奇妙な交流が始まった。




美人で素敵な泥棒のウエディにハッキングの技を教えてもらって・・・・・・、


・・・・・・妙な詐欺師のアイバーに必要以上に口説かれて。





そして、知ってしまった、接点。













第十話:昨日の敵は今日の友?



















「ねぇ、ウエディ、二重擬装をかけたままダブルシフトって・・・危ないかな、やっぱり」


「また突拍子もないことを考えるのね」




コンピュータデスクに向かってたけど、体をひねって彼女の方へふりかえる。

腰が軽くぱきぱきっと鳴って、その痛さに軽く顔をしかめた。


・・・・・・うわ、運動不足かな?まずい・・・。




「問題なく擬装できるようになったの?」


「うん、大丈夫。慣れたら問題なくなる」




彼女、ウエディはリビングのソファに腰かけてLANカードが付いたノートパソコンを触っている。

・・・見たことのないモデルだなぁ・・・ひょっとして自作?


一回髪をかき上げて、彼女は私のコンピュータデスクに近づいた。

スクリーンに表示されているプログラム画面を一瞥して腕を組む。




「今までどおりスクランブルかければ問題ないんだけど・・・、コレ使えないかな?

アクセス変えるたび定期的にスクランブルを送るより、最初から二重擬装かけてたら結構ラクだと思うけど」




コンコン、とスクリーンを指して聞いてみた。


最初にウエディに教えてもらったのは、IPの二重擬装。

私が今まで行っていたのは、たった一度だけの擬装。

だからデータが暴かれることのないようプロテクトを徹底してかけてたし、

それ以前にハッキングの痕跡が絶対残らないような侵入を行ってきた。



今まではそれで問題はないはずだった。

だけど、それはウエディによって暴かれてしまったから、完璧なものじゃなかったんだ。



二重の擬装なんて、不可能だと思ってた。

ウエディに教えてもらったそれは、たしかに高度すぎる技だったから。

何も知らない私じゃ編み出すことなんて絶対にできないような、ね。



でも、演算さえ正確にできれば不可能じゃない技だった。





「・・・・・・まぁ理論上、不可能ではないはずよ。

ただ、どれだけの負荷がかかると思うの?」


「あー・・・、そっか、これじゃ、メモリが足りなさすぎるかぁ・・・」


「メモリ数は十分よ。そんな大容量のディスク抱えてたらかえって目立つでしょう」


「うーん・・・、駄目かな、やっぱり。

でも、できたらかなりのスピードアップになるんだけどなぁ」




口を尖らせて考え込んだ私からすいっと離れ、ウエディは煙草を取り出して火をつけた。

よく手入れしてるんだろう、綺麗な白い手からシュボっと火がつく様子は洗練された仕草だといつも思う。




「本当に只者じゃないな、

愛らしいだけじゃなく有能で、将来が楽しみだぜ」




向こう側、ダイニングのテーブルに何か資料を広げているアイバーがこんなこと言った。

手には上品な色合いの液体が揺れるワイングラス。


相当好きなのかな?この人、私の部屋に来る時は必ずワイン持参なの。

男性らしく、骨ばった長い指でグラスを掲げてみせた。




・・・・・・その構図、どこかで見たことあるよ?




「未来の美しいハッカーレディに敬意を表して」


「・・・・・・うん、ありがと」




・・・・・・あ、そうだ。

映画「カサブランカ」でハンフリー・ボガートのやってるあれだ。

"Here is looking at you, kid."・・・・・・「君の瞳に乾杯」ってやつ。



何か・・・、これは、私、口説かれてるって受け取ってもいい、のかな?

こんな大人の男性が私みたいな小娘相手に?

実感湧かないんだよなぁ・・・、たぶん、英語で言われてるからだと思うけど。



唇を軽く真横に引っ張って笑んでみせたけど、心の中でそう思って軽く肩をすくめた。




・・・ウエディが、アイバーの視線から死角になるような位置で小声で呟いた。




「本気にしちゃだめよ、


「わかってるよ」




ちらっとアイバーを見やると、今度は真面目な顔で資料に向き合ってる。




しっかりした体格、精悍な顔つきでかなりカッコいいんだけど・・・、何か、イマイチそう思えない。




・・・・・・何でかな?





・・・・・・・・・・・・まぁ、こんな失礼なことは内緒ね?

















