小学校の頃からパソコンをいじるのが好きだった。

4年生の誕生日に自分専用のコンピュータをプレゼントされて、暇さえあればインターネットばかりしてた。

ホームページを開いたり、外国のサイトも覗いてみたり、興味が尽きなかったっけ。

そのうち、独学でハッキングの知識も増えていったの。

ファイアウォールの突破、暗号解読、ホストの偽造、その他にもたくさん。

痕跡一つ残さずに政府や大企業のホストコンピュータに侵入することは、私にとって、挑戦し甲斐のあるゲームだった。




そして、ある日。あれは中学2年生くらいになった頃かな。

警察のホストコンピュータに侵入成功して、あの事件を知った。

それが、覆面私立探偵の誕生となったんだよ?


















第二話:最初の事件




















「まだ証拠はあがらないのか!」



捜査本部の本部長が怒声を発した。

連日の徹夜で膨大な情報にまみれて来て、もう神経が限界を超えているのかもしれない。

しかし、それはこの本部長の指示で捜査にあたっている捜査員たちも皆同じだ。



「・・・申し訳ありません、本部長」



口では謝っていても、顔は明らかに不服そうなまだ年若い捜査員。

わざとらしく溜め息をついて自分のデスクに戻り、乱暴に腰掛けた。

古い椅子がギシっと大きく軋む。



事件発生からもう2ヶ月が過ぎようとしている頃。

はっきり言って捜査は大きく行き詰まっていた。

白昼堂々とした事件だったに関わらず目撃者は少ないのだ。

当日銀行にいた行員6人は全員ナイフで刺し殺され、客の中には重傷を負わされたものもいる。

冷静にしっかり犯人の容貌を覚えたものはいない。

犯人は現金1000万あたりを奪い、人質も取らずあっという間に逃走した。

警察が来た頃にはもうどこへ逃げたかもわからない状況だったというのだ。



彼は煙草に火をつけ、思い切り煙を吸い込んだ。

大した情報がないとわかっているがパソコンを起動させ、事件の情報を募っている一般からのメールボックスを開いてみた。

今日の新着メールは3件。

最初の2件は早く犯人を捕まえてくれといった類のもの。こんなメールは一瞥しただけでさっさと削除してしまう。

最後の1件は・・・・・・、



「・・・何だこれ?」








初めまして。連日の捜査、ご苦労様です。

私は私立探偵。名はとでも名乗っておきましょう。

貴方がたが追いかけている、銀行強盗殺人事件について興味を持ったので私なりに調べさせていただきました。

犯人は金目当ての外部犯だということで捜査を進めているようですが、果たして本当にそうでしょうか?

