始まってしまった事件。 前代未聞、大規模な殺人事件。 ・・・・・・まさか、私に関わるような事件だなんて思ってなかった。 少なくとも、この頃までは。 第一話:ニュース コツ、コツ、コツ、・・・・・・・・・ キャンパスのアスファルトを硬く響かせる音が心地いい。 昔から、ヒールやブーツのこういう大人っぽい音が何だか意味もなく好きで。 今週あたまに、箱の中にしまってた冬用のレザーブーツを引っ張り出してきたの。 ミニスカートやロングスカートを合わせたりして、このブーツをずっと使いまわしてる。 本を抱えなおし、ヒールを立てて軽くステップを踏んでみた。 ココンッと軽快なリズム。上出来だ。 「ハーイ、!」 ヒールの音に満足して笑みを浮かべると、右手側から高い声がかけられた。 声のトーンも似たようなものだけど・・・、これはあのミシェルの声じゃない。 そっちに視線をやると、私に近い髪の色でショートヘアですらっと背の高い彼女。 「おっはよアリソン。今日も寒いよね。 あ、ねぇ、ラリーは今日何時に来る?借りてたCD返したいんだけど・・・」 忘れてないかと思いごそごそとトートバッグを探って、爪にかしゃっと引っかかったCDケースを確認した。 ラリーが好きだって言って、ちょっと貸してもらった女性シンガーのアルバム。 R&Bで有名な黒人女性らしく、私には絶対に出せないだろう独特なハスキーボイスがとっても素敵だったな。 「今日は・・・たぶん、4限じゃないかしら? あいつ週明けは絶対にお昼過ぎまで眠ってるはずだから」 マフラーを巻きなおして彼女はそう言った。 彼女、アリソンはラリーと同学年で彼と同じ研究室に所属している仲間だって。 私がここに入ってすぐの頃、ラリーが紹介してくれた生粋のニューヨーカー。 「あー、入れ違いになっちゃうな・・・、今度でいっかな・・・」 眉をひそめて、次にラリーに会える日はいつだったかとスケジュールを思い出してみる。 そんな私の様子を見てアリソンは碧色の瞳を瞬かせて口を開いた。 「私、同じ授業よ。かわりに返しておこうか?」 「あ、本当に?じゃあお願いできる?すごく面白かったって伝えておいて」 「オッケー」 「ありがと、アリソン」 笑顔でお礼を言いながらCDを彼女に手渡した。 ここはニューヨーク市立大学。 私は3ヶ月前の9月に入学したfreshman(1年生)。 「入れ違いって、今日は早いの?」 「ううん、クラーク教授のところのゼミ発表を聞きに行くんだ」 「え?1年なのに?」 「入学の論文がとっても興味深かったって教授に仰ってもらえたのがきっかけでね。 先月から2、3年次のゼミを見学させてもらってるの。 もし余裕があるなら、2年次用のレポートも書いてみないかって」 「へー、さすが日本からの留学なのにスキップで入ってきた子は違うわね。 負けちゃいられない、かなぁ」 「あはは、もうこれ以上のスキップは無理だよたぶん。 結構、いっぱいいっぱい」 ひらひらと手を振りながらおどけて見せると、アリソンはぽんぽんと私の肩を叩いてくれた。 そう。 本当ならまだハイスクールが1年残ってたんだけど、過程をスキップして大学生になれたんだ。 こっちじゃスキップってあまり珍しくないことだとはいえ、やっぱりすごく嬉しかった。 来たばかりの頃は会話もままならなかったのに、確実に力はついてるんだって実感できたから。 6月あたまくらいに先生から話がきて、指定された論文を書いてハイスクールの卒業認定をもらった。 お父さんやお母さんは勿論ミシェルやマーク、クラスメイトみんなみんなすごく喜んでくれた。 まるで日本に居た頃、留学が決まったと報告したときのD組みたいに。 「えー!?いなくなったらすっごくつまんなくなっちゃうよー!」ってミシェルらしい言葉も貰っちゃった。 ・・・つまんないって言ってもラリーと同じ大学の学生になれたから、 彼に連れられてたまにクラブに行けば、相変わらずスゴいカッコで踊りに来てるミシェルがいるんだけどね。 「聞きに行くって・・・、発表は学内でやるんじゃないの?」 「うん、コロンビア大の学生と発表するらしいからウェストサイドまで行くの。 ふふ、あのアメリカ最難関の大学に足を踏み入れるなんて緊張しちゃうよね」 「恥かかないように気をつけなさいね」 「努力しまーす」 本当に、こっちに来て私の知らなかったことがたくさん身に付いていく。 コンピュータ関係はもちろんのこと、音楽だって今までクラシック寄りだった私だけど、 マークやラリー、ミシェルと友達になってクラブに足を運ぶようになってジャンルの幅も広がった。 レイやナオミさんと一緒にお喋りして、アメリカの事情もよくわかるようになってきて。 ウエディやアイバーの仕事を少しだけ垣間見て、裏社会の動向も少しずつ読めるようになってきて。 毎日とても充実してる。 私、ここに来てやっぱり大正解だったよね。 