・・・事件は解決。

Lは私の助力があってこその解決だって言ってくれたけど。

私だって、Lの指示がなければここまで本格的に動けなかった。



時間に直して約2ヶ月。

ばたばたと駆け回っていて、そんなに時間が過ぎていたなんて思わなかった。



だけど。

私は、まだ、あなたと離れたくなかったんだよ?



















第七話:解決、別れ











ジャック・ザ・リッパー。日本で云うところの『切り裂きジャック』。

イギリスのロンドン、イーストエンドのホワイトチャペル地区で発生した女性連続殺人事件の犯人。

ロンドン警視庁をあざ笑うように、

短期間のうちに女性ばかりを次々と惨殺していったこの人物は世間にそう名乗ったと言う。

必死の捜査で浮かび上がってきた容疑者たちからは確かな証拠を得られず、

結局、捜査は打ち切られてしまった。


月日は流れ、事件発生から一世紀もとうに過ぎているというのに、未だに謎のまま。

イギリスの人々の心に疑心と不安を残して謎のまま。






そしてここ、日本警察の捜査本部では無差別殺人ではないかという方向で、

暗闇の中を手探りで進むような捜査を続けている事件。

連続婦女惨殺事件。

イギリスの殺人鬼、ジャック・ザ・リッパーの手口を真似て、都内のクラブの女性ばかりを狙った酷い殺人事件。

捜査本部内では捜査員同士が仲違いも珍しくなく、捜査状況は非常に難航していたみたい。



だけど。

この事件はジャック・ザ・リッパー事件のように迷宮入りなんてしない。

今日、犯人だなんて有り得ないと思われるような警察関係者と、無職の中年男性の二人を有力容疑者だとLは確定した。



もう、この事件は解決なんだ。









・・・・・・・・・・・・、



そう思ってた。

つい昨日までは、Lと一緒に追いかけてきた事件がもう解決するんだって思って、興奮してしまってた。

子供みたいに、必要以上にはしゃいでしまってた。

だけど・・・、張り切って報告書をまとめていた昨晩、はっと気がついたんだ。



・・・解決してしまったら、もう、こんな風にLと捜査することなんて無くなってしまう?



考えてみたら、そんな当たり前のことにどうして今まで気づかなかったんだろう?

・・・そういえばLとの初コンタクトの時にもこんな事態があったっけ・・・。

我ながら自分の、肝心なところでの詰めの甘さが情けなくなってきた。












の正体は 。ただの女子高生。

世界を叉にかける名探偵の彼とは関わる世界が違いすぎる。

勿論、今までのように私立探偵として独自に活動することはできると思う・・・けど。



素晴らしい知識、推理力、洞察力を持つL。

はひどく優秀で聡明な私立探偵だと云われているけれど・・・、

私が身につけてきたのは付け焼刃に近い独学での知識や推理力。

だけどそれらは、この事件の調査を通じて彼のおかげでどんどん深いものへと変わっていったんだ。



もっと、いろんなことを知りたい。教えてほしい。

・・・まだ私は、Lと一緒に同じものを追いかけていたい。

これで終わりだなんて・・・こんなにあっさりと関係が断たれるなんて、そんなの悲しいじゃない。










・・・・・・せめて。

これで終わりにならない、何かが欲しいよ。






















『間違いない、ですね。

もうこれで決定でしょう。それでは、警察本部へは私が連絡しておきます』


「そうですね」




マックに向かって、おそらく最後になるだろう通信を交わしていた、7月30日。天気は晴れ。

昼間は夏の熱気がものすごかったけど、夕方になるといくらか涼しくなっていた。

ノースリーブでクーラーの効いた部屋にずっとこもってたから、ちょっと肌寒くて声もおかしいかも。



「一緒に捜査できて、光栄でしたわ、L」



少しだけ声が枯れて、ややハスキーボイスになってしまってる。


だけど、Lはそんな私に特に何も触れてこない。


・・・・・・やっぱり、何か、寂しいな・・・。




『それでは、貴方から何か要望はありますか?』



要望・・・。

・・・事件への協力の報酬のことでも言っているのかな?



