別に、男の人と初めて外出するってわけじゃない。 だけど、今日はやっぱり特別。 服のコーディネートも一生懸命考えた、私にとっては待ち焦がれていたデート。 ・・・・・・・・・・・・の、はずだったんだけど・・・、 第五話:知らないほうがよかった? 鐘、というより目覚まし時計みたいにけたたましいベルの音で授業の終わりが告げられた。 このベルに慣れるまでは火災報知器か何かかと思ったりして落ち着かなかったけどね。 先生が教室に残っているというのに、みんなさっさと荷物を手にして教室を出て行ってしまう。 ・・・・・・・・・って、それは今日の私もなんだけど!! 「ー!あのね、今夜なんだけ」 「ごめん、今日は絶対にダメ!!」 ミシェルの言葉を最後まで聞かないうちに、私はNOの返事を返した。 急いで本をまとめて立ち上がる。 今日の彼女はメッシュ入り金髪を高く高く結んで、色とりどりの紐を何本も結んでて。 頭の上、結構強烈な色面構成だけど、何気に似合ってるから不思議。 「何よー!そんなに急いでどうしたのよ? ・・・あ、もしかして、デートとか!?」 クラスメイトたちを押しのけてドアを開けようとしたけれど。 デート、という言葉にぴたっと立ち止まってミシェルの方へと振り返った。 「そんなんじゃ・・・・・・、ちょーっとあるんだけどーーー」 急いで帰らなきゃと切羽詰まった表情は、一瞬にしてだらしなく緩むのが自分でもわかる。 顔をぱしぱしと叩いて、人に見せられるようなものじゃない表情を押し込んだ。 「嘘っ!?えーーー!?ちょっと誰なのーーー!?」 「トップシークレット!じゃね!」 騒ぎ立てるミシェルをおいて私は学校を飛び出した。 あんまり体力はないんだけど今の私なら、何処まででも走れるもんね! バス停へのコーナーを曲がると、目的のバスが停留所で止まってるところだった。 「あーーー!!!待って待ってー!!」 騒がしく乗り込んだ私を、運転手さん含め乗客の人たちも不審そうな目で見ている。 それでも目が合った人につい笑顔を見せてしまう、明らかに怪しい私。 笑い返した人もいれば、妙に引いてしまった人もいるけど気にしない。 空いてる席にどさっと座って大きく息をついた。 車内でいくら焦ったって意味はないってわかってるんだけど、気持ちは抑えられない。 きれいに整備されたニュータウンの町並みが流れていくのを目にして、 私の気持ちはどんどん高ぶっていく。 、レイだ。 この前の約束、明日でどうかな? マンハッタンのチャイナタウンあたりでも行こうかと思うんだけど。 返事、待ってる。 昨日、学校から帰って留守番電話に残ってたメッセージ。 「うそ・・・っ!明日ーーー!?」 すぐにレイに、勿論オーケイの返事を返した。 次いで私はクローゼットに手をかけて勢いよく開け放し、いくつかの服をぽいぽいぽいっとベッドに放り投げた。 お気に入りのオレンジのジャケット、落ち着いた赤のニット、 白いふわふわセーターに、黒のワンピースに・・・・・・、 そんなに大きくないベッドの上は、あっという間にたくさんの色の自己主張に埋め尽くされた。 その色の主張をじっと真正面から受けて服を手にし、スタンドミラーの前でいろいろあてて見る。 「レイにつり合う様な服・・・・・・、って、どれなのー!?」 手持ちの服の中から自分をそれなりに見せることのできる服を考え、ようやく決めることができたんだ。 さて、バスを下りたところでローラーシューズで遊んでる子供にぶつかりそうになったけど。 それでも勢いを殺さずアパートへ向かい、5階まで一気に駆け上がって部屋に飛び込んだ。 ベッドの上に用意していた服を手にして、そして30分後。 「・・・これで・・・いいよね?」 何度もミラーの前で自分の姿をチェックする。 深夜まで悩んだ昨日、パンツルックに軍配が上がった。 レイはオフィス帰りだっていうからたぶん、スーツだろうと思ったから。 すとんとしたシルエットの黒いパンツ、トップスはバーバリーチェックをイメージしたようなライトジャケット。 かっちりした黒いエナメルパンプス。 髪はまっすぐ下ろして、しっかりとブラッシング。 メイクは苦手だけど、薄くファンデーションを伸ばしてみた。 アガットカラーのルージュを引いてみたら少しは大人っぽくなれたのに思わず笑みをこぼす。 「・・・うん、完璧」 ミラーを離れてもう一度、レイのメッセージを再生してみる。 低すぎず高すぎないトーンの声は胸を高鳴らせるのに十分で。 ・・・つい留守録のメッセージを保存してしまった私。 黒い小さなショルダーバッグを軽く振り回して、部屋を出た。 