・・・・・・黙っていなくなっちゃうなんて、そんなのずるい。


とってもあなたらしいけど・・・・・・ずるいよ。





・・・・・・きっと、また・・・・・・逢える?























第十四話:いつか逢える、その日まで
























「・・・終わった〜・・・・・・」




シャープペンを机の上に放り投げて、私はばったりとうつ伏せに倒れた。

後ろからまわされてきた解答用紙の一番下に自分の答案を混ぜ、やや投げやりに前へと流す。






今日は日曜日なんだけど、学校で模試があって朝から休日登校だったんだ。

今朝、かなり冷え込んでたから、つい寝坊しちゃって遅刻しそうになったけどね。

問題用紙を配布している教室に飛び込んでギリギリセーフ。


学校の試験と違い、模試って試験範囲がはっきりしないから・・・恐らく微妙な出来だと思う。

志望大学の記入もあったんだけど、まだ1年生で志望大学なんて決めてるわけないし。

とりあえず、適当に気になる大学名をいくつか書いておいた。


名門の東応大学・・・は、やっぱり難しいかもね。

書くの、よせばよかったな。






そして、5教科の試験を終えた頃にはもう、お昼過ぎ。



お腹、空いたな・・・、お昼、何食べようか?





ずっと空気の篭もった教室で問題と向き合って気分が悪かったから、すぐ側の窓をがらっと開け放した。

冷たいけれど気分のしゃんとする空気が教室へ流れ込んできて、いくらか頭がすっきりする。




「じゃあ、今日はもう帰っていいですよ。お疲れ様」



担任の先生がそう言うのを待ってたらしく、みんなは嬉々とした顔でガタガタと椅子を引いて立ち上がった。

日曜日の午後、遊ぶにはうってつけの時間だし。




「お疲れー!ねぇ、!帰りにケーキ食べに行かない?

みんなで行こうって話なんだけど」




窓から吹き込んでくる冬の冷たく乾いた風が心地よくて、机に突っ伏したまま動かない私に明るい声がかけられる。


2学期の初めに比べてかなり伸びた髪を軽く後ろでくくっている美奈子。

私はうつ伏せのまま、顔だけ美奈子の方へ向けて間延びした声で返事した。



「あー・・・ごめん、私ちょっと用があってさ」


「えー!?」




・・・うわ、よくそこまで顔が歪むなぁ、美奈子ってば。




「ごめん、また誘ってよ、ね?」


「はいはい。でも、用って何?・・・男?」




・・・・・・・・・当たらずとも、遠からず。意外と油断できないかも。

だけどそんな気持ちは顔に出さず、いつもの飄々とした笑顔を浮かべてみせた。




「まっさか。美奈子じゃあるまいし」


「どーゆー意味よ、それ?まぁ、いいけどね。

それじゃ、また明日ね!」




くしゃっと私の頭を撫でてウィンクを残し、美奈子は軽やかにカバンを振り回して教室を出て行った。


まるで・・・妖精のように颯爽とした身のこなし。

そんな美奈子の後ろ姿に少し見とれてたけど。

また顔だけ窓側へ向け、流れていく白く薄い雲をぼんやりと眺める。



・・・・・・本当は用なんてない。

断るのに適切な理由じゃなかったから、つい曖昧な嘘を吐いちゃった。




みんなと一緒に騒げるような気分じゃないんだ、まだ。









ごめんね、美奈子。








































教室に一人残ってどれくらいの時間が経っただろう。

少しずつ陽が傾いてきたことに気がついて、のろのろと立ち上がった。



ペンケースくらいしか入ってなくて軽いカバンを取り上げ、教室を後にした。



・・・・・・今の時間なら、空いてるかな?



そう思って向かったのは音楽室。

教室からそんなに離れてない音楽室は、思ったとおりに誰もいなかった。

西日が差し込んで眩しいから、カーテンを閉じて蛍光灯をつける。



もうちょっとだけ、無駄な時間を過ごしたかったんだ。

ピアノを弾いてるときは余計なことを考えずに無心になれるから。

教室の中心を陣取っている大きなグランドピアノの上にカバンを放り投げて、ピアノの蓋をゆっくり開けた。




ふと、ピアノの上に置かれているミニチュアのクリスマスツリーが目に留まった。




・・・クリスマス、か。

12月にも入ったら、あちこちクリスマスムード一色になるから不思議よね。




何か弾けるクリスマスソングなんてあったっけ?