さてアリソンと別れて、今日最初の講義の教室へ急ぎ足で向かう。 入学したばかりの頃、教室や施設を覚えるのにホント苦労した・・・・・・。 12月に入って、ようやくキャンパスの広さにも慣れてきた。 日本じゃ・・・みんな今頃、センター試験に向けて頑張ってる頃かな。 試験は1月の中旬くらいだったよね。 ・・・・・・あー、 「・・・・・・ライトにもう一回手紙送ってみようかな・・・・・・」 学部棟に入ったところでぼんやりと口をついて出た。 1年前に葉書送って返事は来なかったけどね。 あの時は忙しいのかなって思って特に気にしてなかったけど、 ハイスクール卒業できたとか私の近況は伝えたいし、ライトもどうしてるか知りたいし・・・・・・、 ・・・・・・でも、この時期は忙しいかな? たしか・・・、将来はお父さんのような警察官になるため、 東応大学の文科を目指したいって1年のときに言ってたし・・・やっぱり受験勉強大変だろうし。 ・・・でもライトなら、東大くらい全然余裕じゃないかとも思うけどね。 常に学年トップで模試も全国1位だなんて、本当にとんでもない人だったし。 きっとアメリカにいたら今頃とっくに大学卒業までスキップしてるんじゃないかなぁ。 1年以上も連絡とってないけど、今でも本当に誇りに思える大切な友達。 頭も良くて、会話も弾んで、一緒に居てすごく楽しかった友達。 ・・・・・・うん、年明けの挨拶がてらライトに手紙でも書こうっと。 そんなことを思いながら、講義室のドアを開けた。 今日も頑張ろう! 今日の予定を全て終え、アストリアに戻ってきた頃にはもう陽が落ちてしまってた。 わざわざ地下鉄を乗り継いで行ってみたコロンビア大でのゼミ発表、すごくためになった。 見学に来た私に声をかけてくれる人もたくさん居たし。 専攻したいと思ってる現代社会学、やっぱり私に向いてるかも。 街灯の灯るバス停に降りて、車が走っていくだけのいつものストリートを早足で歩き出す。 本を小脇に挟んでコートのポケットに両手を突っ込んで。 「うー・・・やっぱり寒いな、もう・・・」 身を縮め、無心に歩き続けてようやくアパートに辿りついたところで、 ポケットの中でマナーモードにしておいた携帯が震えだした。 「?」 番号非通知。 だけど、警戒心はない。 私に非通知でかけてくるのはあの二人だけだから。 「もしもし?」 『、今どこにいるの?』 「ウエディ?久しぶり。えと今、アパートに着いたけど? どうしたの?」 ここしばらく会ってない彼女からの電話。 声も自然と明るくなり、顔も綻んでいるのがわかる。 だけど、そんな私とは裏腹に彼女の様子は何だかおかしかった。 『よかった。急いで部屋に戻ってテレビをつけなさい。 何処の局でもやってるわ、ニュースを』 「テ、テレビ?え?何やってるの?」 『いいから早く』 いつもよりも鋭い声に少し動揺する。 通話中の電話を握ったまま階段を一気に5階まで駆け上がり、鍵を開けた。 少し息が上がってるけど何とか我慢する。 本をフローリングにどさっと置きバッグを落とし、リモコンを取り上げてテレビをつけた。 『・・・この後、事件に関して犯罪心理学のスミス教授にお話を伺います。 それではもう一度映像をご覧頂きましょう。 現地時間で12月5日17時30分、日本のみで放送された映像です』 テレビに映った中年の男性キャスターがそう告げる。 現地時間・・・ってことは、えと、こっちでは昨日のこと? 日本のみで放送された・・・って? そう思ってるうちに画面が切り替わった。 ・・・・・・見知らぬスーツ姿の男性。 LIND.L.TAILOR・・・・・・? 『私は全世界の警察を動かせる唯一の人間、リンド・L・テイラー。 通称Lです』 「え!?」 『静かに、』 流れてきたボイスオーバーの日本語。 画面の下部には英訳が表示されているけど、私は日本語をまだ忘れてはいない。 見知らぬ男の人が喋る言葉の上に流れてきた声は・・・、 「だって・・・っ!Lって、これ・・・!!」 私、こんな人知らない。 だけどこれ・・・・・・・・・日本語訳の声はまさか・・・・・・、 そう思った次の瞬間、再びぱっと画面が切り替わった。 デスクはそのままだけどさっきの男の人はいない。 『よく聞け、キラ』 「!?」 無人の画面に流れてきた、さっきと同じ声。 あまりにも長い間耳にしていなくて、少しずつおぼろげになっていた声だけど、 その声を耳にしてすぐにフラッシュバックしたのは・・・あの人の思い出。 「・・・・・・L・・・・・・」 竜、崎さん、だ・・・・・・。 言葉もなく、私はテレビに釘付けになる。 電話の向こうのウエディも何も言わない。 テレビでは相変わらず流れてくる、あの人の声。 ―――必ずお前を捜し出して始末する!!――― ・・・あの短い期間、一緒に居たときには聞くことのなかった厳しい口調。 