ハイスクールは冬休みに入ってる。

華やかにライトアップされた街がすごく綺麗だったクリスマスも終わり、

新しい年も数日前に明けたばかり。



リバティ島近くの海で花火が何発も上がったカウントダウンのイベント、すっごく盛り上がってたな。

良い2003年になるよう、花火の光に照らされる女神様に祈ったんだ。




冬休みの間、私のやってたことといえば、読書とコンピュータだけだけどね。

今日はひどく寒くて、指がかじかんで上手くキーを打てない。


指先を暖める為に淹れていたコーヒーはいつの間にかすっかり冷めてしまってて。

勿体無くて一気に飲み干してみたら体がぞくっとした。



・・・・・・バカね、私。






さて、先月あたまに知り合った泥棒のウエディにハッキングを教えてくれと頼み込んで一ヶ月弱。



こんな只の女子高生の私なんかに、彼女は本当に付き合ってくれている。

大体1週間に一度くらい、アイバーと一緒に私の部屋を訪ねてくるんだ。


懇切丁寧、というわけじゃないけれど、要点をしっかり押さえたウエディのアドバイスはすごく役立ってる。

ハッキングを専門とはしていないウエディだってこんなことができるんだ。



ハッカーなら・・・これくらい自分で応用できるようにならなくちゃ。




・・・・・・でもね、すごく疑問なんだけどウエディは私に何の見返りも求めてこない。

「ハッキング教えてもらう代わりに私は何をすればいい?」って聞いてみたんだけど・・・、

彼女は「そんなものいらない」・・・って。




「私が来る際、アイバーも連れてくるからここで作業させてくれたらそれでいい」って。




・・・それだけ。

それ以上は何も答えてくれない。



腑に落ちないけど・・・、話さないことをヘンに詮索するのも失礼よね。

だから、せめて二人が来る日には簡単に手料理を振る舞ってるくらい。






・・・・・・よく考えなくても、私、ものすごく無用心かもしれない。





詐欺師に泥棒・・・・・・わ、私だって人のこと言えないんだけど・・・二人とも仮にも犯罪者。

くわえて素性もよく知らない人を家に上げるなんて、常識では考えられないようなとんでもないこと。


でも・・・、ウエディもアイバーも、信じられる人だと思ったんだ。

ウエディはあんまり喋らなくて基本的にそっけない人だけど、少ない言葉の端々に私への気遣いを感じられるし。

アイバーは・・・、ま、まぁ、初対面の頃より胡散臭さは和らいでるし、話してみると陽気で気さくな人だったし。





・・・どんな人であっても信じたいと思った人は心から信じていいと、私は思ってる。

それでもし裏切られたなら、人を選べなかった自分が未熟だっただけのこと。




どの道、信頼に足る人間を自分で判断できないようじゃ、この世界で生きていけるのも長くないだろうから。




怖いけど・・・、そういう覚悟は決めたんだ。


















二人がやってきて、もう4時間も過ぎていた。

私はその前のお昼過ぎからずっとキーボード叩いてるんだけど、外はもう真っ暗。




「うーー・・・、さすがにそろそろ頭痛いかも・・・、

お腹も空いたし・・・・・・」




チェアに体重をかけて背中を伸ばすと、いつの間にかダイニングから離れて、

真上から私を見下ろしてるアイバーと目が合った。




「あまり根を詰めすぎるとせっかくの魅力的な風貌が枯れてしまうぜ?」


「・・・もう、アイバーってば冗談ばっかり」


事実を言ったまでさ、




私から見て逆さまになってるアイバーが、今度はいきなり日本語でそう言ってきた。




そうそう、アイバーはこんな具合にヘンな人だけど語学力は並じゃなかった。

いとも簡単に何ヶ国語も操る彼に呆気にとられちゃったんだよね、この前。

英語、フランス語、ドイツ語、イタリア語・・・

他にもいろんな言語を喋れるみたいだけど私でも何となく違いがわかるのはこれくらいで。

あと、日本語や中国語もできるみたいだけど・・・・・アイバーみたいな容貌には合わないかも。




彼は逆さまになったままの私のチェアに両手を置いて見下ろしてきた。


・・・顔が近くなってるのが何となく恥ずかしかったから、チェアにちゃんと座りなおす。




「クリスマスもニューイヤーも流されてしまったが、今度こそデートに誘いたいんだけどな?」


「はいはいはい、コーヒー淹れなおすからそこどいて。

アイバーはブラックコーヒーでいいんだよね?

あんまりふざけたことばっかり言ってると、砂糖の飽和水溶液なコーヒー出しちゃうからね」



立ち上がって振り向きざまに、眼前にびっと指を突き出してそう言ってやった。

そうすると彼は軽く溜め息をついてお手上げ、とでも言うように両手を広げてみせた。

アイバーは冗談ばっかりだけど、日本語もできるからぽんぽんと調子よく進む会話は結構楽しい。


私の後についてきて、アイバーはダイニングのテーブルに広げてる資料を手に取った。




「ウエディもコーヒーでいい?

夕食、今からグラタンとトースト作るから、食べていってね」


「そう?ありがとう」




自分のコンピュータから目を離さずにそう言った。

こういうところそっけないなって少し思うんだけど、話しかけたらちゃんと応えてくれるしね。

雰囲気は冷たいけど、彼女自身は心配りのできる優しい人なんじゃないかなぁ。

・・・・・・って、彼女に言ったら笑われそうだけど。



最近安く買えたコーヒーメーカーのスイッチを入れて、そんなことをふっと思った。

二人に気づかれないような微かな笑みを唇に浮かべて、夕食の準備に取りかかる。




「そういえば・・・・・・ウエディたちが追ってるのって、何なの?

教えてくれるなら、知りたいな」




極秘って言うなら聞かないけど・・・興味はあるし、教えてくれるなら知っておきたいじゃない。

鍋にたっぷり水を入れ強火にかけて、カウンターで仕切られてるダイニングから身を乗り出した。




「何ヶ月か前に日本に搬送された宝石をな」




問いに答えてくれたのはアイバーだった。

一言だけそう言い、グラスに残っていたワインを飲み干して資料に向き直った。




「ああ・・・、それで、GIAを?」


「近いうちに日本へ渡るわ。

2週間か3週間くらい来れないから」




今度はウエディ。

顔も上げず、キーボードを叩く手も止めずに、そう教えてくれた。



二人ともひどく真面目な顔。

ウエディはいつもサングラスで表情は変わらないんだけど、

軽口をたたくアイバーまでもそうだから私も言葉を控えた。


コトコトと小さく沸騰する音がしたから、火を弱めてマカロニを入れる。




「・・・懐かしいな」




野菜を刻みながら口の中だけでそう呟いた。




日本・・・・・・あれ?




そういえば・・・私、ちょっと前にライトへ絵葉書送ったんだけどな・・・、

何の返信もないな・・・、すっかり忘れてた。






・・・忙しいのかな?


まぁ、便りのないのは元気な証拠とも言うし。





元気にしてたらいいんだけど。