突然の訪問者。





嘘でしょ、こんなの初めてだ。


こんな・・・コンタクトなんて。
















第八話:記憶の中の人、やってきた見知らぬ人
















12月の上旬。

ちょっと前まで割と過ごしやすかったけど、そろそろ冬の寒さが厳しくなってきた。

緯度的には日本の関東と変わらないんだけど、・・・ここ、何でこんなに寒いんだっけ・・・?

だけど、寒くても何だか暖かくて気分が浮かれるのは・・・やっぱり、このクリスマスムードのせいかな。



街中は惜しげもなく電飾やモールでデコレーションされてるし。

教会の前を通ってみたら大きなツリーはあるし、

クリスマスミサの練習でもしてるのかオルガンのメロディにのって賛美歌まで聞こえてくるし。



やっぱりここは日本よりもずっとずっとクリスマスの似合うところ。

テレビでしか知らなかったニューヨークの華やかなクリスマスはもう少し。




そんな、のん気なことをさっきまで思ってた。




だけど今。

まさに今、私の置かれてる状況を再確認して心の中でそっと溜め息をついた。




クリスマスで浮かれた気分も何かしぼんじゃう状況。

・・・いや、悲しいとか泣きたいとか、そういうわけじゃないんだけど・・・・・・、



・・・・・・・・・もう、乾いた笑いを浮かべて脱力せざるをえない。




ここは近所のおしゃれなカフェ。

店内はオレンジ色の光に包まれてとっても暖かい。

甘い、いい匂いもたちこめてて、とても素敵なところなんだけど・・・、



4人掛けの丸テーブルで、私から見て左側にいるのがレイ、

右側にいるのが・・・・・・あのナオミさん。









・・・・・・話は約30分くらい前に遡ります。




















「・・・重い・・・・・・・・」




ハイスクールの図書室からアメリカ文学の本3冊、

ハイスクール近くの大学付属図書館からIT関係の書籍4冊、

ついでに借りた料理の本1冊も合わせて計8冊。

前が見えるか見えないかくらいに積み上げた本を抱えて、ふらふらとアパートへの道を歩いてた。

バスに乗り込んで、降りるのにも本当に一苦労だった。



本って意外と十分な凶器になるものね。

これ使って、完全犯罪だって・・・できなくはないかもなぁ。


アパートが見えてきて、さてもう少しだと言い聞かせて本を抱え直した。




?」



ふと呼び止められて足を止める。

積み上げた本の横から、声がした方へ顔をのぞかせて。



「えぇ?・・・あ、レイ!」



レイだった。

仕事帰りなのかな、今日もスーツ姿。

でも、こんなに早いなんてどうしたんだろう。




「うわ、重そうだな。ほら」




レイは私の積み上げてる本を上から6冊も取り上げた。

腕にかかっていた重力がふっと消えて、随分楽になる。



「あ、ありがとレイ。重くない?」


「何てことないさ。一応鍛えてるからね。

・・・っと、『アメリカ文学の世界』、『ソフトウェアとハードウェアの互換性』・・・

『30分でできるホームメイドクッキング』・・・・・・どういう組み合わせだ?」




うわ、改めてタイトル並べられると本当に無節操な選択ね・・・。

苦笑いを浮かべて、本を指差しながら説明した。




「アメリカ文学の方は学校のレポート。料理の方はレパートリー増やしたくて。

コンピュータ関係は前にも言ったでしょ、私の趣味。

やっぱりアメリカってITの先進国だったのね。いい本がたくさんで嬉しい」




勿論、ハッキングのことなんて言ってないけど、コンピュータは結構得意なのって前に話したから。

いくらレイのこと好きでもこんなこと言える訳がないし・・・・・・彼、FBIだもんね。



・・・・・・犯罪行為を知られたら冗談抜きに大変。ここだけは気をつけなきゃ。



そんなこと考えてる私に気づかず、レイは言葉を続ける。




「へぇ、随分難しそうな専門書だけど、英文読むのもう問題ないのか?」


「リーディングやヒアリング・・・そうね、受動的なことなら、結構大丈夫みたい。

ライティングやオーラルはまだ戸惑うこともあるけどね。

でも、ここに来たばかりの頃よりは全然上達してると思うんだ」




軽くなった腕を伸ばしながらそう言った。

ずっと本を抱えてたから腕がだるい。

・・・ああ、明日筋肉痛にでもなってないといいけど。



見上げた格好からふと視線を落としてみると、

きっと私が着たら、ずるずると裾を引きずりそうなレイのロングコートの裾が冷たい風に揺れている。




「今日は随分と早いのね、仕事ないの?」


「有給が溜まってたらしくて、午後から非番になったんだ。

今日は暇だったし」


「ふぅん・・・でもレイみたいな職種の人が暇だということはいいことよね」




治安の悪さは世界一とかいろいろ言われてるニューヨークだけど。

いざ暮らしてみるとひどい事件もなく、思ってたよりも平和だったの。

でも・・・やっぱりレイに助けてもらったあの時みたいなこともあったし、

気を抜かずに、防犯対策は勿論忘れてないけれど。




「単に仕事をまわしてもらえないだけかもしれないぞ?

僕よりも優秀な人はたくさんいるから」


「あははっ、そうなの?

もっと頑張って働かなきゃ、レイ」




とても背が高くて、見上げないと話ができないけど。

その位置から見守ってもらうのって、すごく安心する。


私が笑うとレイも大好きな笑顔を見せてくれる。

・・・やっぱり、レイとの会話は嬉しいし楽しい。



惚れた欲目ってこういうこと?




「ところで、この後時間があるなら一緒にカフェにでも行かないか?

