難解な暗号は、私のハッカーとしての知的欲求を満たすものだった。
至るところに仕掛けてあったトラップも冷静に見抜いて、解読していく。
こんなに面白い暗号なんて、久しぶりに見たからつい熱中してしまってた。
暗号を解いて逢えたのが、あなた。
ねぇ、私の暗号解読、どうだった?
第四話:L
私は休むことなく暗号解読にあたっていたけれど、部屋はもう真っ暗。
いい加減にそろそろ目が痛くなってきたから、部屋の明かりをつけて、再びパソコンに向かった。
夜ももう、いい具合に更けてきて窓の外の通りは人の気配すら感じられない。
聞こえるのはデスク上の置時計の秒針と、カタカタカタカタッと私がキーボードを叩く音だけ。
ソフトを使ってもまだ解読できない難解な暗号に私は何故か心躍らせていた。
こんな気持ちの高ぶりは、初めてハッキングが成功したとき以来かもしれない。
「・・・よっし、もうちょっと、かな・・・?」
このスリルは、下手なアクションゲームよりもずっとずっと大きいと思う。
この感覚をまだ知らないという人がいたらぜひ教えてあげたいくらいだよ。
それから数十分後。
「できたっ!!」
解読成功。暗号の答えはまた新しいURL。
バシっと思いっきり最後のエンターキーを叩いた。
『おめでとう、解読できましたか。さすが日本警察が一目おく私立探偵ですね』
ページが表示されると、自動的に文字がずらずらと綴られていく。
リアルタイム・・・じゃないね。これもプログラムか。
・・・とすると、『』は必ず解読できるって踏んでの暗号だったの、あれ?
『私も貴方と同業者です。極秘の私立探偵として活動しています、Lと申します』
・・・L?何か聞いたことある、ような・・・、
・・・・・・・・・、、
・・・そうだ、思い出した!!
『試すようなことをして申し訳ありませんでした。
実は、日本警察の噂を耳にして是非貴方の力を借りたく思い、あのようなメールを差し上げた次第です』
L。その正体は誰にも知られていない、世界を叉にかけて活躍している極秘の私立探偵。
名前も、その居場所も、顔だって誰も知らない謎の存在。
どんな難事件だって必ず解決するらしいんだけど、自分が興味を持った事件しか請け負わない・・・みたい。
警察庁のあるデータベースにそんな風に記録されてあったのを見たことがあるんだ。
その時は、へぇ・・・と他人事みたいにぼんやり思ってたんだけど。
・・・まさか、こんなところでコンタクトすることになるなんて。
そんな私の思いを知ってか知らずか、どんどんメッセージは綴られていく。
『私は今、日本で起きたある殺人事件を追っています。
捜査本部も設けられ、表向きは順調に捜査も進んでいるようです』
ある殺人事件?
・・・ああ、そういえば一週間くらい前に何か出たよね、たしか。
被害者の惨殺死体から「ジャック・ザ・リッパー」の再来とまで、密かに内部で噂されていたはず・・・。
近いうちにちょっと情報収集してみようかなって思ってたんだけど。
『しかし、本部を行き交う情報に何やら不信感が芽生えました。
彼らの報告を頼りに推理をしている身でこれは問題なのですが、
私は警察庁に顔を出さず、このようにパソコンを通じてしか捜査員たちとコンタクトが取れないのです』
顔を出さずに、捜査員の報告だけで推理してる?
・・・ど、どこでそんなことしてるんだろ?
『そこで、警察本部には知らせない極秘の捜査員として、是非貴方に御出でいただきたい』
・・・・・・・・・何ですって?
その一文に私は目を丸くした。
けれど、まだ文章は止まらない。
『勿論、貴方の意思で選択してくださって結構です。
協力してくださるなら、30秒以内にアイコンをクリックしてください。
協力のつもりがないのなら、このままご放念して下されば30秒後にこのページは消滅します』
そうして、ぱっとデジタル数字が表示され、30からどんどんカウントダウンされていく。
あまりに予想すらし得ない事ばかりで、2、3秒だけボーっとしてしまってた。
ぶんぶんと頭を振って気をしっかり持った頃にはもう20秒ちょっと前。
警察本部には知らせない極秘の捜査員?
何で私が?
ちょっと待って、一体何がどうなってるの?
自問しているうちにデジタル数字はもう10秒を切り、赤く点滅し始めた。
それを見た私はもうほとんど反射的にアイコンをクリックしてしまっていた。
再び新しいページへ通信が始まる。
・・・わからないことだらけで、何だかどんどん話が進んじゃってるのが少しだけ癪だけど。
ここで引き下がったらもっと癪だしね。
『協力してくださるのですね?頼もしい協力者が見つかって私自身ほっとしています。
それでは、私とのコンタクトを取る方法は、メールでお伝え致します』
そこまで一気に表示され、数秒もしないうちにそのページは強制的に閉じられてしまう。
少しだけうろたえた私は最初のメールをもう一度開いて暗号のページへのリンクをクリックした。
けれど、現れたのは「ページが見つかりません」のあのページ。
いつの間にかあのページがネット上から下げられている。
きっと前のページに戻ることができないように、
次のページに行ったら前のページは削除されるようにプログラムされてたんだろうな。
全然気づかなかった・・・すごいわこの人。
感心していると、すぐにメールソフトが1件のメールを受信した。
早い・・・これもあらかじめ準備されていたものなの?
