何か・・・・・・調子狂っちゃう。




私がすべきことはいろいろ調子よく進んでるのに。

・・・・・・、でも何か、いろいろすっきりしない今日この頃。






原因は・・・・・・・・・やっぱり・・・・・・?





















第十一話:想いと現実との板ばさみ





















1月下旬。

ハイスクールもスタートして、また忙しい毎日が始まった。

バスを下りて、昨晩ニューヨーク全域に降り積もった雪をかきわけ、重い本を何冊か抱えて登校中。




重たいなぁもう・・・、調子に乗ってこんなに借り出すんじゃなかったな。




借りる前に流し読みはしてたけど、持って帰ってきちんと読んでみたら既に知ってるようなことばかり。

アメリカのネット犯罪の過去法例については、もう大体把握してるんだってば。

英文を読むのにもう抵抗はないんだけど、やっぱりまだ慣れてないみたいね。



唇を尖らせてふぅっと大きく息をつく。



吐く息は真っ白だけど、この寒さにも大分慣れてきた。

底冷えするけど下着からしっかり防寒していれば、そんなに厚着しなくても結構大丈夫って気づいたから。




でも。




「うーー、、・・・今日寒いなぁ・・・・・・」




校内に入ったところで冷たい風が強く吹きぬけていった。



ぎゅっと身を縮めたら、首元から長く垂らしていたマフラーが流されてはためいた。

五番街のアベニューでお父さんが選んでくれた、赤チェックのマフラー。




びゅおぅっ




かなり強い風がマフラーを大きく舞い上げる。

眉をしかめて背中を丸めながら視線だけでマフラーを追ってみた。



雲に覆われた灰色の空、葉を全て落としてしまったこげ茶の木を原色カラーの赤が彩っている。



枯れた風景に鮮やかな赤は気分のいいアクセント。

きっと日本で今頃咲いているだろう椿の花を思わせるような、そんな色。






・・・そんなことを思ったら少し気分があったかくなった。






本を抱え直し、まだひらひらと舞っているマフラーを片手で捕まえてぐるっと首に巻きつけた。

まだまだ寒いから、風邪なんてひかないよう気をつけなくちゃ。






























今日も授業はあっという間に終了。


私が首をまわしたり、背中を伸ばしたりしてるうちに、

相変わらずみんなはさっさと教室を出て行ってしまってるし。



声をかけてくれたクラスメイトたちに笑顔で返事を返しながら、多めの荷物をまとめていく。





今日の授業は・・・・、

フロンティア時代の政治についての授業ではきちんとディベートに参加できた。

自然科学の授業はちゃんと要点を押さえたノートもとれたし。


数学は・・・、うーん・・・、公式を聞き取るだけでちょっと精一杯だったよね。

家に帰ってちゃんと復習しておこうっと。



・・・あとは・・・、来週提出のレポート、資料は揃ってるし構成も大体できてるから・・・、

週末には余裕で仕上げられる。大丈夫だよね。






頭の中でいくつかの項目をチェックし終える。



こんなもの・・・だよね。

今日は特に急いだ予定もない。


ウエディとアイバーは、例の、日本へ搬送された宝石関連で先週から日本に行ってしまった。

いつ帰ってくるかは聞かなかったけど・・・、少なくとも、来週いっぱいは戻って来ないだろう。

何か事件に関わってるなら、やっぱり1ヶ月近くかかるだろうから。




今日はカフェで一息ついたら図書館に行こうっと。

何か面白そうな新刊、入ってないかなぁ?