暇だから出ようかと思ったらちょうどが帰ってきたし。

忙しいなら構わないが?」




・・・・・・だけどレイって鈍すぎるにも程がある。

ここのところ、私は私でそれなりに、レイへの好意を表に出してるつもりなんだけど・・・、

全っ然、気にする様子もなくこの人は私を誘い出してくれるんだもん。

私が断るわけがないって知ってるはず・・・ないんだろうなぁ、もう。




・・・・・・何か泣けてくる。

どうしたらこの想い伝わるんだろう。




「うん、いいよ。大丈夫。

本、部屋に置いてからね」




だけど泣くわけがないし、断るわけがない。

笑顔で承諾するあたり・・・、少しは大人になれたって思ってもいいところ?



身軽になった私がレイの一歩前を先導した。




前途多難な恋だけど。

それでも、こうやって一緒にいる時だけはいろんな問題を忘れられる。






好きな人と一緒にいられるってだけでも、本当に嬉しいことなのね。






















アパートからほんの15分くらい歩いたところの小さなカフェ。



「前に、仕事仲間の知り合いが経営してるって聞いたんだ」だって。

レイも来るのは初めてみたい。



最近オープンしたばかりらしくて、私もこんなところにカフェがあるなんて知らなかった。





カランカランとドアベルを鳴らし、私が一足先にお店に足を踏み入れる。



レイはすぐそこで、仕事先から電話がかかってきたらしく、真面目な顔で電話応対してるから。

気さくで楽しい人だけど、仕事には真面目に打ち込んでるのね、やっぱり。

あの整った顔つきからわかるもん。



真面目で誠実・・・か。文句なしなんだけどね・・・。



ふぅっと溜め息をつき、外で電話してるレイにアイコンタクトして、私は広い店内に席を探す。



コンクリート打ちっぱなしの都会的な雰囲気の店内。

原色デザインのシンプルな小物がとっても可愛い。

結構、私が今まで通ってきたカフェはアンティークな雰囲気のお店ばかりだったけど、

こういうところも新鮮で素敵かもね。



どこに座ろうかと軽く店内を見渡すけど、結構席は埋まってるみたい。

若い女の人たちのグループやカップルでいっぱい。

満席・・・なのかな?




「あ」




ある一角に目が留まる。



・・・一番奥のテーブルに腰かけて本を読んでる女の人。




・・・・・・あれ・・・・・・ナオミさん?






心の中でそう呼んだのが聞こえたのか、彼女はふっと顔を上げた。

私と同じ表情を浮かべて目を見開いた。




「?ああ・・・あの時の、えと・・・ちゃん、だった?」


「あ、はい・・・・・・」




どうしてこんなところに?


疑問を口にすることも出来ない。

・・・・・・ナオミさんに会って驚くよりも、この人はレイの想い人なんだって認識の方が早かったみたいで。


ああ、なんて情けない私・・・。

でも、そんな私にも、ナオミさんはふわっとあの優しい笑みを浮かべた。




「奇遇ね。もしかしてこの近辺に住んでるの?

よければここに座らない?」


「あ、いえ、その・・・・・・、」




ナオミさんの誘いにどう答えたらいいか口ごもった時。


・・・・・・何か、どう形容したものかわからない・・・、あの、陽のオーラを背中に感じた。




「ナオミ!どうしてこんなところへ?

僕に会いに来てくれたんだね!」



ぽんっと私の肩に手を置いて、私の頭上から身を乗り出すようにするレイ。

いきなり現れた彼に、ナオミさんのきれいな笑顔は一瞬で歪んでしまう。




「・・・っ!どうしてあなたがここに・・・!?

しまったそういえばアストリアって・・・あなたの地元だったの・・・!?」



あーあー・・・・・・、せっかくすっごい美人さんなのに・・・、ひどい顔・・・。


何か、モンスターにでも出くわしたように固まってたけど、

我に返ったらしいナオミさんは慌ててテーブルの上を片し始めた。



三十六計逃げるにしかず・・・ってやつ?




「私はランディに会いに来ただけよ!勘違いしないで!

もう帰るわ!」




ランディ・・・ああ、レイの言ってた、仕事仲間の知人さん?

ってことは、ナオミさんの知人にも当たるのね・・・。



・・・だけど、レイってばナオミさんの様子が全く見えていないのかなぁ・・・、

まるで当然のごとく、彼女のテーブルに掛けたレイ。

そして怒ってるというか・・・焦ったような表情のナオミさん。

レイはナオミさんの横で最高の笑顔を私に向けて手を振ってくれている。




!こっちに座ろうか!」


「は、な、し、な、さ・・・っ!!」



無理やり押さえつけられてる腕を引き剥がそうとナオミさんは必死でもがいてる。

この前、チャイナタウンで見事な一本背負いを見せてくれたけど・・・、

さすがに押さえ込まれたんじゃ男性のレイに敵うはずもないのね。

それなりにお客さんのいるお店の中だし、騒いで迷惑かかっちゃいけないって力をセーブしてるのかも。




?どうしたんだ?」


「あ・・・・・・、わ、私・・・」




ねぇ・・・・・・、


・・・・・・この状況で素直にテーブルにつけると思う?

こういう男女がアメリカの文化だなんて言ったら、私、どうすればいいのよ?






「・・・また、こいつと一緒だったの、ちゃん?」




まだ突っ立ったままの私にナオミさんの声。

低く抑えられた・・・・・・ちょっとだけ怖い、声。




「ど、どうも・・・・・・」


「・・・・・・・・・ねぇ、よければ一緒に居てくれない?

こいつと二人きりにしないで・・・・・・」




座ったままで引き剥がすのは無理だと悟ったみたい。


きれいな黒い瞳で懇願するナオミさんを放っておけず、気が進まないけど・・・ぽてっと椅子に腰かけた。