私が出会う女の人ってどうしてこう、とびきりの美人ばかりなんだろう。

落ち着いたその雰囲気はどことなくナオミさんに似てる。




だけど隙のない佇まいや物腰、本心が読み取れない表情。


ああ、きっと・・・・・・私じゃ敵わないだろう、プロなんだ。





・・・・・・もしかして、私・・・大ピンチ?














第九話:詐欺師と泥棒















「Hello?開けてくださるかしら?」




吐息が混じって低く掠れた声。

声のトーンからして・・・20代後半、30代前半くらいの若い女の人だろう。




ドアノブに手をかけようとするけど、上げたその手がかたかたと震えてるのに気づく。




・・・・・・開けちゃだめだ。

ドアを開けたら私は破滅。



脈が上がって、息遣いも不安定になってる。

きっとドアの向こうの彼女にも聞こえてるのかもしれない。




「・・・・・・そこにいるんでしょう?」




確認じゃない、断定の言葉。



だめだ。

・・・・・・逃げられない。



震える手をぐっと握りしめ・・・そっとドアの鍵を外して静かに開いた。




最初に目に入ったのはどこのブランドだろう、デザインの良いベージュ色のコートの裾。

ゆっくり視線を上げて、その人物を確認した。



とっても色っぽい・・・、綺麗な人。

色白の顔、真っ赤なルージュに彩られた唇が、悩ましげに自己主張してるみたいで。

人形のようにゆるくカールがかった、見事なブロンドの髪に溜め息をついてしまいそう。


・・・・・・すごく綺麗だけど・・・まるで精密機械のような冷たさに恐怖を感じた。

だって人の真意を映すはずの瞳は、透かしも何もない漆黒のサングラスで遮られて見ることはできないから。






ドアを開けた体勢のまま動けなかった。

ひどく怯えていた。

せめて子供みたいな真似はしないよう、精一杯の虚勢を張っていたけれど。





・・・・・・対峙したまま、ほんの少しだけ沈黙が下りる。

先に沈黙を破ったのは彼女。

きれいに整えられた眉を寄せ、軽く首を傾げて。

これもまた随分と高そうなハンドバッグを手にしたまま腕組みして、真っ赤な唇をゆっくり開いた。




「・・・・・・ ・・・って、あなたなの?」


「・・・・・はい・・・、私です・・・」




・・・唇を噛んで、震える声で肯定した。

ドアを開ける前からずっと最悪の事態が頭の中をめぐってる。



ここに来て初めてのハッキングはたしかに怖かったけど・・・、痕跡を残すような真似はしなかったはず。

ううん、していない。絶対よ。



最初の挑戦で自信がついても油断なんてしなかった。

あれからいくつもの大きなシステムを狙ってハッキングしてきたのは、

・・・絶対に気づかれないって、慢心なんかじゃない確かな自信があったからなのに。






・・・・・・どうしてわかったの?





アメリカでハッキングは・・・どうなるんだった?

私の場合、もう既に何件も不正アクセスを行ってる。




成人ならきっと懲役1年以上も科される罪だろう。






・・・・・・日本に強制送還は避けられないかもしれない。






ありとあらゆる事態を瞬時にシミュレーションしても状況がよくなるパターンなんてあるわけがない。


だから、最悪の事態に対しての覚悟を決めようとしていた。








・・・だけど・・・・・・、彼女は私にこう言ったの。










「・・・ああ、悪かったわ、そんなに警戒しないで。

私は別に警察でもセキュリティエージェントでもないわよ」




・・・・・・・・・・・・・・・・・・は?




警察・・・・・・じゃ、ない?




えと・・・、あの・・・どういうこと?




「とりあえず・・・、中に入れてくれたら嬉しいんだけど。

こんな戸口じゃ人の耳が気になるでしょう?」




彼女の意図をはかろうと思考をめぐらせてたけど・・・、考えが追いつかない。


でも、たしかにこんな所でそういった話なんてできない。




「・・・・・・・・・どうぞ」




大きくドアを開いて入るよう促した。


通り過ぎるとき、ふわりと鼻先をかすめた香水の匂い。

謎めいた不思議な香り。









・・・・・・・・・・・・一体、何者なの?


























コツ、コツ、とヒールを鳴らしながら彼女は部屋に入り込んだ。

リビングのソファに腰かけてもいいか目で訊ねてきたから、私も無言でコクコクと首を縦に振る。


と・・・、とりあえず、何か出した方がいい、のかな・・・?




「あの・・・、紅茶とコーヒー、どっちがいいですか・・・?」


「・・・頂けるの?じゃあ紅茶を。レモンや砂糖はいらないわ」




そう答えてくれたから、お茶を準備するためにキッチンへ向かう。




とりあえず、私にとって良い状況じゃないってことは・・・わかるんだけど。

何か、実感が湧かない・・・・・・何でだろう?




日本語で云うところの・・・「狐につままれたような」って感じ?

訳もわからず、ぼんやりしたままでケトルをコンロにかけた。

お湯を沸かしてる間にリーフやカップを準備しながら彼女の様子を窺ってみると・・・、

・・・長くて綺麗な足を組んでソファに座って、私のシステムに目を留めている。






コンピュータ用のデスクにはノート型のウィンドウズとデスクトップマックの2台だけ。

ハッキングに使うのはウィンドウズで、普段はマックを使ってる。

あとはディスクドライブとモデムしか付いてない・・・・・・、

自分で言うのもなんだけど、至って普通のシステムだと思う。





「・・・・・・こんな何の変哲もなさそうなシステムで、よくあんなことができるのね」





あ、彼女も同じこと思ったみたい。

キッチンで作業している私に視線だけ投げて、彼女はそう言った。





・・・・・・だけど・・・、これは褒めてるの?けなしてるの?






「ウィンドウズをベースに、バージョンは自分で何度か改良を重ねただけです。

マックの方は通常仕様ですけど・・・」


「・・・誰に教わったの?」


「・・・・・・独学・・・ですけど・・・、

えっと・・・、」


「・・・ああ、名前?そうね、ウエディとでも呼んで頂戴」





ウエディとでも・・・って、本名じゃない・・・のかな?

運んできた紅茶をソファのサイドテーブルにそっと置いた。



・・・・・・彼女は、"Thanks"と一言そう言っただけ。

黙って紅茶に口をつけて、私にまだ何も言わない。






再び、沈黙。





・・・・・・もうやだ、こんな均衡状態なんて耐えられない。

喋ろうとしないなら・・・訊いてみよう。




「あの!」




トレイをきゅっと胸に抱いて、思いきって口を開いた。

思ったよりも大きかった声に自分で驚きながらも、しっかりと彼女を見据えて・・・訊いてみた。




「・・・・・・ハッカー・・・ですか?」




警察でも、セキュリティ関係のエージェントでもない。

ということは・・・、同業者しか残ってないじゃない。




「・・・・・・まぁ、近いものだけど。

セキュリティ破りの方でね」




癖なんだろうか、この人、さっきから喋る言葉に吐息がかってる。

そのハスキーボイスが外見にふさわしいイメージの声を作り出してて。


軽く息をついて、彼女はこう続けた。





「泥棒よ」





"I'm bandit"





ど・・・・・・・、泥棒・・・?