それが、私の信じる正義なら。


迷うことも恥じることもない、自分の信じる通りに動けばいい。










第十一話:約束―――her side














どこを彷徨っているのかわからない。

視線を落として歩いているけど、ネオンの煌めきだけは何かに反射して虚ろな目に飛び込んでくる。

人込みと雑じりあって、繁華街特有の騒音も耳に飛び込んでくる。



帰ってください、今すぐに




その言葉が何度も頭の中で繰り返されている。

繰り返されるごとに、あの人の冷たい視線も記憶に呼び起こされる。



本当に危険なことをした。

冷静じゃなかったからといって、本当に馬鹿なことをした。


わかってる。あんな自らの命を捨てるかのような行動、怒鳴られて当然のことだ。

だけど、あの人の言葉でこんなに落ち込んで宛てもなく街を彷徨うなんて。



「・・・・・・・・・・・・・・・」



吹きつけた冷たい風に思わず体を抱く。

ずっと移動手段としていたバイクはさくらTVに突っ込んだ警察の護送車両に巻き込まれて見るも無残な姿になってしまった。



久しぶりに自分の足で歩くと周りの景色はまるで時を止めてしまったかのよう。

こんな無駄な時間を過ごすのは久しぶりだ。




私、こんな速さでしか歩けなかったの?




もう日付は変わった。4月19日。

こんな深夜に女の子が一人で街をふらふらと歩くなんて普通に考えて危ない行為だ。

人口の灯りに包まれる街では夜の闇なんて感じられないけど、それでもやっぱり安全面に問題は残る。



ニューヨークに引っ越して間もない頃、

暗がりの道で変質者に襲われたことは、今でもよく覚えている怖い出来事なのにまた同じようなことをしてるなんて。




人の流れに押し出されてしまうように、コンビニの軒下に追いやられ、私はようやく立ち止まる。

・・・・・・少しだけ顔を上げて目の前の流れをぼんやりと見つめた。



こんな時間に小学生くらいの女の子たちが集団で楽しそうに歩いてる。

キラが犯罪者を裁いていると云われている昨今、殺人、強盗といった凶悪犯罪は激減しているらしいから。




・・・・・・その所為なの?

・・・・・・・・・そんなの安全の保障にも何もならないのに。




「キラ様ってすごいよねーー」


「やっと平和な世の中になってきたって感じーー?」


「さっきの放送見たー?警察って超ムカつく。早くキラ様に殺されちゃえばいいのにねーー」




・・・・・・・・・目の前の雑踏の中からそんなざわめきが聞こえてくる。




犯罪を犯した人間はキラに殺されてしまえばいい

もっともっと悪人を殺して、平和な世の中にしてください






街中のそのざわめきに凍えるような恐怖を感じる。

これまでの報道でもキラ賛成の人たちの声を聞くたびに、割り切ることのできない思いで唇を噛んでいた。



そんなにも簡単に人の存在を消そうと考えられるなんて・・・・・・どうして?


「殺されてしまえ、死んだ方がいい」


当たり前のようにそう言い放つ人たちが、怖い。

・・・・・・どうしてそう簡単に、そんなことを口にできるの?




犯罪者を許せない、平穏を脅かす存在を消して平和に暮らしたいという気持ちを理解できないわけじゃない。

それでも・・・・・・理解したくない。




これがキラによって創られようとしている平和な世界だとでも言うの?

それを、認めて受け入れようとしている人たちがいるの?



・・・・・・・・・こんな世界おかしいよ。



世界中でそう思ってるのは私だけなの?

そんな私は、この世界で生きていくことを許されないの?



ねぇ、どうして?





「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」



ジャケットの下のペンダントが俯いた目に入る。



ひんやりと冷たいけど、しっかりとした輝きを放っている漆黒の石。

・・・・・・大好きな人たちの託してくれた宝石言葉が私に囁きかけてきた。





・・・・・・・・・・・・・・・、





「・・・何、してるの、・・・・・・」






掠れた声が口をついて出た。



・・・・・・駄目だ。

もう泣かない、立ち止まらないって決めた。レイの墓前でそう決めたんだ。



信じる道が揺らいだとしても、その先にどうしても見つけたいと願った。

あの気持ちは・・・・・・まだ生きている。



絶対に失いたくない、あの人。

私の馬鹿な行動を厳しく批難したけれど、それは言われて当然で仕方のないことだ。

それは、しっかりと受け止めて認めなくちゃ。

失望したとまで言われたけれど・・・・・・でもあの人に直接逢えた、無事を確認できたんじゃない。



それなのに、私はこんなところで何をしているの。

落ち込んで一人でぼんやりと街を彷徨って・・・・・・逢いたいと願った気持ちはあれだけのことで揺らぐようなものだったの?



・・・・・・・・・・・・違うでしょう?



