事実は小説よりも奇なり、とはよく言ったもの。



まさか、まさか。

だって信じられないよ。





あなたは・・・気づいてたの?
















第八話:旅先での出逢い
















「・・・・・・・・・・・・・・これで、非行に走らない自分が我ながら誇らしくなってきちゃうよね・・・

・・・でも何か無性に悲しいんだけど!!!」



ツインの広い部屋で一人目覚めた私は、テーブルの上に無造作に残された置手紙を手にして頭を抱えていた。

















へ。

長時間の飛行機で疲れちゃったのね。

お父さんとお母さんは早く起きてしまったから、二人で先にロンドンの街を見学してきます。

部屋でゆっくりしててもいいし、起きたら出かけてもいいし。

ホテルへは18時頃戻る予定。

夏休み、家族水入らずで仲良く過ごしましょうね。


お母さんより。





















只今、イギリスはロンドンに来ています。

クラシカルな街並みがとってもきれいな憧れの場所。

かつて、産業革命時代に大繁栄を遂げたグレーターロンドン。

今なお、その時の面影が残っていて、訪れる観光客を魅了している有名な街。


来れて本当によかったと思うと同時に、

無事に飛行機に乗り込めた時は人間ってその気になれば、時間なんて簡単に飛び越えちゃうよね、としみじみ感じてた。








・・・昨日、私はまだ学校にいたのに、いきなりお母さんから「今日イギリスに行く」と電話があった時には、

一瞬だけ現実逃避しかけてしまったよ。



その時話してたライトをほっぽって学校を飛び出して、荷造りしに家に戻った。

慌てすぎてパスポート忘れたり、戸締りも忘れたりでマジで焦ったけど、それでも何とか空港についた。



出国審査のおじさんを急かしてイミグレーションも終え、

動く歩道をどたどたどたと走りぬけて搭乗ゲートについたのは出発の15分前。

ゲートでは皆、ぞろぞろと飛行機に乗り込んでいくのに、

待合室でのん気に座っている二人連れを発見して、第一声に思い切り怒鳴ってやった。







・・・一家、久しぶりのご対面は以下の通り。

つかつかつかとミュールを鳴らして駆け寄りながら、私はすぅっと大きく息を吸った。






そこの二人、もっと早く連絡しろーーーっっ!!






・・・ああ、我ながら言葉悪すぎ。

周りの人が何事かと視線を向けるけれど、そんなことを気にしてられるほど私は冷静ではなかったみたいね。

だけど、怒鳴られた当の二人連れは私の姿を確認して大きく手を振ってくれた。

・・・実年齢よりもいくらか若く見えるこの二人が、私の両親。



「やぁ、。久しぶりだなぁ、元気そうで何よりだ。去年よりも垢抜けたか?

