パソコン越しの声がちょっとだけ気に入った。

迷いも感じられない澄んだ声で、いつも冷静に指示を出す。

その内容はとても的確で、誰も思いもつかないような鋭い観点からのもので。

どんなに行き詰まっても、彼のアドバイスで頭の中は冴えたようにすっきりしてくるの。



・・・会ってみたい。

そう思うようになるまで時間は必要としなかったんだよ?









第一話:私立探偵

















週に一度の定期報告の日。

いつものように緊張でドキドキしながら、彼との通信用のマックを起動させた。

コンピュータをネットに繋いで、

必ず定時に入ってくる彼からのアクセスを待ちながら報告用のファイルに目を通す。



今週は彼の指示通りに、事件の容疑者たちの過去の居住地域を調べていた。

殺された被害者たちと浮かび上がってきた容疑者たちからは一見何のつながりも見出せず、

警察は無差別殺人の方向で捜査を進めているけれど。

・・・彼は一人の事件関係者の奇妙な行動に目をつけたらしい。

しかも、その人物は警察関係者。

本部は容疑者などということはあり得ないと考えているが、彼は疑いを消さなかった。



容疑者たちの過去の居住地域を、特にこの男に関しては詳しく調べるように。



先週急にそう指示されて、私は不思議に思いながらも役所まわりをして情報を集めていた。




パズルのピースがカチッとはまった時の達成感、とでも言うのかな。

彼の推理通りになっていた結果に、とても心が躍ったの。




PiPiPi・・・PiPiPi・・・



外部アクセスを受けてマックが高い発信音を出す。

時間だわ。

私はファイルから顔を上げ、一つだけ深呼吸する。

気を落ち着けてそのアクセスをクリックし、インカムを頭につけた。




『パスワードは?』


「mischief」


『ご苦労様です、


「はい、L」




パスワードは毎回の報告後に彼がメールで指定するもの。

―――少しでも迷いのあるような声でパスワードを口にしたならアクセスを切る―――

と最初に釘を刺された時はひどく緊張したけれど。

最近では何とか大丈夫。

今回のパスワードは『miscief』・・・悪戯っ子。

何だか可笑しくて笑ってしまう余裕まであったんだから。




『さっそくで申し訳ありませんが、報告をお願いします』




声を耳にするのは一週間ぶりだけど、トーンも調子も最初の頃と変わらないから間違うはずはない。

彼がL。一般にはその存在を知られていない、世界を叉にかける極秘の私立探偵。

だけど自分が興味を持った事件しか請け負わないという変わり者で、

この業界内で彼をよく思わない人間も実は少なくない。

でも請け負った事件はどんな難事件だろうと必ず解決に導くので、彼への評価はとても高い。

実際、アメリカFBIやCIAなどは、Lに事件への助言をよく求めているらしいから。


そんな彼がどうして、正規の警察関係者じゃない私なんかに興味を持ってくれたのか。

疑問やら興奮やらプレッシャーやらいろいろと押し寄せてきたけれど、

どうにか彼の指示通りには動けている・・・今のところ。





「以上です。あなたの推理通りですね。本当に内部の人間だったなんて。

この容疑者を犯人だと確定して捜査本部に届けますか?」


『いえ、これだけではまだ証拠不十分でしょう。

それに複数犯の可能性もまだ捨てきれない。もう少し調べる必要がありそうです。

とりあえず、この男を犯人の一人と考えてその身辺を調べてみましょう』





・・・普通の警察の捜査なら、

絶対にここでこの人を犯人だと断定して捜査を打ち切り、裁判に持っていくと思うのに。



さすが、世界のLといったところかな。






『それではよろしくお願いします』


「はい、失礼いたします」




少しの雑談をする間もなく、そのまますぐにアクセスが切られてしまった。

彼との通信記録が残らないようにパソコンを初期状態に戻し、

もう一度コンピュータをネットにつないでメールボックスを開いた。

次の調査の指示やパスワードは全てメールでやり取りすることになっている。












私の情報網からの推理ですが、最初の被害者と3番目の容疑者は学生時代に交際があったようです。

今度はこの男に絞って調べていただきたい。

先の容疑者との居住地域などの関連、被害女性たちとの面識をもう一度徹底的に洗ってください。

そしてもう一つ、被害女性たちと特に親しかったと思われる人物、男女問わずリストアップをお願いします。

こちらは例のアドレスに5日以内に送信してください。


次回パスワードは『lollipop』です。お忘れなきよう。   L















lollipop・・・ロリポップ・・・ぺろぺろキャンディ?

