学校の勉強は、別段苦手というわけでもない。

それなりに勉強すれば、それなりの結果が返ってくるから。

だから、その結果が時期によって左右され誰かに上回られるようなことがあっても特に気にしてはいない。


だけど、コンピュータ関係のこととなれば話は別。

ハッカーとしてやってきて、曲がりなりにもプライドはあるんだから。



・・・この挑戦、受けないわけにはいかなかったよね?










第三話:挑戦状















日はあっという間に過ぎ、私は私立大国学園高等学校の1年生になっていた。

最近手がけた事件は中学校を卒業してすぐのことだったけど、高校の入学式までには解決できていた。

春らしくのんびりとした中で、ああ、平和っていいよねなんてことを思ってるとつい眠気が誘う。



「ねぇねぇ!中間テストの結果貼り出されてるって!見に行ってみようよ!」




机に突っ伏して眠っている自分の耳元で友達の美奈子が大声で呼ぶ。

・・・昼休みなのにうるさい。私は寝不足なの。

むくりと顔を上げた。ごしごしと目をこすりながら彼女を睨みつける。



「・・・テストの結果?」



・・・ああ、そういえば高校に入って初めて中間テストがこの前終わったばかりだったね。

最近これといった事件もなく時間もあったし、それなりに勉強して臨んだからちょっと自信はあったりする。

・・・気になるかも。

起き上がった私の腕を引っ張って、美奈子は早く早くと急かしている。



「わかったってば。行こっか」



ん〜っと伸びをして、テスト結果が貼り出されているという職員室前に向かった。









さすがにみんな気になるのか、職員室の前は人だかりがすごかった。

何とか人の間を掻き分けて美奈子と一緒に先頭に立った。



「えーーーっ!!?すごいすごい、、席次2番だって!!」


「うっそ!?」



言われて結果表を見上げてみた。

ホントだ。 、2番だって。

5教科500点満点中・・・480点。うわ、まぐれでもすごいかも。

だけど。



「トップの人、満点だし・・・」



自分の隣にある人の点数を見て思わずそう呟いた。

夜神・・・月?

男子生徒かな?ツキって読むの、あれ?それとも・・・ゲツ?意表をついてガツとか?

・・・ああ、実は女の子で中国風にユエって読ませたりして。



「おいライト!全教科満点でトップだぜお前!」



後ろから聞こえた男子生徒の声に思わず振り向いてしまった。

数人の男子に押し出されるようにして前に出てきたのは、見事なまでに顔立ちの整った男子。

私、あんまりテレビとかは見ないんだけどジャニーズあたりにこんな感じの人いるかも。

15、6歳なのに妙に世の中を悟りきってるようなつんとした表情で結果表を見上げる。



「ああ、本当だ。初めてのテストだから気合入れて勉強してみたんだけど。

報われてよかった」



あまり嫌味にも聞こえない言葉を聞いて、周りの人たちは感心したみたいにへぇといった顔をする。

月って書いてライト、って言うんだ・・・変わってる名前。



「ねぇ、。あのトップの人、何かカッコよくない?

