竜崎さんに促されて、彼の目の前のソファに腰を下ろした。

テーブルには様々な資料が散乱している。

勿論キラ事件に関連するものだろうけど・・・・・・、

表裏問わずばらばらに放置されてるからぱっと目にしただけではそれらが何の情報を記載してるのかわからない。



この人はこれらを既に頭に叩き込んでしまっているのかな。

そっと向かいを窺ってみると、隈に縁取られた大きな瞳と目が合った。




「一つテストを受けてもらいます。

本部の人間にも受けていただいた、キラでないことを確認するためのものです」


「・・・・・・はい」




キラかもしれない、と疑われていることに一瞬だけ胸に痛みが走ったけどすぐに気持ちを落ち着ける。

当然のことだ。

昨日あんなに危険なことをしたにも関わらず私は生きている。

キラでないと100%言い切ることはできない。




「もしあなたがLだとして、キラの可能性のある者に相対したらどうやってそれを確かめようとしますか?」


「・・・・・・私なら・・・・・・、

そうですね、私にできるかわかりませんが、キラにしか知り得ない情報を喋らせようとすると思います。

・・・・さっき、私が皆さんにだと認めさえようと、一般には報道されてないことを挙げていったように。

実際にキラの殺人の現場を押さえようとするよりも、ずっと現実的だと思います」


「いい意見ですね」




ふと思いついたことをすぐに口にしてしまうと、向こうからもすぐに反応が返ってくるのに少しだけ面食らう。


・・・・・・私が何て答えるかわかってたの?テストとは言ってたけど正解は求めてない、のかな。


ああ、そうか。問いに対してどんな答えが返ってくるのか試してるんだ。

・・・・・・あんまり程度の低いことを口走らないよう気をつけなきゃ。


きゅっと唇を噛み、息を整える。




「では、キラをどのような人物だと考えていますか?」


「・・・・・・」




今度は少し考え込んでしまう。

キラ・・・・・・、

事件の始まりの頃は、そんな人物なんていない、

情報操作によって作り出された架空の人物だと思っていたけれど・・・・・・、これは現実であると痛い程に思い知らされた。



キラが存在するなら、どんな人物だと思う・・・?




「・・・・・・何不自由ない生活をしている人物ではないかと思います。100%とは言い切れませんが、可能性として高い方かと」


「理由は?」


「犯罪のない世界を作ろうという意志のもとにこのような事件を起こしているのなら、という仮定での推測です。

現状に満足していない人物ならば社会のことよりも自らのことを考えるはずです。

・・・・・・以前に30代以前の若い人物であるというプロファイルを見たことがありますけど、あまりそうとも言い切れないと考えます」




これまでキラに裁かれているのは犯罪者ばかり。

罪を犯した者はこうなる、と世間に見せしめているんだろう。

FBI捜査官たちの例外だって、自分に逆らう者に対しても犯罪者たちと同じく裁きを下したつもりに違いない。

そんな歪んだ正義を気取った人物が居るならば、きっと中流家庭以上の層に属する人物だって思う。

認めない者に対しては大きな偏見を持っていたり、社会通例において融通の効かない選民思想の持ち主かもしれない。

寧ろ若い人物よりも中年・・・・・・喩えが悪いかもしれないけど、

有名学校のPTAの一員とか教育現場の頭の固い人物だという方が私にとってはピンと来るものがある。




「参考になりました」



・・・・・・って、実際竜崎さんはどういう人物だと考えてるんだろう?

聞いてみる間もなく、次の質問を投げかけられた。




「次にこのファイルを見て、何か気づくことがありますか?」




渡されたのは12の英名人物の名前が書かれた書類。

・・・・・・レイの名前を見つけて一瞬だけ息が止まった。




「キラに殺されたFBI捜査官12人の死亡順と、彼らがファイルを得た順を表にしたものです」


「ファイルって・・・・・・あの、彼らは一体何のファイルを得たんですか・・・?」




FILEは1から12まで並んでるけどDEATHと書かれた数字の並びには規則性が見当たらない。

レイはFILEでは2番目、DEATHでは9番目だ。

どんな順序だって言うの?



「・・・・・・彼らは日本に入った仲間たちを全て把握してはいないはずでした。

にも関わらず、彼らは互いの顔と名前を記載したファイルを共通で持つことにした。

勿論、私も、FBI長官もそのようなことは指示していません」



・・・・・・ということは。



「キラが殺しに必要なのは顔と名前。死の時間を操れる・・・・・・、

そして、死の直前の行動すらも・・・・・・ですか?」


「気づいたのはいつですか?」


「・・・・・・事件の始まりの頃は、アメリカで少し興味を持ってたんです。

イントラネット上の捜査ファイルにそのように記載されてましたね。

死の直前の行動についての推測はたった今です。

Lも長官も指示していないというのなら・・・・・・、

キラが、捜査官たちを殺すためにファイルを持たせたということ、ですか・・・・・?

