出逢いは突然に。


初めての気持ち。


これって、もしかして・・・、
















第三話:一目惚れ



















マンハッタン大都市から少し離れているけど、おしゃれなお店が多い街。

ここに私の通うハイスクールがある。



私よりもずっと背が高くて大人っぽい子達がいっぱいのこの学校に編入した9月某日。

緊張して引っくり返ってしまいそうな声で自己紹介したら、どうやらこのクラスはとても陽気な人たちばかりらしくて。

あちこちから指笛や高い歓声が飛び交うのに、一瞬だけ目を丸くしちゃったけれど、

そのすぐ後には私の緊張もすっかり解けてしまった。



この空気、とても懐かしい。

まるであの騒がしいD組みたいなノリとテンションにとっても救われた。




気さくに話しかけてくれる人たちの言葉は、不思議と聞き取りやすいもの。

本場の英語は私には厳しいのかなと落ち込みかけてたけど、そんな思いは編入初日のうちに吹きとんだ。



まだまだ語彙は足りないけど、みんなの言葉は通じるし、私の口からも自然と言葉がついて出る。





何とかなるんだ・・・私、頑張れる!




心から前向きになれて日々はあっという間に過ぎ、編入してもう一ヶ月は経とうとする頃だった。

















!今日はもう帰るの?ダウンタウンのクラブで最高のライブがあるんだけどー」



教室で何をしていてもその独特の甲高い声は耳に入ってくる、ミシェル。

きれいな金髪なのに、ところどころ赤いメッシュが入ってていつもパンクファッションな女の子。

その格好で第一印象はちょっとだけ怖かったけど、話してみるととても素直な子で安心したんだっけ。



「ごめん、週末提出のレポートを早く片付けたいんだ」


「もう手をつけちゃうの?」


「まだまだ英語は慣れないから早めに取りかからないと間に合わないの。

ごめんね、提出後に連れてってよ、ね?」




小脇に本を数冊抱えて、目の前で両手を合わせて謝る。

・・・それは、アメリカにはない習慣らしくて、ちょっとだけ不思議な顔をされちゃったけど。




「何だよ、来ないのかー?せっかくダチにアジアンビューティーを連れてくるって言ったのによー」




今度はマーク。

ヒップホップがとても好きらしくて、いつもカジュアルなストリートファッションの彼。




「・・・・・・・・・私のこの髪とこの目のどの辺がアジアンのビューティーなの?」




茶色の髪と茶色の瞳。

気に入ってるけど日本人らしくない色を指差してマークにそう言ってやった。



「あー・・・・、それもそうだったなぁ残念、はアジアンビューティー失格か。じゃあ来なくってよし!」


「失礼ねマーク」




嫌味に聞こえないマークの言葉に笑ってしまった。

英語でこんな軽口の応酬もできるようになってきたの。


ミシェルとマーク、まるで美奈子と晶みたいだよねと、そう思うようになってきた。

ふふ、会わせてみたら二人は何て言うのかな?


そう思いながら私は本をまとめて席を立ち上がった。




「オッケー、今日のダウンタウンのライブ行く奴、他にいるかー?