・・・そんなもの、いらないよ。

だけど私の要望は・・・・・・、




「・・・・・・特にありません」



少しの沈黙の後、私はゆっくりとそう告げた。






・・・私の嘘つき。

私の要望・・・、聞きたいことはたくさんあるのに。








―――貴方はどこの誰?会えないのなら、せめて本当の名前だけでも教えて?









心の中で何度も繰り返すけど・・・言える訳がなかった。

ここまで精一杯、完璧な私立探偵を演じてきたんだ。

素人の私がどこまでできるかわからなかったけど、毎回の報告で言葉に詰まったりすることなんてなかったし、

調査も期限内に確実に済ませることもできた。

は信頼に足る人物だと、Lに確実に印象づけられたと・・・少なくとも私はそう思ってる。





・・・だから。




・・・変に詮索したりして、彼を失望させたくはなかった・・・。





『わかりました。それでは約2ヶ月の捜査協力、本当にありがとうございました。

また機会があれば、同じ事件を手がけさせていただきたいものです』



そんな機会・・・本当にあるの?



『これからも益々のご活躍を。お疲れ様でした、


「私もいい経験ができましたわ。ありがとうございました」



つい名残惜しそうに自分の声がスローになっていくのを必死で阻止していた。



私が最後まで何とかはっきりとそう告げてすぐ。

・・・何の躊躇もなく、Lはアクセスをダウンしてしまった。

それを見届けて一つだけ溜め息をつき、私はのろのろとコンピュータのデータを全て消去する。




消去、完了。再起動中。




そう表示されたのを見て、チェアの背もたれにギシ・・・っと体重をかけて寄りかかった。

ぱっと消えてしまったコンピュータスクリーンをじっと見つめて、起動を待つ。


・・・・・・これで、私とLの共通点はどこにもなくなっちゃった。


まるで心にぽっかりと穴が開いてしまったみたい。

それをあまり感じないようにしながらコンピュータを再起動させ、メールボックスを確認する。

その時、メールを1件受信したのにはっとして、私は素早くそのメールをクリックして開封した。







・・・それはただのダイレクトメール。






・・・私、お父さんもお母さんも全然家にいないけど実際寂しいと思ったことはあまりないのに。

この時は、まるでここに一人だけ取り残されてしまったみたいで、とても居たたまれなかった。


大きく息を吸って、きゅっと唇を噛みしめる。

そして、デスクの引き出しをガラっと開けて、報告用に使ってきたファイルを手に取った。


・・・少しでもLの存在をまだ感じられたら、なんて思って。

らしくないな、と私の内でもう一人の自分が囁くのを無視し、私はずっとファイルを抱きしめていた。
















そして次の日。

いつものように笑えている自分がいた。

昨日は寂しくてすぐにベッドにもぐっちゃったけど、朝になったらいくらかすっきりしていた。


いつまでも塞ぎこんでるなんて私らしくない。

Lは、機会があればまた同じ事件を手がけたいって言ってくれたじゃない。

またLの役に立てる日まで、やるべきことはたくさんある。その日のためにいろいろ知識を身につけていけばいいんだ。





!」



昼休みがもうすぐ終わる。

次は大好きな音楽の授業だから足取りも軽く音楽室へ向かう途中、廊下で呼ばれて私はくるっと振り返った。



「あ、ライト。やっほー」



最近、髪に少し色を入れたらしいライトだった。

もともと他の男子とは一線を画しているけれど、さらに垢抜けたみたいね。

図書室にでも行っていたのか、数冊の本を抱えている。



「期末テストお疲れ。今回も僕が勝ったね」


「ちょっとライト、久しぶりの会話で第一声がそれなの?嫌味に聞こえるんだけど!」


「ははっ、ごめんごめん」



先日、期末テストの結果が公表されたんだ。

トップは勿論ライト。また全教科満点。

・・・・信じられないことに、私もまた2番につくことができた。点数は下がったけど、順位はキープ。


美奈子は相変わらずうるさいけど、ライトとはもう間違いなく『友達』になれていた。

ちょっと皮肉屋だけど、彼との会話は有意義なものが多いし、私もいろいろ学ぶところがあって。




まるで、Lとの会話みたいだな。

いつからか私はそう思っていた。




「そうだ、。夏休み、一緒に遊ばないか?

