『Lです。初めまして、

ひどく優秀で聡明な私立探偵だとよく聞き及んでいますよ』


「光栄です、L」



性別を偽って関わっていったらいつかボロが出そうだから、女で通すことにした。

だけど、女子高生だなんて悟られないようにしなくちゃ。



相手は世界のL。失敗は絶対に許されない。


そう、初めてのコンタクトの日は緊張で食事も喉を通らなかったんだよ?












第五話:コンタクト
















「・・・・・・・・・ねぇ、?」


「なーにー?」


「・・・今日の、何か恐いんだけど」



今日最後の授業は、化学室での薬品実験。

授業が始まる前までに実験器具を準備しておくようにって言われたから、

私は前の教壇でビーカーや試験管、アルコールランプなどをがちゃがちゃとかき集めていた。

いつも準備は私に任せっきりな美奈子が後ろからいきなりそんなこと言うものだから、

私は眉をひそめて彼女の方へ振り返った。




「恐いって何が?」


「・・・目の下にはクマができてるのに、何かやけにテンション高くて嬉しそうだし。

かと思えば、すぐに真面目な顔になってみたり・・・大丈夫?テスト週間はまだまだ先だよ?」



目の下のクマには朝しっかりコンシーラーを塗りたくったんだけどな・・・、隠しきれてなかったか。

昨日一睡もせずにコンピュータの準備してたもので、朝方の自分のものすごい顔に溜め息をついてしまった。

目は真っ赤に腫れて、顔色も青くって。

・・・だって、報告書はどうしても仕上げなきゃいけなかったんだもん。



、夜ちゃんと寝てる?」


「あ〜〜〜・・・、そいえば、最近ちょっと睡眠が足りないかなぁ・・・」



少し考えるふりをして美奈子にそう言った。



「今日のお昼も食べてないし・・・・・・・・・、まさか、、ライト君と今度こそ何かあったの!?」



バンッ!



