決めた。



気づいてくれないなら、こっちから言えばいいんだ。






女神さま・・・・・・私のこの想い、どうか通じますように・・・・・・、


















第十二話:思い立ったら一直線

















「・・・・・・・・・・・・はぁ、」


「若い女の子が溜め息ばかり吐かないの。見ていて鬱陶しいわ」


「え?あ、ご、ごめん・・・・・・」




ウエディのハスキーボイスで慌てて我に返った。


軽くキーを叩き、ちかちかと踊ってたスクリーンセーバーからウィンドウを呼び出す。

画面には、二人がいない間に久しぶりに自分でプログラミングしてみた、完成間近の新しいウィルスのデータ。



キーボードの上に手を乗せて、ぼんやりしていたみたい。

デスクトップのデジタル時計から察するに・・・・・・5分くらい。




「そんな迷いがあるような時にハッキングするのはやめなさい。

足がついて即、捕まるわよ」


「そ、そうだよね・・・・・・、ごめんなさい、ありがと」




・・・・・・全くもってその通りだ。私ってホント馬鹿・・・。



マウスをカチカチ、とクリックしてデータをとりコンピュータの電源を落とした。

長く息を吐いてチェアの背もたれにギシっと寄りかかる。



・・・真っ黒なスクリーンには、ぼんやり間抜けな顔をした私が映ってて。

大していつもと変わりはないと思われるだろうけど・・・、それでも何か自分で嫌になるよ、今のこんな顔。



後ろから、ウエディが迷いなくキーを打つ音が聞こえる。

軽く振り返って見た彼女の表情はどんな時だって変わることがない。

口許が優しく綻ぶところなんて見たことないもん。




・・・・・・やっぱり裏の世界で生きていくためには、私みたいにいちいち感情を露にしてはいけないのかな。



嬉しい時だって悲しい時だって、常に彼女みたいに機械のように感情を押し殺していないといけないのかな・・・。







・・・・・・・・・どうだろう?

それとこれとはまた別だと思うんだけど・・・、やっぱり彼女を見てるとそう考えてしまう。



私は・・・まだまだ未熟だから。





















寒い日はまだまだ続く。

細かい雪が降ってるみたいだし、窓枠には氷柱が下りてるし。



今日は休日。課題も特になし。

だけど外に出る気になれず、朝からずっとコンピュータの前に座ってたら、午後にウエディがやってきた。



日本での仕事が片付いたんだって。



1ヶ月弱も会えなかったから、久しぶりにやってきた彼女に嬉しくなってきたの。

お気に入りのお茶を出して、留守の間にやってみたハッキングを彼女に報告する。

私の仕事に注意の言葉をいくつかくれると、彼女はソファに腰かけてファイリングされた資料に目を通しはじめた。


そして、私は再びコンピュータに向かいキーボードを叩き始める。

いつものこと。

もう随分慣れた・・・、私の修行時間。





















「うー・・・・・・、」




・・・・・・閉めきった部屋の中はストーブの暖気がこもってあまり気分が良くない。

電源を落としたスクリーンには、相変わらず口許と眉を歪ませて可愛くない表情の私が映ってる。



軽く目をこすって大きく息を吐いた。

コンピュータの前から離れてそのままダイニングのテーブルにつき、どさっと身を倒す。



・・・いつもならこのテーブルにはアイバーがいるはずなんだけど・・・、今日は彼は来ていない。




「ねぇウエディ・・・アイバーは、一人で大丈夫なの?」




ぽつりと口をついて出た言葉。


このままの体勢でテーブルの上に置いてある新聞の見出しを読もうとするけど・・・逆さまになってて読めない。



そう、日本から戻ってきたのはウエディだけだった。

目的のものは既に日本になかったから、アイバーが日本から出て単独で追いかけてるらしい。




ターゲットへの接近・・・、詐欺師の腕の見せ所なんだろう。




私の呟いた言葉にウエディは眉をひそめていた。

絶対にサングラスを外さないけど、最近では彼女の醸し出す雰囲気を少しは読み取れるようになってきた。



・・・・・・あれは呆れてる表情だ。




「・・・・・・、あいつも30をとうに越えてるいい大人なんだけど?