いつも誘おうとしていたんだけど、何だか忙しそうにしていたからずっと見送っていたんだぞ」



片手に持った本をとん、と自分の肩に乗せてライトは私にそう言った。


そういえば、ここ2ヶ月くらい遊びに出てなかったね。

毎日調査の為に都内中を駆け回っていたんだっけ。

それはすごく夢中になっていたんだけど、やっぱりもともと遊び好きな私。

いざ時間ができると、買い物とか映画とかやりたいことはたくさんある。



「そうなの?ああごめんね、気を遣わせちゃって。

いーよ!ぱーっと遊ぼう!今日授業が終わったら、一緒に映画でも観に行かない?」


「今日なのか?まぁ別にいいけど」


「そう来なくっちゃ!えっと何か観たいのある?」


に任せるよ」



ライトにそう言われ、何がいいかなと考えてた時。



PiPiPiPi・・・PiPiPiPi・・・



制服のポケットでブルブルブルと震えながら携帯が鳴り出した。



「あ、ちょっとごめんねライト」



ごそごそとポケットを探り、携帯を取り出して、ぱちんとディスプレイを開く。



「あ、お母さんだ」



着信は久しぶりのお母さんから。

ピ、と通話ボタンを押した。




?よかった、やっと電波がつながったわね』



やや遠い声が電話の向こうから聞こえてくる。

どこにいるんだろ?



『連絡が遅くなってごめんなさいね。イギリス旅行の件だけど』


「あ、待ってたよー!いつ出発?私行けるよ!行きたい!」


『今日よ』






・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・何ですと?


一瞬耳を疑った私はものすごく変な表情をしていたと思う。





『つい連絡するの忘れちゃってて。今日の午後17時の最終便でお父さんとロンドンへ行くのよ。

来れそう?』


「いやあのつい忘れてたって・・・、ど、どこ?」


『成田空港に決まってるでしょ』



・・・微妙にお母さんの論点がズレてる気がするんだけど、私の気のせい?



『17時発のヒースロー行きの飛行機は1便しかないからすぐわかるわよ。大丈夫!

お父さんと一緒にギリギリまで待合室で待ってるから。じゃあね』



そう明るく言われて電話はあっさりと切られてしまう。

あっけにとられてしまった私はしばらく呆然としてしまってた・・・・・・。



?どうしたんだ?」


「え、えっと・・・」



ライトの質問にも答えられない。

頭の中でぐるぐると考えをめぐらせていた。



イギリス・・・・・・すごく行きたい。

昼休みがもう終わるから、今は1時過ぎ・・・・・・、

成田空港から17時発の飛行機・・・・・・・・・・・・・・・、、


ガタン、と天秤が傾いた。



「ライト、ごめん。私、早引きしなきゃ」


「は?何かあったのか?」


「・・・・・・・・イギリス行かなくちゃ」


「はぁ??」


「ごめん!帰ってきたら連絡するよ!映画はその時行こう!

じゃあね!!」



くるりと方向転換して私は教室へとダッシュした。

何が何やらわからないといった感じのライトは・・・、言っちゃ悪いけど、結構面白い顔だった。

だけどそれを笑ってる余裕なんてあるわけがなかったよね。


ばたばたばたっと廊下を駆け抜けて先生に早退届を叩きつけるように提出して、私は学校を飛び出した。








「信っじらんないよね、もうっっ!!!」



家について大急ぎでスーツケースを引っ張ってきた。

ぽいぽいぽいと着替えを突っ込みながら私は悪態をつく。



あああもう、絶対にうちのお母さんってどうかしてる。

それを何とも思ってないだろう、お父さんもおんなじだ。



「オッケー!忘れ物ないよね!?」



スーツケースを抱えて家を飛び出した・・・けど。








パスポート忘れたぁぁぁぁぁ!!!








・・・近所迷惑お構いなしに叫んで、再び家まで走って戻る。

現在の時間、15時10分。

郊外の成田空港まで1時間はゆうにかかる。





・・・・・・・・・・も、どぉしよ・・・・・・。