「ちょっと待ってよもう!何でそこであの人が出てくるかなぁ!?」




・・・美奈子の突拍子もない言葉は今に始まったことじゃないけど、私はつい力いっぱい教壇を叩いてしまってた。



A組の秀才の夜神 月くんと知り合ったのは・・・ああそうだ、Lから初めてメールをもらった日。

だからちょうど1週間前。

この1週間で、私は彼と言葉を交わす機会が何だか少し多かった。

廊下で顔を合わせれば手を振って挨拶くらいするし、

一昨日は時間割を間違えて数学の教科書を忘れてしまったから、

その日数学の授業があったA組に行って彼の教科書を貸してもらったし。

ちょうどその日あたりから、人見知りしない私は馴れ馴れしくも彼のことを『ライト』って呼ぶようになった。

私の呼称の変化と同時に、彼も私のことを『』って呼んでいる。



・・・・・・・その変化を、この美奈子が見逃すはずはなかったんだよね。

彼と何か進展したのかと昨日から質問攻めにされている。



何もあるはずがないじゃない。

・・・まぁ、呼称が変わったことで、クラスの違う『顔見知り』から『友達』にはなれた・・・と思うんだけど。




「・・・・・・さん、気が済んだら教壇からどいてもらえますか?」



美奈子相手にまだエキサイトしている私の後ろから低い声が降ってきた。

いつの間にか化学の先生が出席簿片手にそこに立っている。



「ご、ごめんなさーいっ!」



クラスメイトたちのくすくす笑いを聞きながら、まだ不服そうな顔をしてる美奈子の隣の席に戻った。

私だけにしか注意がいかなかったことが何か不満だけど。

更にお咎め食らって居残りでもさせられたら大変だと大人しく授業を受けることにした。








そう。

だって、今日はLとの初めての音声コンタクトの日だから。













授業終了の鐘が鳴り、実験の後片付けを美奈子に押しつけ(お代はハーゲンダッツのセブンフレーバーになった)、

私は化学室から教室に戻り、カバンを引っつかんで教室を飛び出した。

急がないとLからの通信に間に合わない。



うちのクラスの授業が早く終わったおかげで廊下はまだ人通りがない。

廊下の一番端っこにある私のD組から廊下を全速力で駆け抜け、曲がり角のA組に近づいた時だった。



「うひゃあっっ!?」



いきなりA組のドアがガラっと開いて人が出てきた。

衝突を避けるために体をヘンな方向へ捻ったらバランスを崩して廊下の壁に体をぶつけ、私はその場に膝をついた。

・・・結構な衝撃がじんじんと体中に響いて思いきり顔をしかめる。



「ご、ごめん、大丈夫か?」



聞き覚えのある声に顔を上げる。



「ライト!?うわ、ごめん私ってば!」



さっきまで美奈子がうるさいくらい問い詰めていた彼だったんだ。

彼はすぐに私の腕を引っ張って立たせ、あまり中身が入ってなくて軽いカバンを拾ってくれた。



「あ、ありがと。もうホントごめん、大丈夫だった?」


「僕は大丈夫だけど。が膝すりむいてるじゃないか」



言われて膝に目をやると・・・ホントだ。

軽く皮膚が剥けて少しだけ血がにじんでる。自覚したらひりひりと沁みてきた。



「これしかないんだけど。保健室に行って消毒した方がいいんじゃないか?」



彼も帰宅するところだったらしく、自分のカバンの中から絆創膏を取り出して私によこした。

もう一度「ありがと」と言い、それを素直に受け取る。



「どうしちゃったんだ、?最近バタバタと忙しそうにしてるけど。何かやってるのか?」



膝に絆創膏を貼る私に、彼はそう尋ねてきた。

一瞬だけびくっとしたけど、前かがみになっている私の表情は読み取れなかったらしく、ライトは何も言わない。



「うん、ちょっとね。期末テストも近いから焦ってるんだけど」



下手に隠しても、この鋭いライトのこと。

ヘンな弁解をするよりもあっさり認めてしまえば、彼の印象には残らないよね。

顔を上げて、にぱっと笑った。




「へぇ。僕はに抜かれないように一生懸命勉強してるのに、は他の事やってるんだ?」


「あはは、勉強もちゃんとしてるわよ。油断してたら知らないからね」



いつものように私とライトの軽口の応酬が始まる。

ライトは頭もいいし話題に事欠かないから、話してて楽しい相手ではあるんだ。


・・・ああ、こういうところが美奈子にうるさく言われる原因なのかな?



