邪魔者は全て消えた。


竜崎、ワタリ、そして死神レム。





僕の邪魔立てをするものはもうない。





・・・・・・さぁ、君はこれからどう出るんだ?













I'm right


















―――竜崎は死んだ―――





倒れた竜崎を病院に連れて行った父さんがそう告げた。



・・・・・・勝った。



しかし勿論そんな気持ちは微塵も見せずに、悲嘆に暮れる友人を演じてみせる。

竜崎の不可解な死に怒りを覚える友人を。




「死神どこだ、出て来い!お前は何か知ってるはずだ!!」




ワタリ、竜崎を殺してくれたレムを探しに飛び出そうとして、彼女の姿が目に入った。





・・・・・・座り込んだまま動かない、

泣き出したり取り乱したりすることなく、呆然と床に手をついて。

すっかり背中に届く長い髪が無造作に顔にかかっているのを払おうともしない。



・・・哀しみが大きすぎると感情をコントロールする神経が麻痺してしまい、

泣くことも怒ることもできないというのは本当だったらしいな。










ほら、君の大切な人はあっけなく逝ってしまっただろう?

世界の切り札も、新世界の神に抗うことはできなかったんだ。

























レムはモニタールーム隣の部屋で案の定、砂になってしまっていた。



あとに残ったのはデスノートだけ。



手を伸ばし、砂の山の中に埋もれている黒いノートを服の中に隠した。

ミサを救うためにワタリと竜崎を殺してくれた・・・全く、よくやってくれたよレム。


そんなこと、父さんたちが知るはずがない。

全てはうまくいったんだ。




「竜崎を殺したのが死神だろうと人間だろうと、キラだろうと・・・、

必ず、竜崎の敵は討つ」




そうとも。



邪魔者は全て消えた。

僕は新世界の神となる大きな第一歩を踏み出した。




















一足先に僕がモニタールームに戻っても、はまだ座り込んだままだった。

声をかけるとぼんやりと顔を上げて・・・、目にだんだんと光が宿ってくる。



・・・・・・光だと思ったのは涙だったけれど。



もう一度声をかけようとした時、くしゃっと顔が歪んだ。

やがて彼女はものすごい力で僕を押しのけてモニタールームを飛び出した。




、待て!!」




そんな言葉に立ち止まるような勢いじゃなかった。

ドアに体当たりでもするような勢いで、彼女は走り去る。



追いかけようとしたところで切羽詰った声―――

この声は松田さんか―――が、彼女を呼ぶのを聞いた。

モニタールームを出たところで、案の定、ひどく慌てた顔の松田さんと遭遇した。




「あ、ライトくんも!い、今、ちゃんが!」


「ええ、たぶん自分の部屋でしょう。様子、見てきます」


「僕も行くよ!」




・・・・・・この慌て具合・・・、もしかして松田さん、のことが好きなんだろうか?


まぁ、別に驚かないけれど。

















彼女の部屋は僕と竜崎の私室があるフロアの一つ上。

このフロアの回廊だけは、大きく設けられた明かり取りの窓のおかげで昼間は日当たりがいいが・・・、

今のように真夜中だと、外の闇に呑み込まれてしまいそうな感覚さえ覚える。



重そうな鉄製のドアが冷たく鎮座し、行く手を阻んでいる。

ドアノブに手をかけるが、びくとも動かない。




、聞こえるか?ここを開けるんだ」


「頼むから出ておいで!」




二人でドアをノックしながら呼びかけても返事はない。

その時。





ガシャン!!





ガラスの割れる音。

思わず松田さんと顔を見合わせた。



「どうした、!!何をしている!?」


「早まった真似はよすんだ、ちゃん!!」




自分で命を絶つつもりか?


慌てた風を装いつつ、こんなのはちっとも彼女らしくない、と冷静に分析している自分がいた。

だが、次の瞬間。




「来ないで!!一人にして、お願いだから!!」




ドア越しとはいえ、かなりの声量で涙交じりの声が響いた。




彼女は頑として部屋に入れようとしなかった。

これ以上は無理だろうと悟り、一旦モニタールームに戻ろうと松田さんを促した。



・・・・・・もしかして部屋の中で後追い自殺でもしようとしていたらどうしよう、と

子供のように焦っている彼を無理やり引っ張って。






















重い沈黙が下りているモニタールームは、足を踏み入れるだけで居心地の悪さを感じる。

父さん、相沢さん、模木さんが神妙な顔で、中央のテーブルを囲んでいた。

そこにあるのは、リュークのデスノート。


入ってきた僕と松田さんに気づき、父さんは顔を上げてこちらへ視線を投げた。




「ライト・・・さんは?」


「部屋に入れてくれない。

無理もないよ・・・、また後で様子を見に行く」




小さくかぶりを振って、父さんの隣に腰かける。




「・・・・・・さて・・・、これからどうするか・・・」


「ワタリも竜崎も・・・キラに殺されたのか?

