少しは変われたかな。




もう大丈夫。


私の進む道が、いつかあなたへ繋がるようにと、これからも頑張っていける。
















第十五話:DIVA






















2月中旬。

寒さもピークだけど、暖かい春はもうすぐだと思う。



昼休み、同じクラスのジュディと音楽室にいた。

ミシェルの友達でなかなか騒がしい子だけど、趣味はピアノだって言うからちょっと意外で。

私もピアノ好きだよって話したら、引っ張られて連れて来られてしまって。



うちのクラスには他にピアノ弾きがいないらしいから、彼女はすごく嬉しそうだった。



私と違って、彼女はクラシックよりもジャズやブルースピアノの方を好んでるみたいね。

だけど結構指も動いてるし、なかなか素敵な演奏をする。




静かな音楽室に響く、軽快なラグタイム・ピアノ。




聞いたことある曲。有名だよね。

何だったっけ?




「へぇ・・・すごいすごいジュディ、何て曲だっけ?聞いたことあるよ」


「『エンターテイナー』。楽しい曲でしょ。私、この曲好きなのー」




にっこり笑って曲のコードを軽やかに響かせた。




「難しいけど弾けるようになりたくてこればっかり弾いてて、

ママにうんざりされたこともあるけどねー。

ね、今度はの番ー。何か聴かせてよ」




ジュディはそう言って立ち上がった。

私は首と手を同時に横に振って苦笑いする。




「ダメダメ。もう半年以上もピアノに触ってないんだよ。

きっと指が動かないって」


「いいからいいから!何でもいいじゃなーい」




黒いセーターの袖を引っ張られて無理やりピアノの前に座らされてしまった。

ピアノに頬杖をついてにこにこと待っているジュディ。



・・・こりゃだめだ。何か聴かせないと解放してもらえないかも。



ふぅっと溜め息をつき、そっと触れてみた鍵盤。

懐かしい感触。



コンピュータのキーボードは毎日触ってるけど、ピアノは本当にアメリカに来て初めてだよ。




「もう。下手でも笑わないでね」




まだ覚えていそうな、あまり難しくない曲・・・・・・、何があったかなぁ?

もうレパートリーなんてないんじゃないかと思ったけど、ある曲に白羽の矢が立った。

前奏なんて忘れてしまってるから、いきなり主題テーマから。




有名な曲だよね、『パッヘルベルのカノン』。




・・・・・・この曲を選んだことに特に深い意味はないつもりなんだけど。



だけど、2声が互いに主題を追いかけるようにメロディを紡いでいく曲。

・・・まるで、あの人を追いかけてこれから頑張るんだって決めた自分を表しているみたいで。



弾きながら、穏やかな笑みが浮かんでる自分。



そう、私は・・・・・・・・・、







ちょっと、どこだーーーーーー!!!!







・・・・・・ちょっと待ってよ、台無し。



演奏を止め、盛大に溜め息をつきながらがくっと頭を垂れる。




「うわぁ、この声・・・・・・」




ジュディも驚いたような顔をしてるけど、声の検討はついてるみたい。


・・・・・・それで絶対間違いないから、ジュディ。




バターンッ




音楽室のドアを蹴破ってくれたのはやっぱり彼女。

また出たよ・・・・・・ミシェル。

2日に1回くらいはこんな風に大声でいろんなことで迫ってくるからもう慣れたけど・・・!




「見つけた!!あれ、何だジュディも一緒?珍しい」


「ミシェルうるさい!そんな大声出さなくても聞こえるわよ!」


「そんなことどうでもいいの!!」




ミシェルに負けじと張った声は、それを更に上回る大声に負けてしまった。

あまりの声に頭が少しくらくらしたけど、彼女はそんな私なんてお構いなしに言葉を続ける。




「ちょっと!ってば、ラリーのことフッちゃったってどういうこと!?」


「な・・・・・・何で知ってるのよ・・・!?」


「昨日ラリーに会ったの!

とはそろそろ付き合ってるかって聞いたら、あっさりフラれたって言うから!!」




あっちゃ〜〜〜・・・・・・、ねぇラリー、よりによって何でミシェルに・・・・・・?



ま、まぁ、ラリーはもっと別の言い方した・・・、んじゃないかなぁ?

