「泥棒よ」





警察でも何でもないなら、きっとそっち方面の人だろうってことはぼんやり予測してたけど。



改めて言われたその言葉にはやっぱり面食らってしまう。

そんな人とのコンタクトなんて初めてだから。




「・・・どこで足を掴んだんですか?

絶対に気づかれない自信は・・・ありました・・・」




トレイを抱く手に力をこめて。

何とか気分を落ち着けて、続けて質問した。




「その自信の通り、大した腕前だったわよ。

少なくとも、今のセキュリティ相手じゃきっと気づかれないわ。

私だって、あなたと同じシステムを狙わなかったら気づいてなかったもの」




・・・・・・・・・同じシステム?




「11月20日、カリフォルニアのGIA本部・・・覚えてるでしょう?」





嘘・・・!!

あれでバレたの!?



GIA・・・Gem Insitute of America・・・、米国宝石学会。

世界中に分校があって宝石鑑定士やコンサルタントを養成することで有名なところ。


・・・ちょっとした興味だったんだけどあれ・・・、

次のターゲットはどこにしようか考えてて。

世界の超一流の宝石について知ってみたいなとか思ったから本部にハッキングかけてみた。



興味を引くような大した情報もなく、セキュリティも割と甘かったからこんなもんかって思った。






・・・・・・泥棒って言ったよね、この人。

何か狙ってたの?




「私以外の侵入者の痕跡を見つけてね。足取りを追ってみたの。

だけど随分複雑なルートを辿ってアクセスして、いくつかフェイクまで作ってたわね。

痕跡を追うのに、この私が2週間以上もかかるなんて信じられないわ。

・・・煙草、吸ってもいいかしら?」


「か、構いません・・・けど・・・、灰皿ありません・・・よ?」




彼女は黙ってシガレットケースから長い煙草を一本取り出して火をつけた。

小さな携帯用の灰皿も取り出して、ティーカップの側に置く。




「アンダーネットからやっと通常のネットに戻ったところで、何とか擬装も解けた。

そのIPで、あなたを暴くことができたのよ」




冷静に聞けば・・・・・・、褒め言葉と捉えても概ね間違いないかもしれない。

だけど、私にとっては自分のプライドもかけた死活問題だった。

あんな、難しくもなかったはずのハッキングで足を掴まれるなんて、命取りの不覚もいいところだ。



絶対、誰にも気づかれないという前提で、私はハッカーとしてやってきたんだから。





「・・・・・・・・・・・・私に・・・何の用ですか?」





三度目の質問。

訊くのは怖いけど・・・・・・訊かなきゃいけない、一番重要なこと。



だけど。





「ないわよ、別に」




あっさりと・・・そう言った。 





「・・・・・・はい?」


「別に、あなたに用はないの」




耳を疑った。

聞き違い・・・じゃない、の?



私のことを気にする様子もなく、ふーっと煙を吐き出した。





その白い煙が私の鼻先に触れて・・・かっとした。





「ひ、人をからかわないでください!

わざわざ足取りを追って、相手を突き止めて、こうして訪ねておいて!