・・・・・・だとするなら・・・・・・、キラは、捜査官に接触する必要が、あった・・・・・・?」


「正解です。見事ですね、さん」




顔色ひとつ変えずに彼はそう言った。

それくらい気づいて当たり前と思ってるのか、それとも少しは認めてもらえてるのか・・・・・どっちだろう。




「でも、あの・・・・・・、

もしかしたら、心臓麻痺でなくても殺すことは・・・可能なんでしょうか?」


「・・・・・・南空ナオミの件ですか?」




今までの私の返答に対してあまり表情を変えてなかったけれど、ここで初めて竜崎さんは軽く目を見張った。



「はい・・・、絶対に自殺するような人じゃありません。

もし・・・・・・、キラに近づいて消されてしまったというなら・・・」



そう、ナオミさんはとても優秀で強い人だった。それは竜崎さんも認めているところだもの。

あんな電話の後で・・・・・・自殺なんてしない、絶対に。

キラが死の状況を操れるなら心臓麻痺以外にも人を殺すことも可能なのかもしれない。



・・・・・・そうだと考えてしまうなら、捜査は更に難航を極めることになるけれど。



「数日前に身元が確認され、今、長野県警が死因を調べているところです。結果が出て検証しましょう。

・・・・・・ではこちらの写真を見てください。

キラに殺害された犯罪者が死の直前に書き残したものです。どう思われますか?」



今度は写真だ。写っているのは何かの文章。

のたくったような文字、神経質そうな文字・・・筆跡は一致しない。


キラに怯えての文章だともとれるけど、そうではない。

だって一番上の文字だけ読んでみると、妙な文章が構成される。

死の状況を操れるなら、こんな文章を残させることも不可能ではないはずだ。



「Lへのメッセージ、でしょうか?」



何気なくひっくり返してみた・・・・・・、写真の裏にナンバーがプリントされている。



「このナンバーの通りに並べてみると、

『L知っているか、林檎しか食べない死神は』・・・ということでしょうか?

・・・・・・これだけですか?何だか続きを予感させる文面ですけど・・・・・・、」



述語がないから文章の意図が読めない。・・・・・・・・・死神って何なの?



「ええ、4枚目がこちらです」


「『手が赤い』・・・・・・『L知っているか、林檎しか食べない死神は手が赤い』・・・・・・?

