彼についてまだまだ知らないことが多すぎた。


・・・・・・・・・まさか、彼がこんな人だったなんて。





ニューヨークの自由の女神様。


何か・・・、ショックを受ける受けないの前に、開いた口が未だ塞がらないんですけど・・・・・・、
















第六話:カレの異常な愛情
























逢いたかったよ僕のナオミーーーーーーー!!


「いやぁぁぁ出たああぁぁっっっ!!!」



チャイナタウンの喧騒はその二人の前に一瞬にして静まり返った気がした。





悲鳴をあげて逃げる女の人を追う満面の笑みのレイ・・・・・・


人込みの中の出来事だけど、この二人のためにみんな無意識的にだろうけど道を空けている。




そりゃそうだ。怖すぎるもん、あの二人。

二人とも人の多さも憚らず、だけど決してぶつかったりせずに器用に避けながら、それでいてものすごいスピード。




・・・・・・レイのあの様子だけで私の思考をフリーズさせるのに十分すぎるものだったのに。




「こっち来ないで!!この変態!!ストーカー!!!」


「君が居るロスまで飛びたいのを必死で我慢したのに、それはないだろナオミ!!」


「何それ!?私には関係ないでしょう!?」


「君に関係なくても君を愛するこの僕に関係あるんだよ!!」


「ふざけないでこのバカ!!」





・・・・・・・・・すんごい早口のやりとり。



私、状況判断がまだ出来ていないのに、会話だけはこれでもかと言うくらい耳に飛び込んでくる。

聞き取れない方がよかったかもしれないんだけど、

皮肉なことに私のヒアリング能力はかなりレベルアップしてるみたいで。








スラングも混じった言葉も聞き取れるようになってるなんて・・・・・・、

あは、私ってすごーーい・・・・・・、






・・・・・・ああ、これが世間で云うところの現実逃避ってやつ?






そんな情けないことを思ってると、その女の人がこっちめがけて走ってきた。

ぴたっと立ち止まってレイの方へくるっと振り返る。



私よりもずっと長いストレートロングの黒髪がばさっと舞った。





抱きつこうとでもしたのか両手を広げてレイが目前まで来た途端。





「来ないでって・・・言ってるでしょうっっっ!!?






彼女はひゅっと腰を一気に落とした。

次の瞬間。






どさあぁっ!!






い・・・・・・・・・、一本背負い・・・・・・・・・・・・・・・!?





軽く息を乱している彼女は乱れた黒髪をばさっとかき上げて、服をぱんぱんとはたいて埃を取り払う。

・・・レイはコンクリートの地面に背中から落ちちゃったらしく、動かない。



彼女がレイを投げ飛ばした次の瞬間、様子を遠巻きに見物していたギャラリーが一斉に沸いた。

あちこちから彼女へ歓声や拍手が送られている。



・・・酔っぱらったような中年男性からの指笛が頭にきんきん響くんだけど・・・・・・、





そこでやっと私は我に返り、慌ててレイに駆け寄った。




「レ、レイ!!しっかりして、大丈夫!?」




揺さぶって呼んでみるけど、レイは軽いうめき声を出すだけで目を開かない。

外傷は・・・ないけど・・・頭打ってたりしないかなぁ・・・!?




と・・・とりあえず、反応はあるから大丈夫・・・ね?

でも・・・・・・・・・・・・・冗談でしょ?

