L、M、N・・・and you.
イギリスは郊外。
のどかな並木道。
木漏れ日の中、軽やかな足取りで行く今日も破天荒なリトル・ミス。
「んっと・・・、今日は竜崎もエルさんもお屋敷にいる日だよねー・・・、
へへっ、何して遊ぼっかな〜」
つばの広い帽子をかぶり直して、は開け放されている門をくぐり抜ける。
広い庭園の整備をしている使用人に大声で挨拶したところで、
玄関ポーチから出てくる見慣れた人物を発見し、ぱっと顔を輝かせた。
「ワタリさーん、こんにちはー!」
いつも穏やかな笑みをたたえる老紳士のもとへ、は全速で駆け寄った。
ワタリと呼ばれた老紳士は大声で走ってくるを見ても特に驚いた様子を見せず、
いつもの笑顔で彼女を迎える。
「様、こんにちは。今日もお元気そうで何よりです」
「もう聞いてくださいよワタリさん!ウィルってば、今日も私を閉じ込めたんですよー!
2週間前にやっと完成した隠し通路で抜け出してきたけど、
あの人は私を囚われのお姫さまにでもするつもりなんでしょうかね!?」
ワタリの丁寧な挨拶もそこそこに流し、
はつい先ほどの脱出劇を身振り手振りを交えながら一生懸命に話し出す。
今日は嫌いな作法レッスンの日。
当然サボるつもりでいたのに、最近では執事のウィルを筆頭にお嬢様の脱出阻止計画が綿密にたてられているらしい。
学校から帰ってきていつも通りに屋敷を抜け出そうとしたところ、
部屋のドアに使用人3人もつけられて外に出られなかったのだ。
バルコニーの下には先日の作戦封じのためか、これまた何人も見張りがついていた。
屋敷の主である自分にこの仕打ちはないだろうと抗議しても、
使用人たちはウィルに味方しているため、聞き届けてもらえない。
いつも元気で大変結構な彼女だが、
生まれた家柄を考えるとのようなお転婆な行動は褒められたものではないのだから。
しかし、帽子を乱暴に脱いで口を尖らせるを前にしてワタリは場違いな程に穏やかな笑みを浮かべた。
「それだけ、様のことが心配なんですよ。
ウィル様は、ご両親亡き後あなたの後見人から養育の全権を委ねられましたしね。
貴女を立派なレディに育てなくてはならない責任を負っているのですよ、あの方は」
「・・・・・・・・・立派なレディなんてガラじゃないのに」
「大丈夫ですよ、あの夫人の娘さんです。
あなたもいつか、夫人のように誰からも敬愛される淑女となられますよ。
気が向いたときにでもレッスンにも打ち込まれたら、きっと上達するでしょう」
「・・・・・・」
写真の中でいつまでも美しく微笑んでいる自分の母の顔を思い出して、はくしゃりと頭に手をやった。
居所が悪そうに視線を泳がせて、心の靄を振り払うように明るい声で話題を変える。
「ところでワタリさん、どこか出かけるんですかー?」
「ええまぁ。すぐそこの、ロンドンの方へ」
「一人で?何しに?」
はきょとんと目を見開いた。
この屋敷の主である彼らを伴わない外出なんて、彼にしては珍しい。
「迎えに行かなくてはならない子達がいましてね」
「子達?」
「エルからでも聞いてください。それでは、失礼いたします」
「・・・エルさんにでも?」
がオウム返しに聞き返してるうちに、ワタリは一つだけ会釈して裏手の車庫へまわった。
すぐにエンジンの音が響き、陽を受けて立派に黒光りするベンツが広い庭園を抜けて門を越えていってしまう。
首を傾げたままその様子を見送ったは疑問を拭えない表情で屋敷へと入っていった。
「エールさーん・・・って、あれ?竜崎も一緒だ」
「ああ、ちゃんよく来たね」
エルの私室をノックし遠慮もなしに開くと、目当ての人物と彼がいた。
笑顔で迎えてくれたのは癖のはいったやや長めの黒髪に目元が隠れ気味のエル。
今日もあまり頓着していないラフな服装で、チェアにゆったりと腰かけている。
「・・・・・・・あの、兄さん、こんな日にまずくないですか?」
こちらは幼なじみである竜崎。
細い腕を組んで義兄であるエルとデスクを挟んで向かい合っていた。
膝を抱えた姿勢で猫っ毛の黒髪を軽くかきあげて、騒がしいと何も動じていない義兄へ交互に視線を向ける。
「何、秘密にしなければならないことでもないだろう?」
「そうですけど、だからこそですよ・・・・・・」
「え?え?何何?何か面白いことでもあるのかなー?」
「ちょ・・・っ、!!何するんですか放してください!!」
溜め息をつきながら生意気な視線を流された腹いせに、
は竜崎を後ろから羽交い絞めにでもするようにしがみついた。
竜崎は普段見せないような慌てた顔で彼女の腕を振り解こうとするが、なかなか彼女を剥がせない。
「うわ痛っ!もうっ、部屋にこもりっきりの不健康のくせに、どうしてそんな馬鹿力かなぁ!?」
「あなたがいきなりしがみつくからです!!何考えてるんですか!!」
つい力が入りすぎたのか、竜崎がをぐいっと振り解くと彼女はバランスを崩して床に倒れこんだ。
柔らかい絨毯が敷き詰められているので怪我はないが、
彼女は怒りを露にして立ち上がり、同じく立ち上がった竜崎を睨み上げる。
「ほらほら、二人とも。あまり大声を出すんじゃない。
竜崎、お前はいつから女の子に乱暴な真似をするような無礼な男になったんだ?」
パンパン、と手を叩かれて二人ははっと我にかえった。