何のメッセージでしょう?すみません、私には検討もつきません、けど・・・・・・」


「成る程、ありがとうございます。テスト完了です」


「え?」



訳のわからない文章の意図を必死で考えてたけれど、思考はばっさりと切断された。

戸惑う私に構わずに、広げた資料をがさがさとかき集める。



「解答に対する結論として、あなたはキラではないと判断します。

ただ、予想外に的確な答えが返ってくるのでキラである可能性としては・・・・・・そうですね、3%の余地はありますが」


「・・・・・・・・」



テストの結果、少しでも疑われているということにショックを受けた。

キラを許せないと思っているだけに、自分がそうだと思われることがこんなに悔しいなんて。



でも。



「しかし、それだけ有能な人物であると解釈します。

情報処理能力については心配などしていませんが、推理力についても捜査員たちに劣らず寧ろ卓越しているということが分かりました。

本部に是非欲しい人材です。改めて、これから宜しくお願いいたします」




無表情で告げられたけど、黙り込んだ私をフォローしてくれるかのような言葉に少しだけ安堵した。




「・・・・・・ありがとうございます、こちらこそ宜しくお願いします」




一人でもキラを追うと昨日告げた時は、ひどく厳しい顔で反対してたよね。

それでも本部に迎えると決めたからには、もう何も言わないと割り切ってしまったのかな。



もう顔には出してないけど、警察の人間でもない一般人が私情で関わることなど絶対に認められないと本心では思ってるはず。

何も言わないことを厚意だなんて勘違いしちゃ駄目だ。



しっかりと自分に言い聞かせると、まとめた資料をポケットに仕舞いこみ竜崎さんは膝を抱え直した。




「失礼ながら、ここ最近のあなたのことを少し調べさせていただきました」


「・・・・・・はい」




ここ最近・・・・・・、

アメリカに留学してたこと、そしてレイやナオミさんとの繋がり、もしかしたらアイバーやウエディとの関係までも掴まれただろうか。

別に知られて困る繋がりはない、大丈夫。



そう思ってたけれど、竜崎さんの言葉は意外なところへと飛躍した。




「夜神 月という人物についてです。夜神局長とも先程話していましたね」


「・・・・・・え、ええ、高校の友達です。クラスは別でしたけど・・・・・・彼が、何か?」




考えもしなかった名前を出されて、ほんの一瞬反応が遅れた。

夜神さんとの会話でさっきも少しずつ記憶を呼び起こしてた。


さっきはぼんやりとしたイメージしか浮かばなかったけど再度いくつかの思い出を辿ってみる。

そういえば私がアメリカに行って全然連絡のやり取りをしてないけれど、元気にしてるのかな。




「日本に来たことを彼に話しましたか?」


「・・・・・・いいえ?そもそも帰国してることなんて日本の知人の誰にも教えてません」




そんな心境じゃなかったもの。

街中で偶然見かけたというならともかく誰も知らないはず。

・・・・・・でも見かけたとしてもアメリカに行ったはずだということを考えれば人違いだと認識してるだろうし。

それにあの頃に比べて髪も随分伸びたし、見かけてもすぐには気づかないんじゃないかな・・・・・・。



だって、かなり騒ぎになったさくらTVのあの放送。

竜崎さんはすぐに私だとわかったと言うけれど、

私が日本にはいないということを知ってる人たちなら私だと結びつけたりなんてしないかもしれない。

実際、あんなことがあった後でも誰からも連絡なんてないし。



あまり緊張感のないことに思考が飛んでいた私を見透かしたように・・・・・・その次の竜崎さんの一言はひどく衝撃的なものだった。





「単刀直入に言います。私は、夜神 月がキラではないかと疑っています」


「・・・・・・え?」




言われたことがうまく理解できず、間抜けた声が口から漏れた。




「ラ、ライトがキラ・・・・・・?ど、どうして、そんなこと、」




あるわけがない、と言いかけて私は続きの言葉をぐっと呑み込んだ。

どうしても何も、ほとんど捜査の内容を把握してない私が口を挟むのはおかしいことだ。


信じられないけれど、竜崎さんがそういう見解に至った理由がある、ということ・・・・・・?




「夜神 月をキラだと仮定しての資料がこちらです。目を通しておいてください」




考えが読まれたようなタイミングで数枚にまとめられた資料を出してきた。

・・・・・・ウエディと居たときも思ってたんだけど、私の考えてることってそんなにわかりやすいのかな。

でも腑に落ちない部分はとりあえず保留にして、渡された資料に急いで目を通す。





FBI捜査官レイ・ペンバーの死の直前の行動・・・・・・、

彼が調べていた警察関係者の中にキラが存在し、彼を利用して捜査官全員を殺害したとLは推測。

それを裏付けるために夜神局長、北村次長の家に盗聴機と小型カメラを無数に設置した。

結果、監視していた者たちが犯罪者の情報を得ていない時もキラによる殺人が行われたことから、疑わしい人物はいないとした。



ここまでが資料による記録。

ただ、竜崎さん曰く、監視していた人物の中で夜神 月だけはあまりにも完璧すぎたという。

まるで監視されていることすら知っていて、キラだという証拠を挙げてみろと挑発しているかのように。

既にLとしてライトに接触した際(その大胆な行動にもひどく驚かされた)、その印象は更に強まったと言う。





あのライトが・・・・・・キラ?


そんな馬鹿な。





少なくともライトのことはとても仲の良かった友達としてそれなりに知っているつもりだけど。

お父さんは刑事局の敏腕刑事さんで、ライト自身も警察を目指したいと言ってた・・・・・・とても正義感のある男の子のはず。



・・・・・・でも、その正義感の裏返しが犯罪者の抹殺かもしれないとでも言うの?




「夜神くんとはどういった関係でしたか?」


「ですから、友達です。頭も良くて、しっかりしてて、こんなに話の合う男の子は初めてだと思ってました」


「・・・・・・・・・」




竜崎さんは黙って膝を抱えたまま。

さっきワタリさんがさりげなく用意していったケーキに手をつける様子もない。




「・・・・・・竜崎さん?」


「夜神 月がキラならば、この捜査本部で最も危険が高くなるのはあなたです、さん」


「・・・・・・え?」




私が一番危険・・・・・・?




「あなたは以前から私のことを知っている。だからと言って、私の名前など勿論知るはずもないでしょう。

しかし、キラならばその可能性を捨てず、あなたを操って私の素性を探ろうとするかもしれません。

かつては親しい友人だったと言うなら尚更です」


「・・・・・・・・・」




言葉が出ない。

ライトがキラならば、私を利用してLの素性を探ろうとするかもしれないって・・・・・・、




「しかし、それならかえって近くに居た方がまだ危険は少ない。

あなたがここにいることを知るのは本部内の人間のみということで、

簡単に手を下す訳にもいかず危険の確率は低くなるでしょう。

・・・・・・100%安全とは言い難いですが」




あまりに予想外のことで思考が止まりそうになるけれど、必死で竜崎さんの言葉を理解しようとする。

・・・・・・待って、近くに居た方が危険は少ないっていうことは・・・、




「同じ手をまた使うのは本意ではありませんがこの際仕方がない。彼をこの捜査本部に呼び、あなたに会わせます」


「・・・・・・」




私を会わせる・・・・・・、キラだと疑っている人物をここに呼ぶの?