一人で大丈夫じゃなかったらどうするの」


「いや、そういう意味じゃなくって・・・、一人でターゲットを追ってるなんて、危なくないのかな・・・って」




だってアイバー言ってたもん。

「人を騙すことよりも、人を傷つけることの方が難しいんだ。俺には喧嘩は向いてない」って。

争いごとが嫌いなんだって・・・言ってた。

彼、体格いいし、いつでも自信に溢れてて、好戦的で強そうだと思ったからすごく意外でよく覚えてる。




・・・・・・それでよく裏の世界で生きてこれたなぁって、ちょっと感心した。

ウエディみたいにモノじゃなく、アイバーは人をターゲットにした仕事してるのに。


まぁ・・・、ああ言っても実際にはちゃんと強いのかもしれないね。

あんなに背も高くて、力も強そうだし。





「捕まるようなことがあれば、私はあいつを見殺しにするわよ」


「み、見殺しって・・・・・・」




穏やかじゃない単語に体を起こして顔を上げ、彼女の方へ視線を向ける。




「私たちは友達じゃないの。単に利害関係が一致しただけの仕事仲間」




・・・・・・冗談なんか欠片もない口調。




「・・・成る程ね」




ウエディの言葉に、事務的な口調で返事を返した。



今の私じゃ賛成も非難もできないな・・・、

いつ、何処で何が破滅へと繋がるかわからない。

二人はそんな世界で生きることを選んだ人たちなんだから。



私みたいにまだ至って平穏な暮らしを送ってる人に好き勝手に言われる筋合いなんてない。



私は・・・、いつかそんな決断を迫られたときに、自分のルールに従って行動したらいいんだよね。





「・・・・・・・・・何?あなた、アイバーのことが気になるの?

どこがいいのよ、あんな男」


「え!?や、やだ違うって!何言ってんのウエディってばもう!!」




少しの沈黙のあと、ウエディの呆れたような声に慌てて首を振った。




アイバーのことが気になるって・・・!!

ああもう、これ以上ややこしくなんてしたくないよ!



私が好きなのは!




「冗談よ。わかってるわ。

下の階に住んでるあの男よね」




彼女の冷静な言葉に、思わず目を見張ってしまった。




「・・・何でわかるのウエディ?」




・・・慌てきった声も一気に落ち着いたものに変わる。



何でウエディが知ってるの?私、話してないよ?




「・・・・・・あなた、あれで隠してるつもりだったの?

あの男の前で無理して背伸びしようとしてたわね、この前。

明らかに私やアイバーの前とは違う顔じゃない」




資料をめくる手を止めずに彼女はそう言った。



だって・・・、ウエディがレイを見たことなんて1回か2回くらいしかなかった、じゃない?

