そして、日常に戻る。




さぁ、答え合わせしてみましょう、名探偵さん?











第九話:答え合わせ



















「あっつい〜〜・・・・・・」



容赦ない日光が少しだけうざったくて、片手で日よけを作ってみたけれど大して意味を成さない。

冷房が効いてて涼しかった飛行機を出てタラップを降りると、日本特有の蒸し暑い空気が体中にまとわりついた。



・・・まったく、これのどこが温帯湿潤気候だっていうの?










ロンドンから来た飛行機にはそんなに人は乗ってなかったけど、

同じくらいの時間にホノルルから到着したらしい飛行機の乗客たちがロビーに溢れかえってた。

健康的に日焼けしたらしい子供たちや大人たち。

涼しいロンドンからやってきた私にはその過密度は少し耐え切れなくって、

人込みが通り過ぎるまでロビーの隅っこで頬杖をついて座り込んでいた。



手荷物引渡し所でコンベアに乗ってやってきた、明らかに目立っている私のスーツケース。

レトロっぽいトランクをイメージしてデザインされたもので、結構気に入ってるんだけどね・・・、

ざわざわと騒がしい人込みの中でがらがらがらがらと引きずるスーツケースのキャスターの音。

長時間の飛行機に揺られてとうとう私の現実、日本に帰ってきたなという実感も相成って、

その時の私には少しだけうざったかったんだ。






あまりにも暑いと、人間は情緒不安定になり性格が普段よりも乱暴になる。

夏場に犯罪が多いのはそれも原因の一つとなり得るからだ―――

前に興味程度にかじってみた犯罪心理学の本の一文を思い出しながら、私は身をもってなるほどね・・・と感じてた。






だって、これで、あのどこかおかしな私の両親も一緒だったなら、

余計に神経をすり減らしてまた怒鳴ってそうだったから。

お父さんとお母さんのことは大好きなんだけどね・・・この気持ちは何だろ?

これが、愛憎ってやつなの?

昼ドラに欠かせない感情ってこういうことを言うのか・・・・・。

一人でもすっかり慣れた、国際空港のターミナルを迷いもなく歩きながら

私は我ながら下らないことをぼんやりと思ってた。



一人。

そう、私は一人で帰ってきたんだよ・・・。















10数時間前、ロンドン、ヒースロー国際空港にて。




「えっと日本行きの飛行機は・・・、3番ターミナルね。

お父さーん、3番だって!早くチェックインしちゃおうよー」




電光掲示板に表示された便を指差して、二人の方へ振り返って私はそう言った。

二人は並んでベンチに腰を下ろし、笑いながら話してる。

免税店でいろいろブランドものを買い込んだお母さんはすごく上機嫌。

そんなお母さんを見てお父さんも上機嫌。


娘に搭乗の飛行機を確認させておいて、自分たちはさっきからこの調子なの。

・・・・・・もう、慣れたけどね!



「・・・それにしても、ミュージカル、よかったわねぇ・・・」




お母さんは、ほぅ・・・っと溜め息をついた。

スーツケースを小さく開いて、お土産でいっぱいの荷物を整理してたらパンフレットが出てきたみたいね。

大切そうにそのパンフレット抱きしめながら、うっとりとしてるお母さんの肩をお父さんが抱き寄せようとする。




・・・長年の経験から、しばらく何を言っても無駄だと判断した私は、二人を置いてお土産を見にいくことにした。












私たちがハー・マジェスティーズ・シアターで観たミュージカル、『オペラ座の怪人』。

オペラハウスをイメージした劇場内の雰囲気もそうだったんだけど、

開演してまず序曲の荘厳さに鳥肌が立ち、最後まで舞台から目が離せなかった。



ガストン・ルルーの原作は読んだことあるから話は知ってたよ。


オペラ座の地下に住まう怪人、ファントムが、

駆け出しのコーラスガール―美しく純粋なクリスティーヌに心惹かれる。

彼女をオペラ座のプリマ・ドンナにし、自分専属の歌手にする為、密かに彼女に歌の稽古をつける。

クリスティーヌはファントムを音楽の天使として慕うけれど、彼女は幼なじみであるラウルと恋に落ちてしまった。

彼女の裏切りを憎み、悲しみ、ファントムはオペラ座を襲撃するが、

やがてクリスティーヌとラウルの強い絆を再確認してしまう。

そしてファントムは暗い地下にこもり、二度と姿を見せなくなったという。





原作読んでも思ってたんだけど・・・このお話は、やっぱりファントムが可哀そうだ。

だって、二人で愛の二重唱を歌うラウルとクリスティーヌが心なしか悪役に見えてきてしまったんだもの。


でも、私が・・・もし、クリスティーヌなら。

・・・決して相容れることのないラウルとファントム。

どちらか選ばなくてはならないのなら、どちらの味方をするのかな・・・?