これは今度、可愛いのために俺自らが服をデザインしてやらないといけないな」


「あら、私にはないの、あなた?」


「そんなわけないだろ?君にも特注の服を用意するさ」




・・・しばらく二人には会ってなかったんだけど。

相も変わらずの新婚バカップルぶりを見せつけられて頭痛がしてきたこめかみを押さえ、私は更に叫んだ。



「んなこと、どーでもいいでしょう!飛行機出ちゃうのに、何のん気にコーヒーなんて飲んでるの!?」


「どうでもいいだなんて失礼な。一家久しぶりの対面にそれは冷たいんじゃないか、?」



お母さんに負けず劣らずなマイペースのお父さん。

これで数々のプロジェクトを引き受けているやり手のデザイナーだなんて信じられない。







難事件を解決したばかりで、飛行機に遅れそうになったり、お父さんとお母さんはアレだったり。

はっきり言って、私はもう肉体的精神的にも限界だった。

それでも何とか二人を押し出すように搭乗ゲートへ向かい、飛行機に乗ることができました。


ファーストクラスの座席は広々としてて、快適に眠れるものだった。

離陸前から意識を手放して眠りにつき、

その次に気がついたのはロンドン、ヒースロー国際空港へ着陸の30分前。



約10時間もの、久しぶりの本格睡眠。

それでもまだ足りなかったのか、空港についてホテルへ向かい、

ツインの豪華な部屋にひとしきり感動したらふかふかのベッドにダイブしてまた眠りについてしまった。











そして、目が覚めたのはついさっき。

飛行機の中で時差を修正した腕時計はすでに13時を指している。

広い部屋に私一人だけ。ぼんやりする頭でとりあえずここはイギリスのホテルだということは思い出した。


・・・テーブルの上に残された手紙を見つけて、ことの顛末は理解しました。









可愛い一人娘は、両親に置いてきぼりを食らったみたいね。













腹いせにルームサービスでおいしい食事を摂り、お気に入りのワンピースを着こむ。

せっかく旅先にいるのにホテルに篭もりっきりなんて勿体無いことはしないよ。


少しだけ伸びた髪を軽くなびかせて、私は一人でホテルを出た。
























ホテルは、かのシャーロック・ホームズが居を構えていたとされるベーカー・ストリートに面していたの。

一歩外に出れば、人々があちらこちらに行き交っている。


少し離れた所に伝統のバグパイプを吹き鳴らしているおじいさんが見えた。

霧の街と呼ばれているけれど、この日は見事な晴天で、高い青空がとても清々しい。




「イギリス、万歳〜〜〜・・・!」



・・・それを言うなら『フランス万歳』でしょ、

小声で某ミュージカルの主人公最期の言葉をもじったようなセリフを口にして、

心の中で鋭く突っ込みを入れた。


背の高いスーツ姿のお兄さんや、ゆっくりと歩いていくお洒落なおばあさん。

少しの隙間もなくレンガが敷き詰められているストリートを歩くとカツ、カツ、カツ、と

ミュールが軽快な足音を立てる。



数分もストリートを歩いてると、

お父さんとお母さんに置いてきぼりを食らったことなんてすっかり忘れてしまってた。











「いい天気ー・・・」



私らしく賑やかな下町に飛び込んで、出店を冷やかしながら見て廻るのもよかったんだけど。

ストリートの向こうに見えた緑に惹かれて、やや静かな通りへ足を踏み入れた。




私が目指したのは憩いの広場、ハイド・パーク。






公園に入ると、爽やかな風が私を出迎えてくれた。

強い風に乱れそうになる髪を押さえながら、私はゆっくりと芝生に足を踏み入れる。


緑の芝生には、大学生とおぼしきグループが腰を下ろしたり、

気持ちよさそうに寝転がったりして笑いながら話してる。

他には、可愛い双子の男の子を連れた若い男女とか、

ふわふわブロンドヘアを風になびかせて本を読んでる、私と同じ年くらいの女の子とか。



聞いた話によると、

このハイド・パークではかつて決闘や処刑が頻繁に行われ、盗賊も出没していたっていうけれど。

現在のハイド・パークではそんな血生臭いイメージはどこ吹く風。

私は頭上で小鳥たちが飛び交う様子を目を細めて見つめ、平和な風景に目を奪われてた。


両手を思いきり空へ伸ばし、まぶしい光を体中に浴びる。



ふと、空から視線を下ろすと、向こうで大きく枝を広げて立っている木に目が留まった。

その大きな木に目が引かれ、私はそこへトコトコと近づいてみる。



うわ、おっき〜〜・・・・・、って・・・!?



「きゃあっっ!!?」



木の陰に座り込んでいた人物に気がついて、私は飛び上がって悲鳴をあげた。



「ごごごめんなさいっ!人がいるなんて思わなくって!」


「・・・ああ、どうぞお気になさらずに」




慌てた私の口をついて出たのは勿論、慣れ親しんだ日本語。

・・・少しの間を置いて返ってきたのも、昨日イギリスに来たばかりだというのにもう懐かしい感じのする日本語。

澄んだテノールだった。木に背中を預けて、膝を抱えて座り込んでいる若い男の人。

・・・いくつくらいだろ?私より・・・年上、だよねぇ・・・?

何か、読み取れない、不思議な雰囲気を漂わせる人。




「あ、日本語。日本人、ですか?」


「・・・まぁ、そんなものです」




頓着して手入れはしていなさそうな、細い猫っ毛の黒髪は吹かれる風によってかなり乱されていて。

ラフな白シャツに袖を通し、洗いざらしたような色のジーンズを下に合わせている。

手にしているのは分厚い装丁がされた大きめの本。

その本をぱたりと閉じて、その人は私を見上げてきた。




「・・・観光ですか?」




あ、よくよく顔を見ると、この人、目の下にひどいクマができてる。

顔立ちは悪くないのに、何か勿体無いな。



「はい、そうです。あなたもですか?」


「・・・私は地元の人間です」


「へぇ、ずっとロンドンに住んでるんですか?」


「イギリスに暮らしてもう・・・5年にもなるでしょうか」



私の問いに彼はゆっくりと答えてくる。

まるで、ぼんやりと自分の口から発せられる言葉を確認しながら話してるような、そんな感じ。



「・・・日本人同士出逢えたのも何かの縁でしょう。

もし宜しければ、一緒にお茶でもしませんか?

近くにいいカフェを知っています」


「ホントですか!?うわ、嬉しいです!」




外国で見知らぬ人の誘いを受けるほど恐いことはないのに。

その時の私には警戒心なんてこれっぽっちもなかったんだ。



だって。

淡々と言葉を口にする人だけど、彼を取り巻く空気はとても懐かしい気がしたんだ。



私が笑顔で彼の提案を承諾すると、そこで、その人は初めて笑顔を見せてくれた。

控えめできれいな笑顔が、何だかとっても嬉しかったんだ。