本当に金だけが目当てならば、わざわざリスクを承知で行員全員を殺害したりするのでしょうか。

その線で推理すると、以前この銀行に勤めていた人物が浮かび上がってくるでしょう。

どうやら半年ほど前、

支店長や同僚たちと金銭トラブルの衝突を起こし、解雇された人物がいるようです。

事件現場の銀行に近いアパートに暮らしていたようですが、

解雇されてすぐ部屋を引き払い、行方を眩ましています。


私は警察ではないので、込み入った捜査はできません。

私の考えを一つの推理として、捜査に行き詰まった時にでも検討してくださると幸いです。

それでは、余計な口出しを失礼いたしました。

健闘を祈ります。   











「おい、このメールは何なんだ?」


「自分のところにも来てるぜ?」



途端に本部内が騒がしくなる。皆、自分のパソコンを開いてメールボックスを確認したようだ。

私立探偵・・・そんな人物は聞いたことがない。



「こんなもの、何も考えず面白半分に捜査に首を突っ込んでくる野次馬の仕業だろ。

まともに相手してられるかよ」



捜査員の一人がノートパソコンを閉じ、本部を出て行ってしまった。

多くの者たちは取るに足らないものだと判断して、彼に続き、それぞれの仕事に戻ってしまう。

しかし、煙草を吸っていた彼は受信メール画面を見つめたまま微動だにしない。


やがて彼は煙草の火を消して立ち上がり、外へ出た。









1週間後、捜査本部では祝杯が上げられた。

銀行強盗殺人事件がようやく解決に至ったのだ。

本部長に怒鳴られた捜査員の一人がダメモトで、私立探偵の推理を信じて例の人物を追ってみたのだ。

その男の部屋からは銀行から奪った現金、殺害に使った凶器がすぐに見つかりあっという間に逮捕につながった。



「あのって一体どこの誰なんだろうな?」


「さてな・・・案外本部内の人間だったりして。だって、内部の情報だって知ってたんだろ?」



杯をあおりながらそんな話をするが、どこの誰かなんてわかるはずがない。




その後、と名乗る私立探偵はどこでそんな情報を得ているのか、

警察が手を焼く事件に必ず大きな手がかりを提供し続けた。

男か女かもわからないが、が解決した事件はすでに10件近く。

は決して表には名を出さず、警察の本部では密かに尊敬の念を抱いている者すらいた。









そして、さらに数ヵ月が経った頃。




「解決〜〜♪」



鼻歌を歌いながら軽やかにパソコンのキーボードを叩いている制服姿の少女。

これが10件目の事件。

今回は目撃者も多かったので、情報収集に困ることはなかった。



「・・・結構、好きかも。謎解きって」



警察が聞いたら目くじらを立てそうな言葉を呟いた。

都内の中学3年生。

今度有名私立、大国学園高等学校を受験する・・・にしては、あまり勉強の気配が感じられない女の子。

。そして、彼女こそ私立探偵と名乗る


中学2年生のあの日、警察のホストコンピュータに侵入して知った銀行強盗殺人事件。

都内で、しかも自分の住んでいる地域の近郊で起きた事件だけに、少しだけ興味を持ったのだ。

ハッキングもバレることがなく、はコンピュータに入力されていく捜査状況を見てある見解にたどり着いた。

自分の推理を裏付ける為に、不審に思われない程度に事件関係者に近づいて話を聞く。

少しだけ推理の方向性も変わったが、概ね逸れてはいなかったのだ。

しかし、外部者の自分ではこれ以上の捜査はできない。

そう思ったはハンドルネームを使い、警察本部宛にメールを送った。

私立探偵と名乗ったのは、ほんの少しの気まぐれ。

一般人と名乗るよりは自分の推理を信じる人が多いんじゃないかと思ったから。



やがて、自分の推理どおりに犯人が捕まったことを知っては嬉しくなった。

それから続けて警察の人間には知られずにハッキングを続け、手を焼いているだろうと思う事件を自分なりに調べ続けた。

自分の助言は決定的な証拠につながるものが多く、どんどん事件解決につながっていく。



何件目かの事件を解決したある日、本部からメールが届いた。

捜査協力の感謝状をぜひ渡したいので、素性を明かしてはくれないだろうか、

貴殿の素性は警察以外に漏れることがないように約束する、と。

だけど、別に感謝されたくてやってることではない。

それに、こんな中学生の小娘でしたと正体を明かしたくはない。

そう思って本部からの申し出を丁重に断った。



そして、覆面の私立探偵として今日に至る。






「あーあ、お腹空いちゃった・・・、お父さんとお母さん、何してるのかなぁ」



娘の10代離れした活動を知ることもなく、両親は今日も仕事で家にいない。

母は最近初めて海外の事業を任されたらしく一ヶ月前からいないし、父も半年くらい日本に帰ってきていない。



「今日の晩御飯は・・・カレーにしよっかな〜」



不思議と寂しくはない。

二人とも好きな仕事に打ち込んでるんだって思うと何だか誇らしくなるし、

本当に寂しくなったら不思議なことにどちらかが必ず連絡を入れてくれる。

離れていても、両親の愛情を感じることもできる。だから、自分も自分らしく好きなことに打ち込める。



こんな活動、お父さんとお母さんに話すことはないと思うけど・・・もし、知ったら何て言うのかな?

もう随分と手慣れた様子でジャガイモの皮を剥きながら、はふとそんなことを思った。

それは、中学3年生の年明け直ぐのこと。