こんな活動を始めてどれほどの月日が経ったかなんて、とうに覚えてはいない。


だがその長い月日の間、Lを必要とする事件が途絶えたことはなかった。





不謹慎だろうが・・・・・・寧ろ好都合だ。


これ以外に日の過ごし方を知らない私には、推理に没頭している時くらいしか・・・ないから。











彼女のことを思わずにいられる時は。












閑話:彼女のいない生活―――竜崎編
























     ごめんなさい、まだ名乗ってもいませんでしたね。

     私、って言います。 。日本人です。




見知らぬ人間に対しても裏表のない笑顔を見せてくれた・・・ロンドンのストリートでの彼女。




     すっとぼけるなぁぁっ!!

     だからこんなところで何してんですかぁぁぁっっ!!?




彼女に会いに日本へ行き・・・、ほんの少し魔が差して素知らぬ顔で通してみたら、いきなり怒鳴ってくれた彼女。





     それで、私は何をすればいいんですか?





潜入捜査に際し、真剣な眼差しで指示を求めてきた彼女。





     また、一緒に出かけましょうね・・・・・・。





目を閉じたまま口許に穏やかな笑みを浮かべて・・・そう呟いた彼女。


















「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」





ふと顔を上げた。




不必要な程に豪奢だが、閑散とした部屋。




目の前にはまぶしく発光しているコンピュータスクリーン。

足下には所狭しと散乱している事件資料。

手の届く所にはワタリが数時間前に淹れてくれた紅茶のティーカップ。







・・・・・・膝を抱えたまま浅い眠りに落ちていたようだ。






短く息を吐いて軽く目元を押さえ、再び思考をめぐらせることに集中する。

ティーカップの側に置かれているシュガーポットから白い角砂糖をひとつ取り出し、口に放り込んだ。





デスクトップの時計は既に深夜2時を示そうとしていた。

3時間ほど眠っていたのだろうか。





・・・・・・ああ、そろそろ時間だな。丁度良かった。






PiPiPiPiPiPiPiPiPi・・・・・・・・・





定時にコンピュータが外部通信を受けて高い発信音を響かせた。


デスクトップのウィンドウに通信画面が現れ、それをクリックすると仲介のワタリの声が流れてくる。




『竜崎、日本の彼らから連絡が入っています』


「繋いでくれ」




私の足として動いている彼らからの通信。

数日前に幾許かの情報を頼りに導き出した答えを彼らに告げたから、その通りに動いてもらっているはずだ。




去年から秘密裏に雇い始めた、詐欺師と泥棒。





『Hello、L』


「お疲れ様です、報告をお願いできますか?」


『はい。こっちの日付で1月19日深夜、潜入に成功。先ほどサンプルの分析まで済んだところ。

国立博物館に運ばれた例のダイヤモンド、矢張り偽造品に間違いないわ。

博物館から盗まれた形跡はなし。搬送中にすりかえられた可能性が高いわね。

本物はあなたの狙い通りフランスの宝石商に渡って、ある富豪に買われたと彼が連絡を入れてきた。

引き続き、ターゲットへの接近もすすめてるそうよ。彼の、次の定時連絡は今から5時間後の予定』





お互いまだ顔を晒すほどの信頼関係は未だ築けてはいない。

今、報告を行っているこの女性の顔も私は知らない。



だが、確実に仕事を行ってくれてはいる。今はそれだけで十分だ。



淀みなく告げられる報告で、私の頭におさまっている事件全貌が真相という色を伴って完成に近づく。




「彼はもうフランスに入ったのですか?」


『ええ。偽造品の可能性を示唆したらすぐに日本を発ったわ』




・・・・・・相変わらず仕事が速いことだな。



彼は、以前足を掴んだことがきっかけで、今は私の捜査に協力してもらっている詐欺師。

犯罪者とはいえ一目置いてしまうほどの見事な潜入捜査を行ってくれる人物だった。





「彼から連絡が入ったら、ワタリの方に通信してもらうよう伝えてもらえますか?

その連絡が済んだら貴女はもう日本を離れて結構です。

偽造品の摘発準備は、こちらで進めておきましょう」


『わかったわ』





何事にも動じない・・・女性の声。


・・・・・・、あの事件での彼女との会話がふと脳裏に浮かぶが、すぐさま仕舞いこむ。





「それでは、他に何かありましたらその都度連絡をお願いします。

あとは彼を使わせていただきますので」


『・・・・・・L、』


「何ですか?」


『あの、日本で・・・・・・・・・』


「はい?」


『・・・・・・ごめんなさい、何でもないわ。忘れて頂戴。

それじゃ』





どんな時だって、低く冷静な声音で通信してくる彼女らしからぬ態度だった。




・・・・・・『日本で』?