ー!今、帰りーー?・・・あれ?また図書館にでも行くの?」




高い声で近づいてきたミシェルが本の山を目にして首を傾げた。

今日はストレートの髪に軽くカールが入ってて、黙ってれば可愛いフランス人形みたい。




「ああミシェル。うん、そのつもり」


「本っ当にもう本の虫なんだから。一体、何をどれくらいかけて読んでんの?」




そう言われて私はミシェルと反対の方へ首を傾げ、ふと考えてみる。



去年から放課後に暇さえあれば図書館に通い詰めてたんだよね・・・、

目当ては勿論、コンピュータ関係の本ばかり。

時々、ふと興味の湧いた関係のない本にも手を出したりしてたけど。




「・・・・・・付属図書館の情報工学関係の資料は大方目を通せるくらいかなぁ?」




"Information Technology"と札のかかった2階のBエリア閲覧室にある、あそこの本は大体目を通したしね。

さすがに日進月歩のIT関連資料は毎週どんどん新刊が入ってくるから、

全て、というわけにはいかないけど、半分以上は網羅したはず。




「じょ、情報工学??・・・何?、将来はエンジニアにでもなるの?」




勉強は苦手・・・というか嫌いらしいミシェルは、眉と口許を引きつらせた。

その顔が面白いから、ふっと悪戯っぽく笑って言葉を続けてみる。




「さぁ、どうだろ?今度は政治学とか生理学とか法医学の資料でも漁ってみようかなって思ってるけど」


「・・・・・・どーいうセレクトなの?」


「興味範囲が広くってねー」




ふふっと笑ってみせると、ミシェルは大げさに肩をすくめてみせる。

いつもさんざん振り回されてる彼女に勝った気がして、いい気分で教室を後にしようとした・・・んだけど。



「だけど、今日は空けなきゃダメー!」



本を抱えようとしたところを遮られ、彼女の高い声に少しだけ怯んでしまった。




「・・・・・・は?」


「何故なら今日は、オレとミシェルのお付き合い一ヶ月記念日だからなー」




後ろから陽気な声と一緒にぽんっと背中を叩かれる。



驚いて振り向くけどその人物はそのまま私を通り過ぎ、

唇に軽く触れるだけのキスをミシェルと交わした・・・・・・、




・・・・・・それはマークだった。




「ふふふ〜、驚いた?





ミシェルは彼に寄り添って、初めて見るような可愛い笑顔を私に見せる。

私はといえば・・・、予想もしてなかった展開に開いた口が塞がらない。




「・・・・・・いつから付き合ってたのよ二人とも・・・・・・」




ぽろっと零れ落ちた、感想。



・・・・・・ま、まぁ別に問題ないんだけど・・・、それでも意外な組み合わせ。

二人を喜んであげる以前に、これは一体どういう展開だろうって疑問が拭えない。



ただの友達同士だとばかり思ってたのに。





「だぁって、ってば冬休みが明けてからずーっと図書館にこもりっぱなしだったじゃなーい?

と言う訳で、記念日なので今日はクラブで一緒に騒ごうね、!」


「はい!?ちょっ、ちょっと待ってよ、何それ!?何で私も一緒に行かなきゃいけないわけ!?」




腕をぐいっと引っ張られて、反射的にその手を振りほどいてしまった。


おめでたいことかどうかはともかく、お付き合い1ヵ月記念日って・・・、

どうして私がそんなカップルのイベントに付き合わなきゃいけないの?




「お祝いは友達同士分かち合うものでしょー?

いいじゃない、いっつも勉強ばっかなんだし今日一日くらい。付き合ってよ、ね?」


「・・・・・・・・・ミシェルは、私をお邪魔虫にでもしたいの?」


「もー!今日のってばノリが悪い!ねぇマーク、何とか言ってやってよ!」




ちょっと声のトーンを落として言ってやると、

ミシェルは唇を尖らせて、マークの腕にしがみついてそうぼやいた。



『もー!』って・・・、私、不満言われる筋合いなんてないじゃない!?




断るよりもさっさと逃げた方がいいかと思って、多すぎる荷物を手早くまとめていく。



だけど。





「ああそういえば・・・、なぁ

オレの知り合いでに会ってみたいって奴がいるんだった。

たぶん今日来ると思うから紹介するぜー、それならいいだろ?」




そう言われてふと視線を向けてしまった。


手にした灰色のニット帽を深く被りながら、唇だけ持ち上げて笑ってる。




「・・・だ、誰?」




私に会ってみたい・・・って?




