そう、だよね。


恋に障害はつきものだって昔からよく言うじゃない。




・・・・・・うん、私、まだあきらめないよ。

















第七話:ポジティブ・シンキング



















あまりの出来事に放心状態でベッドに潜り込んでたら、いつの間にか朝になっていた。



・・・すぐに起き上がる気力がない。

目を軽くこすって、もぞもぞと寝返りを打って、頭から布団をかぶる。

ぼんやりする頭でゆっくり、ゆぅっくりと昨日のことを思い出していた。








・・・一連の出来事を頭の中で再生し終えると口許が軽く引きつった。






・・・・・・・・・・・・ふんぎりをつけて、ばさぁっと布団を剥いで起き上がる。









ベッドに半身を起こしたまま、顔にかかる髪をかき上げて自分の姿を見下ろした。




あーあ・・・昨日の服のままで眠っちゃったよ・・・、

せっかくお気に入りのパンツとジャケットだったのに、しわくちゃ。

・・・・・・ってか、メイクも落としてなかったよ・・・最悪・・・・・・。




ベッドサイドに思いっきり手を伸ばして捕まえた目覚まし時計は6時40分。

・・・いつもよりは早起きだ。

ひんやりするフローリングを素足でぺたぺたと歩き、ぼーっとした顔のままバスルームへ。

ばっさばさの髪をぐしゃぐしゃとかきながら、鏡に映る自分を見る。




・・・・・・まぁ、いつもと変わらない・・・かな?

だけどこの間抜けな顔はどうにかして学校に行かなくちゃ。



























あまりにも気が抜けてると、その日の服装にも無頓着になるんだから困り者。

今日は厚手の白い無地のスウェットシャツにジーンズといったシンプルな格好を選んでしまった。

せめてものアクセントに、大きめモチーフのペンダントを引っさげただけ。


ああ、今日の私をお父さんが見たら何て言うかなぁ・・・。




「おはよう!昨日のデート、どうだったー!?」




ざわついてきた廊下をぼんやり歩いてると今日も朝からしっかりメイクしたミシェルが声をかけてきた。

そのまま夜の街に繰り出してもおかしくないミシェルと並ぶには今日の私はちょっと恥ずかしい・・・。




「ああ、おはよミシェル・・・えと・・・昨日?」




昨日のデートどうだった・・・って、ねぇ・・・?

何て答えたらいいのかわからず、私は曖昧に視線を泳がせる。

私のその妙な様子に、彼女は眉根を寄せた。




「その何だか気だるそうな表情・・・もしかして、早くも彼とセッ」


「ちがーーーーーーーーうっっっっ!!!」




・・・ぼんやりした思考なんて一気に吹き飛んだ。

ビシィッという擬音語がつきそうな勢いで、ミシェルの言葉を遮った。




セッ・・・・・・って、そんなことあってたまるか!!!







「え?じゃあどうしたのよ?昨日あんなに嬉しそうに学校飛び出して行ったくせに?」




そう・・・、今思い出したらちょっと恥ずかしいくらいに浮かれてた・・・んだよね。

・・・別に、昨日の一件でレイのこと嫌いになったってわけじゃないんだけど・・・。

ただ、ちょっと驚いてるだけで。




「・・・・・・・・・、何か・・・、私の知らない部分が、ちょっと、ね・・・」




あははと笑ってみるけど、その笑いは何だか渇いてしまったものだということは明らか。


だけど次のミシェルの言葉は。







「・・・・・・・・・ああ、もしかして、彼・・・ゲイだったとか?」






ゴンッ




さらりと言われたその一言。

思いも寄らない言葉に動揺した私は教室に入るところで、ドア口に思いっきり右足の脛をぶつけてしまった。





「・・・・・・っく・・・ぅ・・・・・・・!」





・・・・・・あまりの痛さに声にもならない叫びを抱えてその場にうずくまる。




「・・・・・・可哀そうに、ってば知らなかったの?ニューヨークって、結構多いよ??」




・・・何やら勘違いしてるらしいミシェル。

痛みに必死で耐えている私の耳に、心底同情したような声が聞こえる。



だけど目に涙ためて見上げてみた彼女の顔、何か面白そうな表情なのは私の気のせい?ねえ??




「ああそういえばこの前ね、クラブで出会ったちょっといいなって思った男がそれでさー。

気合入れたボンデージのドレス着てたのに、見向きもしないんだもん。

マジムカついた。顔はきれいだったから、もしかしてとは思ったけど」




ぺらぺらと自身の体験談を語るミシェル。

否定しようにも彼女の勢いの前に、瀕死の私のかすれた声は届かない。




、そんな人もいるんだよ、悲しいことに。

女としてショックよね、わかるよ。だからもう泣かないで?」



・・・・・・・違うって・・・言ってるのに・・・・・・!!




まだうずくまってる私の頭をミシェルはぽんぽんと軽くこづく。

・・・・・・だけど私には反論する力もない。





ようやく誤解がとけたのは2限の授業終了後だった。




・・・・・・・・・・・・ごめんね、レイ。







否定するのが遅くなって。

























「全くもう、早く言ってよね。せっかく同情してあげたのに」


「勝手に話進めてたのはミシェルじゃない!