ポピュラーものはあんまり弾けないんだけど・・・。


そう思って、頭の引き出しを開いていろいろ探して・・・・・・、


・・・・・・あ、あった。

さすが私。我ながら、レパートリーが広い。




近所の教会のクリスマスパーティでみんなで歌った曲を思い出して、そっと鍵盤を押さえた。


ピアノを弾ける子ということで、その日、伴奏を頼まれたんだよね。

初めてオルガンで弾いたこの曲がすごくきれいだったから、よく覚えてる。


懐かしくて、いつの間にかこの聖歌を口ずさんでいた。




O come all ye faithful, Joyful, and triumphant,

O come ye, O come ye to Bethlehem

Come and behold Him born the King of angels


O come, let us adore Him, O come, let us adore Him,

O come, let us adore Him, Christ the Lord






3番まであったはずだけど、1番しか覚えてない。

・・・本当ならラテン語の歌のはずだったよね?


今度、ラテン語の歌詞調べてみようっと。




すると。





「・・・・・・やっぱりだ」




教室のドアがそっと開かれ、顔を覗かせたのはライト。

すごく久しぶりの、彼。




「?うわ、ライト!久しぶり!

え?模試受けに来たんだ?風邪は治ったの?」



そう。

この前、例のイジメグループの嫌がらせで、私を庇ってこの真冬に冷たい水を頭からかぶってしまって。


私のハンカチとセーターだけじゃ間に合わず、彼は次の日、ひどい風邪をひいてしばらく学校を休んでたんだ。

心配になってメールしたら必要最小限の言葉で『大丈夫』なんて返してきたから、そっとした方がいいと思ってた。




・・・・・・治ってよかったと思うけどこんな休日登校なんてせずに、明日来ればよかったのに。




「ああ、昨日ようやく起き上がれたから。模試は受けておきたいと思ってさ。

今の曲・・・『神の御子は、今宵しも』・・・だったか?」




模試受けに来ただなんてさすが、学年トップね。

しかも、今の曲名知ってるだなんて。


・・・やっぱり、私の自慢の友達のライトだよね。




「へぇ、こんな宗教曲のタイトルまで知ってるなんて、さすが守備範囲広いんだね。

そうだよ、原題は『Adeste Fideles』って言うんだけど。

ライト、こんな遅くまで何してたの?」




軽く和音のアルペジオを響かせてみた。

重なったいくつもの音は静かな教室にとけ込んですぐに消えてしまう。




「図書館でちょっとね。こそ、ここでずっとピアノ弾いてたのか?」


「さっき来たばっかだよ。次は何弾こうかなって思って。

・・・あ、何かリクエストがあれば弾くけど?」


「そう?・・・じゃあ、月光」


「・・・・・・それ、自分のこと??」




ふふっと悪戯な笑みを浮かべて私は鍵盤に手を乗せた。




「1楽章でいいかな?さすがに、あの3楽章は難しくて弾けないし、

2楽章はあまり好きじゃないから覚えてないんだけど」


「ああ、いいよ」




ライトの返事をもらい、嬰ハ短調で始まる重い曲を弾き始める。



漆黒の空に寂しく輝く月をイメージした哀しい曲を弾きながら、思いはどんどん沈んでいく。


意識は別のことを考え始めていた。











・・・・・・気づかないとでも思ってたのかな?

すっかり酔ってしまってたけど、ちゃんと起きてたんだよ。








あなたの冷たい唇がほんの一瞬だけ私の唇に触れたこと。

ふわりと羽が舞い落ちたみたいに、本当に一瞬だけ。







・・・・・・起き上がって引き止めたって、きっと竜崎さんは行ってしまってた。


そう思ったから・・・・・・、去ってしまう彼の後姿を見送るしかできなかった。






・・・・・・・・・だけど、私は離れたくなかったよ。






あの時、夏の連続婦女惨殺事件解決のとき、

Lとこれきりになってしまうのかって考えると心にぽっかり穴が空いたみたいに寂しかった。



だけど、驚いたけどロンドンで偶然にも逢うことができた。

そして今回、竜崎と名乗って私の目の前に現れてくれたけど・・・彼はまた私から離れてしまった。



それは夏の、パソコン越しでの別れよりもずっとずっと大きなダメージを私へ与えた。







・・・短い間だったとはいえ、それなりに親密な関係を築けたと思うのに。

・・・どうして、あんな苦しそうな声で「さようなら」なんて言ったの?








・・・・・・L、だから?







極秘の存在を通さなきゃいけないから、私から離れた、とでも言うの?










・・・置いて行かれた私の気持ちは、どうなるの?