何だかここ数週間、パスワードがお茶目なものに変わってるような気がするんだけど気のせいかなぁ。

まぁ、別にいいんだけど。


指示内容を簡単なメモにして間違いがないか確認する。

パスワードは『lollipop』・・・これは紙に残してはいけないので、頭の中にしっかりと覚えこむ。

全てを正確に確認して、Lからのメールを破棄した。

これも彼の指示。自分からのメールは内容を確認したらすぐに削除するように、と。


うーん・・・今回の調査は先週よりも時間がかかりそう。

スケジュール立てて早めに取りかからないと間に合わないかも。















ー!晩御飯できたわよー!早く降りてらっしゃい!」




一週間の調査のスケジュールをああでもないこうでもないと考えていると、階下からの母の大声。

うわ、もうこんな時間?



「はーいっ!今行きまーす!」



大声で返事を返しコンピュータの電源を切って、鍵をかけて閉めきっていた部屋を飛び出す。

バタバタバタと階段を駆け下りて、いい匂いのするダイニングルームのドアを開けた。

一週間まるまる昼夜を問わず仕事で家にいない母だけど、今日は珍しくオフになったらしい。

スーツ姿じゃなくエプロン姿のうちのお母さんって、言っちゃなんだけど何だか不自然に見えてしまう。



「手を洗って座りなさい・・・って、あなたまだ制服着替えてなかったの?」


「ご飯食べたらすぐお風呂入るー。うわ、このハンバーグおいしそう。いただきまーす!」


「シャツにケチャップ飛ばないようにしなさいね」



半袖の白いシャツに校章入りでクリーム色のふわふわベスト、

ネクタイと同色の紺色のスカートがうちの高校の女子生徒の夏制服。

・・・ちなみに冬はセーラーだけど、

こちらはちょっとデザインがダサいのでみんな大きめのセーターを上に重ねて着ています。

クラスメイトは大体ルーズソックスが多いけど私はこれに黒いハイソックスを合わせるのがすごく好き。



、あなた来月のあたまは空いてるかしら?」


「?どうして?」



お母さんが出してくれた麦茶に口をつけながら聞き返した。

このハンバーグ、ちょっと塩辛いよお母さん・・・。



「お父さんが2週間くらい休みを取ったって言うのよ。

家族で旅行でも行かないかって言ってたわよ。

私も今の時期ならあまり忙しくないから仕事変わってもらえそうだしね」



私のお父さんはそれなりに名の知れたデザイナー。

アメリカやイギリス、フランスあたりの支社をあちこち飛び回っていて、

家には本当に滅多にしか帰ってこない。

小さい頃とかは滞在先から絵葉書とかよく送ってくれたんだけど、最近ではそれも無くなっちゃった。

そんなお父さんが休みを取ったって聞いて、私は少し嬉しくなった。



「来月あたま・・・かぁ、どこに行くの?」


「私がもう一度イギリスに行ってみたいわって言ったら、じゃあそうしよう、ですって」



イギリス・・・そういえば、私も小学生の頃に一回だけ連れていってもらったんだっけ。

ってか、娘の私には相談なしに、夫婦で決めちゃうんですか?

・・・いい年して、いつまで新婚気分でいるのかなぁ・・・もう。



「えーっと・・・ちょっと学校の方がどうなるかまだわからない・・・。

とっても行きたいんだけど・・・」



今日は7月1日。

今、私が調べている事件が今月末までに解決するかなぁ?

それはL次第?それとも私?



「そう。じゃあ一応チケットは手配してもらおうか?

あなたが来れなかったらキャンセルして、お父さんと二人で楽しんでくるから」


「ずるい〜〜っ!!」


「こら、麦茶こぼれてるわよ」



食後に、お母さんが淹れてくれた紅茶をすすりながら、その夜はずっとお母さんと話してた。

いつの間にか話題は恋バナになってしまい、

私にはそんな人はいないって言ったら、お母さんは得意げにお父さんとの出会い話を口にする。

話の内容はさておいて、珍しく一人じゃない食卓はとても楽しかった。






私の名前は 。本業は高校1年生。

もう一つの名をと言い、この名前で、家族にすら知らせない覆面の私立探偵という副業やってます。