やっと掴めた、第一歩。


不安もあるけど、・・・私に出来る精一杯の力で頑張りたい。





いつか役に立てる、その日まで。




























第一話:ボン・ボワイアージュ!















高校2年生、7月下旬。

セミの鳴き声が絶え間なく響く、夏本番。


週間天気予報では1週間ずっと晴れが続く、いい天気。







もうすぐ夏休み。






















「本当ですか!?」



職員室に呼び出された私は、周りを憚らずに大声を上げた。

途端に室内の無数の視線が一斉にこちらへ集中する。

向こうで新聞を読んでいた中年の先生は、顔の半分を新聞に隠して目だけ覗かせているし、

何事かと思ったらしい事務員さんは驚いたような顔で隣の事務室から出てきたし。




「ああ、向こうから正式に編入許可が届いた。これがそうだ。

頑張ったな、




だけど職員室内のそんな様子を気にすることなく、私たちD組の担任は言葉を続けた。

1年の時はどこかぼんやりした印象のおじいちゃん先生だったけど、

2年に上がって今年の先生は・・・

言葉や物言いは皮肉っぽいけどとてもユニークな感じのする、30代前半の若い男の先生。




先生がひらりと手渡してくれた薄っぺらい1枚の紙切れ。

すっかり興奮してしまっててその紙を落としそうになったけど、しっかりと握りしめた。




急いで書類の上から下まで目を通す。


宛名も・・・・・・『 』・・・!




「やったぁ・・・・・・!」




・・・・・・間違いない、本当なんだ・・・・・・!!



思わず大きく息を吸って、書類をぎゅっと抱きしめた。

そんな私を微笑ましそうに見つめて、

先生は古びた回転椅子をギィっといわせてこちらへ向け、長い足を組んだ。




「出発は?」


「えっと、慌しいんですけど決まり次第、飛行機を取ってすぐに行こうと思ってたんです。

一日も早く慣れたいですしね。

父が部屋を用意してくれましたし、実はもう荷作りも済ませちゃってて」


「ほぅ、通る気、満々だったのか?」



興奮が冷めずにずらずらと言葉を続けた私。

先生はすっと目を細めて、意地悪っぽい笑みを浮かべて口を開いた。



「いえ、待ちきれなかっただけです。落ちてたらバカみたいでしたね。

さっそく飛行機の手配します」




だけど先生のそれは、喜んでる私へのほんのからかいの様なものだから。

気分を害することなく私は笑って返事を返したんだ。




「寂しくなるなぁ、クラスからがいなくなるなんて」


「またまた。煩いのが一人減るから、安心してるんじゃないですか?」


「はは、それじゃ行っていいぞ」


「ありがとうございます!失礼しました!」




ぴょこんと頭を下げ、ばたばたと騒がしく職員室を飛び出した。

ちょうど職員室に入ろうとしてたきれいな女の先生にドアのところでぶつかりそうになったけど、

軽く一言詫びただけで私は止まらなかった。



疾走禁止の廊下を、今の感情に合わせて思い切り駆け抜ける。

昼休みの廊下には人がいっぱいだけどそれでも私は立ち止まらない。




ふと、廊下のガラス窓の向こう、眩しい青空に小さく見えた飛行機。

細く長く伸びていく、白いヒコウキ雲を見て顔全体に笑みが広がってた。







やった。

とうとう決まったんだ。












アメリカ留学!!


















ガラッ



「決まったよーー!!」



教室のドアを開けて、みんなに大声で報告する。


読書やお喋りやお菓子のつまみ食いなど、思い思いのことをやってたみんなは一斉に私へ注目した。




「マジで!?」


「おめでとう!」




ガタガタと椅子を引いて立ち上がり、みんな次々とお祝いの言葉を投げかけてくれた。





ここ数ヶ月、編入試験の為に私は今までにないくらいに必死で勉強してたんだ。

絶対に、絶対に通りたかったから。


でも、だからと言って普段の授業を疎かにはできないから、

たった10分の休み時間でも英語の勉強したり、放課後に先生のところへ行って質問攻めにしたり。



正直、結構キツくって少し参ってたんだけど、

そんな私のことを、みんなはとても応援してくれていた。




「えっと、飛行機はいつだったっけ?」


「すぐにでもチケット取るつもり。

早ければ来週にも出発しちゃうと思う」


「マジ!?何でそんなに急なの!?もう向こうでずっと暮らすんでしょ!?」


「そのつもりだからだよ。あんまり長居しちゃって、別れるのが寂しくなるのは嫌だもん。

それに、早く行って学校が始まるまでに向こうの生活に慣れたいし」


「あっさりしてるよね〜相変わらず・・・」



呆れの言葉らしいけど、そう言った彼女は嬉しそうに笑ってくれている。

私もにやりと笑い返して、高く手を上げた。


力いっぱいハイタッチして、小気味いい音が教室内に響く。

その音に続いて周りのみんなが次々と手を上げだした。



それらの手に向かって次々とハイタッチ。

全部終える頃には手のひらは真っ赤に腫れてしまってひりひりしていたけど、そんなことすらとっても嬉しかった。



すると、私を取り囲んでいるみんなの円の外から誰かの大きな声。



「送別会の準備班ー!急いで店に予約入れろよーー!