FBI捜査官のレイが女の人に投げ飛ばされるなんて。




「・・・つ、連れがいたの?」





顔を上げると、その人・・・えと、ナオミさん?が私とレイを見下ろしていた。

逃げ回ってたさっきまでの引きつった表情じゃない、ほんの少し申し訳なさそうな顔で。


屋台の蛍光灯の灯りだけが光源の、薄暗いところなんだけど・・・、

ひどく色が白いらしく、小さめの顔が夜の闇に浮いてるように見える。

豊かな黒髪に黒曜石みたいな黒の瞳、すらっと背が高くってスタイルなんて申し分ない。






・・・・・・ホントに美人さんだ。










実際にはほんの数秒のことだったけど、私は彼女に見とれてた。

ぼんやりと彼女を見上げて、言葉を口にすることもできずに。





そんな私の様子が、恐怖でも感じてるのかと思われたのかもしれない。

ナオミさんは一層申し訳なさそうな顔で口を開く。




「あ・・・ごめんなさいね、

ええと・・・、こいつはあなたの・・・恋人?」





・・・・・・だったらいいなとは思うけど、こんな状況で肯定なんてできるわけがない。

ふるふると頭を横にふった。

少しずつ思考も回復してきてるけど、あまりの出来事に、まだ口にするべき言葉が見つからないの。




「そうなの?・・・まったくもう、久しぶりのニューヨークだったのに、

相変わらず油断も隙もないんだから。

・・・・・・そのうち起きると思うから、悪いけど後のこと頼んでもいい?」




今度は首を縦にふる私。

そんな私へ、少しだけ背をかがめて視線を合わせてきた。

そして軽く首を傾げて口許に笑みを浮かべる。





その控えめなアルカイックスマイル。

さっきまで高い悲鳴を上げてた人とは思えないくらいに、完璧で静かな美しさをたたえていて。




「あなた、名前は?・・・・・・日本人?」




『Japanese?』じゃなくて、日本語で聞かれたのにはっとする。

お父さん以外の日本語なんてこっちに来て初めてだ。




間抜けみたいに開きっぱなしの口からようやく言葉を搾り出せた。




「日本人・・・です、えと・・・・・・・・・と申します・・・」




途切れ途切れにそう告げると、彼女はふわりと目元を綻ばせた。




ちゃん、ね。いい名前だわ。

私は南空ナオミって言うの。

・・・騒がせてごめんなさいね、それじゃ」




そう言って、彼女はまだ伸びているレイにちらっと一瞥くれて、背を向けた。



すっと背筋が伸びたバックスタイルが本当に綺麗なラインを見せている。

つい目で追ってしまったけど、やがてその姿も人込みに紛れて見えなくなってしまった。






















様子を遠巻きに見ていたギャラリーも少しずつ散っていくところで。



側を通り過ぎようとした親切そうなメガネのお兄さんを捕まえて、近くの広場までレイを運んでもらった。

背は高いけどひょろっとしたお兄さんと私とで、

この長身でしっかりした体つきの男性を運ぶのはかなり骨が折れたんだけど。



それでも広場のベンチまで運んでもらえたの。

・・・・・・そのお兄さん、何か私に気の毒そうな視線を送ってきたんだけど、きちんとお礼は言っておいた。



水に濡らしてきたハンカチを彼の額に乗せて、隣に力なくすとんと腰かけた。

かれこれ、もう30分経とうとするんだけどレイが気づくのをじぃっと待っている。







・・・・・・もう、こんな暗い物騒なところにいるの嫌なんだけど!








早く起きてよ!!








心の中でひっそり悪態ついた私に反応したのか、レイがゆっくりと目を開いてくれた。




「・・・ぅう・・・ったたた・・・」


「レイ!よかった気がついた?」





そう声をかけると、レイはがばっと起き上がってきょろきょろと辺りを見渡した。

次いで、私の肩をがっしと掴んで、




「そうだナオミは!?」


「いいい・・・行っちゃった、けど・・・・・・?」




・・・・・・目の前にいきなりレイの顔が迫ってきたことにひどく驚いた。




「そうか・・・でも、やっとニューヨークに帰ってきてくれたんだな・・・

はは、相変わらず手加減しないなぁ・・・」




そう言ってレイは・・・笑っていた。

思いきり打ちつけられた背中をゆっくりと伸ばしながら。





「だ、大丈夫なのレイ?随分痛そうだった・・・けど・・・、

えと、あの人は・・・?」


「名前?南空ナオミさんって言うんだ」


「う、うん、聞いた。でも・・・すごいのね、あの人。

レイを投げ飛ばしちゃうなんて・・・」


「ああ、彼女、僕と同じFBIの捜査官なんだ」


「え!?」




あの人も?


日本人だよね、あの人・・・、しかも女性・・・・・・。





「夏にロサンゼルスで起きた事件を見事解決したらしくてね。

・・・大陸の反対側で彼女が危険な目に遭ってるかもしれないと思うと、夜も眠れなかった・・・」




そう言ってレイはふぅっと溜め息をつく。

・・・その横顔に、恐る恐る一番聞きたいことを口にした。




「え・・・っと・・・、レイは、あの人のことが・・・・・・・・・好き、なのね?」




いや・・・、あの様子見てればそれは明白なんだけど・・・、


それでも・・・・・・聞かずにはいられなかったの。




、それは愚問」


「ご、ごめん、なさい」




だけどきっぱりとそう言われて、私は反射的に謝ってしまった。





「それだけじゃない。彼女に関するデータなら誰にも負けないよ。

身長体重スリーサイズ、誕生日に血液型に好きな食べ物は勿論のこと、

今までに付き合った男の名前と所属に至るまで、何でも知っている」




レイが挙げた項目を耳にして、私は顔が引きつるのを感じた。

ふらふらと眩暈がして、よろけそうになるのを何とかこらえる。



今までに付き合った男の所属と名前に至るまで!?




「・・・・・・・・・・・アメリカにはストーカー規制法ってないの?





レイに聞こえない小声の日本語でぼそっと呟いた。



・・・ううん、そんなはずない。

世界で初めて重ストーキング規制法が可決されたのはアメリカなんだから。




そのはず・・・なんだけど。


































まだ何処か見てまわるかと聞かれたけど・・・いくら私でもそんな神経の図太さなんて持ち合わせてない。

・・・とりあえず、レイを心配してる振りを装って帰ろうと提案した。









・・・アパートについて、この人はわざわざ5階まで送り届けてくれようとするんだから。

それを遮って、3階で別れた。

レイが部屋に戻るのを見届けて、私は心もとない足取りでゆっくり階段を昇る。







部屋に戻り、鍵をかけるのを確認して、私はそのままの格好でぼすっとベッドに倒れこんだ。









「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・いきなり玉砕?」







何か・・・そりゃ、レイに想い人がいたなんてショックといえばショック、なんだけど・・・、






でも、それ以前にあまりにもレイのイメージが覆されてしまって、全身脱力してしまいそうなんだけど・・・。








南空ナオミ・・・さん。


すっごく・・・・・・綺麗な人だったね。

あんな、アジアンビューティーさんがFBIの捜査官?






・・・・・・すごい。