・・・・・・言われるまで気づかなかったの。





・・・私って本当にどうしようもない馬鹿。









私が本当に好きなのは・・・・・・、


















第十三話:本当に好きな人






















その悲しい答えを聞いただけでもう十分のはずなのに。

それ以上の言葉なんてただ虚しいだけなのに。




私は未練がましくその場から動けなかった。

レイも何も言わずそこに立ったまま。





―――僕は、の気持ちに応えることはできないよ―――





たったその一言が、からっぽの頭に何度も響く。



恥ずかしい。悲しい。

足が震えるのは、寒さだけのせいじゃない。




「・・・・・・、たし・・・、」


「ん?」


「・・・・・・私、が・・・・・・子供だから・・・?」




どんなに好きでも、どんなに頑張っても、年齢差は埋められない。

だからせめて、レイに釣り合うような大人の女性になりたいと思ったのに。




嫌になるような卑屈な口調で・・・、そう言ってしまった。






「違う」






少しだけ強くなった言葉に私はびくっと身を固くする。

続けて・・・、今度は静かにこう言ったの。





が好きなのは、僕じゃないだろう?」





その一言にかっとした。


どうして。




「何で!?そんなことない!私、レイのこと初めて逢った時から本気でっ!!

本気で・・・、ずっと好き、だったのに・・・・・・っ!」




夜も更けてきた静かなストリートには似つかわしくない、涙交じりの大声。

泣き出しそうなのを必死で堪えてた。

好きな人にそんなこと言われる筋合いなんてない。




どうしてそんな悲しいこと言うのよ、レイ・・・・・・っ!




「・・・・・・だけど、君が本当に想う人は別にいるんじゃないのか?

よく思い出してみるんだ」



「・・・なんっ・・・で・・・・・・そんなことがわかるの・・・!?」




唇をぎゅっと噛んで、彼を睨みつけるように見上げた。


そんな私を見ても、レイの目は穏やかで真面目なまま。




「・・・・・・僕は本気でナオミが好きだから。

少なくとも、恋をしてる人のことはよくわかるつもりだよ。

・・・、何の為に留学に来たのか、ずっと前に話してくれただろう?」





・・・・・・何の為に留学に来たか?


・・・・・・何て、言ったんだっけ?




予想もしてないところに話が飛んだ。

一瞬だけ呆けてしまったけど、すぐに記憶を辿ってみる。



・・・・・・あの時?




一緒に行ったチャイナタウン?


何も知らずに初めてのデートに浮かれてた、あの時?






    今はとても遠い人だけど・・・役に立ちたい人がいるの。

    今、身につけられることは何でも吸収したくて。

    いつか、その人の役に立てるように、

    どこまでできるかわからないけど・・・留学に来ちゃったんだ。






「それが・・・・・・どうしたの・・・」




それがあなたに何の関係があるのよ。




「・・・ああ、自分じゃ気づいてなかったのかな。

本当に真剣な表情であの言葉、きっとこれはの心からの言葉なんだって僕は思ってた。

現に、今は学校の勉強に加えて何冊も本を借り出して猛勉強しているだろう?」




そこまで言ってレイは一息ついた。


ふと目を伏せた後に真っ直ぐ私を見据えた表情は本当に素敵だと思ってしまう。






「きっとその人が、の本当に想う人なんじゃないのか?」






微かな冷たい風が吹き抜ける音が耳のすぐ側で聞こえた。






頭が真っ白になった。


今、何を言われたの?





「な、にそれ・・・・・?あ、有り得ないよ・・・だ、だって!!」


「どうして?」




どうしてって・・・・・・、

だって、あの人は・・・・・っ!




「だっ・・・て・・・、いないん、だもん・・・・・・、

・・・行っちゃったん、だもん・・・・・・、

私に、黙って・・・・・・!!」





今までわざと思い出そうとしなかったことを、再び思い出す。


あの人は行っちゃったのよ・・・、私に黙って。


「さようなら」って、たった一人でそう呟いて。





「・・・そうか」




だけどこのままあの人に逢えないなんて嫌だった。

いつか、あの人を見つけて・・・その時は、少しでも彼の役に立てたらって思った。

だから、アメリカに来たの。



そしてここでレイと出会って・・・・・・好きになったのはあなたなのに!!