同じアドレスからなので迷うことなくメールを開いた。
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極秘の捜査をお願いするにあたって、以下の通りにお願い致します。
・通信用に使用する独立したコンピュータを1台用意すること。
・私が通信を指定する日のその時間までにコンピュータを起動し、ネットにつなげてください。
定刻に私から通信致します。
・毎回の通信の第一声で、私は貴方にパスワードを求めます。
パスワードは私が毎回違うものを前もってメールで知らせるものとし、はっきりと口頭でお答えください。
少しでも貴方の声に迷いがあるようでしたらば、その場で通信を切り、以後連絡は取らないものと致します。
・通信は必要最小限の報告のみとし、通信が終了次第使用したコンピュータは初期状態に戻してください。
次の捜査の指示、次回パスワードはメールを通じてお知らせします。
・私からのメールは内容を確認しましたら直ぐに削除してください。
捜査指示の写しは認めますが、くれぐれも外部に漏れることがないように。
以上、多い注文で申し訳ありませんが、上記内容を遵守してください。
それではさっそくですが、最初の指示をさせていただきます。
中央郵便局の私書箱153番に警察の捜査本部がまとめた事件の概要の報告書を入れてあります。
鍵は封筒に入れ、局に預けてあります。
総合受付の人間に、
『流河の代わりに連絡のあった落とし物を受け取りに来た』と言えばすぐに渡してくれるでしょう。
報告書を手にし、まずは事件のあらましを知ってください。
そして被害者と容疑者たちの間に何か接点がないか調べていただきたい。
勿論これらは警察が最初の段階で洗っていることですが、
第三者の視点で何か見落としがないかもう一度お願いいたします。
次回の通信は6月9日、18時。
パスワードは『element』です。
それでは。 L |
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「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
長いメールを読み終えて、私は一度だけベッドに飛び込んで思いきり溜め息をついた。
展開が早すぎてもうついていけないよ・・・!
まだ心臓がドキドキしてる。
暗号を何とか解いてみたら、それは少しだけ噂を耳にしていた私立探偵Lからのもので。
そのLが私を捜査員として採用したいと言ってきて。
思わず了承してしまった私に、こんな本格的な捜査指示がすぐに出されて。
・・・冷静にすぐに対応しろというのが無理な話だってば・・・!
少し経ってちょっと落ち着いたからがばっと起き上がってもう一度メールに向かう。
・・・な、何て本格的な・・・私、大丈夫なの?
このLさん・・・はどんな人間だと思ってこんなメールを送ってきたんだろう?
コンピュータを別にもう1台用意しろだの、事件概要の報告書を見て第三者としての見解を頼むだの・・・・・・。
・・・あ、どうしよう。この人絶対にのこと女子高生だなんて思ってない・・・。
そうやってメール画面を見つめて頭を抱えて少し経った。
私は大きく深呼吸して、コンピュータに向かいメールの内容を簡単なメモ書きにした。
パスワード・・・『element』・・・エレメント・・・基本?基礎?元素?初歩?
・・・もしかして、この人、『L』の語源だったりしてね。
パスワードもメモに残そうとしたけれど、ふとペンを止めた。
・・・ここまで用心深い人なんだ。それはさすがにマズいよね。
そう言い聞かせて頭の中で何度かパスワードを繰り返した。
よし、次回の通信は9日の18時・・・ちょうど1週間後だ。
それまでに新しいコンピュータをすぐに手配して、捜査の報告書を見て何とか私なりに考えをまとめなくちゃ。
「・・・やってやろうじゃない」
そう呟いて、Lからのメールを気合と一緒に削除した。
・・・大丈夫。たとえこの人の期待に沿えることができなくても、一矢報いるくらいはできるよ。
今まで何件もの事件を解決に導くことはしてこれたじゃない。
この人はその私の能力を買ってこうして連絡を取ってきて、私は出された暗号も見事クリアできた。
さっきの暗号で何とか信用に足る人物だということはアピールできたと思う。
演じてみせるよ。
完璧な私立探偵を。
そう決意して私は立ち上がった。
・・・・・・・・・・・・・だけど何はともあれ、もうお腹すいて死にそう・・・・・・。
暗号に取りかかったのが18時過ぎだった。
なのにもう深夜0時を過ぎてるし・・・・・・。
自覚したらどっと疲れが押し寄せてきた。
とりあえず、すっかり機体が熱くなってしまったウィンドウズを終了させた。
固くなってしまった体を伸ばし、ふらふらと部屋を出て食べ物を求めダイニングへ向かう。
・・・買い置きしていたパンとコーヒーにしよう。
砂糖たっぷりの甘いコーヒーが飲みたい・・・・・・。
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