精一杯自分を愛してくれ、いつも一緒にいて守ってくれるラウル?

それとも自分の愛する音楽を熱心に指導してくれる孤独なファントム?








そんな、少しストーリーからずれたことをぼんやりと思いながら観劇してたんだ。













さてイギリスといえばバーバリーの本拠地。

あのチェック模様がおしゃれで大好きだから、

ふらりと入ってみた免税店で小さなコインケースとハンカチを自分用に買った。



・・・・・・いくら何でもあの二人の熱もそろそろ冷めてるよね?



きれいにラッピングしてもらったお土産を抱えて、人の波に逆らうようにして元来た道を遡っていった。










さっきいた場所に戻ってみたら、お父さんとお母さんがあちこちきょろきょろしてるのが見えた。

あ、私を探してるのかな?珍しいこともあったものだね・・・。

そう思って、小走りに二人のもとへ駆け寄った。

・・・私の姿を確認して、お父さんの第一声。





!一体いつの間に何処へ行ってたんだ?」





誰のせいだ、誰の。






と、いう言葉はぐっと飲み込んだ。

これから長時間のフライトなのに、余計な体力消耗はごめんだよ。

・・・久しぶりに一家で水入らずの時間を過ごしたというのにね。

この数日の私ってば内なる言葉がものすごく荒んでたような気がするよ・・・。




「よし、じゃあそろそろ行こうか。パリ行きのターミナルは・・・5番だな」


「あなた、このお土産だけ持ってもらえないかしら?ちょっと重くって」


「ああ、気づかなくて悪い。そっちのスーツケース、俺が運ぼう」



そう言って、いそいそと搭乗ゲートに向かおうとする二人。




・・・・・・・・・・・・・・・・・・もしもし?

今、何て言ったの?・・・パリ??




「・・・ちょーーーーっと待ってくれますか、お二人さん・・・」




授業でするように片手を軽く挙げてみせ、二人を呼び止めた。

二人はきょとんとした顔で私を見つめ返す。




「どうしたの、?」


「いや、どうしたもこうしたも・・・・・・・・・パリって何?

私たち今から日本に帰るんじゃないの?」


「「ああ!」」



二人は同時に手を叩いて声をあげた。



「ごめんごめん、まだ言ってなかったな。

お母さんと今、話した結果、日本行きはキャンセルしてパリへ飛ぶことにしたんだ」


「・・・・・・・・・・・・なにゆえ・・・!?」




また突拍子もないことに頭を抱えたくなったけど、その次に出てくる言葉を必死で待った。




「ミュージカルがとってもよかったから、今からフランスに行って本場のオペラ座を観に行こうかですって!

さっそくあと5日くらい休みを伸ばしてもらうよう、日本に連絡入れなくっちゃ!」


「お父さんの仕事も休暇明けはパリ支社だから、ギリギリまでいられるしな。

も一緒に来るか?」





・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・もしもーし?





「フランス・・・・・・・」




・・・ああ、今度こそ本当の『フランス万歳』ができるね。

とかいう現実逃避から何とか戻ってこれた。



フランス・・・行ってみたいではあるんだけど。

・・・も、そろそろこの二人に付き合いきれない・・・。




「・・・・・・・・・・・・私、日本に帰ります」




頭痛がしてきたこめかみを押さえて引きつり笑いを浮かべる。




「そう。それじゃ気をつけてね。また連絡するわ」


あてに新しい服をデザインして送っておくからな。

それじゃあ、今度会う時には今よりももっと美人になっててくれよ。

まぁ、お母さんほどのいい女になるにはまだまだだろうが」


「やだ、あなたってば」




はいはいはいはい・・・・・・・!