「あ、それってラリーのこと?うっわ信じらんない、年下のガキは範疇外だって私に言ったくせに!」


「年末にみんなでスケートに行った時の写真見せたんだよ。

この可愛い子、今度紹介してくれって」


「うわムカつくーーー!!今日会ったら文句言ってやるんだからーーー!!」


「こらミシェル!私の本落とさないでよもう!

ちょ、ちょっとマーク・・・写真って何よ、写真って?

・・・あ、12月にみんなでパーク内のリンクに行った時の?」




机の上にまとめた私の荷物を散らかしてすでに大声で文句を垂れているミシェルをたしなめ、

両手を頭の後ろで組んでるのん気そうなマークに聞いてみた。



・・・そういえば去年クラスのみんなで、パークの広場に氷を張って作られたスケートリンクに行ったんだった。

その時にみんなで写真撮ったような気がする。




「そうそう、このアジアの子が一番可愛いなって、そいつが」


「・・・・・・ラリーって誰なの?」


「マークのクラブ仲間!私たちより2つ年上の大学生。

ダンスも上手くってとってもカッコいいんだからー」




いつものように、ジェスチャーも交えながらミシェルは明るくそう言う。

・・・でも、いくらカッコいいって言われたってピンと来ない。

会ってみなきゃわかんないよ、もう。






結局、騒ぎ立てる彼女には勝てなかった。


いつまでも教室でしぶっていた私を強制連行するような形で、とうとう引っ張り出されてしまった。
































学校から結構離れた繁華街にマークの行き着けのクラブがある。

ハイスクールの学生が出入りするにはあまり褒められないようなところ。


ずっと前に一度だけ、こんな風に引っ張られて来たんだったな。

知ってる曲とか知らない曲とか、

とにかくノリのいい音楽がかかってて楽しいなって思ったけど、それ以来だ。



こんな風に誰か友達と一緒じゃなきゃ絶対に来れないもん。




「あ、やっぱりいた。

おーい、ラリー!!」




マークの声に振り返ったのは、奥のDJボックスにいる人と楽しそうに話してた男の人。

こちらを確認して、手を振りながら近づいてくる。


・・・あ、ミシェルの言うとおりカッコいい人だ。

短く刈り込んだ金髪と、嫌味じゃない程度にいくつか開けてるピアスが似合ってる。



アメリカのポップスグループにいそうな、ハンサムな人。




「よぉ、久しぶりだなマーク、ミシェル・・・っと、

・・・・・・あ、この子たしか」


「ああ、あの写真の彼女。ご要望に答えて連れて来たぜー、感謝しろよな」




私の顔を見て、気づいたらしい。

人懐こく笑って握手を求めてきたから、私も笑いながらすっと手を差し出す。



・・・・・・レイと似たような笑顔だなって、思った。





「日本から来た可愛い子が友達にいるってマークから聞いてて、会ってみたかったんだ。

俺はラリー。市立大学の1年」


「ホント、ムカつくんだけどラリー。私には年下なんて興味ないとか言ってたくせにさ!」


「ほー、悔しかったらこの子みたいな知性溢れるような顔つきしてみろガキ」


「何よラリー!!?」


「ま、まぁまぁミシェル落ち着いて・・・!

