少しずつ、少しずつ。

鋭い観点からの彼の推理は外れることなく、私と彼との間で事件の真相は確実に明らかになってくる。

通信も何回か交わしてようやく慣れてきた頃、私はこのLに絶対的な信頼感を覚えていた。


この人ならどんな事件だって解決してくれる。

この人についていけば間違いない。



本当の名前も、ましてや顔すら知らない相手のことをそう思うなんて、よく考えてみれば可笑しな話。



あなたも、顔も名前も知らない私のこと信用して、指示を出してたの?















第六話:接近遭遇













(・・・ああ、やっぱり・・・)


尾行していた男の行動を見てそう思った私は、心の中でそう呟いた。



Lの指示で調べた、3番目の容疑者。

一見、事件とは関係ないような人物だけど根気強くずっと調べ続けるにつれて、どんどん疑いは深まっていった。

そして、ついに今日その男を尾行してみたら・・・、


人目を忍ぶようなところで、最初に犯人だと確信したあの男と接触していた。




推理力に自信があっても、私は護身用の業一つも持っていないただの女子高生。

二人に気づかれ、事件に巻き込まれては大変だからそれだけ確認して私はすぐにその場を去った。


・・・もう、あの人も犯人の一人だと考えて十中八九、間違いないと思う。












Lと私、が追いかけている殺人事件。

警察の捜査をあざ笑うかのような巧妙な手口で、犠牲者はすでに4人。

容疑者も当ては多いけれど、本部ではその誰もが犯人として確信が持てていない。


だけど、警察には知らせない極秘捜査員の私が彼の足として情報を集め、

彼の推理で浮かび上がってきたある警察関係者。

この男が犯人の一人だというところまでは来た。

Lの推理だとまだ複数犯の可能性が高いということで、その男の身辺を徹底的に洗っていたんだけど・・・






ようやく決定的なものが掴めて来た。



次の定期報告で・・・もしかしたら、解決かもしれない。

はやる気持ちを抱えたまま私は駆け出した。








「いらっしゃいませ・・・ああ、ちゃんじゃないか」


「こんにちは、マスター」



今日は日曜日。

夏休みも近くて街は人通りが多い。

その喧騒から切り離されたような、メインストリートから引っ込んだところにある小さな喫茶店『Favorite』。

不定期に掛けかえられるきれいな絵があって、かかっている音楽はクラシックだったりジャズだったり・・・、

半年くらい前にふらっと立ち寄って、このお店の雰囲気とお茶に惚れこみ、

以来私の行きつけの店になっている。


マスターは40代前半くらいの素敵なおじさん。

あと、店員はアルバイトで女子大生さんが一人しかいない。

二人ともよく通うようになった私のことをすぐに覚えてくれた。




「えっと・・・、・・・今日のケーキのおすすめは何ですか?」


「そうだな・・・チーズケーキを改良してみたんだけど。それはどうかな?」


「じゃあそれで。えっと、オレンジペコで。

・・・今日は有希さんはいないんですか?」


「ああ、最近大学の方が忙しいって言っていたからな」


「へぇ・・・大変なんだぁ」



そう言って、カウンターの席に腰かけ、ふぅぅぅっと長い溜め息をついた。

かぶっていたお気に入りのキャスケット帽子を脱いで、ぽいっと放り投げる。

今はお客さんはいないみたいだね。



「どうしたんだい、ちゃん?溜め息なんかついて」



紅茶の葉を棚から取り出しながらマスターがそう言った。

目の前でしゅんしゅんと湯気を立てている真鍮製のポットを手に取り、カップを温めるためにお湯を注ぐ。



「えっと・・・ちょっと気持ちがはやってて。何か興奮しちゃって」



両手で口許を押さえてそのまま頬杖をついた。

溜め息をついてるけど、私のこの表情はきっと笑ってると思う。

緊張でドキドキして、おかしくなってしまいそうだったけど、ようやく事件解決に繋がりそうなんだ。




私は、そう思ってたんだけど。

・・・マスターは私のその表情の意味を取り違えちゃったんだろうね。




「へぇ。ちゃんにもとうとう彼氏かな?」


「え!?ちょっとやだ、違いますってば!」


「はははっ照れるな照れるな!ぜひ今度は二人で来るといいよ。

可愛いお客さんのいい彼氏にはしっかりサービスしてあげるから」


「違うって言ってるのにもう〜〜っ!」



・・・ああ、美奈子と同じノリの人がここにも一人。

お茶の準備をしながら、はっはっはと笑い「若いって羨ましいなぁ」なんて言ってくれている。


・・・仕方ない、放っておいたらそのうち忘れるよね。

今のような興奮した状態では弁解も上手くできないから私は大人しく座りなおした。


マスターの作業をじっと見ていたけれど・・・、私はふとにんまりと笑ってカウンター席から身を乗り出した。



「・・・ねぇ、マスター?」


「何だ?」


「ピアノ、弾いてもいい?」



店内のすみっこに置いてあるアップライトピアノを指差して上目遣いに聞いてみた。



「ああいいよ、どうぞどうぞ。ちゃんくらいしか弾いてくれる人はいないからね」



このお店が好きなもう一つの理由。

ピアノが置いてあるから。

小さい頃からしっかりピアノのレッスン受けさせてもらって、やめた今でも大抵の曲は楽譜を見ればすぐに弾ける。

家にはグランドピアノがあって、このアップライトよりは音もよくて気が向いたら遊び弾きしてるんだけど・・・

一人で弾くより、誰かに聞いてもらう方が嬉しいでしょ?





