自由の国。

星条旗を掲げたステイツ。



アメリカ万歳!!














第二話:in New York





















"Atention Please,

It's arrival soon at John F. Kennedy International Airport......"




滑らかに流れるきれいなメゾソプラノでの機内アナウンスに私ははっと顔を上げた。


何何?やっと着いたの?

手にしていた文庫本をぱたんと閉じ、嬉々とした表情で機内アナウンスに耳を傾ける。



日本からニューヨークまで行くにはイギリスに行くのと同じくらいの長時間フライト。

暇つぶしの為に大量に買い込んできた連載小説は、

下手な恋愛劇が何だか面白くてあっという間に全巻読んじゃった。

意外とあっさりした機内食を食べて一眠りして、むくりと起き出してまた最初から読み始めていた時だったんだ。




そろそろ、座席でじっと座ってるのも飽きてきたところで。

うーん・・・目がショボショボするし、首も肩も何だかガッチガチ・・・。




ごしごしと目をこすり、すっかり強張ってしまった首を軽く回しながら、周りの様子を窺ってみる。

一つ席を空けて通路側に座っているおじさんは立派な装丁の難しそうな本をしまい、

手慣れたようにリクライニング座席を元に戻し、着くずしていた服をさっさと整えていく。

あちこち、まばらに埋まっている座席でも同じような光景。



夏休みにはまだ少し早いこの時期に渡米するのは、ビジネスマンくらいしかいないか、やっぱり。






少しずつ高度を下げてるらしく、すぐ側の窓の外では薄く白い雲が流れていく。



子供みたいに窓に張りついて外の景色を見つめていた。

雲が切れ、現れたのは写真などでよく見られる、リバティ島の自由の女神さま。


















とうとう、やってきちゃったんだ・・・・・・。












だんだん鼓動が速くなるのを感じる。

ぎゅっと拳を握りしめる。



日本を離れて、本当に私はアメリカに降り立つんだね。











―――それじゃ、本当に頑張ってね!


―――落ち着いたら手紙くらい寄こしなさいよね!


―――よっしゃ、D組の天才少女、 へーーー!!

   気合入れて、三本締め!!いくぞーーーーー!!


―――晶、お前バカか!?こんなところでヤバくねーか!?


―――あああもう!私知らないわよ、恥ずかしいんだから!


―――こら美奈子!一人だけ抜け駆けすんじゃねーーーっっ!!









