私の馬鹿。


本当に最低。





だけど・・・・・・、気づけて、よかったって・・・思ってもいいの?





今までの想いをリセット。


そして、自分では気づくことのできなかったこの想いを胸に。

























第十四話:変わる想い、代わらない想い






















―――も、その大切な人の為に頑張るんだぞ?






レイにそう言われて、部屋に戻って。

自分のあまりの馬鹿さに夜遅くまで自己嫌悪に陥って。




気がついたら朝になってた。

しかももう10時をまわってる。




「学校・・・・・・サボっちゃった・・・・・・」




そんなこと、今まで絶対になかったのに。






冷たいフローリングに座り込み、リビングのソファにもたれかかって眠ってしまってたみたい。

暖房を切ったままの部屋はもうすっかり冷え切ってしまってる。



そう自覚したら身震いしてきた。


とりあえずあまりの寒さにフリース素材のブランケットで体をくるんだ。



そのままぼんやりとダイニングへ足を運ぶ。

お腹も空いたけど・・・・・・、食べたいものが頭に浮かばない。



昨晩ウエディに出して、まだティーポットに残ってた紅茶をマグカップに入れて温めた。


テーブルにつき、少し苦い紅茶をすすって溜め息をつく。




「・・・・・・・・・痛い・・・・・・」




すっかり熱をもっている頬に触れると、ひりひりと痛む。

鏡なんて見なくてもわかる。

きっとひどく腫れあがって見られたものじゃない顔だ。











寒いけど窓を開けてみた。

冷たい風が、重苦しい気分をいくらか払ってくれる。



昨日までは灰色の空が街全体を覆っていたのに、今朝はいい天気。

ストリートのところどころに残っている雪が太陽の光をまぶしく反射している。



青空の向こうに見える・・・、女神さま。





「・・・・・・・・・、これが、私の道なんですか?」





ぽつりと呟いてガラス窓にこつん、と額をあてた。


・・・・・・・・・冷たい。


まるで靄でもかかってるみたいにぼんやりした頭も、少しずつはっきりとしてくる。







私が目指すべき人は、レイじゃなかった。


何処に居るのかもわからない、あの人。





「・・・・・・・・・・・・逢いたい・・・・・・」





・・・・・・掠れた声で口をついて出た言葉。






ウエディに初めて逢って、ハッキングを教えてほしいって頼み込んだ時。


「逢いたい人がいる」・・・・・・私はたしかに、そう言った。



あの時は無我夢中で、言葉の意味を考えていなかった。

だけど・・・、今こうして呟いてみて、この言葉に含まれる想いをはっきりと感じられる。



どうしてレイに言われるまでこの気持ちに気づけなかったんだろうって思うの。


レースのカーテンをぎゅっと握りしめた。






ねぇ・・・・・・、竜崎、さん。

言いたいこと、話したいこと、伝えたいこと・・・、たくさん、あるんです。






逢いたいんです。今すぐに。






今、何処に居るんですか?


何を思って・・・、何をしてるんですか?







唇を噛んで俯く。

冷たく流れていく風の音しか聞こえない。

髪が乱されて顔にかかるけど、こんな酷い顔が隠れるならそれでいい。






















・・・・・・・・・竜崎さん。


私のこと・・・・・・もう、忘れてしまってますか?



























そうして俯いて、どれ程の時間が過ぎた頃だっただろう。











ピンポーン







今の私の気分にはそぐわない、インターホンの音。

出るつもりなんてなかったからしばらく放っていたんだけど・・・突然ドアががちゃりと開いた。




?鍵もかけないで何してるんだ?」




玄関から響いたこの声。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・アイバー、だ。

ずかずかと踏み込んできた彼の方をつい振り向いてしまった。





「結構早く片付いたからな。

こんなに早く戻ってこれるとは思わなかった。

土産買ってきたんだが・・・・・・って、おい、、その顔・・・・・・」





叩きすぎて真っ赤になった頬、泣きたくなかったのに涙でくしゃくしゃの顔。

さっきも述べたとおり、はっきり言って、見られたものじゃない酷い顔。




私の顔を見て目を見張って、引きつった口調の彼にかぁっとなった。







勝手に入って来ないで!!



アイバーのバカァァァッッ!!