あのDJマックスの久しぶりのライブだぜー!」


「あ、俺行く!」


「私もー!ホントにマックスが来るのー!?」




学校じゃみんな素行はいいんだけど、

アフターになってスラムに繰り出すとみんなお酒や煙草を手にして騒ぎ出すんだよね。

まぁ、予想はしてたからそこまでショックは受けなかった。

これも異文化の一つよね。

・・・私も一度だけみんなに混じって、ちょっとだけお酒飲んじゃったことはお父さんとお母さんには内緒。




「それじゃね、また明日」


「バーイ!」



放課後の廊下に満ちている、生徒たちの開放感はきっとどこの国でも一緒なんだね。

楽しそうに会話している人たちを追い抜いて、校舎を出た。

夏はとっくに過ぎ、私の大好きな秋が始まってて夕方は少し肌寒い。



「うわ、もう暗くなってるし」



早く帰ろうっと。

晩ご飯は・・・、スーパーで買ったあの何か怪しげなビーンズ缶でスープでも作ってみようかなぁ。


















アストリアまで行くバスに遅れそうだったから、人通りの少ない近道の狭い路地を選んで小走りに駆けていた。


何かごみごみしてて以前までは怖くて通れなかった道。

英語も慣れてきて、少しだけ強気になっていた。


・・・・・・それが、間違いだったんだ。






「んんんーーーーっっ!?」




暗がりから手が伸びてきたかと思うと大きな手で後ろからいきなり口を塞がれ、暗い路地に引っ張り込まれた。

私よりも頭一つ分以上はあるところから荒い息。


背後から片手でしっかりと私の口を塞ぎ、もう片方の手は私の体をあちこち這い回ってる。




「や・・・っ!!やだ離してっ!!助け・・・っいやぁぁっっ!!」




必死でもがいて一瞬だけ自由になった口は、息苦しくて空気を吸うよりも先に叫び声がついて出た。

非常時に口から出た必死の言葉は勿論、日本語。



その言葉に驚かれたのか、今度は両手で口を塞がれて、路地の奥へ私を引っ張っていく。


どうにかして逃げなきゃと、あまり意味のない抵抗を繰り返してたその時。





後ろから、ものすごく鈍い音がして男のうめき声がした。

次の瞬間、私の体は自由になったけど、膝がかくんと折れてその場に座り込んでしまった。

だけど後ろを確認することは忘れない。




背の高いスーツ姿の男の人が、小太りの男を殴り飛ばすところだった。




重そうなパンチを食らってよろけた男は、ゴミバケツに足を引っかけて倒れこんでしまった。

男はそのまま動かない。

それを見届けた背の高いその人は、すぐにこちらを向いた。



「大丈夫か!?」



そう言われたけど、喉が震えて声が出ない。

するとその人は今度はゆっくりと近づいて、私と目線を合わせてきた。

私を驚かせないようになのか、やや距離を置いて。



「大丈夫か?あー・・・・・・英語、わかるかな?」



ゆっくりと確認する口調の言葉は、今の私は勿論、

アメリカに降り立ったあの当初でも聞き取れるような優しいものだった。

ただ怖かっただけで、何があったのかまだ理解できてない。



・・・とりあえず、英語はわかるので一つだけこくりと頷いた。




「よかった。こんなところ、一人で歩いてたら危ないだろう?

立てるか?」




ようやく何があったのか理解できてきた。


私は、この暗がりであそこの男に襲われかけて、

それを助けてくれたのがこの人で。



「・・・君、本当に大丈夫か?顔色が・・・っと!?」



「わあああぁぁぁぁんっっ!!」



怖かった。

思い出すだけで足がすくんでしまうくらい。



その人に声をかけられて何かが切れてしまったように、私は大声で泣き出してしまった。

座り込んだ私に視線を合わせてきたその人に思わず抱きついて。



「もう大丈夫だから。そろそろ泣き止んでくれないかな?」



とんとん、と私の背中を優しく叩いてくれた。

頭を撫でて、抱きついた私をそっと引き離して、真っ直ぐ顔を合わせられた。




まだ若いけど、すっかり落ち着いて見える大人の男性。

黒髪にブルーアイ、誠実で優しそうな顔立ち。

少しずつ息も整って泣き止んだ私に微笑んでみせ、向こうでまだ伸びている男へ視線をやった。



「この辺、最近変質者が出るって聞いてたが、まさか本当に遭遇するとは思わなかったな。

君、名前は?」


「・・・・・・ 、です・・・」


、か。私はレイだ。レイ・ペンバー」


「ペンバー、さん」


「レイでいい。立てるかい?」



頷いて立とうとするけど、まだ足に力が入らない。

レイと名乗ったその人はすっと背広を脱いで私の肩にかけてくれた。



「行こう。後のことは警察に言っておくから。

家まで送ろう」



どうにかふらふらと立ち上がった私の手をしっかりととってくれた。

大きくて温かい手はとても安心する。

手をとったままもう片方の手で彼は私の荷物までひょいっと手にして。

その足の長さにしてはひどくゆっくりと、私の歩調に合わせて路地を出た。
















賑やかな路地に出て、彼はひどく手慣れたように警察に連絡を入れた。

・・・何か親しそうな感じ。

もしかしてこの人警察官なのかな・・・?