は、初めまして、です。マークやミシェルとは同じハイスクール」




目を吊り上げて彼に食いかかったミシェルを止めて、彼へ挨拶した。




「へぇ、英語は結構喋れるんだ?」


「うん、来たばかりの頃はひどかったけど、最近ようやく慣れてきた。

・・・私の英語、おかしくない?」


「そんなことないさ、大丈夫」




物怖じしないらしく、いろいろと話しかけてきてくれる。



うん・・・、いい人そうだね。





「あ、ドリンクはどうする?俺が取ってくるよ」


「あ、ありがと。えっと・・・私、コーラがいいな」


「オーケー」


「ミシェルはいつものジャックコーラでいいかー?」


「今日の気分はアマレットって感じー。

フィズにしてもらってー」




ミシェルがそう言ったところで、マークとラリーはカウンターへドリンクを注文しに行ってしまう。


その後姿をぼんやり追ってると、ミシェルが私の肩越しに顔を出してきた。




「ねぇ、

そういえば、まだあの人のこと好きなんだったっけ?」


「は?」


「ホラ、ちょっと前に話してくれたじゃない。

ゲイ疑惑のかかってたあの人」


「勝手に疑惑にしたのはミシェルでしょ!!」





ホール真ん中で踊ってた女の人が驚いたようにこちらへ視線を投げた。


・・・・・・つい、声が大きくなっちゃった。

私もあんまりミシェルのこと言えないのかもなぁ・・・。



心の中でそっと反省してたら・・・、彼女はこう言った。








「あれから進展はないの?」







何気ない言葉が心に突き刺さった。

私の顔から表情がふっと消えるのがわかる。





・・・・・・、そう、





「・・・・・・・・・そ、だね。

相変わらず例の、別の人を追っかけてると・・・思う・・・」




本当に数える程度なんだけど・・・、レイは仕事から早く帰ってきたときは、私に連絡を入れてくれる。

お茶に誘ってくれたり、おいしいお店に案内してくれたり。

でも・・・、それはきっと、私のことが気になるとかそんなんじゃなくて、

単に、近所に話の合う楽しい女の子がいる・・・ってくらいの認識なんだと思う。



今は、それでもいいって思ってた。

一緒にいられるだけで楽しいし嬉しいし、それでいいんだって。



・・・・・・でも。




彼、私の前で一度だけナオミさんのことを話題にしたことがあったんだ。




彼女のことを話すレイの様子は・・・、痛いくらいに嬉しそうで、幸せそうで。

私は・・・、口許に小さな笑みを浮かべるくらいしかできなかった。




どうやらまだ避けられてるみたいなのに、どうしてそこまで一途に彼女を追いかけられるんだろう。


レイをそこまで夢中にさせるものって、一体何なんだろう。




・・・・・・私には身につけられないもの?





「もう諦めちゃえば?そんな人。

それより、ラリーはどう?結構いいセンいってない?

私のことはガキだガキだって言っててムカつくんだけどさ」


「ちょっ・・・、な、何言ってるのよミシェル・・・」




慌てて何か言おうとするけど、うまく思考が働かない。




「うまくやんなさいね、


「え!?ちょ、ちょっとミシェル!」




ミシェルはぽんっと私の背を叩き、ウィンクを残してマークが行った方へ歩き出す。

向こうからやってきたのはラリー。

彼女と通り過ぎる時に何やら一言二言交わして、彼は私のところへ戻ってきた。




「ほんのノリで二人にしてくれって言ったのに、マジで二人にしてくれたぜあいつ。

・・・、まぁいいか。ほら、




冷たいドリンクを手渡されて、笑顔を浮かべてお礼を言ったけど・・・、





流れている陽気なBGMでも、私の気分は晴れないままだった。








全て英語での授業もよくわかるようになってきた。

元々人見知りしない性格も手伝って、初めて会う人ともきちんと会話できる。



ウエディに教わったハッキングも、日本にいた頃より随分と上達してるとも思う。



目的は、果たしてる。

アメリカに来た目的・・・、語学力、ハッキング、その他たくさんの知識。

それらは問題なく、確実に私の身についてると思うのに。




だけど・・・どうしてこう、やりきれないんだろう。












向こうの人込みの中でちらっと姿が見えた。

仲良さそうなミシェルとマーク。

二人が羨ましいとか、そんなんじゃないんだけど・・・・・・、



気分が良くない。

親しそうに話しかけてくれるラリーに当たり障りのない笑顔を返すだけで精一杯。










・・・・・・・・・何で?

















私は・・・・・・、



・・・・・・ミシェルにあんなこと言われても、不釣合いだとわかってても。

私はやっぱりレイが好き。

だけど、レイが追いかけているのは・・・ナオミさん。
























きっと私のことは・・・、まるで妹のような、近所の女の子だとしか見ていない。

































・・・・・・・・・・・・・・ねぇ、いつになったら、この想いに気づいてくれるの?