それとも、死神・・・・・・、

どう思うか、ライト?」




父も、相沢さんも模木さんも松田さんも。

皆、僕に意見を求めてくる。



これでいい。

僕の計画通り。



一番の若造とはいえ、これから竜崎に代わり、捜査本部を動かしていくのはこの僕だ。

























夜の間、松田さんと交代で何度か彼女の様子を見に行ったけれど、

相変わらず部屋に入れようとしなかった。



・・・・・・明日もずっとこうしているようなら、強行突破だな。



そう思って昨晩はもう諦めた。

だが、彼女は翌日昼過ぎには皆のいるモニタールームまで下りてきた。

そして竜崎の遺体を確認したいから搬送された病院を教えてほしい、と父さんに告げて。

心配そうに付き添おうとする松田さんへ首を横に振って・・・は一人で出て行った。




しかし、ほんの3時間もしないうちに彼女は戻ってきた。

今日一日、竜崎の側で泣き通すだろうと思っていたのに。

試しにいつも通り、コンピュータに強い彼女を頼るように声をかけてみると、

・・・・・・彼女もいつも通りにコンピュータを起動させて、僕に最良のソフトを転送してくれた。



本当に見事なオペレーション。

データ処理といいハッキングといい、この分野にかけては彼女は僕の一歩先を行っている。


これからも、捜査本部でやり手のコンピュータ使いとして、共に事件を追いかけるだろう。

そう思っていたんだが・・・、




「私・・・・・・この事件を下ります」




声を震わせないように、しっかりとした口調を心がけて口にされた言葉。




・・・・・・事件を下りる?

君が?




続けて述べられた理由に、父さんたちは気の毒そうな顔を向けて納得する。




「大丈夫です、もう大分落ち着きました。

でも・・・これからも事件を追い続けるだけの気力は・・・なさそうです。

こんなんじゃ、皆さんの足手まといになってしまいます」




単なる弱音ともとれる言葉だが・・・、彼女の目はそうは言っていない。


普段よりもずっと強い視線。

その射抜くような視線がふと僕を捉える。




・・・・・・・・・そういうことか、




「元気で、

必ず・・・・・・僕が竜崎の仇は討つから」




頭を軽く撫でてやり、そっと手をとった。


・・・・・・強く握りしめていたらしい、汗ばんだ手のひら。





「・・・・・・うん。

ライトも、気をつけて。

皆さんも・・・・・・、今まで、お世話になりました」





そう言って・・・・・・、彼女は捜査本部をあとにした。



随分と大人びた後ろ姿。

元気で明るかった彼女の幼い面影は、もうどこにも見当たらない。

今はもう鋭い観察眼と洞察力を備えた、一人の女性。




・・・・・・今度こそ、二度と彼女と深く関わることはないだろう。

は再び、僕の道から離れて歩き出した。



2年前、彼女がアメリカに行ってしまったとき、僕は情けないくらいに落ち込んでいたが・・・、




今回は大丈夫だ。


変わったのは君だけじゃない。

僕だってあの頃とは違うんだ。

























そして・・・、竜崎が密葬されて数日後。



久々にオフをとったと言うミサの部屋に無理やり呼ばれた。

うるさく僕を出迎えたのは相変わらず浅はかなミサと、そんな彼女に憑いているリューク。




が捜査本部からいなくなった」


「うっわ、とうとうあの子も殺しちゃったの、ライト?」


「まさか。竜崎が死んで、ここにはいられないって捜査本部を抜けたんだ」


「ほー、あの女がなぁ。

えらく賢いとはいえ、やっぱり女は男を失うと弱くなるもんだな」




リンゴをかじりながら、リュークはすぐ側のベッドに身を投げている。

ミサに憑いてから、リンゴを満足にもらえてるらしくひどく機嫌がいい。




「何言ってるんだ、リューク」


「あ?」


がこの事件を下りる訳がない。彼女の性格はよく知っている」




悲しみに沈みながらも・・・、彼女は僕をしっかりと見据えていた。


あのが簡単にあきらめるわけがない。




たとえ、最愛の恋人を失ったとしても。





「彼女は竜崎の恋人だった。きっと、彼女も僕を疑ってかかってる。

ああ見せかけておいて、彼女は一人でも事件を追いかけるつもりだ」


「・・・・・・何かライト、あの子に恋でもしてるみたい。

そうだとしたら、ミサ、あの子殺しちゃうよ」




そう言って口を尖らせたミサ。

だが、黙って抱きよせてソファに腰かけただけで、そんな表情もすぐに変わってしまう。


まったく、竜崎がいなくなると全ては簡単なことばかりでつまらないな。




「しかしなかなか厄介な相手だな・・・、高校の頃とはすっかり変わってしまったし」


「ねぇライト、あの子そんなにすごいの?

竜崎の彼女だからってだけで捜査本部にいるんだと思ってたよ?」




僕の腕にしがみついて、上目遣いで見上げてくる。

馬鹿みたいにここまで無条件に僕を慕う女なんて、今までいなかったな。




「あれでも彼女は僕以上のコンピュータスキルをもっている。

悔しいけれどここだけは認めるさ。

・・・・・・しかし注意することはこれくらいだ。後は全て僕が勝っている。

いざとなれば、ノートで殺すことはできるけど・・・できればそれは避けたいかな」


「どうしてだ?あ、ミサ、もう一つだけ」


「はい、どうぞ」




ミサから新しいリンゴを放ってもらい、リュークは赤く熟したリンゴに再びかじりつく。





「もともとひどく話の合う友達だったしね。今でも彼女のことは別に嫌いじゃない。

真相に近づかないうちは、適当に泳いでいてもらおうか」


「さすがライトv余裕ね」


「だから、余計なことはするんじゃないぞミサ」


「はーい!」






残念だけど、

君が僕を追い詰めることなんて絶対にできないよ。





これから君がどんな行動に出ようと、僕を止めることなんてできやしない。







「・・・・・・・・・、かなうなら、僕と一緒に新世界の頂点に立って欲しかったけれどね」






キッチンから飲み物をとってくると言ってミサから離れて、口をついて出た言葉。






敵対するというなら、受けて立つよ。

僕を疑うものはもう君だけなんだから。







最高の友達で・・・僕がたった一人、焦がれた君だから。




なるべく、苦しまない方法を考えておこう。