そう思ってる間に電話を切り、レイは私に住所を訊ねて来た。

最近になってやっと自分の部屋の住所をそらで言えるようになったからよかったな・・・。



「本当に?なんだ、すごい偶然だな」



軽く目を見開いてそう言った。



「・・・何がですか?」


「アストリアでそのアパートなら、私と同じだけどな?」


「本当ですか!?」



まだ動揺が解けなかった私だけど、その一言を聞いてぱっと一転した。

一瞬レイも驚いたみたいだけど、すぐに笑顔を見せて言葉を続ける。



「ああ。・・・もしかして、5階に?」


「5階!そうですそうです!」


「つい何ヶ月か前に、その部屋にいた奴が引っ越してしまって唯一の空き部屋になってたはずだからな」



何て偶然。

レイのその言葉で私は一気にいつもの調子に戻ることができた。



「何かわからないことがあったら何でも聞いてくれ。

・・・まぁ、私も仕事上、部屋を空けることが多いけれどな」


「お仕事、何なさってるんですか?」


「ああ・・・FBIの捜査官をやってる」




ふーん、FBI・・・・・って、


FBI!?


あの!?え、えと、アメリカ連邦捜査局!?

FBIの捜査官・・・この人が、あのG−メンなの!?



「うわ・・・すっごーい!私、映画とか本でしか知らないけど・・・実際ホントにいるんだぁ・・・!」


「おいおい、あんなに華やかな仕事じゃないよ。

実際はもっと地味なものさ、給料も案外安いし」



まるでどこかのミーハーみたいにうるさく騒ぎ立てる私。

でもそんな私に呆れることなく、茶目っ気たっぷりに笑ってレイはそう言った。

あ、この人、笑顔がとっても素敵だな。




「最近まで本部での任務で部屋を空けてたんだ。

何も事件が起きなければしばらくはニューヨーク支部のオフィス勤務だから、結構いるかもしれない」




本部・・・、えと、首都のワシントンDCだったよね。


内緒だけど、これでもいくつかの刑事事件に首を突っ込んできた私としては、

仕事内容とかもっといろんなことを聞いてみたかったんだけど。

そんな変なことを聞いて、彼に呆れられたくないからぐっと我慢する。


だけどこの人、頭のいい人らしくとてもお喋りの上手な人。

当たり障りのない会話ばかりだったけど、それでも私には十分楽しいものだったの。

あんなに怖い目に遭ったということすら、忘れさせてくれるくらい。









バスなんてもうとっくに行ってしまったから、途中でタクシーを拾ってアストリアまで帰ってきた。

割り勘にしようという私を遮って、代金は全部持ってくれて。

アパートについて、レイはわざわざ私を5階の部屋まで送り届けてくれたんだ。




「戸締り忘れるなよ?それじゃお休み、




音もなくゆっくりとドアを閉めてくれた。



そのドアを私はずっと見つめてた。





気づけば、私はまだレイのスーツを着たままで。

それに気づいても私はきゅっとスーツの裾を掴んで、しばらくその場に突っ立ってた。





・・・・・・第一印象、本当に素敵な大人の男性だったんだ。







(言い訳。反転でドウゾ)


さて、言い訳させてもらえるのであれば・・・。
ヒロイン、ピンチを助けてくれたレイに一目惚れしちゃってます。
Lの夢小説と銘打っててそれはまずいかなぁ・・・と思ったのですが。
今の所、ヒロインにとってLはいつかああなりたいという憧れだと私は思ってるのです。
その為に留学の道を選んだわけですし。
Lにとってヒロインは初めて大切に思った女性で恋という対象だと思いますが、
ヒロインはまだ恋を認識してません。
ピンチを助けてくれた人、ということで一気に一目惚れしてしまったのです。

・・・だけど、レイにはナオミさんがいます。
一波乱あって、ようやくヒロインにLへの恋心を認識してもらうつもりでいるのです。
だからタイトルが『恋とはどんなものかしら』なのですから。


と、いうわけで、Lファンの方々には少々つまらない展開だと重々承知してますが、
しばらくお付き合いくだされば幸いにございます。
第三章、途中でLサイドのお話も閑話として挿入しますので。