映像はそこまでで切り替わり、再びニュースキャスターが今の放送を説明している。 呆然としたまま携帯を耳に押し当てて、何とか声を絞り出した。 「これって・・・?」 『凶悪犯連続殺人事件、俗称キラ事件。概要は知ってるわね?』 「う、うん・・・、世界中で死刑囚や指名手配犯ばかりが相次いで心臓麻痺、だとくらいしか・・・」 いや、でも、あまりにも現実離れした事件で・・・、 正直、世界中の警察機関の情報操作か何かじゃないかと思ってたよ・・・? だってそうでしょ? 犯罪者ばかりが心臓麻痺だなんて、常識で考えてありえないじゃない。 実際、大学の教授たちもそういう見解で通してるし。 『その数、既に100人を越えてる。 不可解な事件だわ』 そう言って彼女も考え込んでいるのか、電話口が急に静かになった。 「で・・・ウエディ、このニュースが、どうかしたの?」 『・・・私、リアルタイムでこの放送見てたんだけど、 Lがこうして表に出てくるなんて、今までなかったでしょう?』 「う、うん、そのはず・・・」 『・・・・・・嫌な予感がするわ。そう思わない?』 「え?」 『それだけよ。耳に入れておこうと思って。 興味があるなら調べてみたら?』 「・・・・・・うん、ありがとうウエディ」 静かにそう言って・・・電話を切った。 そして、再びテレビを凝視する。 専門家らしき人とニュースキャスターが対談を始めていた。 キラ・・・、今月に入り、何の予兆もなく現れた殺人鬼。 だけど、その実態は何もわからない・・・そういう人物が実在するのかもはっきりと断定されたわけじゃない。 世界中で死刑の決まった重犯罪者、未だ捕まっていない凶悪犯ばかりが心臓麻痺になるという不可解な事件。 それらの現象を起こしている人物・・・"Killer"―殺人者キラとして、考えているみたい。 ここまでは、ネットニュースや新聞で知っていた。 ・・・・・・FBIか何かが関係して、そういう情報を流してるだけなんじゃないかって思って、 今度レイかナオミさんに会ったらちょっと聞いてみようかと思ってたんだけど。 ・・・・・・本当に起こってる事件だなんて、嘘みたい。 『現在、Lの要請でICPOの加盟国全てがこの事件に協力しています』 『成る程。そして、あの映像によってキラは日本にいると証明され、 捜査本部を日本に置き、捜査しているということですね。 ところで、スミス教授、キラとはどのような人物だとお考えですか?』 教授と呼ばれたその初老の男性が、いくつかの資料を提示してキラという人物を分析説明している。 「・・・・・・何の為に犯罪者を・・・?」 テレビの前でぽつりと呟いた。 犯罪者がいなくなれば・・・もしかして平和な世が訪れるとでも? 犯罪を犯したものはこうなると、世界中の人間に見せしめているとでも? キラという人物が実在するなら・・・、そう考えてるの? ・・・・・・世の中から、犯罪を一掃でもするつもり? ・・・・・・まぁ、良し悪しは別として、理論上は・・・可能かもしれない。 でも。 「・・・・・・でも、それっておかしいよ」 ・・・・・・信じられないけど、これが人間の仕業だというなら。 それって何かおかしいよ。 人間は、人の生死を握るような存在じゃない。 死んだ方がいい人間、殺すべき人間なんて・・・、そんな判断を下せるほど、人間は完璧な存在なんかじゃない。 例えば誰かどうしても殺したい人がいて、その行動のためにどれだけ自分を正当化したって、 例えば大切な人を殺されたりした人が、どれだけ自分の感情に任せたって、 例えば裁判所で多くの証拠の下、裁判官がどれだけ公平に判決を決めたって、 心臓麻痺で人を殺せるキラがどんなに立派な思想を持っていたって、 人の生死を決めるのは人じゃない。 少なくとも、今の私は現在の死刑制度についてそう思ってる。 それは・・・、何の被害にも遭ったことのない平和な人間の意見だって言われるだろうけど。 ・・・・・・キラ、か。 キラは日本にいるって・・・・・・さっき、Lは言った、よね・・・・・・、 「・・・・・・・・・・・・・・・」 とりあえず、帰ってまだコートも着たままだったからばさっと脱いでソファに引っかけた。 急いでテレビをつけるためにその辺に放った本やらバッグやらをきちんと拾い集める。 さすがに部屋の中までブーツじゃ足が痛いからスリッパに履き替えてキッチンに入った。 紅茶でも淹れようとケトルを火にかけ、まだ続いているキラのニュースに注意を傾けて。 がしゃん 「うわ・・・、やっちゃった・・・」 ・・・・・・テレビに気をとられたままでお茶の準備をしてて、手にした紅茶の缶がぽろりと床に滑り落ちた。 顔をしかめて、少しだけ散った紅茶の葉を集めながらも・・・、何となく、まだニュースから目が離せない私。 ・・・・・・・・・ウエディの言った通り、私も何か嫌な予感がする。 |