・・・・・・ううん、それを言うなら私だって本部の皆さんから疑わしく思われてた。

立場は・・・・・きっと同じ、だよね・・・・・・。





「それとも、彼に会いたくありませんか?」


「い、いいえ、そんなことは決して・・・・・・、動揺してすみません、大丈夫です」




事の重大さをまだ理解しきれてないけれど、とにかくそう答えた。




「彼がキラかもしれないと聞いて、それでも会えるんですか?」




・・・・・・きちんと理解していない私を指摘するような一言だった。

痛いところを突かれるけど、表情を崩さないように必死で努める。




「・・・・・・まずは会ってから、です。

それに、誰がキラであろうと・・・・・・たとえ友達のライトであっても、私の決意は変わりません」


「・・・・・・そうですか」




少し嘘を吐いた。

誰であろうと決意を変えるつもりはないけれど、本当にあのライトであったなら、私は自分の信念を曲げずに行動できる?




・・・・・・あまり自信はない。


ほとんど私情で動いている私だけに、もし親しい人が本当にキラだったりしたら?




ウエディに言われたことがある。

の場合、その甘さがいつかこの世界で命取りになる」って。

言われたのはその時だけ。反論できずに黙ってしまったんだ。それ以来、彼女はそんなこと話題にもしなくなった。



私情に流されることなく、自分に危険を及ぼすだろう繋がりをいざという時には躊躇なく断ち切ることができるのか。



わからないけど、まず会ってからだ。

今のライトに会わないことには判断もつけられない。



ふと時間を確認する・・・・・・深夜3時に近い。

そろそろ話をまとめるつもりなのか、竜崎さんの口調が少し変わった。




「私との繋がりは仕方ないですが、レイ・ペンバーと南空ナオミとの繋がりは伏せておいてください。

夜神 月だけにでなく、この捜査本部の人間たちにもです」


「え?」


「キラ事件に関わる理由は、かつて共同捜査をしたLの力になりたいと思ったから、で通してください。

自身でもキラ事件については独自に調べていて興味もあったということで。いいですね」


「・・・・・・はい、勿論レイやナオミさんとの個人的な仲なんて進んで言うことではない、と・・・・・・」




どうしてそんなこと念押しするんだろうと不思議に思ってたけど、そこまで口にして気がついた。



ナオミさんはどうしてキラに消されたんだった?




「南空ナオミはキラに近づいて消されたと仮定するならば、何か決定的な証拠を持っていたのかもしれない。

キラにとってそれは何としても表に出せない情報に違いありません」





そうだ。

そんなところで私が二人と親しくしていたということが明らかになれば。

Lの素性を探ろうとする以前にこちらの危険を軽視できないはずだ。





「・・・・・・・・・・・・」






馬鹿な話だと自分でも思うけれど、今になってやっと自分の立場がどれだけ危ういか実感してきた。




「・・・・・・わかりました。

あの、良かったらお茶淹れなおします。それすっかり冷めちゃったでしょう?」




軽く唇を引っ張ってみせ、手のつけられてないカップを指さした。

反応はなかったけれど、私はさっさとカップに手を伸ばしてキッチンへと持っていく。




このまま竜崎さんの側で話してると動揺を悟られてしまう。

無茶を言って竜崎さんを始め、本部の皆さん方を困らせてるのは私なんだから。

その私が今更恐怖を感じてるなんて言葉も出ないくらい勝手すぎる話だ。




とりあえず気持ちを落ち着けなきゃ、とソファから離れて備え付けのキッチンでお茶の準備を始める。




「・・・・・・・・・っ」




・・・・・やだ、手先が小さく震えてる。

温めたティーカップをソーサーに乗せると不自然で細かい音をたてた。




そっとソファの方へ視線をやると竜崎さんはこちらを気にすることなく資料に見入っている。

膝を抱えたまま、指先で資料を摘むようにして。

・・・・・・世界の探偵、警察機関の切り札、とも称されるあの人が私の反応に気づかないわけがない。

だけど動揺を隠し通せなくても、それをあからさまに見せることはしない。





絶対安全とは言えないかもしれないけど、竜崎さんの近くで無茶さえしなければ危険はきっと軽減できる。

・・・・・・それじゃ、楽観的すぎるかな。




「・・・・・・・・・」





無意識のうちに触れていた黒い石にはっとする。

最近ではお守りのように手放せなくなったオニキスのネックレスをそっと服の中にしまった。

こんなものでレイやナオミさんとの繋がりが明らかになると不安に思ったわけじゃないけど気持ちの問題だ。

隠せるものは全て伏せておかなくちゃ。







しっかりして、