ゴンッ  ガシャンッ  バサァァッ





手近にあったものを片っ端から思いっきり投げつけた。

何かが彼の顔に命中してうずくまったところを無理やり押し出して、どんっと蹴り飛ばしてしまった。





ガシャァンッッッ





大きな音をたててドアを閉め、鍵をかける。


ぜぇ、はぁ、と息を切らせて、チェーンまでかけてしまった。





「思ったとおりね。

・・・・・・でもまぁ、あれだけ元気なら大丈夫かしら。

・・・ちょっとアイバー、大丈夫?」


・・・・・・っ!い、いくら何でも・・・辞書は反則だろ・・・・・・っ!?」


「嫌な予感はしてたけど、まさか攻撃してくるなんてね。

本当に危ない子だわ」




ドア越しにそう聞こえた会話。




「落ち着いたら連絡なさい。それまで来ないから。

また八つ当たりされちゃ、かなわないわ」




呆れてるらしいウエディの声。



ウエディ・・・・・・私、昨日あんなこと言ったのに来てくれたんだ。





「いつまで蹲ってるの。置いていくわよアイバー」


「・・・・・・・・・、土産・・・、早めに、食べろ・・・・・・」





やがてドア前に人の気配はなくなった。






玄関前に落ちている小さな箱。

取り上げてごそごそと開けてみると、おいしそうなお寿司。

落としてしまったせいで一部、形が崩れてしまってる。







・・・・・・アイバー、本当にごめんね。



理不尽な行為だったなって、ちゃんと反省したんだよ?

























そして数日後。



あの日の翌日からちゃんと学校にも通ってる。

ミシェルやマークたちとも普通に楽しく会話できる。もう大丈夫。




アイバーとウエディに・・・そろそろ謝罪も含めて連絡しなくっちゃね。


特に・・・・・・アイバー。

せっかく整った顔にハードカバーの辞書を投げつけてしまったのは・・・、

・・・・・・やっぱりマズかった、かなぁ・・・。


・・・アイバーの好きな食べ物って何だったっけ?

今度来る時に用意しておこうっと。




そして、もう一つ。

ちゃんと、言っておかなくちゃ。


彼に。














「・・・・・・レイ、やっと帰ってきた」


・・・」





階段を昇ってきた黒髪に気づいてそう声をかけると、驚いた顔がすぐに上がってきた。



レイの部屋の前で待ち伏せして、彼が帰るのを待ってたの。

昨日も待ってたんだけど、夜の12時近くになっても帰って来なくて諦めたから。




相変わらずの長身、黒いスーツにカーキ色のロングコート。

きちんとセットしてる黒髪に、淡い青の瞳。


優しくて素敵な笑顔。




ずっとずっと好きで・・・でも私は、その影を追いかけていただけなんだね。


それが、わかったから。





「・・・・・・・・・えと、この前は・・・・・・、何ていうか、ごめん、ね?」





ドアに背を預けて、彼を見上げて。

辛気くさい顔なんて見せたくないから、唇を引っ張って頬を上げる。




「いや、いいよ。

・・・・・・ああは言ったが、やっぱり気になって」


「本当に、ありがとう」


「え?」


「・・・・・・、レイと知り合えて本当によかった」


「・・・?」





自然と・・・顔は笑ってた。




今なら言える。

レイへの感謝、そして・・・お願い。





「あの、私はもう大丈夫、本当だよ?

・・・あのね、レイの言うとおりだったの。

レイに言われてやっと気がついた。私って本当に馬鹿だったの」


「・・・・・・」


「・・・でも、あの人の為に頑張りたいって、今は心からそう思ってるの」





だから。


・・・・・・だから、ね・・・、お願い。





「レイのことは・・・つい慕ってしまう、頼れるお兄さんだって思ってるから。

・・・・・・・・・これからも、仲良くしてほしいって思っちゃ駄目、かな?」





せっかく浮かんだ笑顔だけど、視線が落ちてしまった。



不安だけはまだ拭えない。

レイとは・・・、これからも楽しく話していたいなと思うから。

変に気まずくなってしまうことだけは絶対に嫌だから。



お願い・・・、レイ・・・・・・!




「・・・・・・さえよければ、な」




軽く息を吐いて、静かにそう言った。

顔を上げると、・・・・・・笑顔の彼。



自分の顔もぱっと綻ぶのがわかる。




「ね、お腹空かない?

おいしいお店見つけたんだ。ラストオーダーまでまだ時間あるし、行かない?」


「・・・ああ」





・・・よかった。


本当によかった。





「きっと、ナオミさんともうまくいくよ。頑張って、レイ」


「君を見習って、アプローチの仕方も変えてみるかな」


「見習ってって、何それ!やめてよもう、恥ずかしい!」









・・・・・・ありがとう、レイ。


私、本当にもう大丈夫。ちゃんと笑えるよ。








本当に、ナオミさんとうまくいくといいよね!