しまった、昔はともかくキラ事件については私がどこまで話していいのか竜崎さんにまだちゃんと確認していない。
相沢さんからの問いにどう答えようかと口ごもってると竜崎さんが間髪入れずに口を挟んだ。その間、コンマ数秒くらい。
「すみません、今から彼女へいくつか質問があるので、本部の皆さんは各自の仕事へ戻ってください。
明日の朝、またこの部屋で」
有無を言わせずにその場を終了させてしまった。
皆さん・・・・・・特に松田さんが何か言いたげにこちらを見ているものの、夜神さんに促されるように部屋を出ていってしまう。
若手だということを差し引いてもこの本部でとても立場が弱いみたい。
・・・・・・本っ当にごめんなさい、明日こそきちんと説明しますから。
心の中で再度謝って、私は竜崎さんに向き直った。
ええと、いくつか・・・・・・・・・質問?
|