「・・・・・・?」




・・・・・・いつの間にか曲が途中で止まってしまってた。

こんな気分で、こんな哀しい曲を弾き続けることはできなかった・・・。




「ライト・・・ごめん、私・・・今日は帰る、ね。

本当、ごめん」




俯いてしまった私へ、ライトが心配そうに声をかける。




「あ、ああ。構わないけど・・・大丈夫か?顔色が悪いけど・・・」


「大丈夫。ありがとう」




一つ深呼吸して気を落ち着かせて立ち上がり、ピアノの上に置いてたカバンを手にした。







「・・・ん?」




ゆっくりと振り返って見たライトは・・・ひどく真面目な顔。

整った顔に、冗談の影はちっともない。




カーテンの隙間から差し込んでくる夕日に、彼のブラウンヘアが眩しく輝く。



は・・・、どんな時だって元気で明るいし、とても賢くて思いやりのある子だよね。

僕はそんなを気に入ってるし、これからもそうであってほしいって思ってる。

それはたぶん、僕だけじゃないだろう?の周りにいる人は、きっとそう思ってる人ばかりじゃないのか?」



「・・・・・・褒めすぎじゃない?買いかぶりだよ」




・・・私はそんなすごい子じゃないよ。

大人の女性を気取ることはできても、彼のサポートすら満足にできない、子供だよ。





「・・・だけど、自分が困った時くらい、誰かに弱音吐いてもいいんじゃないか?

クラスの仲のいい奴でもいいし・・・、何なら僕だって構わない」




真面目な顔でライトはそう言った。







・・・・・・・・・・・・、


・・・言葉が、出なかった。



喉の奥が苦しくなり、目頭が熱くなる。






「・・・・・・・・・ありがと、ライト」






どうにか、それだけ伝えることができた。




「友達、だろ?、そう言ったじゃないか」




そんな私へ、ライトは優しく微笑んでくれた。


・・・その穏やかな笑顔は、まるであの人を思い出させるもので。





「・・・・・・そ、だね」





・・・・・・もう、だめだった。





「・・・ごめん、帰るね、また明日」




熱いものが溢れて頬を伝ったのをぐいっと制服の袖で拭い、私は振り返らずにダッシュで音楽室を出た。

模試で学校に来た人たちはもうみんな帰っちゃったらしく、廊下は人通りがない。





校舎を飛び出して、無我夢中で走ってグラウンドを横切り、門を超えた。






そんなに体力のない私の全速力は長くは続かず、息が限界を訴えたから走る足を止めた。

メインストリートのど真ん中。

はぁはぁと息を切らしている私は、道行く人の視線を集めている。




どこかのお店の店外スピーカーから陽気なクリスマスソングが流れてくる。


誰かへのプレゼントらしい、綺麗にリボンのかかった大きな箱を抱えてる人。

幸せそうに寄り添って歩く若いカップル。



・・・・・・こんなにも街の雰囲気はあったかいのに、何で私はこんな顔をしているの?






馬鹿。



竜崎さんの、馬鹿。






そっと唇に指を当ててみる。・・・風にさらされて、冷たくかさついた唇。


・・・・・・・・・この気持ちは・・・恋、ではないと思う。

掠めるようなあの人の口づけを思い出しても、その点については特に思うところはない。






・・・・・・ただ、もう一度、逢いたいだけ。






ずっと一緒にいたいなんてことは言わない。

だけど望めば必ず逢えるという、確証がほしい。





・・・・・・それは、私の我侭なの?















・・・・・・絶対に、逢ってみせる。


あのパーティの日に思ったよね。

いろんなことをたくさん身につけて、推理力を磨いて、ハッキングも上達させて優秀な私立探偵になりたい。


・・・・・・そしたら、彼を探そう。




絶対に・・・・・・また、逢うんだから。


あなたが世界の何処にいたって、必ず見つけ出すんだから。







薄い雲に覆われた真っ白な空を見上げて、私は自分自身にそう誓った。


冷たい空気を胸いっぱいに吸い込んで、もう一度、涙を拭った。




・・・・・・もう、泣かないよ。



















私はひとりでまた寂しいねぐらへ戻ります

もう一度 みせかけだけの花を作りに戻ります

さようなら 恨みっこなしに



でも、聞いてくれますか?

あちらこちらに残してきた少しばかりのものを集めていただきたいのです



もしよかったら、あなたがよかったら思い出にそれをとっておいて下さい



さようなら、さようなら、恨みっこなしに―――『ラ・ボエーム』さよならのアリア