数分もすると、コーヒーのいい匂いが部屋に漂ってきた。

安い粉でも、ちゃんと淹れるとお洒落なカフェみたいにいい匂いがする。




「アイバー、はいどうぞ。ここに置いて大丈夫?」


「Thanks. いい匂いだな」




淹れたてのコーヒーを二人に運ぶ。

ホントに砂糖の飽和水溶液なコーヒー出してやろうかと思ったけど、

真面目な顔で資料に目を通してるアイバーを見たらそんな気も失せたから、ちゃんとブラックコーヒー。




さて、野菜とホワイトソースを入れてトッピングしたグラタンをレンジに入れたから、

私もコーヒーを前に一息つく。



ご飯食べたら、・・・もう一回、二重擬装の練習してみよう。

あるネットから別のネットに移るアンダーネットアクセス常套手段、ダブルシフトと併用できなくても、

早くできるようになれたら・・・もしかしたら単体でも使えるかも。




、日本にいた頃からハッキングを?」




ぼんやりと色々考えてたら声をかけられ、ふっと顔を上げた。

コーヒーカップ片手のアイバーが、興味ありげな顔でこちらを見ている。




「え?ああ、うん、日本のセキュリティって甘かったし。

結構、やりたい放題。・・・勿論、バレたことなんてないけれど」


「どんな侵入を?」


「・・・・・・、随分長いこと覗かせてもらってたのは、警視庁だったな」




警視庁ホストコンピュータへのハッキングに成功したのは中学2年生の頃。

昔を思い出すと、口許に笑みが浮かぶのはどうしてかな?




「ほんの興味で、探偵の真似事してたんだ」


「・・・・・・・・・探偵?」


「今にして思えば、

事件に首を突っ込むよりも、こうしてハッキングしてる方がよっぽど性に合ってるみたいだけどね。

でも、いつか再開できたらなって思ってる」




立ち上がってレンジに入れたグラタンの様子を見ながらそう言った。


もうちょっとだね・・・お腹空いたなぁ。







「・・・・・・?」







耳に届いたのは、ウエディの掠れた声での・・・私の昔の名前。

・・・・・・お腹空いたなんてのん気な考えは一気に吹き飛んだ。




「え・・・?ちょ、ちょっと待って、何で知ってるの・・・?」


「知ってるも何も・・・・・・」


「・・・じゃあ・・・、もしかして、Lを知ってるのか?」


「!?」




ウエディもアイバーも互いの作業を止めて私を凝視する。

・・・その顔は、危険な裏の世界をくぐり抜けてきたんだろう、隙のない表情。




―――Lを知ってるのか?―――




アイバーのこの言葉、否定するべきか否か即断できずに黙りこくってしまった。


・・・沈黙は肯定だというのにね。




「・・・・・・・・・冗談だろう?」




溜め息をついてアイバーは頭をかきむしった。

ウエディも額に手をやって、何とも言えないらしく唇を歪ませている。



レンジが出来上がりの電子音を響かせたのをきっかけに、ゆっくりと口を開いてみた。




「二人とも・・・何を知ってるの・・・?」




そりゃ・・・裏の世界の人なら、Lを知っててもおかしくはないかもしれないけど・・・、


の名も通ってるなんて、思わないんだけど・・・・・・。



・・・・・・二人とも、口ごもってた。

やがて、ウエディがまた煙草を取り出して、こう言ったんだ。




「・・・去年、アイバーがヘマをしてね」


「アイバー・・・が?」




ヘマ?

うわ、こんなプロでもそんなことがあるんだぁ・・・。


だけど、ウエディのその一言で憮然としたアイバーが口を挟んできた。




「・・・・・・ちょっと待て、ウエディ。俺一人のせいなのか?」


「私は危険だからやめろって言ったわよ。自意識過剰なあんたが勝手に強行したんじゃない」


「それでも寄こした情報は間違いないって言ったから、連絡取ったんじゃないか」


「接近の仕方がまずかったじゃない。詐欺師がひっかかるなんて笑い話にもならないわ」




「ちょ、ちょっと二人ともストップ!何でそこでケンカになるのー!?」




だんだんヒートアップしそうな会話を慌てて止めてしまった。

・・・こんな二人、初めてだ。


私が声をかけると、二人は言葉をおさめてお互いの視線を外す。

何気にこの二人・・・仲悪いの?いや、まさかね・・・・・・。




「・・・まぁ、ある時、不運なことにLに俺のことを知られてしまったのさ」


「アイバーだけ見捨てて売ってやろうかと私は思ったんだけど・・・、Lはそうしなかったの」


「そう・・・・・・しなかった?」




舌打ちしながらすっと息を吸い、アイバーがウエディの続きを受け取った。




「自分の関わる捜査に、今後協力してほしい。

それなら俺たちの犯罪の証拠は決して出さないと約束する、と持ちかけられたんだ」




・・・・・・成る程、偶然の接点だけど辻褄の合う展開。

だけど。




「・・・・・・それで・・・、どうしての名を?」




そっとアイバーの顔を窺ってみると・・・、見たこともないような真剣な顔。

整った顔がそう真面目になると見惚れてしまうような、でも見ていてはいけないような・・・不思議な感じ。




「相手に一方的に弱みを握られるのは癪だと思ったからな。

Lの提案を受ける振りをして、徹底的にLの情報をかき集めていた」




何を見るでもない、目の前の空間を凝視するようなアイバー。

唇を噛んで腕を組んで・・・、いつもそうしてたら、カッコいいと思うんだけどな。



・・・だけど、そんなこと言って茶化すようなところじゃないよね。


私も真剣に、彼の言葉の続きを待つ。




「・・・・・・2001年、Lは日本の事件に関わったな」




2001年・・・・・・って・・・!