二人とはターミナルが逆方向だから、私はくるりと背中を向けて歩き出す。

曲がり角でふと後ろを振り返ってみた。


人込みに紛れそうになりながら、二人は満面の笑みでまだ私のことを見送ってくれてた。



私はふぅっと溜め息をつき、今度は素直な笑顔を浮かべて二人に手を振り返したんだ。
























「たーだーいーま〜〜〜・・・っ!」



重たいスーツケースをどさっと玄関に置いて、額に浮かんだ汗を拭う。

電車で帰るつもりだったけどあまりの暑さに耐え切れず、空港で優雅にタクシーを拾って帰ってきたんだ。

まだイギリス気分が抜けてないみたいね。


やっと着いた家は閉めきっていてものすごく空気が淀んでたから、真っ先に私は家中の窓という窓を開け放した。





とりあえず一息つこうと、向こうで自分用に買ってきた紅茶を入れて自分の部屋に戻った。

すぐにコンピュータを起動させてぽいぽいっと服を脱ぎ捨て、ラフな格好に着替えてソファにどさっと倒れこむ。



安堵の溜め息をついた鼻に、紅茶のいい匂いがふわりとかすめる。

そっと口にすると、特有の香りが口の中に広がって私は目を細めた。



いつもなら起動した後すぐにメールチェックが行われて終了するんだけど・・・、

随分と長い送受信に首を傾げて起き上がり、コンピュータに向かった。

すでに10通以上も受信し、まだ送受信は終わっていないみたい。



「うっわ、メールたまってるし・・・」



さすがに2週間もあけてると、メールって溜まるものだよね。

マウスを手にして、必要なメールと不要なメールをどんどん分けていく。




そして・・・最後の一通。受信記録を見ると、それはほんの数時間前についたもの。

それだけ件名が書かれてないから削除しようかとも思ったけど、ウィルスワクチンをかけて開封した。














もう日本に着いた頃でしょうか?



イギリス旅行はどうでしたか?

私は、一声聞いて貴方だと確信しましたが、貴方は私に気づかなかったかもしれませんね。



改めて連続婦女惨殺事件への協力、ありがとうございました。




それでは、またいつか何処かで。


親愛なることさんへ。Lこと竜崎より。




追伸:貴方が食べ損ねたチェリーケーキ、私がおいしく頂きましたよ。

私と出逢ったことはくれぐれもご内密に願います。













目が点になるとはこのことを言うのかしれない。

私は微動すらできず、穴があくほどスクリーンを見つめてそのメールを何度も何度も読み返す。




「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・え、L・・・・・・?」





からからになった口からやっと漏れた言葉。

知らないうちに鼓動がどんどん速くなる。




やがて、私はすぅっと息を吸い、口許を押さえた。














嘘ぉぉぉぉぉっっっっ!!?







遠慮も何もなしに、その時の感情に任せて私は叫んだ。





やだやだやだやだやだ何でーーーーーーっっ!?

竜崎さんがL!?Lが竜崎さん!?






黙って座ってられなくなって立ち上がり、口許を押さえたまま部屋中を無意味に歩き回る。

床の上に無造作に投げられているクッションに足が引っかかってよろけ、ベッドにぼふっと倒れこんだ。



鼓動が全然おさまらない。

ぐるぐると混乱する思考で、何とか事を理解しようとした。





メールはLからのもので、そのLは私がイギリスに行ったことを知っている。

そのイギリスで私は竜崎さんという人と知り合い、一緒にカフェでお茶をした。

竜崎さんこそがLで、彼は私がだということも知っていた・・・!




事実はたったそれだけのことだけど。

その事実は私を思考を乱して混乱させるには十分なものだった。






わ、私・・・Lの澄んだ声、ちょっと気に入ってたんだけど・・・!!

つい1日前にパソコン越しとは言え通信を交わしてたのに!


・・・やっぱり、私ってば詰めが甘い・・・・・・、

敏腕の覆面私立探偵が聞いてマジで呆れるわ!!







「もぉ、嘘でしょぉ・・・・!!」



ベッドに倒れこんだまま私は頭を抱えた。



会ってみたいと思ってた人と、こんな形で対面してたなんて・・・。

・・・・・・・・・・・・・偶然って恐い。








改めてそう確認させられた、それは15歳の夏のことでした。