コツ、コツ、とパンプスのヒールの音が、何だか大人になったような錯覚を与えてくれる。 ふと通りすがったお店のショーウィンドウに映った姿をちらりと横目で見やった。 自然と顔つきも落ちついた女性のものになっていた。 待ち合わせ場所はマンハッタン、チャイナタウンへと続くブロードウェイで。 『CATS』を上演しているウィンターガーデン劇場前に20時。 まだニューヨークに慣れない私のために、とっても目立ってわかりやすいところをレイは指定してくれた。 離れたところからでも十分わかる、あのロゴ看板を見つけてたどり着いたのは19時30分過ぎ。 ・・・ちょっと早く来すぎてしまったみたいね。 もうすぐハロウィン。 大規模な店舗のショーウィンドウにはジャック・オ・ランタンのデコレーションがあったりして面白い。 本場のハロウィンってどんな感じなのかなぁ。 「・・・っと、寒・・・」 高くそびえるビルの間に吹き込んできた冷たい風に軽く身を固くした。 防寒用に持ってきた白黒チェックのショールをしっかりと羽織り直す。 でもまぁ、風は冷たいけどまだ10月だしそんなに寒くはない。 劇場前はさっきまで、ソワレ上演を観に来た人たちがここにたくさんいたけれど、 上演スタートした今、劇場前は割とすいていて。 劇場入り口に設けられているスピーカーからは、元気いっぱいの曲が流れてくる。 まだ観たことなくてストーリーも知らないんだけど、この曲いいなぁ。 あの『オペラ座の怪人』と同じ作曲家だなんてね。 「CATSかぁ・・・今度絶対観に来ようっと」 あの独特のタッチのロゴだけのシンプルなポスター。 華やかな電飾でライトアップされた大きなポスターを見上げながらそう呟いたその時。 「!悪い、待ったか?」 その声に、私は笑顔つきで振り返った。 人込みの中にいてもわかるくらいの長身。 少し焦ったような顔をして、レイが急ぎ足でやってくる。 「ううん、全然。時間通りだよ」 まるでカップルのお決まりの会話。 笑顔でレイを迎えると、彼も笑ってくれた。 レイは思ったとおりスーツ姿。 でも、そんなにかっちりした正装でもない、ラフな格好に私はほっとする。 「全くオフなのに野暮用があって参ったよ・・・ごめん。 っと・・・、勝手にチャイナタウンって決めたが・・・、他に行きたいところでもあるかな?」 本当に急いで来てくれたらしく、髪はやや乱れている。 そう言って、夜景に混じってしまいそうな黒髪を軽く整えて私を見下ろした。 「うーん・・・、マンハッタンはまだよくわからないから、任せる。 おすすめのお店、紹介してほしいな」 「オーケー。じゃあ・・・、こっちだ、」 レイが私を先導して、人込みの中へ入っていく。 私も見失わないようにしっかりと後をついていくけど・・・、 周りは私よりもずっと背の高い人たちばかりで、結構大変。 真正面からぶつかりそうになった大柄な黒人男性に詫びて、レイを追いかける。 彼はまるで人の波に飲まれていくようだけど、その足取りには迷いがない。 ふと彼はこちらを振り返った。 「はぐれるなよ、。 ほら、掴まって」 うわ・・・っ!! すっと彼の手が伸びたかと思うと、ひょいっと右手を取られた。 しっかりと私の手を握りしめてくれて、レイは人込みの中を真っ直ぐ進んでいく。 相変わらず大きくて温かい手。 迷子にならないように、という子供扱いみたいだったけど。 ・・・・・・それでも不満なんて全然なかった。 思わず私も繋がれた手をしっかりと握り返したんだ。 レイが案内してくれたのは、立派な真紅色の門柱が一際目を引く中華料理店だった。 豪華な外観に反して内装は下町の大衆食堂って感じだけど、悪い気はしない。 だってとってもいい匂いがするし、店内は賑やかで何だか楽しそうだし。 案内された2人用の席について、メニューを手渡された。 ・・・・・・・・・・・・・・ちょっと待って読めない・・・。 ・・・・・・、メニューは全部中国語。店員さんもチャイニーズ。 うーん、中国語はまだなじみはないんだけど・・・、 そう思った私に気づいたのか、レイが店員さんに何やらオーダーした。 何て言ったのか全然わからない・・・中国語。 メニューを受け取って店員さんが去ったところで、聞いてみた。 「レイって、中国語できるの?」 「この見てくれのせいで、日本や中国とか、アジアあたりでの任務がよく当てられるんだよ。 日本語は家系の関係で割とできるけど、中国語は最近やっとコミュニケーションできるくらいには覚えられたんだ。 少しでも慣れようと思って、チャイナタウンにはよく通ってる。 実際、本場の中国とあまり変わらないんだよ、ここ」 なるほど。 