何でもかんでも騒ぎ立てるミシェルだし、いろいろ語弊があるよねきっと・・・。




「えー、私にも教えてー

フッたって、どうしてー?」




両手で頭を抱えてるところに、ジュディが身を乗り出して聞いてきた。

・・・ああ、さすがにミシェルの友達。

騒がしい彼女を前にしてもあまり動揺することなく、好奇心いっぱいの目で私を見つめている。




「いや、フッたなんて人聞きの悪い・・・、た、ただ・・・、

えと・・・、これからもよければ、いい友達でいてほしいって言っただけで・・・」


「何それーーーっ!?やだ信じらんない何でーーーー!?」


「ううううるさいなぁミシェルってばもう!!」




静かな音楽室に今度は甲高い声がきんきんと響く。


怖い顔した管理人さんや先生とかが来る前にここから逃げなくちゃ・・・・・・。
























あれは1週間くらい前。

寒さに舌打ちしながら夕飯の買い物に出て、街中で偶然ラリーに会ったんだ。


初めてクラブで会った時から、彼はいろいろと私のことを気にかけてくれたの。

お喋り上手な人だから、いつも楽しい話で笑わせてくれてたっけ。



・・・・・・あの日、今度よければ一緒にドライブに行かないかって誘ってくれた。



それは、私は別にいいんだけど・・・、もし、そういうことかもしれないのなら。

だから・・・・・・、私は言ったんだ。




「えっと・・・ラリー?」


「ん?」


「・・・こういうこと言うのって何かヘンだけど・・・、言っておくね。

私、好きな人がいるの。

だから・・・、いろいろよくしてくれたり遊びに誘ってくれるのは嬉しいけど・・・、

・・・私の気持ちは、もう別の人に向いてるんだ。それでも・・・、楽しく、一緒にいられる?」


「・・・へぇ」


「ご、ごめんなさい・・・気を悪くしちゃった?」


「いや、何ていうか・・・、そういう言い方してくる子も珍しいよなって」




何か・・・、特に気にした様子もなく、ラリーはいつも通りに笑ってた。

薄暗くなってきたストリートに、彼の丸いピアスが何かを反射してきらりと煌めくところに視線が留まった。




「先手を打たれた感じだ。さすがだなぁ。

同い年なのに、あのまだまだ青臭いガキのミシェルとは大違いだな」


「うわ、それミシェルの前で言ったら大変・・・」


「まぁ・・・、は面白いし普通に可愛いし。

もしかしたら今後言ったかもしれないな。オレと付き合ってほしいって。

だけど、君にそういう奴がいるってわかったら、もうそういうことは考えない。

安心していい。そいつとうまくいくといいよな」




一度だけ頭をぽんっと軽く叩かれたのに驚いた。

だけど、ラリーの言葉に安心した私はすぐに笑顔を浮かべる。




「・・・ありがとう」


「でも、暇な時にでもまたクラブで楽しく遊ぼうぜ。

そうだとわかったらとはいい女友達になれそうだ」


「うん!!」





私だって、ラリーがこんな風に言ってくれる人でとっても嬉しかった。

男女の意識関係なく仲良く出来ることって、とても素敵なことじゃない?