揃って声の主の方を振り返ると、体勢はそのままでもやや厳しい雰囲気のエル。
ほんの少しだけ低かった彼の声に竜崎は軽く身を縮ませた。
誰よりも尊敬している義兄にはどうしたって敵うわけがない。
反論できずに俯いた竜崎から視線を外し、エルはへにこりと微笑みかける。
「いつも悪いな、ちゃん。怪我はないか?」
「大丈夫ですー。なーんかもう、気にするのもバカみたいだし!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
何か理不尽なものを感じた竜崎だが、何も言えなかった。
やはりこの二人は苦手だ、と心の中で呟いたけれど。
「あ、ねぇねぇエルさん、さっきワタリさんが出てくところで会ったんだけどー・・・、
誰か来るんですか?迎えに行かなきゃいけない子達がいるって」
いつも3人でお茶を飲む日当たりのいいテラス。
白い丸テーブルを囲み、
メイドが運んできたクッキーを頬張りながら、は隣でコーヒーをすするエルに訊ねてみた。
「ああ、ワタリに聞いたのか。
そう、彼が経営している養護施設にちょっと気になる子が二人いてね。
竜崎、その資料ちゃんに見せてやってくれ」
「・・・これです、」
エルに促され竜崎はテーブルの脇に寄せていた資料をつまみ上げ、隣のに手渡した。
「えと・・・メロと・・・・・・ニア・・・?」
しぱしぱと目を瞬かせ、もぐもぐとクッキーを頬張りながら資料をぱらぱらと捲ってみる。
分けられてファイルされているのは、二人の少年のデータ。
エルはコーヒーカップを置き、長い足を組み変えてぐっと腕を組んだ。
それはが密かにいいなと思う、エルの大人な仕草。
「IQテストで200を越える数値を出したのは、竜崎以来だしな。
私たちの仕事を教えたら、いずれは後を継げるようにもなるんじゃないかって思ってね」
「へぇ、そんなにすごい子たちなんですかぁ」
はオレンジティをすすりながら更にクッキーをひょいっと口に放り込んで目を見開く。
その生き生きとした瞳に、長年の付き合いである竜崎は嫌な予感を覚える。
・・・・・・彼女がこういう表情をするときは大抵、決まっているのだから。
「・・・・・・、また何か企んでるんじゃないでしょうね」
「やだ竜崎ってば。そういうスレた考えはどうかと思うんだけど!
・・・っていうか、ワタリさん、施設の運営までやってたなんて。
何気にやっぱりすっごいんだなぁ・・・」
クッキーをかじりながら、光に透かすように資料を掲げてみた。
「ワイミーズハウスのメロと二ア、かぁ・・・、
どんな子たちかなぁ・・・、一緒に遊べる子だといいなぁ、ふふふふふ」
含み笑いで呟かれた言葉。
竜崎の嫌な予感はどうやら的中のようだ。
「・・・・噂をしたら、ホラ。着いたみたいだね」
「あ、ホントだー!」
車の音に気づいたエルが立ち上がり、テラスから庭園を見下ろした。
もエルの隣に陣取りバルコニーから身を乗り出すと、さっきワタリが運転していったベンツが車庫へ向かっている。
後部座席のガラス窓にはスモークが貼られていて、どんな人物が乗ってるかはわからない。
「ちゃん、悪いんだけどほんの数分席を外してくれないかな?
まず最初にあの子達にいろいろと言っておかないといけないしね。
あとで呼ぶから、ゲストルームにでも居てくれ」
「わっかりましたー!
そんじゃ、後でね竜崎!」
「痛っ」
軽くすこーんっと竜崎の頭を叩いてやり、は軽い足どりでテラスを出て行った。
頭を擦りながら彼女の後姿を憮然とした顔で見送り、竜崎はまだバルコニーから身を乗り出している兄へ声をかける。
「兄さん・・・・・・本当に彼らとを会わせるつもりですか?」
「何か問題でも?」
くるりと振り返り、どことなく面白そうな表情でエルは問い返した。
「・・・・・・は間違いなく、彼らを格好のターゲットにしますよ?」
「ああそうか、お前としては心配なんだろうな」
聡明な兄に説明は不要と感じたのか、竜崎は膝を抱えたまま黙って紅茶に口をつけた。
が。
「あの二人にお前の好きなちゃんを取られることが」
ガシャン!!
「ちょっと待ってください何でそうなるんですか兄さん!!違いますよ!!」
てんで自分の杞憂とかけ離れたエルの言葉に紅茶を吹きそうになったがそれを堪え、
慌ててティーカップを乱暴に落としてつい大声で反論してしまった。
しかしエルは楽しげな表情を崩さずに言葉を続ける。
「焦って必死になって否定しても説得力ないぞ竜崎。
そうだな、ちゃんは少々鈍いからよかったものの、あの賢い二人はお前の気持ちに気づくだろうな。
今のうちに釘を刺しておいたらどうだ?彼女には手を出すなって」
「ななな何言ってるんですか!!どうして私が彼女に対してそんな心配を!!」
「おっと、そろそろ二人が私室へ来る頃だな。
竜崎、その赤い顔をどうにかしてから来るんだぞ。私は先に行ってる」
エルはひらひらと手を振りながら竜崎の横を通り抜け、テラスを出て行ってしまった。
一人残された竜崎はぐしゃっと頭に手を突っ込み、顔を赤くしたまま舌打ちしながら溜め息をついた。
やってきた二人の少年。
幼なじみのが、彼らを相手にまたどういう行動に出るのか、今から気苦労の絶えない竜崎であった。
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