日本の中華街とはレベルが違うんだね。 「ところで、はどうして留学に?」 私があたたかいジャスミン茶に口をつけてほぅっと息を吐くと、レイが真正面からこう聞いてきた。 疑問よりも好奇心の方が勝った子供みたいな目。 大人の男性だと思うのにこういうところは何だか意外で。 少しだけ嬉しくて。 「え?あ、ああ・・・・・・、 えっと・・・、建前は、広い国で思う存分学びたいって思ったから。 でも本音は・・・、」 そこで一旦言葉を止めたけど、すぐに続きを口にした。 ・・・・・・レイには何でも言える気がしたの。 でもうっかり、ハッキングのこととか、のこととか口走らないようにしなきゃ。 「・・・・・・今はとても遠い人だけど・・・役に立ちたい人がいるの。 今、身につけられることは何でも吸収したくて。 いつか、その人の役に立てるように・・・、 どこまでできるかわからないけど・・・留学に来ちゃったんだ」 一言一言、噛みしめるようにゆっくりと口にした。 初めて他人に話した、留学の本当の目的。 心の中でいつも強く思ってても、いざ口に出してみるとその目的の重さを改めて再確認してしまう。 「へぇ・・・でも、、英語は随分上手い方じゃないか?」 「英語だけが目的じゃないよ。 世界情勢とか、理系の知識とか・・・、他にも、ね。 しっかり身につけたいことが、アメリカにはたくさんあるの。 頑張らなきゃ」 「本当に偉いんだな、」 「全然。まだまだだよ」 そう、まだまだ。 やっと生活に慣れたくらいだもの。 これから、どんどん勉強しなくっちゃ。 運ばれてきた飲茶をつつきながら、レイはいろいろと自分のことを話してくれた。 自分のことや、大学で勉強してきたこととか。 ・・・さりげなくFBIの仕事について聞いてみたら、嫌な顔一つもしないで答えてくれた。 事件の内部事情には一切触れない概要だけだったけど、私には十分。 そして、私のこともいろいろと聞いてくれた。 日本でのこととか、お父さんお母さんのこととか。 こんな何気ない会話が本当に嬉しいと思えるのって、久しぶり。 ・・・自覚はしてる。 私、この人のこと好きかも。 「本当にありがとう、レイ。とってもおいしかった」 「どういたしまして」 たっぷり1時間以上もお店で話しこんでいた。 時間はあっという間に過ぎて、もう22時をまわっている。 だけど、ストリートは人が減る様子は全くない。 「さて・・・、あまり連れ回しちゃ悪いか。 そろそろ帰ろうか?」 たしかに明日も学校だしそろそろ帰った方がいいんだろうけど・・・・・・、 「もう少しお店を見てまわりたいんだけど・・・だめ?」 「それは別に構わないんだが、は大丈夫なのか?」 「うん、大丈夫」 そう言ってレイを見上げると「了解」と答えてくれた。 もう少しだけ、一緒に居させて? せっかく連れてきてくれたのに、食事だけで帰っちゃうなんて寂しいよ。 レイといると、すっごく楽しいし嬉しいから。 ・・・そう告げる勇気なんてさすがにまだないから、 私のやや前方を行くレイの横顔を見上げて、心の中でそう言っておく。 ・・・だけど、ふとその顔がひどく真面目なものになったことに私はすぐ気がついた。 そしてレイはぴたっと立ち止まる。 ある一点を見つめたまま動かない。 「レイ?どうしたの?」 レイの視線を追ってみるけど、特に変わったようなものはない。 ストリートのお店の看板ではレインボーカラーのネオンが点滅してるだけだし・・・、 行き交う人も、人種は様々だけど気になる人はいない。 ・・・・・・だけど次の瞬間。 私は自分の耳を有り得ないくらいに疑うこととなる。 「逢いたかったよ僕のナオミーーーーーーー!!」 そして、目を見張るようなスピードで駆けて行くレイ。 その先には引きつったような表情で振り返った・・・黒髪の女の人。 「いやぁぁぁ出たああぁぁっっっ!!!」 きーんとするような声での叫び声は、チャイナタウンの喧騒を一蹴してしまうものだったと思う・・・けど。 逢いたかったよ僕のナオミ・・・・・・・・・・・・?? ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・はい?? ・・・・・・あの・・・・・・、今、何て言ったの?・・・・・・・・・・・・Mr.Penber?? (微妙に補足) ↓ ↓ 『CATS』は、どうやら今(2005年1月現在)はブロードウェイ上演はしてないみたいですね。 今、ウィンターガーデン劇場でやっているのは『マンマ・ミーア!』みたいです。 でもあえて、『CATS』を。 だって好きなんだもん!! 劇団四季は勿論、海外まで観に行っちゃったし! |