しかもジュディにもキャシーにも言いふらしちゃって!」




ランチはミシェルと二人で日当たりのいい中庭を選んだ。


授業中、ひそひそと後ろの方でやり取りしてたミシェル。

まったくもう、ゴシップ好きなんだから。




「で、はまだその人のこと好きなの?」




サンドイッチをひょいっと口に放り込み、コーラをずずーっとすするミシェル。

私はいつもならお弁当箱にご飯を詰めた和系のお昼だけど、今日はスーパーで買ってきたクロワッサンだけ。




「う・・・うん・・・、でも、あんなに好きな人がいたんじゃ・・・だめ、だよね・・・?」




ミシェルに対して強気に発言してた私だけど、急に声がしぼんでしまう。



・・・そりゃ、あんな一面を見てしまったけど。

それでもレイの笑顔はやっぱり好きだし、気配りも身のこなしもすごく素敵で憧れてる。

年の差は10歳前後だけど、・・・それでも。



でも確かに、好きだけど・・・、レイが好きなのは、あの人。

あの素敵な日本人のナオミさん。



私じゃとても敵いっこない、あの完璧な大人のお姉さんを思い出して気分が沈んでしまう。

そんな私の背中をばしっと叩いて、ミシェルは陽気に笑った。




「何言ってんのよ。その人、アプローチしてる相手に嫌われてるんでしょ?

だったら可能性は十分あるじゃない。彼がゲイじゃなかったことを神様に感謝することねー」


「いつまでその話で引っ張るのよもう!」




・・・・・・うわ、ミシェルってもしかしてそっち系の女の子?


もう、気分は沈んでるのにどうして大声が出せるのよ私・・・。

でも。





「・・・・・・・・・いける、かな?」


「大丈夫大丈夫」





不安そうに尋ねた私にミシェルの飄々とした笑顔。





・・・・・・きっと大丈夫な気がしてきた。

































家に帰ってきて、トートバッグをベッドに放り投げてソファに腰かけた。

夕飯の支度をするにはまだ早い時間、かと言ってふらりと外に出るには少し半端な時間。




もう少し外で時間潰してくればよかったな、やっぱり。





ミシェルにちょっとだけ話を聞いてもらって、いくらか気分は落ち着いてる。

ころん、とソファに寝転がって、脇にちょこんと置いてある観葉植物の葉を指先でつついてみる。




「ピアノ弾きたいな・・・・・・」




ふとぼんやりと口をついて出た言葉。

こんな晴れない気分のときは、いろんな曲を弾いてて気分転換していた。

今まではピアノがあって当たり前の環境で暮らしてたけど、アメリカに来て全然ピアノに触れてない。









・・・・・・仕方ない、こんなときは・・・・・・アレだね。







ハッキングで気を紛わせてやるんだから!!







そう自分に言い聞かせた私は起き上がってデスクに向かい、コンピュータの電源を入れる。

起動するのを待って、ブックシェルフの目立たないところに隠してあるディスクを取り出した。

ディスクをドライブに差しこみ、長いロードを待つ間に髪をきっちりと束ねた。

首を軽くまわして気分もすっきりしたところで、ロードも完了。







ついこの前、アメリカ初のハッキングは無事に済んでいた。


大学付属図書館や品揃えのいい書店でいろいろとコンピュータ関係の書籍を手に入れて、

アメリカのIT事情はある程度把握できたけど・・・、やっぱり不安だった。

日本とはセキュリティのレベルが違いすぎるもん。


防御プログラムに感知されないよう慎重に事をすすめ・・・・・・、

・・・ようやくホストまでたどりついた時は全身で安堵の息をついた。

その会社の顧客のパーソナルデータ、社員の人事データあたりを手に入れて終了。


でも私が欲しいのはシステムの内部に侵入できるスキルだけ。

・・・・・・勝手に手に入れておいてひどい言い草だと思うけど、

これらのデータは私には何の価値もないものだから、責任もって削除まで完璧に行った。









詰めが甘いって言われ続けてた私でも、ちょっと気をつければあんなに真剣な行動がとれるものなんだね。



・・・うん、この前の挑戦でちょっと自信ついたかも。








次に目をつけていたのはシカゴでちょっと有名な会社。

IT会社や情報系大学とかに挑戦するにはまだ自信がないから、

今回のターゲットはそれなりに大きいコングロマリットの下部に位置する一商社。

目標は・・・前と同じ、顧客データと社員データと・・・、今度は幹部クラスの収入データまでとれるかな?





ロードした中から、必要なデータをひろっていく。

・・・ハッキングするって言っても、侵入先のデータ破壊なんて無粋な真似はしない。

そんなのはハッカーじゃなくただのクラッカーだもの。

私の武器はこれ。防御プログラムへの目くらまし用コンピュータウィルス。

ハック先のデータに障害を残すことなく、私の思いのままに制御できるウィルスで私の自信作。






ふとその中から見つけたデータに少しだけ目を奪われる。

ファイル名『P-D』・・・Private Ditective、私立探偵。

去年まで、日本でのハッキングに使ってたソフト。



・・・・・・ああ、そういえば私立探偵って名前はもうしばらく使ってない。

もう10月が終わる頃だから・・・・・・、あれから1年も経とうとしてるんだ・・・。







・・・今でも、あの人のことを思い出すと少しだけ気分が沈むけど・・・、



同時に頑張らなきゃって思いも内から湧いて出てくるの。

レイに話した、留学の本当の目的。

あの言葉は、私の気持ちにこれっぽっちの嘘なんてないんだから。






きっともう、日本警察ではのことなんて忘れられてるかもしれないけど、それは構わない。

本当言うと・・・今の私には事件の謎解きよりもこっちの方が性に合ってる。



ハッカーとしての自分の方が、ずっと。







手を組んで軽くぱきっと鳴らした。


程よい緊張感。

キーボードの上でぐっと両の拳を握りしめる。




偽造のIPに擬装(シムステイム)して、ゲームスタート。