あのせっかちなお嬢さんは、オレたちとの別れの名残惜しさもなく、来週には飛んでくみたいだぜー!」



・・・・・・ああ、晶か。

そいえば、最近ようやく念願の彼女ができたってあっちこっちに言いふらしてまわってたっけ?




「はーい、準備はできてるよー!明後日、土曜日の夜7時から、メインストリートのファミレスで!

2次会はカラオケの予定!

行ける人は名前書いてー」



よく通る大きな声でそう言ったのは美奈子。

ひらひらと掲げている紙には鮮やかなオレンジ色のペンで大きく、

の追い出し会!行ける人は名前書いてねv






主催・企画 美奈子!



うわ、いつの間にこんな企画が・・・。







「と、いうわけで、土曜日の夜は何が何でも空けること!」



腰に手を当てて少しドスの効いた声で美奈子はびしっと言い放った。



送別会準備班・・・って、美奈子なのか・・・。



さすが、D組いちのイベント好き。

口許に浮かぶ笑みを隠さずに、私はみんなに向き直って素直に言葉を口にした。



「わかったわかった。みんな、ホントにありがと!」



























アメリカ留学。



中学の頃からアメリカかイギリスで暮らしてみたいなぁって、ぼんやりとは考えてた。

英語は好きだし得意だし。


その時はそれほどはっきりしたビジョンもない、ただの憧れだったんだけど。






でも高校1年の冬・・・あの日、竜崎さんが私から離れてどこか行ってしまってから、いろいろと考えてた。


あの人とこれきり逢えないなんて、そんなの嫌。

いつか、Lを探すことができるように。

そしてその時は・・・彼の役に立つことができるように。




とにかく、今、身につけられることは何でも吸収したい。

語学力だったり、理系の知識だったり、それこそ雑学のような無駄な知識でも。



でも、一番の目標は・・・、

・・・日本とは比べ物にならないセキュリティを誇る海外のコンピュータシステムに

侵入することができるハッキングのスキルを身につけたい。





この分野にかけては・・・誰にも負けたくないんだ。






だから、日本を出てみたいって思った。

広い広い世界で、思いっきり学びたい。





おそらく、彼はもう日本にはいない。

だって、あの時は本当なら別の国にいるはずだったって言ってたし。



だからと言ってアメリカにいると思うわけじゃないけど、あの広い国なら、いろいろ勉強できて

もしかしたらLの情報を得られるかもしれないって思ったんだ。



留学したいと思い切ってお父さんとお母さんに言ったら、二つ返事で了承してくれた。

元々、お父さんは日本に滅多にいないし、私が困らないならアメリカに居を構えたいと思ってたみたい。








無事に決まったんだ。


ニューヨークのハイスクールへの編入。



ハイスクール卒業後はそのままそこの大学に進めるよう、頑張らなくちゃ。
























『決まったか、!!』



予想もしなかった大声が一気に脳まで響いたから、思わず電話を耳から離した。

国際電話なのに、何でこんなに声が通るんだろう?



「お父さん、声が大きい!

うん、そう。ニューヨークハイスクールから編入許可出ました!」



電波のいい屋上で、フェンスから身を乗り出してグラウンドを見下ろしながら、

ニューヨークにいるお父さんへ結果報告していた。


もうすぐ昼休み終わっちゃうから手短に済ませなくっちゃ。



「もう、結果発表まで気が気じゃなかったよー!」


なら通ると思ってたさ。じゃあすぐにチケット手配する。それでいいんだな?』


「うん、早くそっち行きたいから。いつになりそう?」


『ちょっと待てよ・・・・・・』




飛行機の残席確認でもしてるのか、騒がしいお父さんはしばらく沈黙する。




『・・・・・・お、あったあった。

来週の水曜の便が空いてるみたいだな。早すぎるか?』


「ううん、大丈夫!もう荷作りもできてるし!」


『それじゃ、水曜日の朝で。

ニューヨークで待ってるぞ、!』


「はーい、よろしくお願いしまーす!」




今の私はお父さんに負けないくらいに騒がしい。我ながらそう思う。


きっと、今ならお父さんとお母さんのバカップルぶりにも笑っていられるような気がするな・・・。







そう思いながらぱちん、と携帯を閉じた。

それと同時に、昼休み終了の鐘が鳴り響く。



屋上を飛び出して教室へ急ぐ。

授業に遅れそうでも、今の私から笑顔を消し去ることはできなかった。