レイを睨みつけて、心の中でそう叫んでいた。





「その気持ちを、近くに居た僕に向けようとしてたんじゃないのかな。

・・・、まぁ、仮にそうでないにしても、

その人はきっと僕とは天秤にかけるまでもない、大切な人なんじゃないかって思うが」





・・・・・・・・・レイに向けようとしてた?






「違ったか?」





目を丸くしてしまってたけど・・・レイにそう言われてまた視線を落としてしまう。




直ぐ側の車道がまぶしいくらい明るくなって、一台の車が走り抜けていった。




・・・・・・ごめん、しつこいけど、もう一度だけ言わせて。


これで・・・・・・最後だから。





「・・・・・・レイ・・・あなたに期待、しても・・・駄目なの?」


「・・・ごめん、





私のいい加減にしつこい言葉にも彼はちゃんと答えてくれた。

同情も何もない、真っ直ぐな瞳。



・・・・・・本当に、本当にナオミさんが好きなんだ。


よく・・・・・・わかったよ。





「・・・・・・ありがとレイ・・・・・・、困らせて・・・ごめんね・・・」


「困ってはないさ。

・・・僕も、頑張ってナオミを振り向かせるから。

も、その大切な人の為に頑張るんだぞ?」








レイは優しくて、素敵な人。




憧れるくらい、好きな人。






だけど・・・・・・・・・、






導き出した答えにたまらなくなってしまった。


ばっとコートを脱いでレイに押し付け、短く"Good night"と告げてその場から走り去った。





























部屋にウエディはいなかった。

暖房のスイッチは切られてて、ほんの微かに煙草の匂いが残ってるだけ。




こうなるって展開をやはり予測していたんだろうか。




部屋の鍵をかけたけどリビングまで歩けなくて、そのままフローリングにぺたりと座り込んだ。










・・・・・・・・・大切な人。




頑張らなきゃいけないって思ったから。

もう泣かないって決めたから。


絶対に逢うんだって決めたその日から。





逢いたいだけ、だったの。本当にそれだけよ。





黙っていなくなっちゃうなんてずるい。

もっといろんなことを話したかった。






逢いたいから、いろんなことを身に付けて彼の役に立ちたいってそう思ってた。








それだけの・・・・・・はずだった。







それが、そうだったなんて、レイに言われるまで気づかなかった。

今さらそれに気づくなんて、何て話だろう。











・・・・・・好き、なんだ。


竜崎さんが。









短い間だけだったけどあの人の優しさに触れて。

側に居たいと思ったんだ。

ひどく明晰だけど、ひどく孤独な人で。





いろんなことを教えてくれたあの人の側に居たいって。


それは孤独なあの人への同情なんかじゃ、決してない。





一人の、尊敬すべき男性としてのあの人を、私は・・・・・・、求めてた。


肩書きは「世界の探偵」「警察機関の切り札」。

だけど、そんな肩書きなんかよりも惹かれるものがあった。




優しい瞳、優しい声、優しい心。




こんなに好きだと思ったこの人とずっと一緒に居たいって、私は思ってしまってたんだ。



黙っていなくなってしまったことがすごくショックで・・・、私、泣いてたんだ。








だから・・・、私にできることを一生懸命頑張ってきた。







いろんなことを身に付けたくて、アメリカにやってきた。

語学力を伸ばして、図書館に通い詰めてたくさんの本を読んでいた。

偶然知り合えたウエディを無理やり引き止めて、ハッキングを教えてほしいって頼み込んだ。






・・・・・・・・・レイのことは好きだけど、それらはきっと彼よりも大切なことだった。







そっと唇に手を触れてみた。

ほんの少しだけかたかたと震えてる。

あの時は何とも思わなかった、羽のような口づけを思い出して、急に泣きたくなってきた。



馬鹿は私だ。

こんなに長い時間をかけて、ようやく気がつくなんて。

近くに居た、優しくて素敵な男性を好きになろうとしてたなんて。




気持ちを置き換えようとしてたなんて・・・・・・、














馬鹿。


私の・・・・・・馬鹿・・・!!











こんなに自分が情けないと思ったことって、きっと初めてだ。


涙が込み上げてくるけど、こんなことで泣くなんて絶対に嫌だった。





バシン!!




自分で自分の顔を叩いて、泣きそうになる自分を激しく叱咤する。


何度も何度も。












きっとずっと忘れられない、この寒い夜。



レイに失恋して、その彼に言われてやっと自分の本当の想いに気づけたこの夜。