私が昔使ってた楽譜を置かせてもらって、こうしてお店に来てはよく弾かせてもらっている。

ピアノの蓋をゆっくりと開けて、椅子を引いて座った。



今日は・・・何を弾こうかな?

そう思って何気なく鍵盤に指を触れ、その音の和音を響かせてみた・・・E♭・・・・・・、

E♭の曲は・・・・・・・、

・・・よし、この曲だ。



すぅっと息を吸って鍵盤を押さえる。



ショパンのノクターン第2番。有名な曲だよね。





ゆったりしてるんだけど、トリルが多くて少し指がもつれそうになる曲。

私が弾くとメロディの扱い方にちょっとだけ癖があるんだけど、この曲はとっても好き。

まだまだ粗は目立つけど、まぁ、趣味程度には十分な技量だよね、我ながら。

そう思いながら弾き続けている時だった。



「いらっしゃいませ」



カランカランというドアベルの音に続き、マスターが挨拶する。

それに気づいて、私も一旦ピアノを止めた。



「ああ、いいですよお嬢さん、ピアノ続けてください」



ドア口から私にそう言ってにっこりと笑ったのは、品のいい感じのおじいさん。

大きなトランク片手に、かぶっているハットが洒落ていて。

背も高くて、背筋をしゃんと伸ばしてお店に入ってくる・・・あ、こういうおじいさんって素敵だな。



「いやぁ、どうも人込みは性に合わなくて。ちょっと入ってみた通りからきれいなピアノが聞こえてきたものですから。

もう少し聴かせてはもらえませんか?」


「あ・・・じゃあ、弾きます」



私はえへへっと笑って、再び鍵盤に指を乗せた。

もう一度店内に流れるメロディ。

私のその様子を目を細めて見つめ、おじいさんはハットを脱いで、カウンター席に腰かけた。



中盤で少しだけ盛り上がり、最初と同じメロディをもう一度繰り返す。

そして、だんだん曲は消えていく。

最後の和音をゆっくりと押さえて、鍵盤から指を離した。




ぱちぱちぱち・・・




ピアノの音が消えると、カウンター席から二つの拍手が送られる。

その拍手がとてもくすぐったくて、私は照れ笑いした。




「あは、ありがとうございます」


ちゃん、紅茶が入ったぞ」


「はーいっ!うん、いい匂い〜」



嬉々としてカウンターに駆け寄った。

おじいさんの隣の席に用意されているチーズケーキにフォークを入れ、大きめに取ったケーキをぽいっと口に入れる。



「・・・あ、前よりも甘くなってる」


「わかるかい?さすがだね」


「うん、私はこれくらい甘い方が好きかなぁ」



ぱくぱくとすごい速さでケーキを食べていく私へ笑んでみせ、マスターはおじいさんのオーダーを準備している。

あれは・・・アールグレイの缶だったかな?



「甘いもの、お好きなんですか?」



マスターがお茶を淹れる様子を興味深そうに見ていたおじいさんが私にそう声をかけてきた。



「あ、はい。たぶん、人並み以上には大好きですね」


「そうですか」



私、自分のお祖父ちゃんは写真でしか知らないんだけど、こんな風に優しい感じなのかな?

そう思ってると、マスターがカウンターから身を乗り出して紅茶のポットとカップをセッティングする。



「失礼します、アールグレイですね。お待たせしました」


「ああ、いい香りですね。上手い淹れ方をなさっている」



おじいさんがアールグレイに口をつける頃にはもうケーキを食べ終わり、オレンジペコも半分くらい飲み干してしまってた。

よし、一息もつけたから、もう行かなくちゃ。




「マスター、私もう行きますね」


「おや、ちゃん、今日は随分と早いんだね?」


「うん、明日からテストも始まりますしね」



テスト勉強は何とか時間を見繕って調査の合間にこそこそとやっていた。

ああ、絶対に今度のテストで2番とかは無理だろうなぁ・・・。

まぁ、いっか。頑張ってるだろうライトには悪いけど。私はそこまで勉強に執着はしてないんだから。




「じゃあ、このケーキ持っていくといいよ。余り物で悪いけど、差し入れ」


「ホントに!?ありがとうございますー!」



マスターが包んでくれたケーキを笑顔で受け取った。

お代を払ってガタっと椅子を引いて立ち上がり、キャスケット帽子を浅くかぶって準備完了。



「それじゃ、失礼します。ゆっくりしていってくださいね!」


「はい、ありがとうございます、お嬢さん」



私の挨拶に笑顔で返してくれたおじいさんに私も笑い返して、お店を出た。

さっきまで暑くってどうしようもなかったんだけど、少しだけ陽が落ちてさっきよりは涼しくなっている。




よし、帰ってLへの報告用にファイルまとめなくっちゃ!

絶対にもうすぐ事件解決。

無理かなと思ってた、お父さんとお母さんとのイギリス旅行に間に合いそう!


足取りも軽くメインストリートに出て、私は行き交う人たちの波の中に紛れていった。







「・・・・・・あの」


「はい?」


「さっきの女の子・・・名前は何て言いますか?」


「あの子ですか? ちゃんと言いますが・・・?」


「よくここには来るのですか?」


「ええ。いつも贔屓にしてもらっている可愛いお客さんですよ。

・・・あの子が何か?」


「いえ・・・、もしかしたら、と思っただけで・・・」







「竜崎、ワタリです。本部での報告と・・・一つ、気になることが」