本当に、ありがとう。























今日はまだ読みかけの本がたくさんあるから、図書館に寄ることなく真っ直ぐアパートに帰ってきた。



見上げてみたレイの部屋は案の定真っ暗。

それを確認して顔を綻ばせた私は、勢いよく5階までの階段を駆け上った。


レイはバレンタインでの告白でとうとうナオミさんと正式に付き合うことになったらしい。

今日は仕事が終わったあと、五番街でデートなんだって。



本当に嬉しかった。

うまくいったんだ・・・!って。




そうそう、バレンタイン直後にナオミさん、

レイの部屋を訪ねに来たついでに私に会いにきてくれたんだけど、その時、私にこう言ってきたの。




―――ちゃん、あいつ何かあったの?今までのあの人じゃないから調子狂っちゃう・・・!――――




長い黒髪に、真っ赤になった顔を隠して何か可愛かったナオミさん。

大人の穏やかな表情と、レイに対して怒りまくってた表情はいっぱい見てきたけど、

あんなナオミさん、初めて見たから私も驚いた。



話を聞いてみると、レイってば真面目に告白したみたいね。

今までのように追い回したりせずに、真正面から向き直って。

それでナオミさんは折れてしまったんだって。



笑顔でナオミさんの問いをはぐらかしながら、それとなく聞いてみたの。

「そういえばナオミさん、前に好きな人がいるって言ってなかったですか?」って。


言ってたよね。夏にロスで一緒に捜査したLのことが好きだって。


・・・・・・あの時は本当に驚いたけど。





―――あ、ああ・・・・・・、あれは、レイへの牽制のつもりで本気じゃなかったわ。

第一・・・、手なんか届きっこない人だもの。

ま、まぁ、ほんの少しだけ憧れてたのは・・・本当だけど
―――





・・・ああ、やっぱりナオミさんもレイのこと好きだったんじゃないかなぁ。

そりゃあ・・・・・・、

あんな一歩間違えたらストーカーまがいでしつこい人じゃ、素直になれなかったのかもね。



全く、大人の男女だと思ってたけど、案外馴染みやすい人たちだった。


・・・これからもっと二人と仲良くなれると・・・嬉しいなぁ。
















そして、この日もコンピュータに向かう私。

今日は久しぶりにウエディとアイバーが訪ねてくれるはず。



・・・・・・アイバーへのお詫びもこめて作った料理も準備できてるし、

ハッキングの腕試しもかねて、あちこちの国の警察機関等でLについての情報を集めていた。




英語圏じゃない国の言葉を翻訳ソフトで英訳していくけど・・・、

やっぱり、ほとんどの機関ではLに関しての情報なんて残ってない。

かろうじて、昔の事件のデータベースに説明書きなしの資料として名前を見つけられるだけ。

今、何の事件を追ってるのかわからないんじゃ、探しようもない。




・・・FBIやCIAに絞って、今、行ってる難事件の捜査体勢をチェックしていくしかないかな。

きっとどこかにLが関わってる事件が一つくらいあるかもしれないから。




・・・・・・ちょっと気の遠くなるような話だけど・・・不満は言いっこなしね。








そして・・・、アクセスするのにももうすっかり慣れてしまったアンダーネットで、

ある人物の情報に目が留まった。

裏の世界にて高額で仕事の取引を行っている探偵。




・・・・・・エラルド・コイル。




「エラルド・コイル、か・・・、

前金で100万ドル成功報酬500万ドルって・・・、何処の詐欺師よアイバーじゃあるまいし」




こんな大きな金額が動いちゃ、表の経済社会に何か影響でも出るんじゃない?

たとえば・・・依頼資金確保のために、上がってる株をどんどん投売りして株価暴落とかさ。

その程度で市場が変わったりなんてしないかな?

経済市場の相場なんてよくわからないんだけど。




まぁ、それは置いといて・・・何か、引っかかるな・・・。




このエラルド・コイルって人、人探しにかけては世界一だと謳われてるらしい。

お金さえ出せば、どんな人だって見つけ出すんだとか。



・・・・・・そういう人でも、Lを見つけることはできないのかな?

だって、Lは姿も居場所も知られることのない極秘の探偵。

そんな彼を見つけようと考える人は・・・きっと私だけじゃないでしょう?

アイバーやウエディだってLについて調べてたみたいだし。



だけど、今までLについての情報が何処からか漏れたなんてことは絶対になかったはず。



L探しの依頼なんて来ないのか、それとも、この人でも彼を見つけることはできないのか。






キーボードに向かってしばらく時間が過ぎる。

デスクライトだけじゃ薄暗くなってきたからカーテンを引いて部屋の明かりを点けた。


ぱっと部屋が明るくなると、考えもすっきりと冴えるような気がする。




「・・・・・・・・・・・・」




ちょっと探りを入れてみようかと、メールを送ろうとしたんだけどやめた。



探すなら、自分で探すんだ。


誰の力も借りずに探し当てないと、きっとあの人は私を認めてくれない。





「いつになることやら・・・」





途方もない目的。


・・・それなのに、私は笑ってた。




あの人は、この世界の何処かで生きてる。

何事も変わらずに、事件の裏で生きてるんだ。


大丈夫、逢えるよ。

このまま勉強を続けていけば・・・、きっとあの人に逢える力は身につけられるから。









一緒にいたあの時はもしかしたらと思っても・・・今じゃもう遅いってわかってる。



・・・・・・もう、時効かもしれない。



あの人はもう、私のことなんて忘れてしまってるかもしれない。








だけど。



せめて、伝えたい。

あなたに逢ってその時こそ・・・・・・、ちゃんと伝えたい。









受け入れてもらえなくても、この想いが叶わなくても構わない。

・・・そうしたら、また新しい別の道を進んで歩いていけるから。











だからそれまでは、頑張るの。












そう、私は・・・・・・、




私は、竜崎さんが好きです。





















そして、始まる。





2003年12月。


凶悪犯連続殺人事件。






キラ事件。