あれ、なの?夏の連続婦女惨殺事件・・・!




「その頃の警視庁のデータを洗いざらい取り出してLについての情報を集めていた。

その時、日本でLと似たようなスタンスで捜査に臨んでいた探偵のファイルをウエディが見つけたのさ。

顔も素性も晒さずに、日本警察が手を焼く事件に手を貸していた謎の人物。

今は名を聞かないが・・・私立探偵

・・・・・・あれが、だったのか?」


「Lと何か関連でもあるかと思ったけど、データベースに残された記録だけじゃ追えなかったのよ。

、その頃にはもう活動してなかったみたいだし」




うっわ・・・・・・、そんなところで名前知られたんだ私・・・・・・。



で、でも、Lとが一緒に捜査してたなんて記録にはしてないよね?



・・・・・・だけど。





「・・・・・・あなた・・・、Lを知ってるのね?」




私のさっきの態度じゃ・・・・・・そう思われても仕方ない。




「・・・うん」


「・・・逢いたい人、というのも?」




・・・・・・さすがにウエディは鋭い。

サングラスをかけたままの顔で尋ねられると、自分の思ってることだけ相手に筒抜けのような気がする。



駄目だ、この人に隠し事はきかない。


知られたなら、仕方ないよね・・・・・・。




「・・・・・・そうだよ。

何だ、そうだったんだ・・・ウエディもアイバーもLを知ってる人だったなんて」




努めて明るくそう言ったけど、場の雰囲気は変えられない。

軽いはずのアイバーもまだ渋い顔のままなんだから。




「会ったことはないさ。

たしか・・・、半年前ほどに、仕事の依頼の通信があったくらいだ。

・・・冗談抜きに隙のない男だと思った。

あんな奴に目をつけられたのかと思うと、生きた心地がしないぜ全く」




そう言ってアイバーはコーヒーに口をつけた。




、Lは一体どんな奴なの?」


「どんなって・・・何とも言い難い人だったけど」


「何でもいいわ。知ってること、教えてくれる?」




腕組みしてウエディは私へ向き直る。



・・・・・・この人に隠し事はきかない。

そう、思ったよ。だけど・・・、




「・・・・・・私、彼について何処まで話していいのかわからないから、これ以上は言えない。

ごめんね、ウエディ、アイバー」




そう。

二人が何を言っても、私はL・・・竜崎さんの情報を渡せない。渡しちゃいけない。


持ってる情報なんて大したことのないものだけど。

それでも、私が彼に見せられる誠意なんてこれくらいのことだから。



だから・・・、どんな小さなことでも絶対に秘密は守り通す。




「でも・・・、信頼できる人だよ。

何をしたのか知らないけど、二人の証拠を使ってどうこうしたりはしない人だと思う」




せめて、当たり障りのないことくらいならって思ったんだけど。

・・・・・・何のフォローにもなってないな。


でも、私はそう思う。

あの人が何をしているかなんて知らないけど・・・そんなことする人じゃないって、そう、思う。




「・・・・・・まぁ、借りがあるのは事実だしな。

初めは癪だったが、今は命令どおりに働くつもりではいる。

の言うように信頼できる人物なら、悪いことは考えないさ」




アイバーの声がワントーン高く明るくなった。

顔を合わせると、鋭い視線は幾分か和らいでる。


それを見て安心したから、私も笑顔を向けた。




「すっごいなぁLってば。アイバーみたいな人とも付き合えるなんて」


「・・・、アイバーみたいな人ってどういう意味だ?

俺は、君に対して誠実にしてるだろう?」


「はいはい、そうですねー・・・、

って、うわ、グラタン冷めちゃったじゃないもう!

ごめん、もう一回温めなおすね!」




粗熱をとろうと冷ましてたグラタン、放置しすぎてちょっと冷たくなってしまってる。

まとめてレンジに放り込んでピッとスイッチを入れた。






・・・・・・もう、この二人といるといろいろ驚かされることばっかりだ。

そんな接点があったなんて。



二人に、仕事の依頼の通信が来る・・・って言ったよね。


・・・・・・今頃どこで、何しているのかなぁ、竜崎さん・・・。





















「ったく、17歳だって言ったな・・・・・・、

・・・俺の魅力がわからない、お子様なのか?

15歳のジュニアハイスクール生や18歳の日本人留学生には通じたんだがな・・・」




「お子様って、それ聞いたら怒るわよ、あの子。

・・・あんたが結構な腕の詐欺師でもあの子がなびかない理由、私は何となくわかるわよ。

簡単なことじゃない」