それで用はないなんて、馬鹿げてる!ふざけないで!!」




・・・言いたいことに火がついた。

精一杯、虚勢を張ってても本当はひどく怯えていたんだから。

あっさりそう言われると、安心するより先に怒りを覚えてしまったみたい。


本来なら、私はこんな大きな態度をとれるような立場じゃない。

ハッキングの証拠を出されて脅迫されてもおかしくないのに。



だけど、・・・言わずにはいられなかった。




「強いて言えば・・・興味があったから?」


「何で疑問形なんですか!?馬鹿にするのもいいかげんにしてください!!」




・・・・・・こんなに怒ったことなんて・・・、いつ以来だったかな・・・。


しばらく記憶を辿らないと思い出せない。

少なくともアメリカに来てからは・・・・・・なかったな。




「本当にそれだけよ、そんなに怒鳴らないで頂戴」




ふっと眉をひそめて、彼女は煙草を置いた。



ほぼ八つ当たりに近いような言いたいことはまだたくさんあったけど・・・ぐっと飲み込んだ。

乱れた息を整えている私の様子を見て、彼女は足を組みかえて溜め息をつく。





「足を掴むのにこんなにかかった奴なんて初めてだったもの。

セキュリティ関係のエージェントなら、今後のために知っておく必要があったけど・・・、

こんな、普通の女の子だなんて思わなかったから内心どうしたものか困ってるの」




その淡々とした言葉が事実だということを証明している。


・・・・・・私の怒りもすぅっと引いていくのを感じた。

反対に芽生えたのは・・・、彼女に対する興味。




「・・・・・・、本当に、そういう活動してる人がいるんですね」


「もっと厄介な奴らの方が多いわよ。今後気をつけることね。

ああ、あなたを売ったりはしないわ。意外すぎてそんな気も失せるから」




もう短くなってしまった煙草を取り上げて大きく吸い込む。

煙を吐きながら灰皿で強くもみ消し、髪をかき上げて立ち上がった。





「じゃあ私はこれで失礼するわ。捕まらないように、せいぜい頑張りなさい」




「待ってください!!」





気がついたら立ち上がった彼女を呼び止めていた。


自分の行動に自分で驚いた。

それでも唇を噛んで、息を吸って・・・、やっぱり私よりも背の高い彼女を見上げて、口を開いた。





「あの・・・、こんなこと言うのって筋違いだって、わかってます。

それを承知で・・・、お願いします、私にハッキング教えてください!!」


「・・・・・・・・・・・・は?」




頭を下げて頼み込んだ。

頭上から呆れたような声が降ってきたけど、構わずに続ける。




「さっきも言ったとおり、独学なんです。

それなりに技の研究を重ねてきましたけど・・・やっぱりそろそろ難しくて・・・」


「それなら足を洗うことね。失いたくないものがあるなら、尚更」


「失いたくないものがあるからです!」




私を無視して出て行こうとしたけれど、ドアへの通路を塞いで食い下がった。





「・・・逢いたい人がいるんです。

きっと、表の世界の知識だけじゃ及ばないだろう人で・・・・・・、

・・・・・・でも絶対にもう一度逢いたいんです!