そして何気なく腕時計に目をやったら17時をとうに過ぎてるのを見て私はさっと青ざめる。




「きゃーーーーーっ遅れるーーーっっっ!!ライトごめん!またね!!」


「あ、ああ。気をつけて」



一気にまくしたてた私は、呆れたように笑ってるらしいライトの横を走り去る。

外は少しずつ陽が傾いて西の空が茜色に染まっている。

長く伸びている自分の影を追いかけるように、私は帰路を全速力で駆け抜けた。










そして家のドアを蹴破るように開け、部屋に飛び込んで通信用のコンピュータをネットにつなげた。

現在の時間、18時15分前。



「ま・・・間に合ったぁぁぁ・・・・・・」



もう緊張と息切れで心臓がどうかなっちゃいそうよ。

疲れてお腹も空いてるんだけど、こんな状態じゃ何も口にできない。



制服のネクタイを緩めながら、鍵をして引き出しにしまってある報告書を取り出した。

先週、Lから指示されたとおりに郵便局に行ってこの報告書を手に入れたんだ。

・・・別に悪いことしようとしてるつもりはないのに、局の人が恐かったりね。

必要以上にこそこそしてしまってた気がするなぁ・・・。





コンピュータのデスクトップには初期状態の青い壁紙のまま。

Lとの通信に使うコンピュータは使ったことのないマックにしてみた。

ウィンドウズとは少しだけ勝手が違うそれに昨日まで焦ってたんだけど、もう大丈夫。何とかなりそう。

真剣に報告書に目を通し、心を落ち着かせようとしていた・・・んだけど








・・・・・・・・・そういえば。

何故か今まで考えてなかったことがこんな時になってふっと頭をかすめた。


・・・私、として実態を表すのは初めてなんだ・・・・・・。



捜査本部へのメールの文章の書き方で男か女か推測はできても確認はできなかったわけだし。

感情を抑えた淡々とした文章ばかり送り続けてきたから、

本部内では30代の男性ではないかという噂も流れてるみたいだけど。

・・・どうしよう?女よりは、思われてる通りに男性で通した方がいいのかな?



そう思ったんだけどすぐに考えを頭の中から振り払った。

・・・無理だよね。男性にしては私は声が高すぎる。

どんなに低く落としてもアルトになれるかなれないかだ。

それに半端な演技をしていてはすぐに、用心深いLから不信感をもたれてしまう。



女性でいいよね。男じゃないことに不思議はないはず。

・・・・・・だけど、せめて女子高生だなんて悟られないようにしなくっちゃ。



私立探偵は・・・そう、20代後半くらいの大人の女性、大人の女性・・・・・・、



そうやって自分でも何とも頼りないと思う暗示をかけている時だった。



PiPiPi・・・PiPiPi・・・



外部アクセスの発信音。

初めて聞いたマックの発信音は思ってたよりもずっと高いし音量も大きい。

チェアから飛び上がりそうになるくらい驚いたけど、

震える指を押さえつつ、大きく深呼吸してそのアクセスを受けた。






『パスワードは?』






嘘、ホントにいきなり!?





「element」




・・・声が裏返らないように集中して答えることができた自分を褒めてあげたい。



『音声でのコンタクトは初めてですね。無理な注文を聞き届けてくださって本当に感謝しています』



澄んでいるいい声だ・・・、思ってたよりもこの人若いのかもしれない。

おじさんくらいのダミ声を想像していた私には意外な事実。

そう思った私へ、Lは更に言葉を続ける、



『Lです。初めまして、

ひどく優秀で聡明な私立探偵だとよく聞き及んでいますよ』


「光栄です、L」



私なりに作り上げた落ち着きのある声でそう返事をすることができた。

そのままの調子で報告書を握りしめ、この1週間で調べたことも踏まえ、私なりの見解を述べた。

Lは黙って最後まで聞き届け、私の報告が終わると自分の推理を私に告げる。

・・・そう、Lも私とほぼ同じ考えなんだ・・・、

そうだよね、偶然にしてはどうもこの事件は出来過ぎてしまってるような気がする。



『それでは、また』


「はい、失礼いたします」



彼がアクセスを切ったのを確認し、私もさっさとコンピュータを初期状態に戻してしまった。

ぱっと画面が消え、再起動の為にマックは小さく稼動音を響かせる。

そして、すぅっと息を吸い・・・・、



「・・・・・・こ・・・怖かったぁぁぁぁ・・・・・・!」



糸が切れたみたいに私はどさっとデスクに体を倒した。

ずっと張り詰めていたものがようやく解けた。



よくやったよ、・・・!



自分で自分を褒め、ゆっくりと目を閉じた。

・・・大丈夫だよね。彼に不信感を持たれることなく、最初のコンタクトは無事にできたと思う。



L・・・、思ってたよりも優しい声をしてたような気がする。

冷静な大人の女を装いつつ、実は自分の報告で精一杯だったけど、それは印象に残ってる。



私、頑張れそう。

ちょっと心臓に悪いかもしれないけど、やり甲斐はあるじゃない?




再起動の終了したコンピュータにカタカタッと素早くパスワードを入力して起動させ、メールボックスを開いた。



もう届いている、Lからのメール。

彼の足として、情報収集でまた忙しく駆け回る1週間が始まるんだ。





殺人事件を追う態度として不謹慎なのはわかってる。


だけど。


いつの間にか、唇の端っこに笑みが浮かんでいた。