さ、さすがだな。私の心のうちなんてバレバレ・・・か。



この気持ち隠してる・・・・・・つもりは、この際もうないんだけど・・・なぁ・・・、



レイは相変わらず。私の想いに気づいてる様子は全く見られない。

・・・もうすぐ来るバレンタインでは、ナオミさんに何かするのかもしれない・・・な。

こっちでは男性から女性に贈り物をする日だから。


考えに沈んだ私に、ウエディの掠れた声が届く。

声と一緒に煙草の匂いも。




「まぁ、アイバーよりは誠実で真面目そうだし、悪くない男だと思うわ」


「そ、そっかな」




ふふっと、はにかんだような笑顔が浮かんだ。

やっぱり良く言ってもらえるのは嬉しい。



ウエディみたいな素敵なお姉さんに。




そう、思ったのに。






「でも、止めておきなさい」




「・・・・・・・・・・・・・・・・・何で?」








・・・・・・浮かれた気分はすぐに引き戻される。

私の声が低くなった。テーブルに乗せた手は固く握りしめられている。



きっと・・・ウエディに向けるこの視線もひどく険しくなってる。



そんな私の表情なんて我関せず、彼女はいつも通り。

指先で細長い煙草を軽く弄んで。

いつも通り、冷めたようなそっけない口調で・・・こう言った。




「あなたのことなんて、そういう目では見てないわよ。

いいとこ、可愛い妹みたいにしか思ってないんじゃない?」




やっぱり。


・・・・・・よく・・・・・・、わかってるよね、この人。




「・・・わかってるもん。

今はまだ・・・でも、それでも私は」


「玉砕するのはあなたの勝手だけど。

フラれて落ち込んで、ハッキングに失敗して捕まるなんて無様な真似はしないようになさい」




一生懸命主張しようとする私の方を見ず、彼女はこう言う。

・・・・・・・・・ウエディのこういう態度はもう慣れたはずなのに。


でも、この時ばかりはひどく腹立たしかった。



ひどく悲しかった。








「ウエディのバカッ!!!」








振り返りもしないウエディに怒鳴って・・・、私は何も持たずに部屋を飛び出した。





















いいよもう。


ああ言われてようやく決心がついた。





レイに、伝えよう。





ずっとずっと好きだったって。

ナオミさんを追いかけていても、私はレイが大好きなんだって。






カンカンカンと階段を駆け下りる。

吹き抜けから上に向かって吹き上げてくる風で、もう随分長くなってきた髪が舞い上がる。



3階のレイの部屋の前まで来て、走ってきた勢いに任せてインターホンを押した。



・・・・・・何の反応もない。

次いで、ドアをノックして中へ声をかけてみるけど・・・やっぱり反応なし。

腕時計で時間を確認すると、いつの間にかもう夜8時過ぎ。




レイ、帰って・・・・・・来ないのかな、今日・・・・・・。




そう思うと、さっきまでの決意はすぐに脆く崩れそうになってしまった。




「あれ?、どうしたんだ?」




ドアに手をついて溜め息を吐いたところでいきなり声をかけられた。


・・・幸か不幸か、何てタイミング。

階段を昇ってきて、目を見張っているレイ。




「あ、お帰り、なさい・・・」




こっちに近づいてくるたびに、背がどんどん高くなっていってるように見えた。


・・・それと一緒に、私の不安もどんどん大きくなっていく。




「ああ、ただいま。どうしたんだ?僕に何か用でも?」


「ちょっと・・・・・・話したい、ことがあって」




いつもの優しい顔を直視できなくて視線を落とした。


とても不安で。居たたまれなくて。

拠り所がほしくて目の前のレイのコートに手を伸ばそうとしたけど、そんな勇気なんてなくて。



明らかに様子のおかしい私を気遣ってくれるように、レイが軽く身をかがめて目線を下げてきた。




「何か・・・あったのか?ちょっと待って、中で温かい飲み物でも出すから」


「ううん!外がいい。ちょっとだけ、時間いいかな・・・?」




ポケットから鍵を取り出そうとしている彼を遮って、そう言った。


部屋に上がりこんで言うようなことじゃない。




「いいけど・・・、、その格好じゃ寒いだろう」


「いいの、すぐだから」





そう言って、レイの方を見ずに階段へ向かう。



黙ったままの私に、彼は何も言わずについてきてくれた。








けど。












「さ、寒い・・・・・・、」


「だから言ったのに。今日のニューヨークの最低気温は−1℃だぞ?知らなかったか?」




アパートから一歩外に出て、あまりの冷気に思わず立ち止まってしまう。

苦笑いしてるらしいレイの声が頭上から聞こえるけど、私は両手で自分の体を抱いて身を縮めた。


割とあったかいセーターを着込んでるんだけど・・・、

今日一日ずっとストーブを焚いた部屋にこもりっぱなしだったから・・・、



こ、こんなに外は寒いなんて思わなかった・・・・・・・・・、




ちらちらと細かく舞い落ちる粉雪はきれいだけど、顔や手にひやりと触れて鳥肌が立ってくる。




「全く、ひどく賢いのにヘンなところで抜けてて面白いな、は。

ホラ」





笑顔と一緒に大きなコートを手渡され、くしゃりと頭を撫でられた。




「う、ううん、いいよ!!レイ、寒いじゃない!」


の方が寒そうだぞ。いいから使うんだ」





・・・・・・・・・だめだ。




レイの優しさは本当に心臓に痛いなって、最近自覚してきたところ。

嬉しいんだけど、胸の奥がとても苦しくて。

それでもこの苦しさをもう少しだけ感じていたいと思ってしまうの。





あったかくて、私にはひどく大きすぎるコートを羽織ってぎゅっと握りしめる。

長い裾を引きずらないように持ち上げて、私は黙ってレイの先を歩いていく。



後ろから聞こえてくるコツ、コツ、という彼の足音が耳に届くくらいの距離を保つようにして。


















アパート前のストリートを歩いてる人は私たちの他にはいなかった。





風は冷たい。

顔に触れた粉雪は、緊張で火照ってしまいそうな頬の熱気ですぐにとけてしまう。





静まりかえった、夜の街。


柔らかく灯っていた街灯が、ほんの少しだけ頼りなさげに点滅するのが見えた。




「・・・学校で何かあったのか?」




しばらく歩いてアパートが見えなくなったくらいの頃、少し離れてる後ろのレイがやっと口を開く。


振り返らず首だけ横に振って否定する私。




「らしくないぞ。いつもの元気で明るいはどこへ行ったのかな」





元気で明るい・・・・・・、


そう、それだけが取柄だと思ってたのに。







あなたのことを思うと、胸がしめつけられる。

精一杯の笑顔を向けていても、心はとても不安を抱えてる。










胸が痛くて苦しくて、でも、いつも側に居たいの。











お願い、聞いて。









「好きなの、レイ」











大きく息を吸って振り返って、離れてる彼にちゃんと聞こえるように声を張って。








"I love you"なんて言葉、初めて使った。







「・・・・・・レイが・・・好きなの・・・」



「・・・・・・・?」


「あの日、助けてくれた日からずっと・・・、

ナオミさんがいるって知ってショックだったけど、それでも諦められなかったの!」


、僕は」


「わかってる。レイが・・・、レイがナオミさんを追ってても構わないの。

彼女を諦めることができるまで、私待つから」









気がついたらレイから視線を外して、俯いたまま必死で喋ってた。


言葉を止めたらもう口にできないと思ったから。

呼吸する間も惜しくて一気にまくし立てた。



だけど・・・、必死の言葉はレイに遮られてしまった。



怒ってる風ではない、でも優しく止めるような感じでもない。

私の大好きな声で、はっきりと私の名前を呼んで。







顔が上げられない。







沈黙が怖くて、ゆっくり顔を上げた。






「・・・・・・僕は、の気持ちに応えることはできないよ」







心臓の音が煩い、痛い。








・・・・・・ひどいよ、レイ。


よりによって・・・、私の大好きなその声で、そんな言葉。