この想いを伝える勇気なんて・・・・・・今はまだないけど。

でも、伝えるかどうかは別問題として、私はもう大切な人、大好きな人を失いたくない。

だから、動くんだって・・・・・・そう決めて日本に来た。




「レイ・・・・・・ナオミさん・・・・・・」




しばらく口にしていなかった名前をそっと空気にのせる。

与り知らぬところで失ってしまった人、必ず見つけると決意したにも関わらず失ってしまった人。


大好きで・・・・・・絶対に幸せになってほしいって願った人たちなんだよ。

キラに殺されて当然だなんて・・・・・・私は絶対に認めない。




コンビニのガラスに映った自分の顔が目に入る。

顔色は良くないけど・・・・・・、しっかりとした目つきの自分。

自分自身の瞳の奥に意志を見つける。





そう、はっきり言える。私はキラを許せない。

キラの作ろうとしている世界を受け入れるなんて絶対にできない。




・・・・・・反発のきっかけはレイの死なのかもしれない。

私の身近でこんなことがなければ・・・・・・もっと違ったことを思っていたかもしれない。




・・・・・・・・・でも。




死んで当然だなんて・・・・・・どんな人であっても、死を簡単に願えるような世界を理想だなんて思わない。

そんな世論に疑問を抱き、認めちゃいけないって思ったに違いない。







・・・・・・そう、それが私の考え。

誰に影響を受けたわけでもない、私自身の倫理、価値観によって導き出した、これは私の信じる正義だ。






いつの間にか触れていた漆黒の石を強く強く握りしめる。

もうこれ以上はさせない。

キラがLを殺すというなら・・・・・・絶対に阻止してみせる。









冷たい空気をゆっくりと吸い込む。

雑踏から顔を上げ、遠い夜空を見上げる。


少しは・・・・・・強くなれたのかな。

まだまだ小さな存在だけど、自分が決めた意志だけは多少のことでは絶対に曲げない。

今の事態はとても悲しいけど、苦しいけど・・・それでも私はまだ自分の出来ることを諦めてない。






恐れちゃ駄目。自分の意志と誇りを忘れないで。

・・・・・・・・・大丈夫だよ。



























私の家も割と都心に近いとはいえ、バイクもなしに歩いて帰るにはさすがに距離がある。

タクシーで帰るという手もあるだろうけど、こんな深夜にあの住宅街であまり人目につきたくない。

近い駅に辿り着き、寒い中、缶コーヒーだけで暖をとって始発の電車を待っていた。

終電もとうに過ぎているというのに、都心の人の波はちっとも途切れない。



ほとんどシャッターが下りてるにも関わらず、構内に居るのは私を含めて様々だ。

普段から駅に寝泊まりしているのだろうホームレスの人たち、飲み会帰りらしいスーツ姿の男性や女性、

旅行にでもいくのか大きなキャリーケースを脇に座り込んでいる若い人・・・・・・、



荷物も持たずにたった一人で居る私は少し異端なのかもしれない。



駅前の24時間営業のファーストフード店で待つ方が良かったかもしれないな、と思った。

でもあまり時間の流れを感じさせない深夜営業の店にいるより、ここに居る方が夜明けを待っているという実感がある。


始発発車まで2時間と少し。

切符売場に近い場所に腰掛け、口許で両手を組んだ。

本当はじっとしてなんていられない、今すぐにでも走り出したいと逸る気持ちを抑えながら考える。




私が、一番にしなければならないことは何だろう。



・・・・・・ナオミさんについては・・・・・・確認できてしまった。

竜崎さんの居場所もわかって・・・・・・昨晩はあんなことも言われてしまったけれど無事は確認した。



居場所は・・・・・・いつまで同じホテルに居るのかわからないけど、昨日の時点で無事を確認できただけ良しとしよう。



・・・・・・それなら、次はキラについて本格的に調べていこう。

アメリカに居た頃は何一つ仮説を立てられなかったキラだけど、現地の日本ならいろいろと情報を集められるかもしれない。

すぐにでも新しいバイクを調達して、また行動を始めなきゃ。



部屋の端末は最低限の環境だから、もう少しシステムを整えないと十分にネット内は駆け抜けられない。

かつてのようにとして、動くんじゃない。

今は・・・・・・興味本位でいろんな事件に首を突っ込んでいたあの頃とは違う。




今の目的はただ一つ、あの人、竜崎さんを決して失わないこと。




いろんなことを身につけて、いつか再開できたら・・・って思ってたけど・・・・・・、

たぶん私は今後、私立探偵を名乗り、活動することはないだろう。

私ではキラを追い詰めるような探偵になれないってことはよくわかっている。



キラと真正面から戦えるのはL。



それなら私は、存在を決して明らかにしないハッカーとして、十分に本領発揮してみせる。

ウエディの助けもあって向こうで身につけたハックの技術は日本のネットセキュリティなんて問題になるはずがない。

勿論キラにだって、この技術は絶対に負けないって自信と確信はある。



私は、私にできる方法でキラに近づいてみせる。

キラにLを殺させるなんて絶対にさせない。





「・・・・・・・・・・・・・よし」




まだ陽が昇らない頃、ようやく改札が開いたから顔を上げて立ち上がった。

眠そうな顔でホームをいく人たちの間をすり抜けて、私は真っ直ぐに歩く。




・・・・・・昨日までは一人で動くことが怖くて仕方がなかったけど、今の自分には恐怖はほとんどない。




在るのは自分の決めたことだけ。