そのためにもっと身につけなきゃいけないんです!!」





チャンスだと、思った。

いくらハッキング歴はあると言ってもこんな、裏の世界の人とコンタクトしたことなんてないから。

一人で技を磨くより、得るものは多いはずだ。


リスクは大きいだろうけど・・・、それでも構わない。




「・・・・・・あなた、いくつ?」


「じゅ・・・、17、です」


「・・・・・・・・・、さっきも言ったわよ。

失いたくないものがあるならやめておきなさいって。

家族もいるんでしょう?」




ぐっと痛いところを突かれた。


だけど・・・・・・、




「・・・・・・・・・承知の上です。

でも・・・、やめるわけにはいかないんです。

失いたくないから・・・私にできる最善を尽くしたいんです。

逢いたい人にも、私の家族にも」





このまま・・・あの人を見つけることができずに終わるなんて、そんなの御免だ。

世界の切り札とまで呼ばれる人に対しておこがましいって自分でも思うんだけど・・・、




関わっていきたいこの世界で・・・私はあの人の役にたちたい。

そのために、身に付けられるものは何でも吸収したい。




だけどその代償を大好きなお父さんやお母さんに払わせるなんてとんでもない。

好き勝手なことばかりで親不孝なことをしてるんだから・・・、

そのリスクが二人に降りかかることが絶対にないように、確実な力を身につけないといけないんだ。




真っ直ぐ向き合った彼女は腕組みして動かなかった。

表情もちっとも変わらない。


問答無用で出て行こうとするなら諦めるしかないだろうけど・・・、

・・・どうするか迷ってるなら、絶対に通してみせるんだから。




ドアへの通路を塞いだまま、睨みつけるように彼女を見上げる私。

入ってきた時と同じくしばらくそうして対峙して・・・痺れを切らしたのは彼女だった。




「・・・・・・私が持ってる技なんて、大したことないわよ。

そんなに期待されても困るけど」




溜め息とともに吐き出された言葉に、ぱっと顔を輝かせる。

まだオーケイの返事をもらってないのに。




「いいんです!どんな小さいことでも」


「・・・・・・じゃあ、一つだけ条件があるわ」




じょ、条件・・・、そ、そりゃそうだよね。


浮かれた気分を押し込んで、真面目な顔で彼女の言葉を待つ。




「・・・・・・もう一人、ここに呼んでもいいかしら?」


「はい?も・・・、もう、一人?」




彼女はすっと私から視線を外す。




「盗み聞きなんて感心しないわよ」




私の後ろ・・・、ドアの向こうへと声を投げた。

思わず振り返るけど、ドアは固く閉ざされたまま。




「だ・・・誰かいるんですか?」


「ドアの外にね。入れてもいいなら開けてやって」




そう言って彼女はリビングへ戻ってしまう。

彼女とドアを交互に見比べるけど・・・、おそるおそる鍵を外してドアをゆっくり開けた。


日はとっくに落ちて大分冷え込んだ空気が流れ込んできた。

真正面に立っていたのは・・・これもまた随分と背の高い・・・男の人。




「こんばんは、お嬢さん」




不敵な笑顔で私を見下ろして来た。

カジュアルなスーツ姿で・・・無造作にセットされた金髪に青い瞳。

・・・・・・普通に、格好いい男性、だと・・・思うんだけど・・・・・・・・・、




・・・・・・・・・何、この人・・・・・・、、、





「・・・・・・ウエディさんの・・・お知り合い、で?」


「パートナーだ。アイバーと呼んでくれ、よろしくな」


「はぁ・・・あの・・・、ウエディさんは中です、どうぞ・・・」




随分と大柄な人だ。

レイはすらっとしたイメージだけど、この人はがっしりとした体型。



彼は狭そうに身を縮めて部屋に上がりこんだ。

ソファに腰かけている彼女を確認して・・・、私の方へ顎をしゃくってみせる。




「・・・間違いないのか?」


「私も驚いてるところ。手に入れたIDから10代の日本人ということは知ってたけど」




彼女・・・ウエディさんは再び煙草を取り出して火をつけた。

一服したところで私の方を向いて、口を開く。




「こいつは私の相棒。詐欺師をやってるアイバー」


「さ・・・・・・詐欺師?」



ハッカーでも、泥棒でもなく・・・・・・今度は詐欺師?


あ、あの・・・・・・、




「安心してくれ。女性を傷つけるような真似は好みじゃない。

それもこんな愛らしいお嬢さん相手に」




言葉を紡げない私に笑ってみせて・・・彼はそう言った。

あ、愛らしいお嬢さん、って・・・・・、


いや・・・それはそれで・・・まぁいいんだけど・・・・・・えっと・・・、、、




「あの・・・、ウエディ、さん・・・?」


「さんなんてガラじゃないわ。何?」




両手で口許を隠して、そっと彼女に耳打ちした。


・・・・・・ちょっと、素朴な疑問を。




「『あんな、見るからに胡散臭そうでホントに詐欺できるの?』ですって、アイバー」


「うわ嘘!何でバラすんですか!?」




私が耳打ちした言葉、一言一句外さずに彼に告げてくれた・・・。


彼の余裕の笑みが・・・一瞬だけ引きつったのを、見逃さなかったよ・・・!!




「・・・・・・・・・・・・・・・言ってくれるな、お嬢さん」


「ごごごごめんなさい!悪気はありません!ちょっと思ったことを正直に・・・・・・あ、」




・・・・・・口許を押さえるけど、遅すぎた。



私のバカバカ!!

何、ホントに正直に言ってんの!!




「・・・・・・正直に、ねぇ・・・?」


「す、すみません失言でした・・・・・・!」




でも、だって・・・、本当に何か胡散臭くない?この人・・・ねぇ・・・!?




・・・・・・アイバーさんは額に手をやって盛大に溜め息をついてくれた。


ちっとも表情を変えなかったウエディさんが少し肩を震わせてるように見えたのは・・・



・・・・・・あ、やっぱり・・・気のせい、かな?














これが、泥棒のウエディと詐欺師のアイバーとの出逢い。


この二人と接触することで、私は本格的に裏の世界に入り込むことになった。







不安はないとは言わないけど・・・後悔はしてないよ。


私にとって必要な知識がある世界なんだから。




とても危険な世界だってわかってる。




だけど、私のために、お父さんお母さんのために。


その危険が降りかからないよう、注意して渡っていかなくちゃ。