いーなー、は。あの人の隣でさ」


「隣って、名前だけじゃない。大げさだなぁ」


「もう、ってば、ちょっとはうきうきしたりしないの?」



美奈子が失礼にも指を差しながらそう言うから、その、夜神 月くんはくるっとこちらを振り返った。



「あ、もしかして君が2番の・・・えと、さん?」


「あ、うん。そう、です」



そう答えると彼は少しだけ唇に笑みを浮かべて近づいてきた。

・・・そのシニカルな笑顔、ちょっと恐いかも。



「君もすごいよね。国語以外全部満点じゃないか」



そう、実は国語がちょっとばかり苦手な私。

あの曖昧な答えを求める問題がどうも性に合わなくて好きじゃない。現代文や小説のコツが全然わからないんだから。



「気を抜いてたらすぐに抜かれてしまいそうだな。油断しないようにしなくちゃね」


「あはは、それだけ用心深いんだったら次回もトップの座を守れると思うけど?」


「何だったら、次回は一緒に全教科満点でトップになる?」


「ムリムリ。今回はまぐれだってば」


「あ、気が合うね。僕もまぐれ」



そう言って彼は、あははっと笑った。

あれ?ちゃんと笑ったら結構気さくな感じするじゃない、この人。

その笑顔がちょっとだけ気に入ったから私も笑い返した。



「それじゃ僕は次の授業、体育だから急ぐよ。

また今度ゆっくり話でもできたらいいね、それじゃ」


「はーい、またねー」



ひらひらと手を振って、彼を見送る。

彼の姿が見えなくなると、後ろから物凄い力で肩を掴まれた。

・・・何か目の据わってる美奈子がそこにいる。

私が何か言う間も与えず、彼女はそのまま私をゆさゆさと揺さぶった。



ずるいーーーっ!!」


「わわわわわっ!ななな何がずるいのーー!?」


「あんなカッコいい人と楽しげに話すなんてずるいーーーっ!!」


「はい〜〜〜っっ!?」




・・・・・・忘れてた。この子クラス一、一目惚れの激しい子なんだったっけ・・・。

入学式で隣の席に座った初めての友達で、所構わずキャーキャー騒ぐ彼女はなかなかインパクト強かったのを覚えてる。

ライト君、ね・・・。うん、まぁ、それなりには・・・カッコよかったよね。

・・・でも、美奈子が恐いからあんまり関わらないようにしようっと。











「ただいまー」


と言っても、家には誰もいないんだけどね。

18時かぁ・・・今日は晩御飯何作ろうか?

・・・昨日は火加減を間違えたのか、ロールキャベツの芯が生煮えで失敗しちゃったんだよね、私としたことが。

とりあえず、部屋に戻って制服着替えながらメールチェックしなくっちゃ。








この前、ハードディスクのプログラムを全部整理して、随分容量が軽くなったウィンドウズを起動させた。

起動させたら自動的にネットに繋がってメールチェックしてくれるから、私はすぐにぽいぽいと制服を脱ぎ捨て始める。


ピコン、と発信音が鳴ってメールチェック終了。私の着替えも終了。

チェアに腰掛けてマウスを手に取った。

えと、ダイレクトメールが今日は4通も、と・・・



「・・・?」



もう1件メールが届いてる。

・・・こんなアドレス知らないよ?

件名もついていないそれに少しだけ警戒して、ウィルスチェックをかけた。


・・・「ウィルスは検出されませんでした」という文字に少しだけ安心する。

だけど、安心してちゃいけないよね。

一応、即効性のウィルスワクチンを施して、恐る恐るメールを開いた。









「この暗号が解けますか、?」










メールにはその一文だけ。

その下の行に、ネット上のどこかのページへのURLが表示されてリンクが貼られている。



カチ、カチ、とデスク上の置時計の秒針が動く音と、パソコンの小さな起動音だけが部屋に響く。

・・・少しだけ頭を整理してみることにした。


差出人が誰かもわからないメール。メール自体にはウィルスも何もない。

このリンク先には恐らく暗号か何かがあるんだろうけど・・・得体も知れないページは恐いからあんまりアクセスしたくない。



・・・・・・何これ?



警察の捜査本部から、宛てのメールは何通か受け取っている。

だけどそれらは、きちんと件名が書かれ、メールの文末に送信者の名前と所属が明記されたものだった。

・・・こんなメールは初めて。



更に時間が過ぎる。

部屋に戻った時はまだ薄明るかったのに辺りはもう真っ暗で、ディスプレイの強い光が少しだけ目に痛い。

だけど私はそのままの体勢で、メールを食い入るように見つめていた。



送信者はわからないけど・・・警察関係者、かな?

の名前は一般には出していないもの。



そう思ったんだけど。

・・・ううん待って、警察のホストコンピュータに侵入できるのは私だけとは限らないよね。

きっと私と同じくらい、もしかしたら私以上のスキルを持つハッカーからかもしれない。

一応、メールアドレスは記載されているけれど・・・このアドレスを辿ってもきっと壁に阻まれる。

最悪、ウィルスページに飛ばされてしまうかもしれない。

・・・そんな逆探知をするくらいなら。



私は意を決して、表示されているリンクをマウスでポイントし、クリックする。



・・・おそらく、これは『』への挑戦状とみた。

この人が警察の捜査本部内の人間だろうと、外部のハッカーだろうと。

それなら、この先にある暗号とやらを解読したら、誰なのかわかるかもしれない。



そう思ってリンクをクリックしたんだけど・・・ページの表示が遅い。

よっぽど重いページなのかな・・・やっぱやめとけばよかったかと思った次の瞬間、ぱっとページが表示された。

そこにあったのは、膨大な量の数字とアルファベットの羅列。

・・・こんな大容量の暗号なんて初めて見た・・・!

一瞬だけその情報量の多さに圧倒されたけれど、すぐに暗号解読ソフトを呼び出して作業にかかった。



私にだって、いちハッカーとしての意地がある。

その私への挑戦と言うのなら、ここは絶対に退かないよ。





さっきまでお腹ペコペコだった私だけど、暗号解読に夢中になって、そんなことすっかり忘れてしまっていた。