・・・・・・、気にしても仕方のないことだろう。余計なことは忘れよう。





ほんの数秒だけ今後の展開を考え、すぐにワタリへ通信する。



彼が戻るのはもう少し先だ。

ワタリの淹れる紅茶が恋しくなったが、角砂糖をもうひとつ口に放り込んだところで彼が通信に出た。





「・・・・・・ワタリ、GIAに依頼して鑑定士を一人、日本へ派遣してくれ」


『わかりました。摘発の発表日時はいかがいたしますか?鑑定が済む頃には準備も完了しますが』


「すぐに行って構わない。その頃には彼の仕事も片付くだろう。

ああ、数時間後に彼から通信が入る。その時は繋いでくれ」


『かしこまりました』





何度も目を通し、もう暗記しただろう事件概要のファイルを呼び出し必要な情報を拾い出す。





昨年11月に日本の国立博物館へ、

イギリスのヴィクトリア女王が友好の証として展示の為に搬送したダイヤモンド。


大英帝国最大の繁栄期に王室へ迎えられ、以来イギリス王宮の宝として保管されている『ツィンクル・ワルツ』

当時の女王お気に入りの貴族の少女が、

「光の妖精が宝石の中で舞い踊っているみたい」と発言したことで付いた名だとか。



値段など付けることのできない国宝級の宝石が王宮奥深くの宝物庫から出されることで、厳重な警備が敷かれていた。

だが、公にはしない極秘のルートで私に依頼がきた。




国宝が偽造品とすりかえられたかもしれない、と。






下手に騒ぎ立てると国際問題に発展しかねない。

だから、秘密裏に動ける彼らに捜査の協力を依頼した。






・・・・・・まぁ、私が彼らと交わしている取引内容はある種の恐喝に近いものだが。





期待を上回る見事な仕事ぶりを発揮してくれた。この事件も解決は近いだろう。


公の機関を使うことができない捜査は時間がかかるが・・・今回は彼らの働きのおかげで早かったな。







事務的にキーを叩き続けて情報を取り出し、簡単にまとめてファイルにした。

摘発に必要な調査書はこのファイルから作成できるだろう。





とりあえず、一段落だ。








・・・・・・急にやることがなくなってコンピュータから目を外し、ぼんやりと中空へ視線をやった。





光の妖精が舞い踊っているみたい・・・、か。

宝石を見てそのようなことを考える平和な人間も、世の中にはいるのだな。








そういえばここ最近、日本では特に目立った大事件は起きていない。

Lへ事件の依頼が来ることもないし、ここ1年以上、日本警察ではの名も流れることがない。



・・・私立探偵という肩書きはもう捨てたのだろうか。

それともあの時言ったように、いつか再開するために力を蓄えているのだろうか。




あのままの笑顔で、幸せに暮らしているのだろうか。











そこまで考えてぼんやりと見上げていた視線を下ろした。

向こうのマホガニー製のテーブルに置かれているアンティークドールと目が合い、その視線もすぐに外す。





・・・・・・・・・気がつけば、また彼女のことを思い描いている自分がいた。





呆れるほどに精神力の弱い自分を恨めしく思い、大きく息をつく。

再び角砂糖に手を伸ばそうとするが、その手を引っ込めて膝を抱えなおした。





頻繁に、というわけではないが・・・、浅い眠りにつき、彼女を夢に見る日もある。




さして多くもない思い出にいつまでも縋ってるような自分が情けない。

そう思って捨て置こうとすればするほど・・・、記憶はしつこく纏わりついてくる。









・・・・・・Lが聞いて呆れるな。


たった一人の女性にここまで心を乱されるとは。










今の私には苦しめるだけしかないとわかっていても。



・・・・・・それでも、捨てたくない思い出。

苦しくても・・・、それでも、彼女の存在は私にとって暖かい光だから。





光の妖精が舞い踊るなんて光景は想像もつかないが、明るく心地よい光なら私だって知っている。





何も望みはしない。


ただ、その光を胸の内の支えにすることだけは、どうか許してほしい。













もう少し、時間が必要だ。


それまでは・・・・・・、眠る間も惜しんで、多くの事件を考え続けるしかない。


多くの事件に関わるしかない。


世界中で起き続けるこれらの事件が、大切な彼女に降りかかることがないように。














彼女が日々平穏に過ごしているのなら、私はそれで構わない。
















私にできることはこれだけだ。





あとは、これからも変わらず続いていくだろう長い時が、この苦い想いを和らげてくれることを待つほかない。