出発前、国際線の出発口で展開された、D組の授業サボったメンバーによる騒がしいお見送り。

ふと思い出して口許に笑みが浮かんだから、頬を叩いてあやしい笑いをこらえる。



離れるのは少し寂しかったけど、それでも、みんなは日本にいる。

もう会えないわけじゃない、そう思えばちっとも寂しくない。



自分が授業をサボるわけがないと言って見送りには来なかったけど、ライトも、ね。

ハイスクール編入合格を喜んでくれたし、頑張れとも言ってくれた。




ありがとう、みんな。

私、頑張るよ。



















飛行機を降りて、入国手続きの為にターミナルへ入る。

去年イギリスに行ったときは、入国審査でそんなに時間はとらなかったんだけど・・・。



「(手荷物はこれだけですね?)」


「(はい)」


「(ではパスポートを)」



やっぱり、ここアメリカではテロを警戒して、かなりの厳戒態勢。

顔写真と指紋までとられるなんて思ってなかった。

事務的に確認されたパスポートを返してもらって、怖そうな黒人のガードマンからやや乱暴にスーツケースを渡される。

ちょっとだけむっとしたけど、気を取り直して到着ロビーへのゲートをくぐった。



えと、お父さんがロビーに迎えに来てくれてるはずだけど・・・、




!!」


「あ、お父さん見っけー!久しぶりー!」




聞き間違えようのない陽気な声がかけられてそっちへ目をやると、やっぱり。

アメリカの男性と並ぶとさすがに背は低くなるけど、それでも十分目立っているお父さんが向こうで手を振っている。

柔らかそうなコットン素材で涼しげなラフなシャツがとても似合ってていい感じ。



ガラガラガラとスーツケースを引きずって駆け寄ると、相変わらずの笑顔で私の頭をくしゃくしゃっと撫でてくれた。




「ようこそニューヨークへ。今年の正月以来だなぁ、髪も随分伸びたし・・・、背も少し高くなったか?」


「あはは、残念〜、これでズルしてまーす」




ブーツカットパンツの裾をひらりとめくる。


ヒールは高いけどしっかりしたゴム製でバランスが取り易い厚底サンダル。

軽く足を上げて、コツン、と鳴らしてみせた。




「今日は仕事休みなの?」




飛行機の中と違ってちょっと暑かったから首に巻いてたスカーフを解いて、手首のアクセントにきゅっと巻いた。




「ああ。可愛い娘がはるばるやってくると言って、急ぎの仕事は部下に押し付けてきた。

ここしばらく休みなんてとってなかったからな、これくらい構わないだろう」




悪びれた様子もなくそう言い放つお父さん。

・・・・・・さっすが。ああお父さんの部下の人、きっと苦労してるんじゃないかな?



「荷物はこれだけか?」


「うん。残りは段ボールに詰めたからお母さんがオフの日に送ってくれるって。

で、お父さん、私の部屋はどこにあるの?」


「ああ、アストリアに部屋を借りてる。知ってるか?」




私のスーツケースを引っ張ってお父さんが歩き出したから、私も後に続いた。

アストリア・・・、記憶の片隅にぽつんとあるような地名を聞いて、思考の糸をたぐる。



「・・・あー・・・、えっと、聞いたことあるけど、どこだっけ・・・」


「マンハッタンの郊外だ。ここからなら1時間もしないさ」




ターミナルの外に出て、お父さんはタクシーを止めた。

私のスーツケースをトランクに入れて車に乗り込み、お父さんはドライバーに行き先を告げる。

体格の通りに陽気な声でドライバーは了承すると、

私が席について息つく間もなく、タクシーは結構なスピードで走り出した。













ずっと憧れてた街の景色が私の目の前をどんどん横切っていく。



あちらこちらに星条旗がかけられている五番街のストリート。

白人や黒人、日本人らしいアジア人、たくさんの人たちが忙しなく歩いていく。

ルーフがオープンになってる2階建ての赤い観光バスには、まるで私のように目をきらきらさせている人たちもいる。



空を埋め尽くすくらい高いビルが立ち並んでいるここは、あのウェストサイド物語の舞台みたい。



うわ、あれ、あのラジオシティ・ミュージックホールだよね!?

行きたい行きたい〜〜〜!!



「今度、仕事が落ち着いたら一緒にマンハッタンを観てまわろう、



窓に張り付いて外を眺めている私にお父さんが声をかける。



「うん!」



笑顔で答えたその時。



「Did you come to go sightseeing? Can you speak English?」



ドライバーが豪快な早口で声をかけてきた。

妙に発音が聞き取りづらい、鼻がつまったようなダミ声で。



わ、私に聞いた・・んだよね?

・・・・・・え、えと、今、何て言ったの?



少しだけ焦って聞き返そうとしたけれど、お父さんの方が先に口を開いた。




「(彼女は留学に来たんですよ。ニューヨークに来るのは初めてで)」




喋り方に少し日本語の癖があるけど、それでも文章を考える為に口ごもったりしない流暢な言葉。




「(そうですかぁ留学に。人が多くて、厄介なところじゃないかな?)」


「え、と・・・、(いえ、素敵なところです。私、ずっと憧れてました。来れて嬉しいです)」




頭の中で伝えたい文章を作り、英語に変換して言葉にした。



私の答えを聞いてドライバーは笑い、続けて何やら話しかけてくる。

私もどうにか言葉を続けるけど、まだまだ語彙不足な部分もある為、

わからない言葉に代わる言い回しを考えるのに少し時間がかかる。



私が言葉に詰まると、お父さんが陽気な発音でドライバーの問いを受けて答える。

勿論、お父さんが何て言ってるのかは聞き取れるんだけど、

私がそれを咄嗟に英語に変換して言えるのかなと考えてみると・・・、結構厳しいかも。







浮かれてた気分は少しだけ現実に引き戻された。









・・・・・・、やっぱりお父さん、私よりも英語上手だったんだ。